04 赤の魔鳥
――鳥は赤色。
竜の鱗のような『外甲』をもっている。
だが、それだけではない。その魔物の脅威は〝先端が鋭く伸びたツルハシ〟のような嘴であり、羽ばたいて動きを加速すれば、人間――《冒険者》の腕さえも貫いてしまうほどの破壊力があった。胴体部分は『鱗』だが、その周囲は赤い羽根である。
「…………エレノア。メメアを、見ていてくれ」
「う、うむ。分かったのじゃ」
―――そして。
その《戦闘》の開幕となる、不意打ちからの『くちばし攻撃』を回避した後に僕は、聖剣を引き抜いていた。体勢を整える。
まず、メメアを里長・エレノアに預けた。
戦闘に巻き込まないためである。その後に僕は『聖剣』をかざして森の魔鳥に備えた。
もともと、聖剣は『結合』状態にしてある。
道中、魔物がいつ襲いかかってきても反撃・背中のメメアをかばって退避するためで、僕は出発前にミスズとその辺りを打ち合わせしていた。『―――でも、ミスズは弱い精霊なので、あまり長い時間の『結合』はできません……』と肩を落とす精霊のいうとおり、長い時間の『戦闘状態』は維持できないため、僕らはこまめに休息を取りながら進んでいた。
…………それほど、危険な道中だった。
だが、その予感は的中していた。
「ミスズ」
『――は、はい。万全です。ここから長い時間でも戦闘を続けられます!』
僕らは、鋭く斬り込んでくる、《魔鳥》を回避する。
その変なくちばしの鳥を撃退しようと剣を振ったが、巧みに回避して空を泳いでいて当てられなかった。―――翼を広げると驚くほどの大きさになり、人の体と対等に打ち合える大きさではないかと思った。聖剣も強い、黄金の光を帯びる。
「一撃だ」
『はいっ、一撃です』
―――たたき落とすしかない。
僕らは覚悟を決めた。何度も打ち合う。だが、あの『魔物』……魔鳥と打ち合うことはできずに、いつも直前の瞬間に回避されてしまっていた。滑空してきて、地上に迫ってくる『攻撃の瞬間』。だが、ちょうどと思っても、寸前で回避される。
―――〝攻撃機会〟が、そう何度もあるとは思えない。
僕は見る。
――鳥が斬り込んできたあと、草木や地面が『嘴の形』に削られてしまっているのだ。あれをモロに受けると、とてもではないが無事にすむとは思えない。
僕は聖剣の《ステータス強化》を行使し、地上を跳ねるように動きながら《魔鳥》を追いかけていた。――だが、当たらない。反撃も鋭く斬り込んでくる。
その赤い姿は森の緑を裂くように、悠々と泳ぎ回っている。…………おそらく、自分の庭のようなものなのだろう。巧みにかわしながら進んでいく。
背後から隊長オランさんが、裂帛の声を上げた。得物の《巨大ハンマー》を背中から抜いて、『うおりやああああああああ―――!!!』と地面後と削るように叩きつけていたが、魔鳥は直前で軌道を変えてギリギリを通過していった。……ほぼ、当たったように見えたが、すり抜けていった。
その上から、いつの間にか木の枝に登っていたロドカルが、『行くであります!』と待機していた身を翻しながら降下。―――鳥が通過する場所を狙う。狙いはあたり、鳥の姿を捉えたと思ったが、『ガキン』と鋭い音が交差した。
見れば、鳥が回転しながら滑空し、なんと『聖剣の一撃』を嘴で受け止め、はじき飛ばしてしまっていた。ロドカルの軽い体が『のわあああああ!?』と錐もみ状に逆回転し、樹木に吸い込まれていく。
「………………な、なんだ!?」
「なんなんだ、《クルハ・ブル》にこんな鳥いたか!?」
「い、痛いであります!!!」
三者、冒険者・戦士が思い思いに叫ぶ。
僕は聖剣を握りしめたまま呆然とし、隊長は『こんな鳥、うちの国にいなかったぞ!?』と叫び、そして獣人ロドカルは樹木でしたたかに頭をぶつけて、呻き転がり回っていた。
僕はそいつを見る。―――新種の《魔物》であった。
…………いや、そもそも、魔物か?? この鳥。
確かに異様な出で立ちであったが、僕らが学んでいる《剣島都市》の《魔物生態学》では、こんな魔物は登場してこなかったように思う。ミスズに聞いても、『み、ミスズも知りません……』と聖剣の内部で動揺する。
―――僕らが学んでいない、ということは、さらに『上位冒険者』の受ける授業……《魔物生態学Ⅱ》などに登場する存在なのか?
