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13 菜園の記憶扉2



「……じゃあ、別れていくか」


「そうじゃな。クレイトも気をつけるがよい」


 少し間が空いて。


 麗らかな陽の注ぐ辺境の庭の門前。

 旅支度を調えた僕らは、『会話』を交わしていた。


 相手はエレノアたちだった。それぞれに旅支度をし、僕の目の前にいる一行は髪を束ねて編み笠をかぶっていた。


 その下にのぞく少女の瞳。――それは、多少は残されていく僕のことを気遣っているようだった。瞳に翳りがある。やはり、鉄の国クルハ・ブルのためにきて傷を負った冒険者の少女のことを気にしているのだろう。


 そして、後ろにいるのは屈強な護衛としての『里の採掘師ギルド』の隊長・オランさんだった。金槌である〝ハンマー〟を旅の服装に革ベルトで固定して、武具を背負い、『お嬢は任せな』と頷いていた。


 武具は―――いつでも、〝魔物〟との戦闘を想定してのことだ。


 今はこの国・《クルハ・ブル》には、魔物だけじゃなく盗賊も出現する。戦えるよう警戒態勢だ。一行には、唯一の冒険者としての聖剣持ちの〝ロドカル〟がついていた。小さな金色の獣人の耳を風に揺らして、敬礼している。


「いいか、ロドカル。頼んだぞ」


「はいっ。了解であります。今回のクレイトさんの――僕たちの〝依頼人〟でもあります。必ず、魔物がでてきたら、逃げ延びてみせるであります」


「…………逃げるのか」


 それを、ちょっと情けなさそうに肩を落とすのは一行に従う隊長オランさんだった。


 屈強な武具を身につける〝大男〟の彼が、一目散に『逃げる』という選択をした場面を想像して情けなくなったのだろう。……だが、今はその選択も間違っていないと思えた。


 ――つまり、それほど、この鉄の国・《クルハ・ブル》の状況は差し迫っているのである。


 魔物と遭遇し、戦闘していつ〝盗賊〟に横やりを入れられるか分からない。無用な戦闘は、なるべく避けるに越したことはなかった。



「まあ、任せて欲しいであります。そんじゅそこらの小規模な『魔物』の集団程度なら、やり過ごしてみせます。僕は隠密行動が得意なのでありますから」


「そっか。頼む」


 やはり、自信に漲った顔で請け負う獣人冒険者。――キラキラとした瞳で請け負ってくれたロドカルは、冒険者として立派に肝が据わっているように思えた。


 この鉄の国の騒ぎを経験して、これほどのへこたれなさを見ると、彼の『冒険者』に対する強さと、憧れを感じさせる。


 お付きの猫精霊も、『ニャー!』と嬉しそうに、胸をはってみせていた。



「じゃあ、気をつけて、な」


「うむ。じゃが、その前に」


 ……え? と。


 一足先に遺跡に向かい、姉――ローレンから託された地図を調査しようとしていたエレノアは、そこで編み笠をくるりと回し、庭園の門前で旅立とうとしていた『一行』から、引き返してきた。


 驚く、僕の目の前に立ち、



「クレイト。一言、言っておきたいことがある」


「……?」


「――『お主』のせいではない」


 それを。


 瞳をじっと向け、そのひどく澄んだ――《クルハ・ブル》の里の空と同じ色をした瞳の『里長』は、銀色の髪を揺らし、編み笠の下で僕を見る。


 エレノアが引き返してきて、



「実は、ずっと考えておったのじゃ。姉上のところに向かう前。……ずっと、ずっとな。最初はお主の『冒険』に対する情熱が分からなかった。理解はできるが、本当に深い部分では触れられなかった。


 ――今、姉上から事情をきいて、そしてお主があの《女王蜘蛛》を倒したことを知った。……すごい、本当にすごい冒険者じゃとおもった。それに、お主のあの連れの娘も。思う、からこそ、言うのじゃ」


「……? なにを?」


「里の。騒ぎ。今回のことで《クルハ・ブル》で起きていることで――お主が責任を負うようなことは何もない」


 編み笠を手で持ち上げ、〝里長〟の少女はそう言う。


 一度は『森』に向けて歩きだした《クルハ・ブル》の里の一行の中から、戻ってきての言葉だ。声に力があった。意志の重みもあった。きっと、迷って、それで最後に伝えたかったのだろう。


