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05 案内役


 ―――《混血の鳥》。


 それが、この『魔鳥』の正体だという。

 エレノアが最初にその鳥と出会ったのは、怪我をして、羽を血で汚した鳥を、姉が抱えて帰ってきたときだったらしい。



「―――前の里長・爺さまたちには、ナイショにしておってのう。かげで、コッソリと飼っておったのじゃ」


 エレノアは、そう話していた。

 森の草をかき分けながらの会話である。僕らは一緒に歩き、エレノアの『今は時間が惜しい、並んで歩きながら話したい』という言葉に従って、魔物の鳥と、並行して森を進んでいた。 


 今より昔・《クルハ・ブル》の里では、魔物を里の中に入れてはいけないという決まり事があったという。


「……へえ? なんでだ?」

「《魔物》は、人が飼い慣らせるような生き物ではないからじゃ。古来より魔物は凶暴な存在であった。じゃからこそ、我らが先祖は『迷宮の魔物』などを恐れた」


 エレノアは、透明な瞳を向けてくる。

 《燭台灯カンテラ》が森の中で揺れていた。そんな景色の中で、静かに語り進める。

 ―――冒険者の島から遠く離れた東の地、《クルハ・ブル》だからこそ、の事情であった。


 魔物討伐するには、《冒険者》に依頼をするしかない。だが、彼らの住む場所は《クルハ・ブル》――島からも、大陸諸国からも遠い。

 ――だからこそ、里は対策として、『そう簡単に、魔物を里の中に入れてはいけない』という決まりを作ったのだという。僕がハタから聞いていても、その考えは合理的だと思った。大陸の僕の故郷の村があるセルアニア王国や、その他の城下町などでも、似たような慣習が存在する。


「じゃが、この鳥は《魔物》ではない。ボーボくんじゃ」


「…………と、いってもな。その辺りを詳しく聞かないことにはなぁ」


 僕は、周りを振り返った。

 一緒に歩く獣人のロドカルも、コクコクと頷いている。先ほどから戦った身としては、この鳥が『害はない』と言われたって、にわかには信じられない話しである。僕の言葉に、この時ばかりは『里の側』でいつも里長エレノアを肯定していた隊長オランさんも頷いている。



「姉がある日、里の外の森を歩いていていると。傷ついた鳥に出会ったのじゃ」


「…………それが」

「うむ。この鳥じゃった。当時は、かなり小さくてのう。ボロボロに傷つき、どうやら他の《魔物》に襲われて、食べられようとして逃げのびたようじゃ。姉がすぐに助け、治療をし、それから群れに返そうとしたが」


 ―――《混血の鳥》。

 それは、自然界でも受け入れられない、厳しい血筋・〝落ちこぼれ〟だったという。


 鳥は、どうやら他の仲間たちとは違ったらしい。エレノアの姉―――《ローレン》という魔女になった少女は、その鳥を群れのところまで運んで、それから攻撃いじめされる『鳥の姿』を見たという。その鳥は、他の鳥とは明らかに違って〝赤色〟をしていた。そして、本来の鳥たちにはない、〝鱗〟をもっていた。


 異物が群れから追い出されるように、その鳥も仲間たちから追われていた。あとは魔物の餌になるしかない。

 《魔女》になった少女は、その鳥が、《魔物》との混血であると知ったのだという。


「…………《姉上ローレン》は、里で適応できない自分の姿と重ねたのじゃろう。家族のように、一緒に面倒を見ることを決心した。

 姉上も、わらわも、もちろん『里への魔物の持ち込み』が禁止されているのは分かっておった。じゃが、それでも、影で隠れて、こっそり世話することに決めた。わらわも一緒になって、……爺さまと食べる食事を、コッソリ残して、部屋に持って帰るなどしていた」


「…………し、知らなかったぜ。お嬢」


 里の警備、特に里長の『守護の盾』として隊長をしてきたオランさんは、かなり驚きながら呟いた。


 そして、その鳥は、正式に名前をつけられ、姉―――《魔女ローレン》と一緒に行動するようになった。


 最後には、森へとお供して入っていったという。


「…………今、こうやって襲ってきたのは、飼い主でもある姉上ローレンを守ろうとしておったのかもしれぬ。姉には、何よりも忠実じゃった鳥じゃから、のう」

「し、しかし。お嬢。その鳥は、ずっと俺たちを見張っているぜ? 監視されているみたいだ」


 隊長オランさんが言うように、その鳥はなぜか徒歩で僕ら一向に追従し、『じいっ』と胡散臭げな目を向けている。赤い鳥だ。嘴は相変わらず尖っており、何かあれば僕らを文字通り串刺しにするように狙っている。