しかし、そんな疑問は、自らの思考によって否定する。…………なぜなら、『魔物図鑑』などでも見ていてそうなのだが、魔物には《系統》《血統》というものが存在する。
――これが、自然界を支配する、《魔物》たちの学問。
たとえば、《液状魔》といいう魔物が存在するとする。簡単に書くと、《スライム》。王国の城下町など、勉強があまりできない子でも、とりあえずそう書いておけば通用する。
…………ただ、これが、《派生》するとなると、少し違ってくる。
魔物の大元は《スライム》だが、地域によって種類が異なり、《炎棲液状魔》《水棲液状魔》《森棲液状魔》《雪棲液状魔》など、色んな特徴をもちはじめる。だったら、それをひとくくりに《同じ魔物》なんて呼べなくなるのだ。
――それが、魔物の《系統学》。または、《血統学》。
たとえば、燃える火山地帯が多い《クルハ・ブル》のような地域では、この《炎棲液状魔》が多く出現する。環境に適応するために進化したとも言われている。
もちろん推奨レベルもグッと高くなり、冒険者たちにとってはるかに手強い相手になったりする。攻撃方法も、普通に《火炎噴》を使ってきたり、だ。
――そして、さらにそんな色鮮やかな(?)スライムたちの大元、始祖も存在する。全ての魔物たちには『原初・源流』と呼ばれる魔物が存在しているといわれ、たとえばスライムだと確認されているのが《王の液状魔》などがいる。―――歴史上、一つの国を滅ぼしたと言われる〝Aランク以上〟の魔物で、こういうものが〝祖先〟となって、大陸中の多くの魔物が存在、枝分かれしていって生息しているという。
…………だが。『この鳥』は?
僕は考える。《魔物生態学》の授業に当てはめる。
…………たいてい、魔物というのは、《こういう見た目》だと決まっている。竜は竜、ウルフはウルフ。たとえば『見たことがない《森の小魔族》だな』とは思っても、しかし、それがゴブリン系統の〝どれか〟だというのは分かったりする。
だが、この鳥は――?
竜種? それとも、通常の鳥?? 少なくとも、授業で見聞きしたりはしていない。
僕はロドカルを振り返る。小さな冒険者は『うぐぐ……』と打った自分の頭をさすりながら、『分からないでありますよ!』と僕の疑問にそう返事していた。
「―――だいたい、《剣島都市》での冒険者ランクは……〝Fランク〟でロクに大冒険らしい大冒険の経験を積んでいない僕よりも、クレイトさんのほうが上級生であるではないでありますか。
〝Eランク〟の…………しかも語りぐさになっている、あの《女王蜘蛛(大ボス)討伐》をやってのけたのはクレイトさん『本人』であります! クレイトさんが知らないなら、僕だって知らないでありますよ!」
「……なぬっ!? 冒険者クレイト、それはどういうことだ。何かやったのか!? 伝説級のことを!?」
「――今は、それはいいですっ!」
僕は落ち着いて、聖剣を取り直した。割って入っていた隊長オランさんに言う。
…………肝心の〝知識〟は、皆無だ。
僕は《聖剣》を握りながら、考える。
―――魔鳥を撃退しつつ、その嘴の攻撃をいなし、ギリギリの横を通って回避していた。そして、『この鳥の知識をどうするべきか』と考える。僕ら《冒険者》は知らない。〝Fランク〟と〝Eランク〟の冒険者だったし、なりたてで日が浅く、ロクに《魔物生態学》の知識などもなかった。そもそも、あったとしても『こんな妙な鳥』の情報なんてあるのか。
僕は見上げた。
木の上に『君臨』した、その鳥は『クエー!!』と叫びながら、翼を広げている。翼を動かす。
「…………威嚇してやがる」
「『これ以上、うちの庭には踏み込ませないぞ』、ってことでありますかね? あの険しい顔は」
「だとしても、どうしようもないだろ。ここを通らないと『魔女の住み処』には進めないんだし。メメアだって、治せない」