「騒ぎが起こった。連れの娘も伏せっている。


 ……じゃが、今回のことは『お主』がいてくれなかったら騒ぎが最小限で収まることもなかった。きっと、今よりももっと最悪になっていたじゃろうし。盗賊たちも追い返せなかった。――次は、此度こたびの迷宮攻略じゃ。着実に、じゃ。小さくとも、着実に前に進んでおる」


「…………」


「むしろ、自信を持ってほしいくらいじゃ。

 お主は気にしすぎる。……それは優しさでもあり、責任感の強さでもある。じゃが、お主は一人で戦ってしまう」


「…………」


「何もかも一人で背負わずに、少しは行きづまったときくらい、重荷を他人にも背負わすとよい。そこに『精霊』もおるじゃろう。周囲の人間もおる、わらわも、もちろんいる。……みな、お主の荷物なら喜んで手を貸すだろう」


「……。分かった」


 少し、意外だった。


 普段は無口なエレノアが、『余計なこと』を自覚して言うのだ。

 口を出していた。人を本気で案じる表情をしていた。そして、里長として対等に向き合い、真摯な顔でのぞき込んでくるその編み笠の下があった。


 僕は少し驚きを隠せなかった。……とっさに言葉が出てこない。心の奥で。悩んでいる、自覚もないものに触れられた気がした。そして、それは意外だったが。確実に、持っているものだった。


 ……エレノアは気づいていたのだ。


 僕が自覚しない。自覚するまでもない、〝脆さ〟というものを。



「…………分かった。エレノア。覚えておく」


 自覚すると、自然とその後に繋がる言葉が口からこぼれた。安心したようにエレノアの小さな顔がほころぶ。


 初めて、鉄の国でエレノアが笑った気がした。それも心の底から。エレノアの笑顔は、普段は『里長』としての責任に縛られているため見られない。が、こういう場面での、エレノアの笑みは救いだ。


 『里長』は、それから僕の後ろのミスズに瞳を向ける。『後は、任せたぞ』と。控えめに後ろに佇んでいた契約精霊に、エレノアの強い眼差しが注ぐ。ミスズは力強く『はいっ』と頷いていた。


 両手をしっかり握ってから、『ご主人様マスターのことは、ミスズにお任せください』と胸をはった。それがすべてだった。


 いつも以上に元気な精霊の言葉を聞いてから、エレノアは満足そうに頷き、『里の辺境』から立ち去ってゆく。


 ――見送る。

 ――この鉄の国の。《姉》と《妹》、そして《冒険者》と《依頼人》という立場である両者が、辺境の庭先の門前で別れた。


「……ふふ、エレノアちゃんの『里長』じゃない顔、久しぶりに見た」


「え?」


 僕が驚いて横を見ると、そんな《レベル1の冒険者》の隣で、白い服の裾を押さえた魔女が満足そうに見送っていた。一行に手を振っている。



「心当たりがあるの。冒険者さん。……実は、私にも一つだけ。〝最後の手段〟――考えが浮かんだ。部屋に戻って、対策を考えましょう」


 ローレンは、そう隣で目を向けてくる。





 ***



「―――考え、ですか?」


 菜園へと戻りながら。

 僕らは庭園の緑を踏みながら、そんな話をしていた。


 広い庭園だった。これだけでも、小規模な里の光景はある。動物たちが物珍しそうな視線で僕らを囲み、その中を踏み抜いていく。



「ええ。実は、さっき見せてもらった冒険道具の中に、一つだけ見慣れないモノが混じっていた。それが気になったの」


「なんですか。そんなの、あったかな」


「呆れた。あなたの荷物に入っていたのよ?」


 そう魔女ローレンに言われて、僕ははて? という気分で首を傾げた。なんだっけ。そんな珍しいもの下級冒険者が持っているとは思えないが……。


「それは《壺》よ。あなたの荷物の中にあった。

 南国の保存用の壺でも、北国の雪の中の治癒薬入れでもない―――朽ちることのない、そもそも、老朽化を考えられていない、特殊な壺だったの」


「あ、」


 ……ひょっとして、〝アレ〟のことか?


