07 庭師
(……せ、精霊……?)
僕らは目を丸くしていた。
魔女を知っているはずの――里長・エレノアも驚いていた。
その少女は、『エレノア』とまったく似ていなかった。髪は緑色のショート、帽子は森の中で畑仕事がしやすそうな短いものであり、服装は作業用に整えられている。足元のブーツも野良着のもの、僕は故郷セルアニアの村を思い出した。
その女性は、タオルで汗を拭くような仕草をして、
「ご主人様に、何かご用件で」
「え? ご主人様……?」
「はい。オラが、仕えているご主人様ですよ。ローレン様」
…………そう、言ったのだった。
……。
…………。い、いやいや!
ちょっと待ってほしい。なんで森に精霊が? 庭園を世話している? ご主人様って呼んで??
僕は一旦状況整理するために頭を左右に振りかぶった。
「待ってくれ。…………君は?」
僕は言った。
後ろでも、『だ、誰じゃ……?』と驚いたエレノアが反応していた。
そこだけは、年若い、幼女里長そのものの表情と仕草だった。だが、その顔に目をやって、『ははぁ』と何かを得心したような野良着の子は、ポンとノンキに手を打つ。
「あんたがぁ、ご主人様の『妹御』さんですね。どうりで、どうりで。よー似てある!」
「…………ええ?」
「オラは、その姉御に仕える、世話精霊。マドレアといいます」
と。
少し鈍くさい田舎口調、そばかすの頬をした、純粋純朴の精霊が挨拶をした。
背中には野良着によく似合う、作業用のカゴを背負っている。…………こんな土臭い精霊、《剣島都市》でもどこでも見たことがない。―――つーか、僕は思う。
――精霊は、〝島〟特有のものじゃないのか?
その常識は間違っていないはずである。
精霊は―――《剣島都市》独自のもの。
母なる大樹・《熾火の生命樹》という神樹が島に繁っていて、そこから無数の生命、魔力の分離体である〝精霊たち〟が生まれ出ている。島からは離れられないはずだ。
その精霊の姿は、昔、僕がであった頃のミスズの『幽霊時代』ととても似ている。つまり、半透明で、透けているのだ。長いこと『契約主』をもたない精霊は、役割の大半の力が失われ、《熾火の生命樹》から分け与えられる力も薄れる。と聞いたことがある。『存在意義』が消えていくのだ。
しかし、その精霊は、島の外にあってもなぜか『たくましく』生きている。…………〝役割〟がないと、生きていけないはずではないのか?? 僕はそう思い、疑問も口にするが、
「失礼な、役割はありますよ。だから、ローレン様に仕えているんです。んだ」
「口調を、コロコロ変えるな! なんか変な島外の王国地方の方言になってるぞ! 僕が聞きたいのは、なぜこんな場所に『精霊』がいるんだ? そもそも、こんな場所にどうして《庭園》が広がっている。ローレンさんはどこだ。そして、なんで本来は畑を荒らすはずの《動物》が、庭先で世話をしている?」
「…………むう、質問が多い男ですね。人生にそんな疑問をもっていたら、辛いんじゃないっすか? ケチつけまくる男は異性にモテませんよ? んだ」
「…………ぐ。も、文句言えない……ながらも最後に性懲りもなく妙な口調をつけやがったな。実は反省してないな、この精霊」
もちゃもちゃと、その集まってくる『ウサギ』や『ヤギ』たち動物に飼葉を与えつつ、自分も枯れ草を噛みながら『ふてぶてしい目』をした精霊が、ちょっと面倒そうに僕を見ている。
…………僕は、なんとなーく。このイモくさい田舎顔の精霊に、嫌な予感を覚えた。
……なんというか、性格的な意味で相性が悪い気がした。
水と油というのか。
……この子、寮母さんと似た面倒そうな匂いがする。
年月を経ているからこそ分かる、この面倒そうな感じ。目の前の精霊はマイペース。その上、あまり用件を聞こうとしない。
そんな精霊に、焦れた後ろの隊長が、
「あんたは、一体何者なんだ? …………たしかに、お嬢や、そこの冒険者さんがいうように『ローレン様』はお一人で森に向かったはずだ。それは、採掘師ギルドの長でもある、俺が見届けている」
「…………ははあ。つまり、あんたも《ローレン様》を追いやった里人の一人なんですね、話は聞いてます」
「…………ぐっ」
すると、鋭いカウンターが決まった。
隊長はナイフでも刺されたように膝を折り、苦悶の表情を浮かべる。
その表情は、里人の代表として『長老の孫娘』を追い出したという責任を背負っているものであり、隊長が抱えてきた弱さでもあるみたいだ。精霊は『はん』と牧草をかじりながら、
「なんてこった、今さらになって『里人』の一人がこんな辺境を訪ねてくるなんて。逆だったら、里人はローレン様を受け入れたんですかねえ? 歓迎したんですかね? ああ、可哀想なローレン様。お寂しかったでありましょうに!」
「ぐ、ぐあああああ!!」
…………一撃で、大男の心を折ってしまった。
僕もミスズも、その精霊を呆然と見つめる。……その膝の下には動物が群がっていて、地面から背伸びして『ねえ、ねえ。ボクにも分けてー!』と膝にすがりついている。幽霊精霊は背負ったカゴから飼葉を与えていた。…………そこだけの手つきを見ると、ひどく優しい。
「ど、動物、飼っているのか……?」
「ん。まあ、そうですね。飼っているというか、慕われている? ……あ、慕われているのはオラではなく、《ローレン様》が、ですけどね」
とりあえず、当たり障りのない『外堀』を埋めるかと考えていた僕は、ふとその光景が目について質問する。精霊は、思ったより素直に答えた。
…………動物は、嫌いじゃないらしい。
まるで自分の兄弟や家族のように、周囲の動物たちに接している。世話もしているようだ。
「あの方は、動物にも精霊にも、分け隔てなく優しく接する人ですから。いい人なんですよ。基本。だからこの辺境で動物たちに慕われ、傷ついた動物を見ては運んでくる。オラは、そんな庭園ので、あの人に仕えるのだけが幸せなんです」
「そ、そうなのか」
「ローレン様に、ご用なんですよね?」
と。精霊は、ようやく僕らの用件に入った。
目を向けてくる。その通りだ。僕は、あらためて精霊に頷く。幻影のような、庭先の新緑が『透けた』少女だったが、どこか雰囲気が見覚えある。精霊だ。それも当然なのだが…………考えてみて、
(…………あ、ミスズに似ているのかもしれない)
(ふぇ?)
ふと、思った。
ミスズは隠れている。僕の背中の後ろに、相手の精霊を恐れるように『もじもじ』と隠れてしまって、萎縮している。
その表情だけが――。
どこか、雰囲気が《剣島都市》で大樹から生まれた子に似ているように感じたのだ。島の―――『精霊』特有の気配が漂っている。魔力の気配もする。
(……そういえば、この庭先に案内してもらう前、『赤い魔鳥』が同じような反応をしていたっけ)
やけに物珍しそうに『ジロジロ』とミスズを眺めていたのは、こういうことだったのか。ようやく得心がいった。
ともかく、その精霊は先導して、庭先に立った。
「ご主人様からは、『来客は、拒まず』という言いつけを仰せつかっています。ですから、屋敷へはオラが案内します」
その野良着の少女は、落ち込んだ隊長などを見回し、それから金の髪を揺らして、庭を先だった。