オランさん、ロドカル、そして僕の順に顔を木の上に向ける。
…………少なくとも、ここを突破しないと森の奥には進めないのは確実だった。全員で構えを取っているが、すぐには飛びかかれない。完全に《地の利》は向こうに握られていた。だとしても、僕は突破しなければ。
僕がそう思い、策を練っていた。
「…………『巣』でもあるのでありましょうか、あの警戒ぶりは?」
「かもしれない。ロドカル。だとしても、進むしかない」
「なあ、なあ、冒険者クレイトよ。この場面はうちのお嬢――《依頼主》がピンチだ。それにお前さんのお連れの女の子も危ないときてやがる。…………この際、出し惜しみはなしで、過去にすっごい冒険をしたというお前さんの《聖剣》を使ってくれないか。頼むぞ、本気で」
「む、無理ですよ。僕だってそうしたいけど、そもそも、《交戦》すらしていないのに『僕の聖剣』が強くなっていくことはあり得ないですし」
……僕は思う。
僕だって、突破したい気持ちは山々だった。
やりたい、だけど。できない事情があった。
――魔鳥と、まだ一度すらも『剣を交えて』、いないのだ。
当たらない。
僕にとって、それは生命線ともいえる重要なことだった。
攻撃で〝触れる〟ことすら、できない。
今の僕の《レベル1》のステータスだと、その身体能力は、どう寮母さんとの修行成果を駆使しても無理だった。…………つまり、ギリギリまで届かなかったら、『永遠に届きつづけない』ということになる。
だったら、《ステータス強化》もあり得ない。
なぜなら、どうやら…………僕の聖剣というのが、『強敵と戦うときだけ、一時的に〝経験値〟が増幅する(?)』という性質をもつらしいのだ。コツコツ弱い魔物を襲って『貯蓄』するのも無理だし、他の冒険者たちのように、平原で〝コツコツ強くなる〟をすることもできない。
戦い終わったら、強敵から吸い込んだ〝経験値の青い光〟が、聖剣からスッと抜けていくのだ。
こんな聖剣、前代未聞。
他の冒険者たちに言っても信じてもらえないだろう。さらに、友人のガフに語ったが『本当なのかい?』と半信半疑の顔だったのだ。本人は信じる、とは言ってくれているが、どうなのか。人のいい彼ですらそうなのだから、他の冒険者たちだったら『あり得ないだろ、んな滑稽な力』と一笑に付すだけだ。
…………ともかく、僕の聖剣はそんな風にできている。
まだまだ未知の部分は多いが、前提として、『強い魔物に、一撃でも当たらなければ生命力の微かな力を削り取れない』らしい、というのは分かっているので、この場合隊長のオランさんが言うように『誰もが驚くような戦い方ができるのだったら、今すぐやってくれ』という要求はできないのだ。
…………だから、ダメだなぁ、と肩を落としてしまう僕の表情を、周りの仲間が物珍しそうな顔で見つめているのだった。……きっと、語ったって理解されないし、してももらえないだろう。分かったところで『それで?』とそれ以上の建設的な話しに繋がるわけでもないし。
今のところ、『は、はぅ』と詰まったこの状況を一番理解しているらしい〝精霊〟の声だけが、僕の支えだった。…………それと、メメアだ。エレノアに預けた少女だけは、かつて僕の剣の力を語ったときも、笑わずに理解してくれ、〝変わっている冒険者〟だからこそ、僕の力を馬鹿にしたり、軽蔑したりしなかった。
だが、
「…………しかし、それにしても」
『ここを抜けなければ、森を進めませんね……』
僕がいい、唯一この状況を理解している〝精霊〟のミスズが、聖剣の内側で難題にぶち当たったように言う。
……貴重な時間を、ここで潰すわけにもいかない。
だが、どうやって突破をするか。僕が剣を握りしめて、ひたすら考えていると、
「…………ん? いや、ちょっと待てい」
「?」
「ボーボくん。お主は、ボーボくんではないのか?」
…………。
………………、はい?
