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22 雨冷たき辺境


 夕餉の用意があるから、と魔女は、精霊の『マドレア』を連れて少しだけ寝室に顔をのぞかせただけで、すぐに引っ込んだ。


 また、後で話がある。……そんな瞳と言葉で僕に告げてから、後は残されたのだ。当然、冒険者リスドレアにこの一室に居座る理由がなく、また、退屈だったみたいで『少し屋敷を回るか』と出ていった。


 辺境の屋敷を出発するのは、この後らしい。



「マスター。ミスズも、もう」


「うん。ありがとうな。気にしてくれて」



 僕は笑顔で、手を振る。


 食事の用意がある。つまり、この辺境の一角に居候し、タダ飯を食べさせてもらっている(……事情と、約束はあるが)ことが精霊には心苦しいみたいで、せめて用意の手伝いができれば……と、厨房に向かいたそうにした。


 ただ、それでも残された僕やメメア(……従者精霊のアイビーは、彼女の隣に眠っている)が心配そうで、チラと、何度も部屋から出ていくときに後ろを振り返った。特に、僕の表情を気にしている。



「? どした?」


「い、いいえ。ただ」


 『……ただ、』の続きを言いかけて、従者らしく精霊のエプロン(マドレアに借りた。仲良くなったらしい)を身につけたミスズは、それから手を重ね、顔を落とす。


 ……いつも、元気な精霊だ。


 僕といればそれで充分、主人と冒険できれば、お世話する精霊としては従者冥利につきる! ……そう、いつも言いたげで頑張っている顔が、今日はやたらと暗い。


「どうした?」


「ますたー。ミスズは、ますたーの、ミスズです」


「ん? うん、なんか分からんが、知ってるぞ?」


 なんだろ。


 ミスズがこういうことを改めて言うのは、珍しい気がする。


 たいてい、僕らは意思の疎通ができている主従だ。メメアと、アイビーもそうだったが……それぞれの剣士に主従の形がある。そして、僕らは仲がいい。ミスズは『冒険で使うのも』『生死を共にするのも』、一緒だと言っているのだろう。また、普段の生活で、お世話もしてくれる健気な精霊だ。



「ですから、困ったときは。ほんとうのことを……話してほしいのです。ミスズは、ますたーのミスズです。頭も悪くて、難しいことを考えられないかもしれません。……さっきの、リスドレア様の話も、半分も分かりませんでした」


「ん、む? そうなのか」


「はい。ですけど。ミスズは。ますたーのミスズなんです」


 ……たぶん。


 言わんとすることは、分かるのだ。


 僕の様子が『おかしい』ことに気がついているのだろう。この辺境に来て以来、僕の感情は希望にすがりつく方向に傾いていた。『なにか、あれば』と手段を探し求めてきた。


 だが、あの生命マナの白いカタマリである夢の中をへてから、明らかに変わった。僕の中身は変わった。外側に向けられていた〝悩み〟が、内側に内側に、自分の中身へと向けられていた。


 僕は務めて、顔に出さないようにしていた。普通の《冒険者》だし、仲間が倒れて、心配する。でも、要所要所では、笑顔を向ける。


 …………だが、



「マスター」


 その視線は。何かが、心に刺さる。


 僕はミスズの催促にうつむいた。ミスズは――子供が無理をして背伸びをして、大人を見上げるように。僕のことをみてきている。その〝迷い〟も見透かされそうな気がした。だから、拳を握りしめた。



 僕は、笑顔を上げた。



「ん。ありがとう。でも、ほんとうに何でもないんだ」


「……でも、」


「それより、考えなくちゃいけないことが多すぎてな。ったく、翌日から遺跡の攻略戦に向けて行く。『ダンジョン迷宮』の攻略戦にかかるっていうのに、準備が足りない。道具も揃えなくちゃならない。っかー、困ったもんだよ」


