表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/141

15 最弱の剣士




 その報は、《剣島都市サルヴァス》を疾風の如くかけめぐった。


 ある者は驚き。ある者は、その事実を信じなかった。

 なぜなら。

 その奇跡を起こした冒険者が、先日まで落ちこぼれと学院内でも揶揄されていた『一介の劣等生』だったからである。多くの《剣島都市サルヴァス》の生徒たちが、その噂を「なにをバカな」とか「運営側の隠蔽工作か。よほど知られたくない事情があって、こんな馬鹿馬鹿しい情報を上げているのだ」と語っていた。

 それも、その人間たちの話。


 ………実際に、その場に居合わせて、その戦場のような後を目撃してしまった討伐班や、一部の冒険者たちは、それを信じるしかなかった。『Cランク』の剣士のガフ・ドラベルにとっては、笑うこともできない深刻な事態だった。


 なにせ。

 彼が『雷の契約』―――〝上級契約〟を使い、疾風の風となって一番に現場に駆けつけたときには。平原の枯れ草は所々が『血』によって染まり、魔物の森が背後にある戦場では、その見たこともない巨大な『魔物』―――《グリム・ベアー》が絶命して、全身に刃傷を受けて果てていたのだから。


 尋常の魔物ではなかった。なにせ、その後の『証明』するために運搬した『馬二頭立ての荷馬車』が一つでは運びきれず、結局、二台も使うことになってしまったのだから。

 これほどの戦闘があったのも、サルヴァスという島では久しぶりのことだった。



 ―――が。











    ***





「……あ、あれー?」


 と。

 その沸騰する噂の張本人…………っていうか、まあ、僕なんですけども。

 無事にガフたち《討伐隊》の迎えが来てから、ボロボロの体を預け、最後に眠りながら馬車に運ばれて《剣島都市サルヴァス》に帰還してから、一夜が明けていた。


 たっぷりと睡眠を取って。疲れを取って。

 それから頭部にぐるぐる巻きになっていた白い包帯を取ったり、『あれだけの傷が癒え始めているなんて、やっぱ〝治癒薬ポーション〟の力ってすげー』なんて思いながら体を起こした僕は、寮の食堂にて遅めの朝食を食べていた。

今日ばかりは寮母さんの『修行』も休みにしていい、という許可をもらって、食卓についていたときだった。



「レベル……《1》に…………戻ってない?」



 僕は、ちょっとした絶望に襲われる。

 昨夜の戦い―――あの凄まじい戦闘の中で、確かに〝ステータス〟が上がっていたのを目撃した気がする。一瞬だったが、僕は戦闘中に自分のプレートを目にしていた。


 それから、昨夜は意識を失うように眠りについて。

 朝はメチャクチャ疲れたこともあって、ぐっすり眠った僕は。起きるなり、昨日の戦いの出来事や余韻を思い出して、興奮冷めやらぬ僕は《レベルが上がりまくった!》と狂喜乱舞をしていたのだ。


 ………だって、そりゃそうだ。

 人間、自分にとって憧れていたことが起こったら、嬉しくなるものである。僕は夢にまで見てきた、『念願のレベルアップ』を果たし、朝食の席でみんなに見せつけるはずであった。

 だが、



「…………? クレイト、何も変化がないのだが?」


「マスター。見間違いなのではないでしょうか……?」



 向かい側の席に座る、モノクル眼鏡の貴族男子は見解を述べ。隣のハの字の眉の精霊の御子は、おそるおそる口を開いていた。


 ……い、いやいや。

 いやいやいや、いや――!


 冗談じゃない。僕は確かに、見たのだ。


 僕は本気で焦って、何度も何度も、自分の〝冒険者プレート〟を擦る。


 これで、世界が変わるはずだった。

 今まで『劣等生』と呼ばれてきた僕らが、その新しい冒険に旅立つ一歩を踏み出すときがきたはずなのである。嬉しくないわけがなかったし、今まで貧乏だった僕たちの生活にはオサラバして、《上級クエスト》を受けられるようになるはずだった。


 高い報酬金をもらって、高価な冒険の道具を買えるようになる。

 豪華なご飯が食べられる日も来るだろう。贅沢な冒険の服が買えるようになることだろう。しかし、最初に僕の部屋を訪れた『ガフ』が、その上がったステータスを疑問視して『見せて欲しい』と行ったところから。雲行きは怪しくなっていた。