僕は目を丸くした。
思わず聖剣を握りしめる拳がゆるむ。エレノアは、もう一度じっくり見上げるように赤い魔鳥――『これ以上は、踏み込ませるものか!』と気概十分だった鳥を観察し、それから近づいていく。
危ない、と僕も隊長のオランさんも叫びそうになったが、彼女はメメアを僕に預けて、その樹木の根元に歩いていってしまった。見れば見るほど、恐ろしい相貌をした鳥である。目に宿った赤い光も、尋常ではない。
だが、エレノアが近づいていき、『姉上の、妹のエレノアじゃ』と両手を広げると。
その鳥は、しばらく動かなくなり。それから『クエェ?』と首を傾げる仕草をした。
「…………え?」
「やっぱり、ボーボくんじゃ。大きくなったのう、気づかなかった」
それを。
エレノアは告げていた。
僕らはわけが分からない。固まっていた。依然として、戦闘態勢―――いつでも剣や大槌を引き抜き、その鳥に異変があれば飛びかかって戦う(……たぶん、向こうの鳥も同じだろうが)状態にあって、その戦争の溝を、すたすたとエレノアが進んでいくのだった。
やがて。
警戒度・最高潮だった《魔鳥》が、じーっと食い入るように里長・エレノアの姿を見ると。やがて、樹木から滑空してきた。
「…………! 危ない!!」
「大丈夫じゃ、ほれ」
そして。
僕らにとって二度目の驚きだったが、その鳥が、エレノアの隣に立って、喉をなでられていた。…………大きな鳥だ。並ぶと、エレノアと同じくらいの全長がある(てっぺんの、寝癖のような羽毛を含め)。
豊かな毛並みがそこにあるらしい、ふさふさの羽毛をなでられながら、拒絶することもせず、身を任せていた。―――ただ、その瞳は僕らをまだ警戒して『ギロリ』と睨んでいて、まるで『あの男たち、誰よ?』と里長・エレノアをかばうようであった。
「…………あのー、その魔鳥は?」
「安心せい、クレイト。姉上の飼い鳥じゃ」
「へ?」
僕は、その言葉で、もう一度巨大な鳥を見直すことになる。
――《魔女》の、ペット……?
その鳥は、番犬ならぬ、番鳥なのか。エレノアに羽毛をなでられながら、まだ、何か物珍しそうにチラチラと彼女の顔を伺っている。すこし、遠慮気味にも見えた。
僕らに向けてくる『野性味』と何かが違うその顔に、
「ああ。ボーボくんは、『姉上』とわらわを見比べておるのじゃ。……似ておるからのう」
「へ?」
「しかし、大きくなったのう。わらわが見たときには、こんな――手のひらに乗るほどの大きさじゃったのに」
〝化物クラスの鳥〟を見て、感心したように呟いている。
その表情は穏やかで、どこか懐かしそうでもあった。……だが、その急成長ぶりといい、なんだか僕はモヤモヤとした疑問を抱える。すると、同じことを思っていたのか、隣で武器を構えていた(……しかし、その矛先を見失って、どこか宙ぶらりんになった)隊長のオランさんが、『――どういうこった?? お嬢、冒険者さんたちはもちろんだが、里でずっと過ごしていた俺も知らないぞ? そんな魔物』と疑問を口にしていた。
「魔物ではない、鳥じゃ。ボーボくんという」
「いや、それは分かったが……」
「なんというか。深い事情でのう。
前の里長・爺さまたちや、隊長オラン、そして他の里人たちにも隠して、姉上とわらわで飼っておった。…………なにせ、里では、《魔物》は追い出すことになっておったからのう」
「……そ、その通りだが」
「じゃが、この鳥は魔物ではない」
――そして、エレノアは語るのだった。
この鳥。《混血の鳥》との、昔話しを。