 あっはっは、と腰に手を当て、次に大きく背伸びする。


 そのからっとしたセルアニアの太陽のような熱い日差しの笑みを、ミスズに向けた。悲しそうで、不安な顔を見たくなかったからだ。



「安心しろ。ミスズ。必ず上手くいく」


「……! は、はい」


「その前に、里に出て準備だ。

 とうぜん、腹ごしらえをしなくちゃいけない。戦いの前は飯って、な。ただタダ飯を食らうのは魔女にとっても、あの精霊のマドレアにとっても、文句あり。だろう。だから僕らは、ほどよく魔物狩りで培った《王国硬貨》を置いていく。……んまあ、お礼も添えてな。

 それから、里に戻ったら軍備だ。


 ダンジョン迷宮の攻略は容易じゃない……。それは、さっきのリスドレアの語りからも分かっただろう。遙か昔から、そこに凶悪に存在する『魔物の要塞』、いや、『巣穴』なんだ。


 ……タダじゃ攻略できないだろう。だから、ありったけの《回復薬ポーション》、武装と、冒険具に盾も持っていく。それを削って、消耗しながら、奥へ奥へ―――あの深部に辿り着く。


 目指すは、あの女だ! 盗賊との戦闘もあるかもしれない。覚悟しておいてくれ」


「……! はい!」


 僕がいうと、ようやく精霊は大きな声で頷いた。


 真剣な眼差し。……まさに、これから『戦場いくさばへ参る!!』という勇ましさが瞳にあったが、なにぶん、今きているのは使用人のフリルの入った従者服である。……どこかカッコがつかないなぁ、なんて思いながらも、僕はその気合い充分、やる気十分となった精霊とコブシを交し、誓い合う。


 それから、廊下に出て見送る。



「じゃあ、まずは腹ごしらえだ! 厨房へ行くんだ、ミスズ隊員ッ! 僕もすぐ後からついていく」


「は、はい! お任せ下さい!」


 僕はその気合い充分、やる気十分となった精霊とコブシを交し、誓い合う。


 ミスズは『ははーっ』とやたら気合いを入れて敬礼、その使用人服のフリルを揺らすと、テケテケと軽い足音を立てながら廊下を走った。


 僕は『頼んだぞー』と廊下でしばらくついていって手を振った。それから苦笑する。








 ***




「……だと。そう、思えたらなぁ」



 立ち止まる。



 先ほどと打って変わって、僕の顔は、冷たい表情に戻っていた。



 僕の中では、線引きがある。『やっていいこと』、『悪いこと』――。


 この辺境で、僕はミスズを連れ回してきた。迷惑をかけたんだ。

 それが、どんなに心細かったか。苦しく辛い思いだったことなのか。僕は分かる。従者のミスズは進んで辛いことを引き受けようとしてくれている。だが。――とうぜん、いつまでも、父親的な立場で、僕は《剣島都市サルヴァス》の時代からのミスズの主人だったんだ。


 主人、という名の〝保護者〟だったから。


 僕の中でのミスズに向ける顔は、他に存在しない。ありえない。




 それ以上に情けない顔をすると、『主人』が崩れる。――つまり、あの精霊にも、さらに苦しめることになる。



 他もそうだ。



 僕がミスズに対するのと同じ、他のみんなも、僕が不安に思えば思うほど、表情が陰れば陰るほど、『ひょっとして、迷惑をかけているかもしれない』『何ごとか、あるのか』と思ってしまう。優しい、優しい人たちだからこそ、そう思うし、僕も分かっていた。だから困り顔はしない。苦境でも。



 ――だが。


 僕は考える。

 



 ……。


 …………雨。



「雨、か」


 僕は顔を上げた。



 憂鬱な景色には、雨の音が響いていた。



 僕は呟き、窓の外を見ていた。



 ――〝雨〟。




 雨は。『あの夜』には、降ってはいなかった。




 青白い、冷たい月が頭上に微笑んでいたんだ。



 僕は、夢の景色を思い出していた。


 屋敷の廊下、古い絨毯には、《燭台灯カンテラ》の整列――それにそって窓枠があり、光が続いていた。外はいつの間にか雨模様。僕が寝ている間に、ずいぶん天候がうつろいだ気がする。


