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03 魔女を訪ねて



 隠れ庵に向かっていた。


 僕らは、山道を歩く。

 森が深くなっていた。だが、先日とは違って傾斜が少ないのは、以前のような《ダンジョン迷宮遺跡》が目的地なのではなく、その外にある樹海を目指しているからだろう。《魔物》が出てきて、その手強くなった相手を蹴散らしながら、僕らは進み続けていた。


 《燭台灯カンテラ》の冒険道具の光が、昼間の薄暗い森を染め上げていく。光の元は、二つ。


 先頭を歩く《冒険者》としての僕らと、列の横を歩き、魔物からの襲撃に備える《冒険者ロドカル》と《隊長オラン》である。この一行には中心があり、そこでは銀色の髪を揺らすエレノアの姿があった。


 彼女は〝精霊〟の一人を背負ってくれている。それは、簡素な冒険者装備(サイズも小さめ)に身を包む、同じく主人のうつし身のように高熱を発する精霊で、少女は、『まるで、燃えるようじゃ』と形容した熱を感じていた。ときどき森の中で休憩しながら、先へと進んでいく。


 僕も後ろに少女を背負っていた。……背中越しに、風邪を超える高熱を感じる。


 すると、


「分かれ道に出たが、どっちに向かう」

「そうじゃな」


 地図を広げながら、慎重にエレノアが睨んでいた。

 《野営》しながらの道中だ。


 …………その場所は、里から離れて二日ほどの道中だという。《魔物》との遭遇では、冒険者ロドカルや、隊長さんが対応してくれていた。そのため休憩しながらの道中だった。燃える薪の中を囲みながら、僕はメメアを横で寝かせながら会話をしていた。

 エレノアは何度も地図を見比べていた。


 ……森が深い。

 僕の知っている《魔物の森》などの場所と違って、ここは全ての植物、野草、キノコの色に至るまで〝同色〟で統一されていた。…………つまり、方向感覚を見失いやすい。

 深い森の中、下手したら迷って帰ることもできなくなるので、こればかりは里長エレノアの土地勘を頼りに行動するしかなかった。僕も、《地図》を覚えようとする。



「クレイトは、《地図》への理解が早いな」

「? そうか?」


 僕がのぞき込んで方向を指で示すと、そう驚いたエレノアから反応があった。


「うむ。さすが冒険者じゃ、その辺りは大いに頼りにしておる。万一の時、〝もう一人のわらわ〟として行動してくれい」

「……正直、そこまで理解に長けている気はしないけど」


 思った。

 エレノアは、『最初に地図を見ただけで、《クルハ・ブル》の地を〝なんとなく〟理解できるのは、実はかなり難しいこと』だという。


 僕はあまり自覚がなかったが、ただ、地図を見るときに方向感覚を頼りに見ることにしていた。『勘』というのか。それだけは、無駄にある気がする。


 なぜなら、かつて《剣島都市サルヴァス》で底辺冒険者だったからだ。〝Eランク冒険者〟の生活が長かった。魔物から島の周辺を逃げ回っていたときに、何度も迷いながら《地図》を見て帰り道を歩いたのだ。


 ……何度も、何度も。

 それこそ、緑竜に火噴ブレスされながら逃げ惑ったこともあったし、狼種ウルフに包囲されながらミスズとともに泣き叫びながら逃げ惑った思い出がある。……今となっては情けない思い出だが。

 あの、ある種ムチャクチャな《底辺生活》の戦いを経て、僕の方向感覚は磨き上げられていたのかもしれない。だからこそ、地図を一度見ただけで何となく理解できるのか。…………だって、それ以外に鍛えることがなかったから。〝レベル1〟の冒険者なんてそんなもんだ。戦ったって、経験値が入らないんだし。


 そうこうしつつ、『こっちの方向じゃ』とエレノアの判断で森の中を歩く。道は彼女にしか分からず、聞かされていないらしい。直線の長い道が出てきた。………しばらく、このまま道なりに歩き続けるようだ。

