表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

124/141

12 菜園の記憶扉1



 薄暗い部屋だった。


 必要以上に静謐に思えたのは、そこに居並ぶ人たちの息づかいがひっそりとしているせいだろう。僕らの目の前にはベッドがある。暗い部屋の中央で、『魔女の寝所』に寝かせられている小さな少女がいる。


 僕らは、身動きを押さえながら、呟いた。



「……何か、分かりますか?」


「……そうね」


 答えたのは魔女だった。僕の質問に合わせてローレンさんは、『こくり』と静かに頷くのだった。


「とても強い毒。……魔物の、毒を塗っているのね。西方の毒だと分かる。……でも、それだけ。それ以上の情報がない」


「強力な、毒。ですか?」


「ええ」


 それ以上に言葉がないように、魔女は頷いた。


 魔女――ローレンさんは一目で判断した。その『毒』が、尋常ならざる手段でつけられたものだと。


 《冒険者》を冒す毒はそう多くはない。


 なぜなら、魔物の毒に対して〝剣士〟や〝聖剣使い〟のような冒険者はある程度の耐性を持っているからだ。……《剣島都市サルヴァス》の授業でも習うが、〝聖剣〟との結合シンクロというのは『あらゆる害意を防ぎ、強靱な鎧のごとく魔物の力に対抗する』という目的のもとで行われる。


 ――さながら、名匠が武器防具を〝鑑定〟したように、強力な防御力を誇る〝聖剣のステータス〟というのは、身体能力を向上させるものなのだ。……そして、それは魔物の〝毒〟であっても適用される。


 通常の旅の人間や、商人などがかかるような〝毒〟であっても、冒険者の『結合シンクロ』状態であればある程度の抵抗はできる。――毒にかからない。麻痺などにも対抗できる。……だが、それ以上のモノが現われたのだ。


 高熱にうかされて喘ぐ少女を見ながら、魔女は観察を続ける。


「冒険者の。その生命力マナをも汚染して、黒く染め上げていく毒……これは、王国でも名を馳せた騎士さんたちにも効果がある」


「…………? どういう、ことですか?」


「優れた騎士たちの体内には、活発な魔力マナが潜んでいるものなの」


 魔女は、それを言った。


 ――強い人間の体内には、〝マナ〟が渦巻いている。


 ……僕にとって、思わず目を瞠らせる言葉だった。


「どういうことです」


「昔から、優れた騎士たちは『人並み以上の力を出す』ものとされていたの。

 ―――伝承にある、大岩を一人で持ち上げた〝勇者〟や、魔物の何十体もを一人で斬り伏せて〝王国の危機を救った騎士〟―――。


 …………彼らは、限定的な状況、条件があったにせよ、後に語られる『冒険者』と同じ立ち位置で語られれているわ。そして、その中でただ一つだけ分かることがあったの。それが―――彼らの中を渦巻く、人並み外れた〝魔力マナ〟の存在」


「普通の人間にも、〝マナ〟が宿っていると?」


「ええ。その通り。というよりも、この世界の生きとし生けるものすべては――〝マナ〟が宿っているものなの。そのあたりの木々も、水のせせらぎなんかも――微かになら宿っている。〝生命マナ〟なのよ。


 ――それが、生命を突き動かしている。循環法則。マナを持っているからといって、〝それは魔物と同じなんじゃないか〟とは思わないでしょう? 生きた木と魔物を同一視はしないから」


「…………」


 ―――確かに。


 『それが魔物と一緒なんじゃないか』という思いはあった。だが、自然に生息する草木と、魔物が同じモノだとはとても思えない。生態系のそもそもの違い。そして、もっと根本的な――〝生命軸マナ〟の話をしているのだ。


「優れた騎士には、〝マナ〟の力が多く宿っている、と?」


「ええ。それが身体鍛錬の結果、つちかわれたものだったとしても――大きな〝マナ〟を持っていることには変わりない。それは力の強さ、大きさよ。王国の平民や普通の人々が等しくもっているのが〝レベル1〟の力だったとしたら、彼らは〝レベル10〟も〝レベル20〟もある。…………限定的だけどね」


「……いや、ちょっとまて」



 僕は。少し気になる言葉に引っかかった。


 ――『人間にも、強さの階級ランクがある』―――?


 それは王国の騎士たちを表現するには、ひどく『冷徹な観測眼』に思えた。人間の苦労と努力と汗と熱意の―――その〝賜物〟だと思っていた、実力というものを、《ステータス》に置き換えて値踏みしているのである。


 すると、『気づいたのね』という顔で、銀髪を揺らす〝魔女〟は僕の顔をのぞき込んでいた。


「――そう、彼らが持つ力というのは、〝擬似的な英雄〟の力。

 …………そして、正真正銘、本物の《数値化ステータス》にされた神の恩恵を受けた力というのが、〝上位互換〟――――『魔物討伐』の島にあって、魔物を殺すためだけに授けられた〝聖剣使い〟の力なのよ。

 あなたたちはその力を使って、《冒険者》として各地の魔物を倒す。討伐する。〝マナ〟をさらに取り込み、強くなっていく。〝レベルアップ〟し、ステータスを強化していく―――」


「ま、待て。だからって、なんでここで」



 …………だとしても、今の状況と繋がらない。


 鉄の国・《クルハ・ブル》が襲われていて、そこで対立する盗賊の《首領級》の女に黒い剣を放たれた。メメアが負傷し、そして僕は辺境の『隠棲した魔女』の力を頼って、すがってこの場面にいる。


