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14 限界突破





 この島は―――〝限界〟ばかりがあった。

 僕は思い出す。

 剣を振りながら、その空白の中で。



 ―――《上級生》から虐げられ。

 ―――《低ランク》と罵られ。

 島にトランク一つを抱えてやってきた生徒の僕は、最初からあらゆる壁に突き当たっていた。僕はただ強くなりたかった。冒険がしたかった。



「…………ミスズ」


『? は、はい』


「僕は、冒険がしたかった――!」



 その勝負中に。僕が漏らした言葉だ。

 剣の御子であるミスズは突然のことに驚き、一瞬言葉を失った。こんな時に、この《マスター》は何を言っているのかと。そんな空白が出来る。

 でも、僕は構わなかった。僕にとっての、それがすべてだった。



 ――〝冒険すること〟とは、何か。


 僕は思う。

 それはサルヴァスで〝ランク〟栄誉に浸って、下級生を相手に威張り散らすことだろうか。手に入れた自分の〝Aランク〟などを自慢して、他の生徒にその金の冒険者プレートを見せびらかすことだろうか。


 または、魔物を倒した成功報酬で、豪華な生活を送ることだろうか。可愛い女の子にモテて。

 お金があれば、南国の王族みたいに、珍しい魔獣の毛皮を使った絨毯の上で、色とりどりの各国からの果物を囓りながら余生を過ごすことだろうか。


 ……違う。

 それは、全く違うはずだった。


 僕が故郷の田舎王国セルアニアで何を思って、この《剣島都市サルヴァス》に出てきたのか。あの日、田舎の眩しい太陽を見上げながら、僕はどう拳を突き上げながら叫んだだろうか。


 〝―――サルヴァスに出てきて、剣士になる!〟


 そう。

 それが、すべてだったのだ。


 僕は冒険がしたかった。

 地図に書けるだけのいっぱいの世界を旅して、夢の〝冒険の航海図〟を作って、この広い世界をどこまでも旅できる―――、そんな聖剣使いになりたかった。


 冒険者ララさんのように、〝第六位様〟として田舎王国セルアニアの英雄として、困った人たちにどんなことでも救いの手をさしのべたかった。強くなっても、いつまでも誰かを守りたい剣士になりたかった。


 しかし、憧れはすぐに灰色の世界へと消えた。

 《剣島都市サルヴァス》という冒険の島は、欲望の渦に呑まれていた。誰も彼もが右と左を確認し、誰がどこで冒険を成功させたのかだとか、誰がいつ〝レベルアップ〟を為し遂げただとか。

 すべて、結果。《ステータス》ばかり……。剣士は才能がなくては夢さえも見せて貰えず、魔物が倒せないと《レベルアップ》すらも許されない。


 生徒たちは、他人の〝ランク〟ばかりを気にして、高い人間には媚びへつらい。低い人間には、高圧的に罵倒する。……そんな。そんな、形ばかりの自由がある冒険の島に僕の夢は埋もれていった。


 ―――ずっと、笑われてきた。

 ―――ずっと、蔑まれてきた。

 学院には、底辺の冒険者を馬鹿にする声に溢れていた。

 その世界は僕にとって、残酷すぎた。僕は才能がある人間なんかじゃない。生まれ持っての身分も、夢を見ることが許されない庶民……。おそらく、剣を握ったこともないから、最初は太刀筋を見られただけで嘲り笑われたことだろう。


 ……だが、僕は逃げ出さなかった。

 逃げることを、自分に許せなかった。


 この島は、あらゆる冒険の道をふさぐ、限界の壁――。そればかりがある。

 そこにはレベルが支配し、冒険者たちは《ステータス》以上の力は出せない。上級の魔物に勝つためには〝ステータス〟が要り、低級の冒険者を脱出するのにも、〝レベル〟がいる。


 〝ステータス〟〝ステータス〟〝ステータス〟〝ステータス〟〝ステータス〟〝ステータス〟〝ステータス〟〝ステータス〟〝ステータス〟――――どこに行ってもこの島は〝ステータス〟だらけ。



 だが。

 だから僕は、そのすべてをひっくり返してやろうと思った。


 あらゆる場所で〝限界〟を決めつけてくる島なら。

 だったら。

 ――――だったら、その限界を、 『 突 破 』 してやればいい――!!!

 



(―――行くぞ!)