 ただの、夜の通り雨だろう。


 僕はしばらく見つめていた。見入っているようで、その思考は、別のことを考えていた。



 …………雨。



 こうなるまでに。僕は――《クルハブル》の辺境にて何をやっていたのだろう。森の館。もう、ここに滞在して〝三日間〟にもなる。


 その間に〝何か〟が変わっただろうか。

  

 僕が、この辺境に来て。



「…………何か……《達成》できたのかな」


 ぽつり。吐き出してみる。


 ふと、手を見る。



 〝なんの〟、力のない。



 ……ただの、《|普通の人(Lv.1)》でしかない、剣使いの手を。



――――――――――――――――――――――――――――――



《聖剣ステータス》


 冒険者:クレイト・シュタイナー


 ―――契約の御子・ミスズ(クラス『E』)

 分類:剣/ 固有技能―――《 限界突破 》S+


 ステータス《契約属性:なし》

 レベル:1

 生命力:5

 持久力:4

 敏捷:11

 技量:5

 耐久力:3

 運:1



―――――――――――――――――――――――――――――――



 ……〝弱い〟。


 そう、当然だ。


 《ステータス》なんか最初から足りちゃいない。



 そんなの、分かっている。ふつうの手なんだ。ふつうの冒険者の手、ただの平凡へーぼんな冒険者暮らしがしたくって、なにか高望みするわけでもなく、ごくふつうのランクの魔物さえ倒せればそれでよく、何も望んじゃいなかった。


 それこそ、旧世界の英雄――アジルドなんかじゃない。


 彼の起こした『こころざし』はすごいと僕も思うが、それだけだった。熱中した剣の達人でも、旧世界の魔物狩りに情熱を燃やした人でもない。そのランクに到達すれば満足だし、神話のロイスになんてなれっこない。なれそうもない。



 ―― 一流の《冒険者》になんか。



 ……そう、なれないんだ。



 思う。それこそ、この《ステータス》を見りゃ一目瞭然だろう。現代の《剣島都市サルヴァス》の上位陣とも違う。僕は出会った魔物を無条件で倒せる実力者なんかじゃないんだ、魔物の《ゴブリン》の群れに出会ったって苦戦するし、《ステータス》なんて、一度ぼんっと上昇しても、またすぐに元に戻る。まるで、熱した鉄が冷めるようだ。


 下位の魔物に『ひーこら』いって戦って、逃げているような冒険者が、ロクな戦いなんてできないだろう。


 勢いよく走ったって、それこそ、躓いてしまうのがオチだろう。




 ――僕は、〝普通〟の冒険者なんだ。


 もう一度言う。


 そう、『普通』でしかない。


 一気に強くなれる《ヒーロー》でもない。皆が夢見る偶像劇の英雄なんかじゃない。愉快で、どこまでも笑って問題解決できるような、そんなタマじゃないんだ。ステータスが足りない。この世界で正義、絶対の条件だ。


 島の優等生たちのように一足飛びに一気にステータス強化ができたらどれだけ楽だろう。今までの冒険が培われて、『剣を手にして、めきめき頭角を現わす』なんて人間なら、どれだけ幸せだっただろう。


 でも、できないし、なれないんだ。


 僕はただの、鉄のナマクラ聖剣を握った、普段からの『ふつうの人』。


 ――ただの、クレイト・シュタイナー。



 それが自分。僕なんだ。


 等身大の、《冒険者》なのだ。




 ……だが。






 …………『ずっと、信じてたんだから』。




「…………っ、」



 僕の顔が、その鈴のような、泥だらけの中で笑う顔を思い出したとき、顔が大きく歪み、くしゃりとひしゃげる。



 ――『仲間』。


 そう、いったんだ。



 僕は思う。


 なんだ、そんなもの。と。そう思うくらい簡単で、それでいて、そんなに熱く思い込めるものなのか。


 僕には信じられない。熱い熱量を注ぎ込んだ『友』。がいた。仲間がいたんだ。



 ――いたんだ。


 ――〝その子〟が。



 僕は思い出す。


 その子はずっと戦った。


 冷たい月の下。あの《女》の剣を防ぎ――。


 聖剣の炎の呪文スペルを弾かれても。それが、かつて《旧世界の剣》で――推奨レベル、はるかに上を行く、おぞましい逸品だと分かっても――〝うすうす〟、その闇の気配を感じとっていても。