 僕の更新された《ステータス》……いわば、栄光の数値が、そのまま刻まれているであろう《プレート》を見せて欲しい、と言ってきたのだ。



「クレイト。申し訳ないが、今の僕の目には、君の持っているステータスがいつもと何ら変わりのない、〝レベル1〟に見えるのだが」


「お、おかしい! おかしい、おかしいって! こんなの変だ! だって、昨日は確かに……!?」




 確かに、レベルアップしていたはずなのだ。

 僕はもう一度、手にしていた鉛色の冒険者プレートに目を落とす。






《ステータス》


 ―――契約の御子・ミスズ(クラス『F』)

 分類:剣/予備効果なし


 ステータス《契約属性:なし》

 レベル:1

 生命力:5

 持久力:4

 敏捷:11

 技量:5

 耐久力:3

 運:1




 …………戻っている。

 疑うまでもなく、戻っている。


 変らない。これでは先日の冒険譚どころか、僕自身が魔物を倒したという話も信じて貰えなくなってしまう。誰も、こんな貧弱な《ステータス》を見て、あの森の捕食王グリム・ベアーに立ち向かった冒険者だなんて思わない。

 というか、現に、目の前の『ガフ』にすら疑いの眼差しを向けられている気がする。僕は必死に説明した。

 だが、



「あ、いや。違うよ。僕は信じる。クレイト」


「……! ほ、ホントか!?」



 僕はみっともなくも、そんな心優しき友人に縋りついていた。早朝まで『フフン。僕の絶対的な輝かしいステータスを拝みたいか? しょうがないな』と丸っきり嫌味な上級生のような態度を取っていたものだから、一転。実にみっともない姿である。


 ガフは、少し考えるように、



「―――信じる、信じないの問題ではない。それは〝事実〟なんだろうと思うよ。僕は。あの森の捕食王グリム・ベアーの壮絶な姿を見たら、誰が見たってそう信じる。とても、嘘をついて倒せるような魔物ではなかったし―――あの腰の抜けた冒険者が倒せたとも思えない」


「………そ、そっか」


「僕を初めとする『Cクラス』の実力がある討伐隊だったら、誰もが信じるしかないだろうね。―――他の口さがない、《剣島都市サルヴァス》の下のほうの生徒たちは、まだ評論家の顔をして『見てきた』かのように否定しているようだが。気にしなくていいだろう」


 ガフは、この男らしく、念入りに補足を入れていた。

 ちなみに、あの〝カァディル〟とかいう『D』ランク冒険者は、御子と聖剣の扱いで、冒険者として罪に問われている。近いうちに裁かれることになるだろう。今は《サルヴァス》の運営局が身柄を預かっている。

 まず、間違いなく冒険者の身分は剥奪されるはずだった。



「………それよりも、僕が気になるのは」


「? 気になるのは?」


「なんで戦闘中に、〝レベルアップ〟したんだろうね? 君の聖剣」



 「?」と、僕とは違う視点に、首をかしげる。

 ガフは言う。通常、〝レベルアップ〟というものは、段階を踏んでからじゃないと行えないらしい。



「―――この学園島の中心。そこには、《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》という巨大な世界樹がある。そこはクレイトも知っているよね。その下に、『熾火の鍛冶区画』と呼ばれる場所が存在するんだ。木が生えている根元、山の上だ」


 通常は、その『鍛冶屋』を訪れる。

 戦闘で蓄積した『魔物を倒した経験値』は、剣に宿ったまま蓄積され。特殊な鍛冶屋と、世界樹の根元の『熾火』がないと、打ち直せない。レベルアップができないのである。


 僕たち『レベル1』だった生徒は知らなかったことだが、戦闘が終われば、無条件で〝レベルアップ〟~なんてことには、ならないそうなのだ。普通は。



「でも、君の聖剣は〝レベルアップ〟をしたという。しかも、戦闘中に。飛躍的に―――。不思議なのはそこだけじゃない。戦闘が終わってから。〝レベル1〟にまで戻っている」


「…………ふ、ふーむ」


「どうだい、『奇妙』だろう?」


 確かに、奇妙だった。

 ガフが気になっているのは、そこらしい。


 本当なら《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》の恩恵の火と。鍛冶師の打った槌からしか剣は強化できない。しかし、確かに先日の《グリム・ベアー》との戦闘で、まるで『吸血』でもするように剣が魔物の精気を奪い、逐次、経験値を重ねているように見えたのだ。

 つまり。

 僕の見たことが正しければ、聖剣がサルヴァスの《ルール》を完全に無視している。


「…………おかしいなあ」


「で、ですね」


 僕とミスズは、顔を見合わせる。


 ―――戦闘中に、どうして経験値を得たのか?

 ―――戦闘中に、どうして〝レベルアップ〟現象が起こったのか?