 地を蹴った僕の胸元で、その鉛色の冒険者プレートが輝きだした。









    ***





「…………な、に?」


 その精霊の御子は。

 暴風が吹き荒れるような〝戦闘〟の外で、その丸い瞳を、めいっぱいに見開くのであった。

 上級の冒険者も、同じ。


 ボロボロにどつき回され、森の枝や魔物の爪に引き裂かれた服を着た冒険者〝カァディル〟も、その戦闘に息を忘れて、泣きそうな顔で見つめるのであった。その顔に戦闘の意志はない。ただの負け犬。

 ……だが、そんな彼の前に落ちた『冒険者プレート』が、異常な数字を書き込み発熱を始めたのである。


 計測しているのは、クレイトたちの〝ステータス〟であった。





《 ステータス → 変動 》



 ―――契約の御子・ミスズ

 分類:聖剣/ → 固有技能《 限界突破 》S+



 ステータス《契約属性:なし》

 レベル:1 → 24

 生命力:5 → 65

 持久力:4 → 36

 敏捷:11 → 77

 技量:5 → 36

 耐久力:3 → 29

 運:1 → _ex(計測不能)



 その、異常なまでの『ステータス』を。

 見る人間が見たら、寒気すら覚える。現に、それを見つめる上級生カァディルも放心し、怪物でも見るように肌に粟粒を立たせている。


 ランク『E』や『D』どころではない。その先―――限界突破という文字が浮かび上がって、『ランクC』以上にも相当する《ステータス》を叩き出していた。ただひたすら上昇していく数値に、戦いの外にいた御子は、「すごい…………」と、我を忘れて口を動かすのであった。


 喉がかすれるほど、目の前の現実は、圧倒的なのだった。


 不気味に発光する『聖剣』が、青いオーラを剣線にして戦っている。〝彼ら〟を芸術的に彩る。

 一瞬過ぎて、目では追いきれない〝攻防戦〟。


 わずか一秒の間に、三度剣が交わされた。二度防御を受け、一撃が《グリム・ベアー》の腕に食い込む。彼らの動きが、《グリム・ベアー》を圧倒しているのだ。


 しかし。まだ彼らは強くなる。まだ速くなる――――!!



 ――――《経験値》―――。

 それが、淡く青い光となって、この無風状態の平原にぶわっと広がった。〝彼〟の剣がグングンと吸収していく。彼の剣が、さらに青いオーラを強く纏っていく。


 『聖剣』の状態が、数分前のそれとは明らかに〝別物〟に変化していた。

 青いオーラを纏わせた剣は、それを強者の魔物から吸い上げて、強引かつ貪欲に、血をすするように削り、貪りながら吸収していった。聖剣使いの動きが、『加速』する―――。




「う、ああああああああああああ――――ッッ!!」


『グルルルルルッッッ――――!』



 まだ速く。まだ強く。貪欲に『次の次元』を突破することを求めていく。レベル〝27〟―――魔物の前の牙を叩き折った。青い経験値の光が舞う。

 レベル31〟――魔物が、ついに彼らの動きを追えなくなった。真正面に回り込んだ聖剣使いは、その勢いのまま突進して斬り上げ、直後に後ろに回って猪首に剣の振り下ろしを叩き込む。片手斬りだった。


 徐々に、手応えが魔物を圧倒していくのを感じる。

 《グリム・ベアー》が、弱くなっていく。





 …………いや。


 ―――彼らが、限界を突破していく。



 一撃目で激しくぶつかり、《グリム・ベアー》を後退させた。地面に大きな足跡が引きずられる。二撃目で、その爪を空高く弾いていた。防御をかち上げて弾いた。魔物が無防備をさらし出した形だ。

 押し潰されそうなその黒い巨体を、ただの〝聖剣〟によって押し返されているのだ。



 三撃目。真正面から光りが走った。

 青白い閃光。クレイト・シュタイナーは、その剣を前に突き出して構え、後ろ足をバネのように地面を蹴った。凄まじい突進だった。

 前進するたびに地面が足形で凹み、唸るような〝レベル〟の上昇によって、その体が加速していく。土を跳ね上げながら聖剣が前を目指して走り――――そして、持てる限りのすべての力を使って――――魔物の体を貫いた。


 鮮血が飛び散る。魔物は、凄まじい咆吼を上げる。





「う、らああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――ッッ!!」



「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」




 お互いに、生命を削りきった叫びが交差する。

 絡みつく疲労感と、倦怠感―――。冒険者の動きにもそれが出ていた。しかし、前進した。もう、意識の半分が吹き飛んでいるのかもしれない。気力のみでその場所に立っている。

 お互いに、防御のことなど考えていなかった。

 聖剣の淡い閃光は、夕暮れの草原を『剣線』で染め上げ―――。


 そして。




「……っ、」




 ようやく、その冒険者が息を吐いたときには。


 森の肉食王。気高き《グリム・ベアー》の目から、光りが消えていた。







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