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17 仿影




 ……おかしい。



 その少女――メメア・カドラベールは思っていた。


 幻想的な月夜の下に広がる光景が信じられない。


 ……あいてが、信じられない。


 その冒険の、目の前に現われた敵が信じられなかった。

 その女は、里へと向かおうとする冒険者たちの目の前に現われた。《冒険者》というステータス強化を所持するクレイト・シュタイナーというLv.1の冒険者と、同じく旅をする本の冒険者であるメメア・カドラベールの前に現われた。


 《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》という神樹から力を分け与えられる聖剣を持つものなら、魔物さえ倒せる。突破できるはず。



 ……倒せる、はずだった。



「……うふ、楽ぁのし」



 ―――なのに!


 軽妙な動作で、剣士おんなが楽しそうに跳ねる。


 ――凄まじい跳躍力であった。月明かりを泳ぐ魚のように回転し―――それだけなのに、王国の巨大な路地ならば一息で飛び越える、とんでもない身体能力を発揮していた。


 〝助走〟もなく、無拍子。

 いきなり。たった片足だけの跳躍力で、女は夜を泳いだ。



(―――くる)


 メメアは覚悟し、防御を試みた。


 手を前にかざして放つのは《雷炎の閃光ファイア・ボルト》である。


 攻撃にも防護にもこれほど適した呪文はなかった。神樹の魔力マナを持って形作られし《炎》は、神樹の根を這うあの熾火フレアを再現しているのかもしれない。正面に展開すれば防御の膜となり、また、前方を一気になぎ払う『攻撃の炎槌』にもなった。


 ―――魔物の。それこそ、《液状魔スライム》程度なら苦戦もすることなく倒しきれるはずだった。絨毯のような火炎は辺り一帯の敵を一掃し、着弾と同時に弾ける。――それを、〝小さく弾ける〟程度に扱っているのは、メメアが神樹の加護を――まるで、球技のように制御しているからだった。

 

 だが、女は《雷炎の閃光ファイア・ボルト》を吹き飛ばしていた。




 ―――それは、〝彼〟の知らなかった戦場。


 ある冒険者の知らなかった、一夜の少女の『戦闘の物語』であった。


ダンジョン迷宮遺跡を出たとき、その里の炎を麓に見たとき少女たち《冒険者》は道を急いだ。冒険者のみで先行して走ることにより、《ステータス》の威力に任せて里がある麓に近づく算段だった。


 ……だが、女が足止めするため待ち受けていた。



 そこで、この『戦場』を引き受けたのが、少女メメアだった。




(くっ……!)


 少女は冒険者ブーツを踏みならし、その小さな体を回転させながら戦っていた。


 ―――女は、《雷炎の閃光ファイア・ボルト》にまとわりつくように近接すると、そのまま回避したり、剣で弾くような動作をした。同時に『剣』が回転し、大斧を振り上げるようにした。


 全身の筋肉をバネのように使った〝熟達した剣士〟の動きである。そこに独自の動きも混じった。メメアたちは吹き飛ばされる。黒い〝塊〟の剣にふれただけなのに―――冒険者の大男が抱える、大槌のような一撃がきた。


 がくんと、メメアの体から力が奪われる。

 ……っ、と目を苦しく歪めた。根本的な生命マナが削り取られようとした。精霊のアイビーが『ぐ』と聖剣の内部で叫ぶ。少女の『生命』の……重大な輝き。――《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》に預けているものが、蝕まれようとしていた。




 …………おかしい。


 おかしい。


 『剣』もそうだが、その『動き』も独自のものだった。


 不可解なのは、剣、動き、二点。



(こんなのが――〝盗賊〟だなんて―――!)



