23 友を追い
――メメア。
――メメア。
メメア……!!
まさか。まさか。まさか。
腕を振りかぶった。走った。喉が震えた。
全身を伝う嫌な寒さが押し寄せてくる。
僕は全力疾走していた。こみ上げるは、腹の底からの震え。……なにか、とてつもなく嫌な予感がしていた。《ステータス》がどうとか、敏捷力の数値がどうとか、この際関係ない。ただ全力で僕は走っていた。
――メメアが〝消えた〟。
それが、何を意味するのか。
この辺境だ。考えられる可能性は、限りなく絞られてくる。……それだけに、僕は全力で走るしかなかった。呼吸するたびに肺が握りつぶされそうになって、呼吸が圧迫される。
心臓さえ潰れそうに感じる。
(…………可能性は……)
僕は思った。
可能性は、二つ。
一つは《侵入者》。
二つめは《目覚め》である。
一つめ――これに関しては、簡単であった。もし『人が消える』という事態が起こると、考えられるのは外的な要因となる。
この屋敷は広く、そして森の奥地にあった。当然ながら、考えられるのは、この屋敷の表の菜園側から侵入した何者かが、僕らや、あるいは、エレノアのような道をたどって、この屋敷の奥深くに入って『侵入者』となることだった。
人目の少ない屋敷だ。やろうと思えば、可能かもしれない。
(……いや、だが)
それでも僕は、首を横に振るのだった。
考えられるのは可能性だけじゃない、『それが、可能か』という事実である。
この屋敷は広い。そして大きい。――だが、裏を返せば、それだけ人目につくということでもある。巨大な辺境の森によって守られたこの場所は、土地勘の強い人間でないとまず迷い、それを突破したとしても《魔鳥の監視》がある。
大空から、また、動物の《目》を使って監視するこの屋敷の特殊なシステムなら――盗賊たちの侵入は難しいだろうと思う。それに、見つかって武力制圧しているならば、僕や――他の冒険者。たとえば『リスドレア』あたり気づく。
……ならば。
僕は、そこで思考を切り替える。
――〝目覚め〟
その、もう一つの困難な可能性を。
考えられる原因として、それかもしれない。ある意味、一番現実的な考えだ。……しかし、それを頭で考えられていても、『この辺境で、果たしてありえるのか?』という非現実さがつきまとう。
――魔物の樹の、その《魔力》の干渉を受けたのだ。
冒険者ならばその威力は絶大、普通の人間とは違い、体内がかなりの割合で〝精霊契約〟――神樹との契約によって魔力に作り替えられている。人間にとっての、水のようなものだ。それが汚染されるとなると、効果はてきめんだろう。
だから、そんなすぐに『治癒』するなどとは思えなかった。非現実だろう。そんな都合のいいようにこの世界が動いちゃいないことくらい、僕にだって分かる。
……だが、実際に、見当たらないのである。
なぜ。そこが分からない。
もし仮に目覚めたとして、あの暗い寝室のベッドで、僕や周囲の人間を探して、事情や情報を聞いた方が早いのではないか。と思う。……いや、万に、一つでもメメアの行動的な性格を差し引いて、この状況で、あのメメアが勝手に動くとも思えない。
……だったら、なんで。
僕には分からない。
分からないまま、その正体を突き止めるように、僕の足は向かっていた。――屋敷の『表側』ではない。あそこにはミスズたちがいるはずだし、現に、そこに向かっていたのなら『廊下』で僕とすれ違っていなければならない。
…………ミスズたちのいる『場所』ではない。
となったら、一刻を争う僕が向かうのは、屋敷の反対側であった。途中ですれ違う動物もいない、《魔鳥》もいない――となると、僕が手を借りられるのは存在しない。自分の足だけだった。そうして、走り抜け、廊下や部屋を確認するうちに―――僕はある〝一角〟に出た。
それは、広い扉の前だった。
「……――ここは、」
最後に、屋敷の最奥部で見つけた場所。
僕が辿り着いたのは――屋敷の《大書庫》であった。
ここだ。
……ここしか、可能性はない。
見上げる。重厚な『扉』があった。まるで立ちふさがっているようだった。その重厚な扉の奥に、屋内の静まった書庫を隠している。…………僕が、『鍵が閉まっているのかな?』と思わなかったのは、その守るべきはずの扉が、少しだけ開いていたからだった。
「…………だ、れか……いるのか?」
〝トビラ〟が、少しだけ――開いている。
そのことに、少しだけ確証を得たような気がした。
室内から吹き抜けるかすかな『風の音』、僕が扉を開くと近づいてくる。まるでダンジョン迷宮洞窟が、挑む冒険者を拒むように吹いている風のようだった。
中から吹き抜ける風に喉を鳴らし、僕は、背を丸めながらゆっくり慎重に書庫に入った。
夜の、冷たさが全身を通り抜ける。
「…………入るぞ、メメア」
僕は、その大きな空間に挑む。