 この『場面』で、そんな話……。


 こんな、場面で……


 ……。


「…………まさか」


「ええ。そう」


 僕の驚きに弾けた、見上げた顔を、魔女は正面から受け止めた。


「この女の子を蝕む毒―――。

 それは、かつて『騎士狩り』と恐れられた、王国の殺人鬼の毒と酷似している。相手の毒は―――〝生命マナ〟をいたぶる毒。直接介入する、蝕む、そして――――死に至らしめる」


「ちょっと待て」


 驚く僕に、魔女は言った。


 ―――〝魔力マナ〟の強さが引き起こしている毒、だと。


 それは、熱で暴走するように、体の中に広がる『魔力マナ食い』であると。



「冒険者なんて呼ばれる〝精霊契約〟をした人たちは膨大な〝マナ〟を蓄えている。―――そして、その『騎士狩り』の毒は、そんな冒険者なんかととても相性がいい。この子の冒険者としての〝質〟は高い。…………おそらく、〝レベル〟は低い今であっても、他の冒険者と違って『並外れた魔力マナ』を有している。――そして、それは彼女が持つべき星の強さ。意志の強さ」



 …………実は、前々から疑問だった。


 なぜ、《剣島都市サルヴァス》の―――《ステータス》を持つはずのメメアが、〝毒〟などに浸蝕されているのか。


 それは、《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》が与える身体強化が関係していた。冒険者の体内を回る―――構造を作り替えている『結合シンクロ』とマナの強さにより、それに干渉する〝毒〟が大きなダメージを与えているのだ。


「メメアにも、マナが?」


「彼女だけじゃないわ。あなたも。――《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》と契約して、少なくとも身体強化や、強靱な体、そして〝レベルアップ〟の恩恵に与った冒険者たちなら、皆同じ」


 僕は思わず、ミスズと目を合わせた。


 神樹の島の《冒険者》たちも、みな同じ。


 大地を包むことわりの光――〝魔力マナ〟というものに包まれている。本来は微弱な〝か弱い光〟だったはずが、聖剣を操るために――膨大に渦巻いているの。《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》がそう作り替えた。



(……ひょっとして、僕ら。《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》と契約した時点で。ええと、つまり、《聖剣》を授かったあの段階で、この体ごと聖剣を受け入れる〝魔力マナ〟に作り替えられたのか……?)


 驚きの真実である。


 島で《依頼状クエスト》を受けて、各地の強い魔物(ランクC~D)を討伐するなんて冒険しているが―――実は僕らは、僕ら自身の体の仕組みをまったく理解していなかったのだ。

 『元・鍛冶職人の息子の獣人』だったり、『王国の城下町で、仕立物屋をしていた場所の娘だったり』。――または、『どこか遠く。辺境に暮らす貴族の、息子、娘』だったり。そんな多くが、〝上級冒険者〟にたどり着くまでの『カラクリ』があった。



 僕はしばらく放心した。放心して、目の前の魔女を見た。闇夜にカーテンのそよぐ私室の内で、魔女は、ずっと会話が落ち着くまで僕を見ていた。


「……じゃあ、メメアの〝毒〟は……生命マナに干渉するものなのか? 薬で治せないのか?」


「…………」


「……じゃあ、僕らは……なんのために」



 ―――《クルハ・ブル》の、辺境まできた。

 メメアを治せると思ったから。彼女の苦しむ姿があって、少しでも紛れたらいい、そう思って森を抜けたのに。


「治す手段は、恐らく、二つ」


「…………」


 魔女は指を二つ見せる。


 ―――〝毒の術者〟を発見し、撃破して吐かせる。


 ――また、この地に眠る、〝万能の薬〟――〝英雄の花〟とやらを見つけること。


 魔女は言う。言わなくても分かる。そのために僕らは進んでいるのだし、里でエレノアが僕にそういったのだから。彼女の医術の見解と、そして魔女の〝賢者の知識〟をもってしても―――なお、結果は同じものにたどり着いた。


 ――それも、これも。


 条件は、もともと持っていた〝魔力マナ〟だったのだ。



「……メメアの状態は、悪いですか」


「ええ。難しい。まずは熱を押さえないと」


 魔女は首を振る。


 念のため、僕らの持っている『冒険具』を確認したい――、と魔女は言った。高熱にうかされるメメアを癒やす〝何か〟がそこにないか、〝賢者の知識〟をもって見定めたい。ということだった。


 周知の事実であるが《剣島都市サルヴァス》の薬草・回復薬ポーションというのは世界随一の優秀さである。竜の角や、ワイバーンの尾骨など、他国では絶対に手に入らないような超一級の素材が集まり、そこからふんだんに使って〝薬の粉〟などを生成したりする。当然ながら、効果は他国と比肩もできない。


 だが。僕らは、〝元・最底辺冒険者〟から抜け出したばっかりの貧乏冒険者だった。


 そこまでのアイテムもなければ、素材も所持していない。――〝ランシャイ商会〟も、出発前にあるだけの物資を提供してくれたが……。



「……姉上でも、治すのは至難の業か」


「ええ。エレノア。……見たこともない〝毒性〟だから。通常の毒ではない、生命マナに干渉するものなの。間に合わせの薬で多少はできるかもしれない。……けれど、たぶん。『特効薬』は作れない」


 重々しく、だが責任を持ち、断言をする。『判断』を下す。


 ―――曖昧なことはいわない。


 楽観的なことも。むろん、こちらも望んじゃいない。魔女は『賢者の知識』にかけて責任を持って判断を下している。だから、僕らも、それにかけて少しも疑いを持つことはしない。


 ……ローレンさんを見る。


 その表情は、自分の知識に対する誇りと信頼をもっているものだった。『この子のすべてを、説明したい』と顔が語る。少しも負けない、後ろにも下がらない、真剣な表情だった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