 メメアは《雷炎の閃光ファイア・ボルト》を防御に使う。


 防戦一方に傾いてきた。メメアたち主従は、その背後にある〝丘〟を最後の防衛のよりどころとした。


 通常では勝てない〝魔物〟を倒すために聖剣がある。どんな大きな敵も、強靱な肉体を持った鋼の魔物も――〝レベルが高い〟聖剣であれば、引き裂くことができるから〝冒険者〟が頼られているのである。


 ……それなのに、その常識が通用しなかった。


 剣士は、魔物の〝ボス級〟と同じ威圧感で――メメアを戦慄させ、その足を丘に向けて後退させていた。


「……うふ。もう終わりかしら? 《冒険者》」


「っく」


 冷や汗が、滝のように噴き出す。


 《雷炎の閃光ファイア・ボルト》を続けざまに放った。彼女が自信の魔力マナ操作で可能にするのは最大二つ―――前後を挟むように、女の行く手と、その背後に向かって燃えさかる小さな玉が追尾していった。



 ……弾ける。


 だが、女はその場所にはおらず、横に〝ステップ〟することで回避していた。一瞬の移動だ。――だが、それも読んでいた。『特定の場所』へと導くための攻撃だったのだ。直後に彼女は、精霊の宿る書――《聖剣図書》をかざして、女が移動する先に《水王の槍アクア・ジャベリン》を放つ。


 旋回する水の槍が、月明かりをうつしながら草地に炸裂する。



 ――が、女は『特殊な行動』をとった。


 避けきれないと思うと、姿勢を低くし、剣を斜め後ろに向かって横たえることで―――ギリギリ、その研ぎ澄まされた水の放流を『後ろ』にいなした。回避する。



 ――空中で、水の飛沫が散った。



「言っておきますが。何をやっても無駄ですわ」



 その〝剣〟も、異常性があったが。


 なにより、少女の『まさか』という違和感を拭えないのはその使い手だった。喉を這うような、飲み下せない違和感。それは胸に引っかかって気分が悪く、そして、どこか身に覚えのある感覚。


 答えは―――彼女の仄暗い記憶の、〝どこか〟から出ていた。




 …………おそらく、最悪の答えになる、その予測を。



「…………うふ。薄々、感づいているようですわね」


「……っ」



 ガキン、と剣を弾く。


 正面から《雷炎の閃光ファイア・ボルト》と打ち合っていた。


 女は『それ』を知られるのを恐れていない。むしろ暗い笑みを含み、正解してしまうことこそを『強敵』の条件として求めている。


 メメアは―――。

 そう、メメアは―――知っている。


 その動きをする人のことを。

 剣に込める、違和感の正体を。



  ……『それ』は。


 呪文スペルごしにでも戦っていて分かった。『構え』からして違った。女は隠そうとしている。独自の流儀を交えて、『異国の剣技』のようにとっぴな足の動き、腕の動きで隠しているが―――その腰の位置、根っこの動きが。物語っている。



 それは。

 《冒険者》の彼女が忘れていた『存在』だった。


 彼女がまったく知らない流儀だったとしたら疑問には思わなかっただろう。せいぜい、『そんな強い剣士が、この世界のどこかにいるのか』と程度に思ったはずだ。だが、少女にとって明らかに違和感を運んだのは……『それ』を知らなかったのではなく。懐かしかったからだ。



 そう、懐かしい。


 それは、どこか遠くに忘れてきた場所においてきた記憶。白い空間の向こうにあって、どこか思い出さないようにしていた。……いや、正確には見ないようにした。



 故郷の色鮮やかな、家々が浮かび。


 誰も庇ってくれない、冷たい街の人たちの顔が浮かび。


 ――そして、自分を嫌った、姉たちの顔が浮かぶ。



 『それ』を思い出すたびに自分のたどってきた『路』が浮かび、胸が苦しく締めつけられた。呼吸ができないような、焦燥も感じた。冷たい汗が額に滲んだ。



(……まさか。まさか)



 ――それは。


 それは。


 ――少女は、『それ』を知っていた。


 ――少女は、『それ』に所属する剣を知っていた。




 村人とは違っていた。職人などとも違っていた。都市の商工議会に参加する職人の子が、生まれてずっと『トンカン』と木槌を振るっているように。また、商人の子が、生まれて物心ついたときから、王国銅貨の冷たさにふれて銭勘定を覚えていくように――――『それ』も常に覚えていく。