 僕は歩きながら、


「…………そういえば、ローレン……さん、だっけ? その《クルハ・ブルの魔女》と、エレノアの関係って??」


「…………む。それを聞くか」


 〝知識の魔女〟――それについての問いかけを口にした僕に、エレノアは銀の前髪の下で曇った顔をした。


 ………いつかは、しないといけない質問だと思っていた。


 里でのエレノアは『姉上』という言葉ワードを出したが、それ以上は難しい顔をしていたので聞けなかった。だが、今はその『隠れ庵』へと向かっている。そんなことを言っていられない。

 里長の少女は、『姉上ローレン』と口にしていた。


「商人ランシャイたちから、託されただろ。エレノア。…………ランシャイたちは、今も里に残って《牢》の方向で調査してくれている。情報を集めるために。僕らは僕らで、情報を持ち帰らないと」


「………それで、まずはその《魔女》とやらの情報が知りたい。というのじゃな?」

「その通りだ」


 僕は肯定する。エレノアはため息をついた。

 暗くて《燭台灯カンテラ》の光だけが続く、単調な森だった。魔物の気配もあるが遭遇率は高くない。隊長オランさんや、ロドカルも周辺を見ていてくれたし、僕が問いかけを口にする時間もあった。

 精霊ミスズも、僕の聖剣の中で光を帯びて『待機シンクロ中』である。


 すると、


「…………姉は。なんというか、昔から変わり者じゃった」


「? 変わり者?」


「古い英雄の《冒険譚》ばかりを見ておって、そして自然のあらゆる物事に『愛され』ておった。

 人の営みでも、持って生まれた資質も神に愛されており、そして―――『動物』たちにも好かれておった。『愛された人』というのが近い。そして、姉はいつしか通常では聞こえない『声』が聞こえるようになり、『観測者になる』ため、あらゆる学問をするようになった」


「…………観測者?」


「王国の興亡や、さまざまな…………歴史。あらゆる事象に通じ、興味を示し、物事を学ぶ世界が大陸に一人は必要だという。

 わらわには、分からぬ。あの姉の考えることは。ただ、一つだけ確かなのは、里を出ていき、森の中に隠れてしまったことじゃ」


 エレノアは思い出す顔で語っていた。


 彼女の姉ということは、前里長の〝孫娘〟なのだろう。

 隊長は横で語る。『―――その人は、実に優秀だった』と。この《クルハ・ブル》の里の中では二人の姉妹が生まれ、どちらも『並外れて優秀だった』という。長老になるための資質、遺跡の構造・薬師の伝承を、たった〝十才〟で二人とも学んでしまったという。


「…………そんなに、すごいんですか?」

「『お手上げ』だ。正直。………断っておくが、俺や周りの大人たちが馬鹿だったんじゃないぞ? 二人が優秀だっただけだ。……『書物』を見せてもらったが、理解とか以前に迷宮の構造や薬師の知識が複雑すぎるんだ」


「そんなに、ですか」

「姉は、〝九才〟じゃ」


 と。『お嬢も優秀だぜ?』と手を上げていた無精髭の隊長との会話の時、それに割って入ったエレノアが訂正した。『姉上は、九才で全てを覚え、里長になるための要件を満たした』と。曰く、冒険者の知識についても、薬の知識と同じくらい知っていたらしい。《剣島都市サルヴァス》の外でそれなりに学んでいて、興味をもっていたという。


「…………でも、なんでそんな人が、里長を継がなかったんだ?」


 そして、僕が行きつく疑問は、実に単純シンプルなところ。


 ……なぜ?

 それほど優秀な人が、どうして里長を継がず、今の妹のエレノアが里長になっているのだ。


 そんなに優秀だったら、継げばいいと思うのである。里の人々から慕われる『若い里長』として動いてきたエレノアだったが、彼女の他に『別の長』が立っていた未来もあるのではないか。

 すると、


「…………分からぬ。《魔女ローレン》は―――〝もしも〟に備えると言っていた」


「? もしも?」


「それは、通常では起こりえぬ、『強い魔物』じゃと。

 各国の興亡や、《冒険者》の末路、その全てが『強い魔物』に絡んでいるとすれば―――かつて、英雄が賢者の知識を求め、大陸中全ての魔物を討伐していったように…………助言をし、どこかで記録を作る《観測者》が必要じゃと」


