01 失敗から始まる冒険譚
ぐるるる、と密林で、モンスターと目が合った。
ギョロリと緑色の邪悪な瞳を向け、腹が空いているのか、自分のテリトリーを犯されたからなのか、とても機嫌悪く喉を鳴らしている。おそらく、理由は後者だろう。この生物は《グリーンドラゴン》といい、激しい生存競争から、密林というえさ場の宝庫に対する縄張り意識というものが、けた外れに強かった。
深緑の、黒さと斑点の混じった《巨大な翼》を広げて、ぐるるるる――と威嚇してくる。翼をもっているが、基本的に魔獣のドラゴン系は《地上戦》に優位性がある。その発達した筋力は、まさに《千獣の覇者》であった。
で。
〝僕〟はというと、
「ひ、ひえええ……」
がくがくと膝をならし、涙を浮かべる《最弱の霊長類》であった。
カテゴリは、人間―――いわゆる《ヒューマン》。弱い。とても弱い。どれくらい弱いかというと、べつに魔獣に襲われていなくても、暴風などの自然災害で、間違って建物の瓦礫が落ちてきただけで、ぽっくり天国に旅立ってしまうほど弱い。
……え? 天国に行けるのかって?
そりゃあ、いけるさ。だって、まだ何も悪いことしてないんだもん。
僕がこんな状況にあるのは―――そう、ただ、ひたすら《運が悪い》ということだけだった。
―――運悪く、《密林探索》という部隊に、編入されてしまった。
―――運悪く、他の《探索隊》たちとはぐれてしまった。
―――運悪く、モンスターたちとの遭遇率が高かった。
―――運悪く、治癒薬のセットが切れてしまっていた。
―――運悪く、食料がカバンに入っていなかった。途中で落とした。
―――運悪く、空腹でボロボロになったところ、目下最強生物と思われる《グリーンドラゴン》に遭遇した。
…………ああ、これで。
幸運の神様を恨まない、っていう人がいたら、それこそ嘘だ。
僕は考える。
がくがくと膝が笑い、涙を浮かべながら―――《グリーンドラゴン》に睨みつけられながら、考える。
僕たちが魔物と立ち向かう際に、もっとも心強いものがある。道具だ。それも、僕たちの『実力不足』を補ってくれるアイテムが存在し、中でも、『武器防具』と呼ばれるも存在があった。
分厚い鉄甲冑の胸板は、魔物の爪を弾き返し。
大きな鉄塊のタワーシールドは、抜群の信頼感ある防御性能で、魔物の火炎ブレスすら防ぐこともできる。
特に、僕たち剣士にとって重要なのが、『聖剣』や『伝説の剣』と呼ばれるたぐいの武器だ。
これは、すごい。
僕も実際に、熟練の冒険者から見せてもらったことがあるが、《五大元素》の属性―――〝地〟〝水〟〝火〟〝風〟〝空《通称・エーテル。めったに存在せず、特徴を表さないスキル》〟―――これを行使できる〝契約〟をしているのだ。
ある剣は、紅蓮の炎を刀身にまとい――。
ある剣は、凍りつく冷気を操り――。
凶悪な『魔物』との戦いなんて、なんのその。武器と心を通わせ、レベルアップに、レベルアップを重ねた―――〝とある場所〟で成長を重ねた剣なら、僕の現在のピンチなんて、きっと片手で切り抜けることだろう。
だけど。
《神話や、伝承クラスの神聖な武器》―――それに比べて、僕のところの〝剣〟は、というと、
『―――は、はわわ。ご主人様、怖いですぅ……』
「ぼ、僕だって怖いよ!!!!」
恐ろしいほどくすぶった、鉛色の〝ナマクラ〟――。
まるで無人島の雨降る中、何十年間も放置したような――全体的に鋭利さを失い、ところどころさび付いて、もし鉄くずとして刀鍛冶で打ち直しても、再利用不可能というくらいの――刀であった。
その刀が、しゃべる。
持ち主の一世一代の〝大ピンチ〟に、あろうことか、『怖い』とがくがくと刀身を震えさせている。剣の持ち主と『終身の契約』を交わした、今は刀身の中にいる―――精霊の『御子』は、そんなことをほざいている。
『―――は、はわわ。ご主人様、《グリーンドラゴン》ってこのあたりで最も『魔物の血』が濃い生き物ですよね……? 世界で最も硬い鉱石、《オリハルコン》にも引けをとらない硬い爪をしている……のですよね? わ、わたし、壊れちゃいますよぅ』
「な、なんて弱気なことをいってるんだよ!! きみ、《熾火の生命樹》から生まれた剣の精霊なんでしょ!?」
そして。
追い詰められるあまり、あえなく『密林の崖っぷち』に立たされた僕らは。『どこかに都合よくつり橋とかかかってないか』という淡い期待すらも、見渡した景色によって打ち砕かれる。
ここは、間違いなく断崖絶壁だった。
『きゃあああーーー! も。もうダメです』
「し、しっかりしてくれよ!!!」
そのまま、《グリーンドラゴン》に襲撃されるまま体のバランスを崩して、崖から転落した。魔物の鋼鉄をも穿つ爪に引き裂かれて、落下してきた大樹に巻き込まれて吹き飛んだのだ。僕たちはあえなく。なんの抵抗することもなく。これから魔物との一対一の『勝負』に心躍らせることもなく。
ただ、踏みにじられて、蹂躙されて―――、あっけなく、崖下へと転落をした。
これが人生の最後だとしたら、なんとあっけないことだろう。
『―――は、はわああああ――――っ。ご主人様。わ、わたし。《落下を制御する風の契約》も、《ケガを減らす水の契約》も覚えていませぇぇん』
「ば、ばかヤロウ――――――っっ!!!」
駆け出し二人組は、結局。なにもできずに暗い谷底に落下していった。