 『剣』を与えられる。


 『その環境』の中で、試練を与えられ、育てられる。


 国の威信と旗を背負って立つために。

 その双肩に国土すべてを預かるために。国民から『強さ』という信頼を置かるために。――また、騎士領国の主のように、出世をするために。


 ――時として、〝退却〟すら禁じられ。

 ――時として、魔物とも〝一騎打ち〟させられ。


 時として、〝竜〟すら、殺そうとした英雄がいた。〝国〟の壁を守るためなら、魔物の大軍勢にも平気で身を投じて、〝殉死〟することも厭わない。


 強さというものを〝概念〟として胸に抱き、どんな強大な相手にも剣一本を振るって、喰われようと後退なく立ち向かう。


 ………それを。


 その存在を、象徴する『呼び名』のことを少女は知っていた。


 その存在を、象徴する『呼び名』は、少女にとって恐怖だった。



 彼女が、冷や汗を流す相手は―――




(…………っ、騎士!!)



 メメアは空中を回転しながら《雷炎の閃光ファイア・ボルト》を放った。


 もしそうなら、尋常ではない相手を敵にしていることになる。この女は『王国』には所属していない―――それだけは分かる。その動き、無法で乱暴じみた剣術は荒く、そうした王国の騎士に見受けられるような美しさは遠い。


 ……だが。〝根っこ〟は残っている。


 メメアの動きを見切り、その動きに合わせて立ち回る姿は剣士の『先読みそれ』というものに近い。だったら、動きは見破られている。


(……すべて、予想されている)



 メメアの額に汗粒が浮かんだ。

 戦闘を続けた。騎士の女はふわりと浮き上がった。――〝あの時にできなかった〟動きで、《冒険者》の力をメメアは発揮する。……だが、女は〝騎士の構え〟と呼ばれるもので着弾した炎を振り払うと、反撃してきた。


 ――確かに女を捉えたと思ったのに、その弾道はそれて、遠く森の中を移動したのだ。着弾し轟音が上がる。



「うふ。面白い―――ですわね。

 先ほどから、とっても不思議でしたの。どうして、『こちら』の動きを見知っている動きをしているのか? 火炎の弾が狙う先は、まるで、私の次の動きを知っているみたい」


「……」


「でも。そうですね。そうですわね。

 冒険と剣の島なら―――《剣島都市サルヴァス》という島なら、『そういう』人たちもいるんでしたっけ。忘れていました。たかが冒険の島―――。いえ、冒険者の島だからこそ。稀に、『そういう人たち』がいるんだと」



 女は、剣を弄ぶように。


 ――そして、少女の疑問の、正解コタエすらも、弄ぶようにチロリと舌を出して、蛇のように動かした。



「答えは単純。―――あなたも、『騎士』なのですわよね?」


「……!」


「いえ。正確には――『騎士』になり損ねたモノ。

 なぜなら、いまだに私のことを捉えきれないのですから。熟練した剣士であれば、もうとっくに動きを捉えて一撃を加えている頃ですわ。

 ……でも、『なぜ?』、そうしないのか。コタエは――うふ、あなたが『下級貴族おちこぼれの騎士』だったから」



 女は、言う。

 楽しそうに。楽しそうに、言う。


 言葉を弄ぶようにいう。口調で遊ぶ。それは、『滑稽な本の冒険譚』の物語だった。《剣島都市サルヴァス》にたどりつく前――少女は苦しみを味わった。すでに〝階層ランク〟という壁を経験し、どうにもならない同じ人間なのに壁をつくられ、その外側で、うずくまり涙を呑んだ。


 故郷を、脱出した。


 だが、



「――騎士の《最底辺なりぞこない》が、わたくしに勝てるとでも?」



 ゾッとするくらい、暗い笑みを浮かべていた。


 ――笑った。


 その表情の下から、凍りつく殺意が草地に満ちていた。


 メメアの全身に粟粒が立った。……それは、どこから来るのか、分からなかった。

 『騎士』として、それになりたかったものとしての本能なのか。足が竦んでしまいそうだった。思わず、足が後ろに下がった。


 縫い止められたように、手が。体が動かなくなった。



 …………〝生物〟としての、階層の違い。


 〝階層ランク〟―――の、違い。


 負けて故郷から逃げてきた彼女を、襲おうとする巨大な〝騎士像〟。

 足が震えて、直視ができないほどの威圧感を受けていた。手にじっとりと汗が伝い、気づけば呼吸ができていなかったことに気づいて、荒く息を吸う、吐く。聖剣の図書を握りしめるが、手が震えて狙いがつけられない。