「――のう、ボーボくん。頼みがあるのじゃ」


『……?』


「姉上に、どうしても聞いてもらいたい話がある。

 …………大事な、大事な話じゃ。わらわの恩人――いや、里の恩人でもある人の命もかかっておる。姉上に教えを請いたい。姉上の生まれ故郷である《クルハ・ブル》もピンチなのじゃ」


『…………クエー』


姉上ローレンに、目通りを願えぬか?」


 その鳥は、チラと視線を僕らにめぐらせていた。

 エレノアの頼みが、通用したかは分からない。人が語りかける話を、鳥が理解したという話を僕は聞いたことがない。…………ただ、その鳥は言葉の中身、エレノアが伝えたかった『感情』を吟味するように沈黙し、その言葉を頭の中で転がしているようでもあった。

 首を傾げる野性味ある鳥に。エレノアは、さらに『のう、頼む。姉上ローレンの元へと案内してくれぬか』と頼んで。羽毛をなでていた。かつて一緒に暮らしていたという面影があるのか、その鳥は、なでられることをそれほど嫌っているようではない。

 ただ、鳥は。


 また、『僕』に視線をめぐらせたのである。



 …………なんだ?


 思う。

 僕は首を傾げた。


 …………武装は、すでに解除したはずである。


 こういう時、武器を構えたままでは動けないので隊長のオランさんは、エレノアの指示で『ハンマー』を背中に収納していたし。獣人ロドカルなどは、そっと短い剣を鞘に収めている。…………僕だって、同じだった。


 だが。

 鳥は、まるで自然界を流れる『魔力マナ』を敏感に感知するように、僕を――いや、正確には僕の腰を『じーっ』と観察するのであった。なにか、ものを言いたげな顔で。


「…………あ。ひょっとして」

「うむ。ボーボくんは、『聖剣』を警戒しているのかもしれぬ」


 ふと、僕は気づき。

 エレノアも、同じ表情で、得心がいったようにいった。


 …………まさか、この鳥、『聖剣』を警戒している?


 元々は、魔物退治のための剣である。だが、里で青の青年冒険者が人に向けたように、それは『ただの魔物討伐』のため以上の力を人に示すこともできる。……悪用してしまえば、かなり面倒なことにもなる。

 《剣島都市サルヴァス》が―――その悪行を禁じ、そして『罰を与える部隊』を差し向けたり、『精霊』が愛想を尽かして逃げてしまったり、などをするなど。そもそもの冒険者としての力がなくなる、=(イコール)、《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》の支持を受けられなくなる…………という欠点はあったが。


 魔鳥は、そんな事は知らない。


 警戒して有り余る、その聖剣を《半分の魔物の血》で感知したのかもしれない。だったら、その『警戒』を緩めないと。


 僕は鳥を見て、


「――分かった、悪かったよ。

 ただ、魔物かと思って。僕らも見てのとおり、味方を守るために必死だったんだ。…………もし、魔女の隠れ庵に案内してくれるなら、すぐにでも聖剣を引く。警戒される聖剣だったら、『結合シンクロ』を解除するよ。ミスズ」


『は、はいっ』


 ――そして。

 僕がそういい、ミスズが聖剣の中で返事した。


 直後、黄金色の風が渦巻き―――僕の周囲をまとっていた、微弱ながらも、神聖なオーラを与えていた〝恵み〟が解除される。――正確には、精霊を通じて与えられていた《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》の力が消えて、それから精霊のミスズの――僕と総背丈の変わらない、金髪の女の子が現われ、地面に着地する。


 すると、『クエ!?』と鳥は驚いていた。


「……あ、あのう。ますたー。ずっと、『鳥さん』がミスズの周りをぐるぐる回って見つめてくるのですが……」

「め、珍しいんだろ。たぶん」


 かなり珍しいらしく、鳥は興奮状態にあった。ミスズを珍しそうに見て、『今までいなかった五人目の人間』として見つめている。


 だが。


「…………む? しかし、妙じゃな」


 と、一部始終を見ていたエレノアが、そこで気づいたように首を傾げる。

『…………姉上とわらわを見比べているときの反応と同じような…………??』と疑問を呟いていたが、囲まれてウロウロされるミスズはそれどころではなく、そして精霊に背中を握りしめられ、追いかけられている僕も、それどころではなかった。


 ……ともかく。

 《魔鳥》は了解したのか、翼を広げて、意思を表示する。

 僕らは、森の先へと進んだ。





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