 ――空想上の大書庫。

 ――膨大な知識を、誰かは知っている『世界の記憶』として、書き続ける人が必ず一人は必要なのだと。


 …………《魔女ローレン》は、そう言って森の奥深くに向かった。


 僕はそう聞いた。

 ……だが、その『心』までは、誰も知らない。という。


 エレノアは言った。知識があるのは、確実なようだった。

 彼女は、『里長として、《クルハ・ブル》にいる』だけでは習得不可能な知識をどこからか仕入れており、少なくとも、妹であるエレノアよりも『世界の情報』に詳しいという。中では、商人・ランシャイが各国を回って見聞した情報にはない珍しい情報もあるかもしれない。

 …………まずは、この鉄の国の〝騒動〟に関して、だ。


 僕は――背中のメメアを振り返った。


 熱にうかされ、瞳を閉じ、荒い呼吸を繰り返している。…………〝精霊のアイビー〟も同じだった。その光景を見ると胸の鼓動が嫌に早くなり、嫌な汗が出てくる。いてもたってもいられない、焦りを感じる。


(…………待ってろよ、メメア。すぐに助ける)


 途中の休憩で、じっとりとした額の汗を冒険の布で拭き、僕は語りかけた。彼女は、か細い呼吸で、ときどきうわごとを繰り返している。声の中身は分からない。だが、早急に対処しなければ、危険なことは分かっていた。


 僕らの、目的は〝二つ〟。


 ―――ひとつ、『メメアたちを治癒してもらう』こと。

 ―――二つ、『ダンジョン迷宮遺跡の構造、盗賊の力の正体』を知ること。


 これは『魔女』と呼ばれる存在に聞くしかない。正直、今の僕にとって知識を持っているかどうかは半信半疑の存在だったが、今は、藁にもすがる気持ちだった。魔女は、さらに迷宮遺跡の奥部も理解しているという。


 今は。

 僕は思う。里には《青い騎士のような冒険者》たちの一行がおり、容易に動けない。……早くしないといけないのに。状況は、厳しくなっていくばかりだった。


 ―――《里の現状》。

 ふと思い出した白い思考の中で、浮かんでくる景色は〝青い旗〟だった。



「ロドカル。あの冒険者たちは」


「はい。僕も、今ちょうどそのことを考えていたのであります」


 と。

 ちょうど、その一行の横を歩いていた小柄な冒険者に、僕は目を向ける。獣人の金色の耳を持つ冒険者は、冒険のリュックを揺らしながら、瞳を上げてきた。


「彼らは、《剣島都市サルヴァス》の正統を謳っている。――であります。

 ……だけど、それって少し変だと思われるであります。僕が知る中で、その《冒険者の部隊》が生まれたなんて話しは、聞いたことがないのであります」


「……え。そうなの?」


「はい。―――考えられるのは、『新設』。

 《剣島都市サルヴァス》の中で、何かが起こっているのかもしれないであります。たとえば、権力闘争ゴタゴタのような。

 …………それこそ、上級冒険者を擁する《剣島都市サルヴァス》の力は偉大であります。だから、その力を狙う人間がいてもおかしくない。……僕らは、何も知りませんが。ただ、少なくとも、表だって騒ぎを起こさず、裏でコッソリ――解決する動きをしたほうが、いいのではないかと思ってみたりするのであります」


 冒険者ロドカルは言った。

 ―――《青い竜》の旗は、少なくとも本物だったと。


 きっと、彼らなりに《クルハ・ブル》の国へと向かってきた目的があるのだろう。だったら、単純に〝人助け〟だとか〝魔物の討伐〟だけで来たとは思わないほうがいいのかもしれない。さらに、冒険者ロドカルは言う。その辺りは、冒険者同士にしか分からない、『冒険者ほど、厄介な生き物はいないという原則』ということを覚えて行動するべきだと。


「…………様子を、探るしかない。か」


「へええ。厄介だねえ。冒険者さんたちってのは」


 と、やや遠くから呆れるように言ったのは、エレノアの近くで周辺警護をしている隊長のオランさんだった。『外の王国との組織体制が違うみたいだし、単純に〝王国硬貨〟を稼いで、魔物を討伐すればいい、ってワケでもないんだなー。メチャクチャ権力と泥に汚れてるじゃねえか』と。周辺諸国と違う、《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》の繁る島を考え、その島を見つめるような声で言っていた。