 でも、その子は道をふさいだ。


 里への道を、『危険だから、近づかせない』という一点で。徹底して耐え抜いて見せたんだ。




 ……どんなに、怖かっただろう。


 ……どんなに、苦しかっただろう。


 僕には分からない。本当の意味での辛さ苦しさも、『なぜ――?』という理由も。



 そのおかげで、どれだけ多くが助かったか。それだけは今の僕にも分かる。それがなかったら、彼女の抵抗がなかったら、脆くも僕らは挟み撃ちに遭って粉砕されてしまっていた。今でなら分かる、あの時の彼女の判断は、『最良』だったんだ。


 ……だからこそ、分かる。


 分かるから、悔しい。



 『必要だった』って思えば思うほど。分かれば分かるほど、理解したくないのに僕の脳裏に後悔が刻み込まれる。……ああするしか、なかったのか? するしかないほど、追い詰められたのか。だったら、その原因の《ステータス》は、誰のものだ。


 ……。


 …………『僕』だ。


 僕だ。自分が『無力』なことが。悔しい。なんで、こんなクソ野郎を頼る必要があったんだ。《剣島都市サルヴァス》の剣士なんて、それこそ、いくらでもいるだろう。なのに、なぜ。なんで。どうして、この局面で―――動けるのが、〝使える〟のが、僕しかいなかったんだ。


 ……〝逃げて〟も。


 逃げたって。



 ……よかったじゃないか。




「…………なんで、逃げなかったんだよ」



 ぼそりと。


 僕は辺境の雨の音の中で、孤独に吐き捨てた。


 『こんな僕』のショボさを見て、どうして信じられたんだ。


 こんな僕を見て、どうして逃げなかったんだ。



 逃げてもいいじゃないか。そう思う。


 誰も責めやしない。現に、役立たずだった。この僕という人間は、戦いの中でも『里も後ろも、森で戦う大切な友も』守れず、戦いの後も、辺境に来て、魔女を頼って、八方に頭を下げて懇願して―――何もできない、何も変われやしない、《レベル1》だった。


 それどころか、助けるどころか、目を覚まさせることすらできない。情報もロクに集められやしない。ここまで頑張ったってその程度だ。そんな『僕』という人間は――その程度なんだ。最底辺だった。



 仲間なんて呼べない。


 呼べやしない。



 ……。なのに。


 なのに――なぜ、信じられる。


 失格な〝ヤツ〟を―――〝一生懸命〟に、どうして信じられる?



「……っ。」



 僕は里の辺境の雨の中で、拳を握った。 


 逃げてもよかったんだ。逃げりゃよかった。僕は思った。結果論になるが、その相手の武装は圧倒的に上だった。格上の魔物を相手にするとき、《冒険者》ならばどうするか? この世界の冒険者哲学はどう判断するのか? そりゃ、〝逃げろ〟だ。誰も得しない。何よりも守るべき、自分のために。冒険者の本質は、自分が稼ぎの資本、自分の身を守ってこそ〝次がある〟だ。


 なのに、そうじゃなかった。


 はるか上位ランクの魔物の残骸からの武装。それを、《聖剣》で立ち向かってしまうのだ。ただ、わずかの時間稼ぎのために。


 生半可な力では立ち向かえない。それは分かっていたはずだ。


 最初から気づけないまでも、『逃げる』くらいの選択肢、あったはずである。


 ……なのに、しなかった。



 僕はそこまで考えて、首を振る。


 できるわけがなかった。そう自分自身が行きついた思考を振り返って、僕の自己嫌悪からなる自問自答に、終止符を打った。



 ……分かってる。


 分かっているんだ。〝あの子〟の気持ちは。




 『里』があったのだ。


 彼女の背後には、里と僕がいた。逃げることなんてしないだろう。僕にだって分かる。『一緒に冒険する』ということの重み。普通だったらそうは思わないだろう、他の冒険者だったらそうはしないだろう。だけど、〝僕〟と、〝僕ら〟との冒険じゃ――。