 言われてみると、なんとなく思い当たるものがあった。


 思い当たったのは、寮母さんに預かった〝壺〟だ。


 出発前。《剣島都市サルヴァス》の門へと強制連行する『馬車』の中で、得意げに僕を見送っていた寮母さんが手渡してきたものだった。なんでも、『困ったときのため』みたいなことを言っていたっけ。……だが、胡散臭くて最初から信じていなかったが。


「あれ、そんな珍しいモノなのか……? 確かに、見慣れない道具ではあるけど。おおかた、どっかの《戦利品》を持ち帰った冒険者と酒場での見比べをして、無理矢理ぶん獲ったものじゃないか。……って思ってたけど」


「とんでもない。そう易々と手に入る品物じゃないわ。――ううん、きっと各国の商人豪商たちが見たら垂涎ものの……いえ、きっと《剣島都市サルヴァス》にしかない品物」


「……な、なんですか? そんなものあるのか」


「『精霊王シリーズ』よ、あれ」


 麗らかで陽の注ぐ菜園で、辺境の魔女は僕にそう言う。


 …………精霊王、シリーズ?



 そういえば、僕は何となくその〝逸品〟の存在をきいていた。噂話も。どこかに存在するという〝秘宝〟。《剣島都市サルヴァス》の冒険者たちが作る―――〝鎧〟や〝火竜の膜の皮手甲〟〝冒険者の軽技ブーツ〟――なんかとは一線を画す、〝不思議な効果が付与された冒険具〟のことである。


 その性質から、〝効果の小さいもの〟から〝永続的なモノ〟まであり。


 一部の冒険者などは、大金を支払ってまで〝買い求める〟ものである。


 僕は詳細を思い出す。確か、それは『昔、精霊王が用いた品々の残り』として各地に散らばっているのである。―――遙か大昔、あの《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》の絶大な力の恩恵を一身に使うことができた精霊王は〝英雄ロイス〟と並び、〝最強の精霊王〟などと呼ばれている。


 そんな彼女の遺品だから、わずかな冒険の〝壺〟ひとつでも特殊な力があったり、奇妙な働きがあるのも当然である。―――しかし、実際に《剣島都市サルヴァス》の街中が広しといえど、〝本物を所持〟している人間はそう多くないはずだ。


「…………それを、〝寮母〟さんが……?」


「〝壺〟という品物だから、効果は他の〝シリーズ〟よりも下位ではあるでしょうけど。それでも特殊な力が宿った逸品よ。…………効果が見込める」


 庭園で、魔女は頷くのである。


 横では、庭園を歩いていた〝従者〟たちのうち、真剣な顔で聞いていたミスズは『ほへー』と幼子みたいに口を開けていた。その隣で、『ちっ、下級冒険者のくせに良い品物だけは持ってやがりますね』とばかりに枯れ草をかじっているマドレアがいる。相変わらずこの精霊だけはやさぐれていた。


 その『がじがじ』とかじる見慣れない精霊のしぐさに、ミスズが不思議そうに目を向けていると、精霊の〝仲間意識よしみ〟を感じたのか、マドレアが枯れ草を差し出している。……少しかじって、ミスズは小さく『ぷるぷる』と震え、ぺっ、ぺっ。と小さく吐きだしていた。


 そんな精霊たちを横目に、僕は口を開く。



「…………でも、それが今回のことに何か関係してくるんですか? 確かに、その〝精霊王シリーズ〟というのは珍しい。そう島ではきいています。でも、今の状況だと……」


「大事なのは、〝二つ〟なの。冒険者クレイト・シュタイナー。


 ―――一つは、その壺が〝揺るぎない本物〟であること。真贋については、モノがモノであるだけに世界中でも鑑定するのは難しいわ。……特に、何も知らない貴族が商人から『買わされている』という話しもよくある。実際、それのほとんどが本物じゃないしね。でも、私には本物だと分かる」