 …………まあ、確かに。


 僕は思う。深く考え込む。

 ―――《冒険者階級の塔》だってあるし。

 ―――『依頼状斡旋所ワーク・セントラル』だってある。


 その島は、他の王国で生きる人たちにとっては、なんだか複雑そうに見えるのかもしれない。ただ、それに関しては冒険者ロドカルが『それほどでもないと思うでありますよ』と首を振って否定していた。


「僕らも、一時的に外の王国で過ごした時期がありますが……。そちらのほうが、よほど面倒で、泥に汚れた『階級』『騎士』ばっかりの世界でありましたよ。

 各国にも、そういった《ギルド》はあるでありますよね? 王国の軍隊もあるであります。王城を守る、騎士の親分たちの『組織』も、あるであります。街の商工会も。

 ――そういった仕組みが、とても厄介で、中には脂ぎった金欲にまみれた組織だってあると思うであります」


「……? ロドカル、どっか外に暮らしていたのか?」


「はい。まぁ、とりあえず。

 そういう仕組みが外の国にはあるように、《剣島都市サルヴァス》にもそれがあるというだけの話しでありますよ。……むしろ、王国の軍よりも、数が少ないと思うであります」


 ―――〝魔物〟を討伐して、サックリと、終わり。


 本来は、そういう《島》だったはずだ。

 だからこそ、なんでそんな《旗》をもった冒険者集団が、さながら軍隊みたいに行動しているのかがよく分からないと冒険者ロドカルは話していた。


「……でも、今は《ダンジョン迷宮遺跡》の攻略について、だけを考えるといいのではないか、と僕は思うであります。

 ―――だって、どちらにしろ、それをしないと〝騒ぎ〟がおさまらないのでありましょう? 逆にいうと、それさえ達成できれば《依頼達成クリア》であります。盗賊たちは追い返したので、しばらくは襲ってこないと思うのでありますし」


「…………どうでもいいけど、『姉』がいないと、よーしゃべるなあ。ロドカル」


 僕がいうと、得意そうに人差し指を立てていた『獣人』が、キョトンとする。

 一瞬止まり、戸惑い、それから何を言われたのか分かったのか、頬に感情が宿ったように赤くなる。


「あ、姉上は! この際、関係ないのでありますっ!」

「うん、うん。まあ、そうだろうな」


 僕が呟くと、『なに、大人の顔をして頷いているでありますか!』とがうがうと噛みついてきた。

 ――獣人の戯れなので、このへんの力は弱い。ここでも、〝姉〟との問題を抱える、姉恐怖症……ならぬ〝恐姉家〟がいたか――などと、僕が思っていると、


「…………クレイトさん、何か」

「ん?」


 ふと、会話の中にあった獣人の耳が〝ぴくっ〟と動いた。その瞳は空を追いかける。それから視線をめぐらせ――


「何かが、向かってくるであります。な、なんでありますか。あれは」

「え?」


 言葉が終わらないうち。

 地上戦―――ではなく。その森の上から、滑空するように風が吹き荒れる。『クエー』という怪鳥の鳴声が森に響いた。そして、鋭い嘴をもって〝何か〟が襲ってきて、僕は思わず横に回避する。


 …………危ない。

 背中に抱えている〝少女〟だけは、絶対に触れさせてはいけない。僕は腰の『聖剣』――その中身に宿る〝相棒〟に声をかけ、常に《ステータス強化》状態にあったそれを引き抜いた。


「――ミスズ」

『は、はいっ。魔物さんとの戦いですね』


 いや、《魔鳥》だ――。


 僕は見上げる。

 長い独特の〝ツルハシのようなくちばし〟に、竜族のような鱗。体は大きい。人間の体ほどはある。翼を広げると、当然それ以上――驚異的な大きさだった。野生でこれほどの肥大化はするのか。


 そして人の腕ほどもある巨大な足を突き立てて、樹木を『ミシミシ』と鳴らし、森の上から《赤い魔鳥》は僕らを見下ろしていた。


 ―――襲いかかってくる。




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