「……う、あ」


『マスター!』


 精霊アイビーが、強い声で吠える。


 聖剣図書の中からの声だった。ハッと、メメアは我に返った。縫い止められた足が少し軽くなる。同時に、忘れていた足の震えが戻ってくる。奥歯を噛みしめて、殺そうとする。


最弱冒険者クレイトさんに、誓ったのでしょう。時間を稼ぐって。あの女が、里に近づけないよう―――〝仲間〟として止めるって』


(……っ、)


 そうだ。


 メメアは、奥歯をさらに強く噛みしめる。


 ……怖い。確かに怖い。


 だけど。負けられない思いがあった。


 あの女は……盗賊たちと鉄の国・《クルハ・ブル》を襲っている。冒険者である自分たちの足止めをしようとするのだから、そうだろう。―――こんな、こんな、《魔物》を使った騒ぎを少女は聞いたことがない。



(―――あの燃える里に、人がいる)



 メメアは、桃色の髪を風に流し、振り返った。


 ――あの黒煙の下に、どれだけの怖さに震える、子供たちがいるだろう。


 ――あの里を囲む千の軍勢に、どれだけの人が怯えているだろう。


 その『力』の使い方が許せなかった。こんなの、間違っていた。里を囲むのが《魔物》だけならまだよかった。だが、盗賊も一緒なのだ。この大陸を生きている人たちは《魔物》に苦しめられ――だから、『階級制ランク・システム』の冒険者たちが各地を回っていた。村を救っていた。


 ……だけど、こんな騒ぎなんて。



 メメアは許せなかった。ダンジョン迷宮遺跡に合流して、クレイトの同行者として『仲間』に戻ってから――思っていたのは〝許せなさ〟だった。負けてはいけない。あの里には〝最弱冒険者(レベル1)〟の彼を待っている人がいる。彼が、助けるべき人たちがいる。 



(……っ、私は、『盾』だから)



 だったら。


 …………だったら、『メメア』のやるべきことは、一つだけだった。


 書が輝く。ようやく思い出したように、意志が恐怖をはねのける。里に向かった軍勢よりも危険な戦いになる。―――承知。目の前が〝強敵〟なのも、承知である。


 メメアは悟った。


 瞳と唇に力を入れて、気迫を込めるのである。


 冒険者・『メメア・カドラベール』だからこそ倒さねばならない。


 あの剣士を仕留めるのは、同じ冒険者でも《騎士》である自分なのだと。騎士の特徴を知り、流儀を知る自分だからこそ……撃破できる可能性がある。



 ―――あの《最弱冒険者(レベル1)》には、回さない。

 


 冒険者かれの敵は、自分が引き受け、守る。




「―――アイビー。《雷炎の閃光ファイア・ボルト》」

『はいっ』


 書を構え――その動きを、冒険者の《戦闘向き》に合わせた。


 メメアの真っ直ぐな瞳が、正面の敵を貫く。


 精霊は理解していた。あまりに圧倒的な〝動き〟の実力差がある場合、やるべきことは大規模な『一掃』の攻撃だった。


 『メメア・カドラベール』は、火力面においてのみ優勢な冒険者である。


 彼女の冒険には典型的な〝遠距離戦〟の戦い方が適用される。つまり、近接戦をのぞく戦闘だ。《冒険者》は数多くいるが、その中には弓や、石弓を主体に戦うメメアのような遠距離戦士ソルジャーたちがいた。


 遠距離での〝火力〟や〝精度〟を磨き、そのステータスをもって《魔物》に対抗しうる。


 ―――遠くから魔物を狙撃し。

 ―――または、集団で襲いかかる《小魔族ゴブリン》などが遠くから確認できた場合、その数を減らせたりする用途があった。


 だから、この場合は懐にもぐり込んでくる戦い方をする――《剣士》が相手の場合、彼女のポテンシャルを最大限に引き出すのは『一撃・封殺』の戦いかただった。巨大な〝ボス級〟の魔物を相手にしたときのように、灼熱の業火で、一気に勝負を決着させる。