「なぜ」


「賢者の〝囁き〟がある」


「……あ、」


 僕は、そこで驚きで口を開いた。


 ……そうだ。

 確かに、この人にはそんな〝特殊能力〟がある。



「――そして、ここからが重要。二つ目のことよ。

 もし、その品物が本物だった場合は、その効果が重要で、注目するべきものがある。精霊王のシリーズの多くは―――〝生命マナ〟を使っているの。《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》の、神聖なる熾火の、〝始まりの火〟のマナを」



「……! ってことは、まさか」


 僕は、そこでようやく〝何か〟に触れた気がした。


 いや、踏み込んだ。


 今まで見えていなかった部分。魔女が示す〝考え〟の内容。


 当然だが――精霊王という精霊の始祖になった〝人物〟は、莫大な《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》に直接繋がる力を与えられていた。その力に繋がる権利を得ていたことになる。

 そして――強引にでも作ることができたのが〝精霊王の遺品〟シリーズである。


 それは当然のことであり、絶大な力を誇っていた。なぜなら、《剣島都市サルヴァス》が昔―――まだ各地の〝竜退治〟を行い、〝英雄ロイス〟が活躍していた時代でもあるのだ。その聖遺物すらもあるのだ。


 彼らが駆逐し、魔物討伐しまくった後に人間世界の『平和な世の中』というものが訪れたのである。


 裏を返せば、『精霊王』=『魔力マナの根源』である。


 その大樹はマナを司り、この大陸に蔓延るあらゆる魔物たちに負けない力を〝剣〟に与えた。《ステータス》にした。冒険者を生み出した。…………彼女の残した逸品というのは、〝生命マナ〟に起因するのである。


 起因――これが、見落とせないポイントである。


 〝冒険者〟にしか使えない『道具』……。では、この道具の存在価値は、



「メメアを助ける力に、その《生命マナ》が必要だったとしたら」


「ええ。生命マナを扱う道具なのだとしたら。―――チャンスはある。

 もしかしたら症状を軽くし、そして―――迷宮遺跡での〝最後の戦い〟を向かえるまでの、時間稼ぎを十分に行える可能性が出てくるかもしれない」



 ―――いや。


 おそらく、それだけじゃないはずだ。


 僕がいい、庭先の金色になびく麦畑で頷く《魔女ローレン》を見つめた。



 …………それは。《壺》の中身次第でもある。


 その中身が、メメアを救えるほどの《膨大な魔力》である保証はない。《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》の伝承のアイテムだ。どんな効果か、いかなる〝作用〟をもたらすアイテムか不確定である。


 ……だが。


 僕は疑っていなかった。


 むしろ、確信を得ていた。


 なぜなら―――



「…………分かるんですね。ローレンさん。《壺》の中身が」


「ふふ。ようやく、いい目になってきた。《冒険者》の顔に戻ってきたじゃない」



 僕が真剣に見つめ、そしてローレンさんは嬉しそうに頷く。



 …………そう。


 この魔女、隠していた・・・・・



 実は、少し疑問があった。


 どうして私室のベッドで《メメア》を診断し、それだけで引き上げることができたのか。普通は、《クルハ・ブル》の辺境の森の奥地である。そこまでやってきた〝妹・エレノア〟の血縁関係や、〝女王蜘蛛討伐の恩人〟など、そして里の一行。僕ら冒険者を相手に、あまりにもそっけない対応なのである。


 魔女は多くを語らずに諦めた。


 ……だが、それって妙なのだ。


 ローレンさんはこの国の住まうすべての人々と違う。――いや、根元から異なっている。……普通の人と違う、普通の人がメメアを診察して『正体不明』と断言してしまうのとは、根本的に違っている。理由がある。



 〝―――囁き・・〟だ。


 この魔女には、クルハ・ブルの人々と違う〝権限〟がある。


 生半可な力ではないことは僕も薄々気がついている。


 〝彼女〟が、生まれてから、ずっと人との関わりを断って〝囁きの声〟を隠しつづけたのだ。『周囲に影響を及ぼす』レベルの、それも強迫観念がないとそうは行動しない。しかも、それは裏を返せば自信でもある。