 一緒にもろとも潰される。それなら、危機を救うために犠牲になろう。次の突破口に向かって、力をふりしぼろう。そう思う。



 僕に。『託した』という意味。


 言葉の重み。それは〝僕〟の全てステータスに向けられていた。




 ……分かる。


 分かっている。だから、僕はこんなに悔しくて、呼吸も苦しくて顔をくしゃと歪めているんじゃないか。






 ――『仲間なかま』。



 そう。



「……っ、」



 僕は、脳裏に浮かんで、小さく拳を握りしめた。





 ずっと一緒に旅をしてきた。



 僕は思った。最初は……そう、小さな――ささいな冒険だった。



 《鎧蜘蛛ヨロイグモ》の討伐。



 そう、最初はほんのわずかな冒険だった。『魔物百討伐』という昇格試験があって、多くの〝未熟〟な冒険者たちが集まって、その試験を受けた。



 あの頃は、確か『本』が使えない冒険者だったな。



 僕は思う。思うと、ほんの少し、微笑みが顔に張りつく。



 最初は何もできなくて――。スライムにすら囲まれていた。『助けられてもいい』みたいなこと、いってたっけ。最初から自分の弱さを見せたくない、誰かに頼るくらいなら自己犠牲を選ぶ――そんな一人で負けず嫌いの、そんな少女だった。


 でも、『落ちこぼれ』で。何もできないことに涙ぐんでいて。


 それで最後は《鎧蜘蛛ヨロイグモ》――あの討伐中、冒険エリアの悪名高き魔物を相手にすることになったんだ。


 『呪文の図書』を手に、前進することを選んで。


 魔物百討伐――その最後まで、信念を貫いていった。




 ……それが最初の出会い。友であり、仲間だと思った。


 それは向こうも同じだろう。


 今回の《クルハ・ブル》で、最後は、冷たき月の下の丘で、『聖剣図書』を振るった。それがあるから里が救われた。それがあるから……〝僕〟が、ここまで辿り着くことが出来た。


 ……だから、〝僕〟は。




 ……。


 ……。





「……戻ろう」



 窓の雨が、強くなった。



 僕は思う。『僕のやりたいこと』。


 それは冒険者リスドレアから問われて、とても一言で返せなかった。そこには複雑な思いが混じり、濃淡色の感情が入り交じり、それがないまぜになって、僕の心の底の、とても深い場所に落ちてくる。


 ――《冒険者》として、一言では返せない。


 だから、思う。


 僕は暗く、長い屋敷の廊下に目を戻した。




 ――まだ、終わってない。



 たとえ。『眠っていた』としても。メメアにこんな情けない顔を見せられない。




 ――元に、戻れるはずだ。方法がなくとも。答えが、見えなくとも。



 僕は思った。あの午後の陽気の下の、《剣島都市サルヴァス》に戻りたいから。


 あの景色の、島の――日常風景に戻りたいから。いつも見上げる《剣島都市サルヴァス》が好きだった。〝青空〟を、みんなで見上げて、街を歩くのが好きだった。


 精霊のクマ・アイビーが買い物して、道具屋の店主にしつこいくらい値切り。それをたしなめつつ夢を語る冒険者のメメアがいて、その横で瞳を輝かせて聞く精霊がいて。その主人である、僕が最後尾で歩いて。


 ……そんな。街中に戻りたいから。



 いつもの、『ありふれた冒険』に、戻りたいから。



 …………。



 屋敷の一室。長い廊下を僕は見つめていた。長く続く《燭台灯カンテラ》の列を通り抜けて、そして僕は部屋に戻る。


 ここを抜ければ、眠る『少女』がいる。


 気を引き締めて、僕はドアに手をかけた。




「……、?」


 え? と。


 そこで僕は、寝室の入口に立って硬直することになる。



 なぜなら。



 そこにあるはずの。光景。


 部屋があって、その中央にあるベッドに違う光景があったからだ。


 いや。




 ベッドが、『空っぽ』になっていた。




「…………メメア?」



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