 メメアは正面全域を狙った。


 《雷炎の閃光ファイア・ボルト》だ。天空に浮かぶのは書に浮かんでいた紋章――それが数倍にも大きく描き、絡みつき、冒険者が扱う属性契約の『すべて』の力が込められていた。


 ――まるで、剣に威力を持たせる《紋様》のように。

 彼女の冒険に『剣』などない。だが、遠距離戦では最強の『後方爆撃』を、彼女が必須とする『前衛職アタッカー』抜きで成し遂げてしまったのだ。草原の丘を火炎の巨大な竜巻が渦巻き、《雷炎の閃光ファイア・ボルト》の光りが押し寄せる。



 呪文スペルは森に着弾した。―――爆速で、焔は成長し山を包んだ。


 最も慣れ親しんだ呪文だからこそ、威力を引き出しやすかった。たった一人で『災厄』クラスの山火事を引き起こしていった。無理は承知だ。だが、ここで責めきるしかなかった。


 一匹の巨大な魔物の『噴流ブレス』が暴れるように、月の下で火炎が木々を破壊していった。




 ―――『Dランク冒険者』の技ではない。


 だが、疲労感も尋常じゃなかった。まるで水中深くに潜っていたように、メメアの口を開いての呼吸が荒くなり、そして両肩に凄まじい重圧が襲ってきた。膝に手をつき、辺り一面を包んだ火炎の光りを見ていた。



(…………っ、はぁ、はぁ)



 メメアは、詠唱姿勢の手を見つめる。



 …………女の目的は分からない。


 分からなかった。あの女は鉄の国・《クルハ・ブル》にきて盗賊と手を組んで、クレイトが救おうとしていた里を襲った。


 ――ダンジョン迷宮が関連していると思う。

 ……きっと、魔物の騒ぎも。


 メメアは感じた。あの女から感じた『得体の知れなさ』は尋常ではなかった。裏で糸を引く黒幕……もしかしたら、何か重要なものに、関わっている匂いすらあった。


 ……だが、倒すしかなかった。



 手加減などできる相手じゃなかったのだ。

 そんなことをしていたらこちらが殺されていた。少女は思う。危険を脅威として未然に防ぐのが最大の目的だったのだ。目の前に広がる森の光景は夜なのに煌々と輝き、残る闇のどこにも人影はいない。


 ここを突破されると《女》は里に向けて移動を開始しただろう。

 ――最悪、あの里を救おうとした、《最弱冒険者(レベル1)》と衝突しただろう。すると、もう碁盤の最終的な戦局が『詰み』になってしまった。〝千を超える軍勢〟を誰も倒せず、鉄の国・《クルハ・ブル》を救える者がいなくなってしまう。



「アイビー」

『ええ。あの女の、目的までは分かりませんでしたが……おそらくトドメを刺すべきだったでしょう』


 精霊も、同じように考えている。


 将来、商人になると言っている精霊だ。その計算をしている。


 精霊は、もはや〝盗賊〟としての実力で女を見ていなかった。あの女から感じる肌が粟立つ寒さと、嫌な感じは、もはや『王国の優れた剣士』の域を超えていた。――本当に、騎士たちを殺して回っていたのかもしれない。


 あらゆる事態について想定して、主従で一致したのは『里を襲おうとした盗賊たちを、倒せなくなっていたのではないか』ということだ。それだけは止めねばならなかった。


(……あとは里に合流して、このことをクレイトに報告……ね。どういう顔をするかしら)


 少女が、足を一歩出した時だった。




「―――で?」



「え」




「これが、どうかしましたの・・・・・・・・?」



 ふと、呼び止められる。


 ゾワッとした。


 あってはいけない――。なくてはいけないはずだった。


 その女は確かに、全身を炎に包み込まれた。……見届けた。確認したはずだ。なのに、ゾッと背筋を虫がはったように、全身の毛が逆立った。冷たい感覚が、頭から足先まで、血を奪い突き抜ける。


 手が、震えた。


 もう息が、吸えなくなった。


 ――ドクン、ドクン、と心臓が嫌なリズムを立てて波打つ。


 何もないはずの、焼けた草地に――踵を返して、振り向いた。




「だから言ったでしょう、何をやっても無駄ですって」



 ―――女が、草地に首を傾げて立っていた。





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