 自分の力に絶対的な〝自信〟があって――。

 自分の力が、何者なのかの〝確信〟があって――。


 それで初めて、里を離れることができる。確証がないとわざわざこのような場所には来ない。…………恐らく、本当だ。本当に、《神樹図書館》レベルの――さまざまな英知と知識を蓄えた〝故人〟の情報にアクセスができる。



 確定的な《根拠ヒント》は、二つある。


 ―――〝女王蜘蛛〟の討伐を知っていたこと。


 ―――そして、正真正銘。半透明状態ながらも、『《剣島都市サルヴァス》―――他者の侵入を許さない、拒絶の島。〝独自の《王国のような身分制度ランク・システム》〟の精霊が存在』すること。



 それが物語る――、いや。


 それが、行きつく事実とは。



「―――すでに、〝知っていた・・・・〟んですね、ローレンさん」


「ふふ。コワイ顔」



 ……知ってやがった。この魔女。


 メメアを救う方法がある。あると知りながら、魔女は私室で診断しながらも、『これ以上の手はない』とばかりに私室から立ち去った。


 ―――叡智に〝蓋〟をした。


 僕が絶望し、エレノアが暗く俯き。誰もが、その先に広がる〝希望〟を諦めかけた。その状況をこの魔女は知りつつも、なお『打つ手がない』と今を向かえた。目の前の《化物》とも言うべき―――知識の権化の少女は。



「……分かっていたのか」


「……。まあね」


「エレノアたちを、先に出発させて――。〝様子を見る〟と言っていたのは。何か目的があってのことか。まさか、僕らが失望して、ショックを受けている姿を楽しみたいからじゃないでしょう」


 僕がいうと、《少女》は、クスリと笑う。


 妹で里長のエレノアたちに見せていたものとは別の――少し冷たい、叡智の番人。《魔女》としての顔だった。


 その顔は、僕の答えの辿り着く『思考の道』に満足したのだろう。



「そうね。なぜだか、当ててみて」


「……。辿り着く答えは、おそらく。だが」



 ―――〝人払い〟。



 僕がいうと、『えっ』とミスズは驚いた顔をした。


 ミスズも僕と一緒に考えていた。同じ表情と、同じ思考で『知識の権化』の話を聞いていた。


 魔女について暴かれた真相――〝裏の目的〟について、何か思考を巡らせたはずだ。



 ……だが、僕が辿り着いた答えは、少し違った。


 ――この魔女、恐らく『わざと』やっている。


 なぜだか、理由を考えてみると行きつく答えが無数にある。〝囁き〟に関わる秘密を守るためではないらしかった。そもそも、魔女は『囁きは、聞こえてくる』と表現している。だったら隠す理由にならない。


 賢者の知識。


 ――それとは別に、見せられない光景。……または、『大勢がいた場合、困る状況になる』と魔女が予測した可能性が高い。だったら納得がいく。だから僕の導き出した答えは『人払い』だ。


「そうね。さすが。だいたい合ってる」


「……なにを企んでいる」


「そうね。一つは、エレノアたちに《これから起こるべきこと》を見せられなかったから。知られるわけにはいかなかったから。そして、もう一つは、《冒険者》であるあなたの力が必要だから」


「…………何を始めるつもりだ」


「これから、冒険者の少女を〝眠り〟から醒ます」



 僕は驚いた。


 魔女は言う。それは『マナに介入する』行為である。


 そこでは何が起こるか分からない。――ただ、マナをかき乱されて高熱を出す少女に、それ以上の、高出力の魔力マナの塊をぶつけようというのだ。…………《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》の聖なるマナなら、彼女の悪しきマナを追い出すことができる。



「……可能……なのか?」


「ええ。〝囁き〟ではそれが可能と言っている。

 ――なぜなら、『二人』揃っているから。片方は、マナの扱いに長けた《聖剣図書》の女の子。そして、もう一人の冒険者は、〝なぜか、レベルの上がらない。寵愛を受けし後継者〟―――あなたは、マナに直接介入できる力があるのよ」



 《魔女ローレン》は―――屋敷の窓を、見上げていた。


 そこに眠る、私室でベッドに寝ているであろう少女に向かって。庭先から屋敷の窓を見上げ、そしてそこにいる人物が見えるように静かに囁くのである。





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