 ―――戦闘後に、なぜ〝レベル〟と、〝経験値〟が消えたのか。


 おかしいことを考えても仕方がない。そこに、何ら答えを求める理論は存在しないのだから。だが、僕はそれでも首をかしげてしまうのだった。



「………謎は、謎のままさ。今後も君は、戦闘をしながら《ステータス》を確認していくしかない。それと、これは言おうか迷ったのだが」


「? なんだよ?」


「《グリム・ベア-》の討伐の経験値って、どうなったんだろう?」


 …………は? と。

 僕は、ガフが手を広げながら語ってくる言葉が、一瞬理解できなかった。


 何の話をしているんだろう……? 最初はそう思った。だが、ガフの説明を聞いていくうちに少しずつ理解してきた。


 冒険者がレベルを上げるためには〝経験値〟が必要になる。それが蓄積していくことで冒険者は強くなっていく。

 魔物の〝スライム〟や、〝ワイルド・ウルフ〟を倒すのだって、そんなわずかな経験値でも欲しいからである。それが、〝グリム・ベアー〟クラスの大物になると、ますます経験値は大きいはずだった。


 誰も、『《グリム・ベアー》から得られたはずの莫大な経験値』が、逃げてしまうなんて思わない。だから、僕は考えもしなかった。

 しかし、



「あっ、あああああああああああああああああああああああああ――――っっっっ!! そうだよ経験値!! 僕たち、《グリム・ベアー》を倒したんだぞ!? だったら、その莫大な経験値はどこに行ったのさ!?」



 がたっと席を立ち上がる。

 食べかけだった目玉焼きのプレートが、揺れによってテーブルにこぼれ落ちる。ミスズが慌てて取りに寄ってくる。



「…………〝消えた〟、ね。おそらくは」


「ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――ッッッ!?」



 僕は頭を押さえ、ぐわんぐわんと揺さぶった。

 嘘だ。信じない。信じないぞ、そんなこと! たかだか〝レベル1〟―――最弱の冒険者でしかなかった僕が、せっかく上級魔物を打ち倒し。次の冒険にこぎ着ける―――ってなっていたところなのに!



「う、嘘だ。嘘だよな? ガフ。僕の、僕らの魔物を討伐した証が………その報酬が、なにも残っていなかったなんて!! なぁ、ガフ。お前頭いいんだろ? なにか方法を考えてくれよ!」


「…………残念ながら。専門外だ。見苦しく悪あがきするのはやめなよ。――さて、僕は、そろそろ授業に出席しようか」


「み、ミスズも。これから部屋のお掃除に失礼しまーす……」


「待てやこらあああああ! お前ら!」



 いや、頼む。マジで待ってください。

 誰か。この悪夢を、嘘だと言ってくれ―――!


 そんな僕は、コソコソ逃げ出そうとするガフと精霊の御子を掴んでいた。背中を掴まれているのに、この二人ときたら迷惑そうだ。なんて奴らだ。

 食堂には、そんな――友達や主人を見捨てる薄情者たちの声と、僕の阿鼻叫喚だけが響き渡っていた。


 また、一からの冒険って……ことなのか?



(……そういえば……)



 と、僕はその空白の中で思い出した。

 レベルが上がって、上昇したステータス。光を帯びた冒険者プレート。……しかし、その中に、確か。普段は見覚えのない、何かの文字が浮かび上がっていたような気がするのだ。

 ……アレは、なんだったっけ……?



(…………ええと、確か……『限界』……うんちゃら、とか)



 思う。考える。

 しかし、それも間もない時間のこと。すぐに授業開始を告げる《予鈴》が島中に響き渡った。教会の鐘のような音色が、朝の街に染みていく。僕が、そのスキルの存在を知るのはこれからずっと先立った。



 騒がしくも忙しい島中に。日常の喧噪が、空白を作っていった。














 冒険者:クレイト・シュタイナー



 冒険者ランク〝F〟(最下位)


 ―――契約の御子・ミスズ

 分類:聖剣/固有技能 《 限界突破 》S+



(スキル詳細)→《限界突破げんかいとっぱ


 戦闘中に、敵から経験値を抉り取る。

 毎時。毎秒。格上のモンスターから経験値を削り取っていき、際限なく〝レベルアップ〟を繰り返す。ランク付けは最高得点の『S+』。これは、どの戦闘でも柔軟に戦える上に、対〝ボス級〟の戦闘において無尽蔵のポテンシャルを発揮する。


 戦闘後、レベルが1に戻る。

 魔物との戦闘後に貰えるはずの〝経験値〟を使ってステータスを強化していくため、その戦闘が終わると、魔物から取得できる〝経験値〟を放棄する。



 ――――よって レベルも、〝1〟に戻る。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