01 始動
***
《剣島都市》に急報が入った。
それは、遠くの騒ぎを知らせる伝令であった。島の城門――〝帰還の門〟をくぐり、船から下りてけたたましく『賑やかな城下町』のような大通りを抜け、それから島の中央に達した。
そこには《七階構造》の巨大な建物が控えており、周辺王国からその中身や構図はもちろん、通っている生徒ですら全容を知らない。――ある種、巨大な迷路のような迷宮でもある。―――そんな〝ランク・システム〟の塔の《上層部》に、飛び込んできた伝令がいた。
「…………これは。」
マズいことになった、という顔で『手紙』を読みあげた女性は、深く考える顔になる。その容姿ははたから見ても輝くように美しく、沈み憂いを帯びた顔には、金色の髪があった。
眼鏡越しに手紙を見返す女性に、もう一人いた部屋の奥の女性が問いかける。……ただし、こちらの女性は〝規律正しき〟という前述の女性よりも、いくぶんかだらしなくテーブルにもたれかかり、『うだー』と昼間から酒を飲んでいた。
「どーしたの、デドラ?」
「…………司祭が送った軍が、鉄の国に到達したらしいの」
『司祭?』と子供のように首を傾げる女性は、お粗末な修道服を着ていた。彼女がこの服装を着ていても、どこか児戯に見えてしまうのは、彼女から立ち上る長い年月の血なまぐさい戦いの匂いのほかに、『そもそも、そんな宗教しらねーよ』『神はいない』といった無神経なオーラのせいかもしれない。
そんな女性に問いかけられて、謹直そうな金髪の女性が『ええ』と頷く。
「『司祭』? そんなもん、初めて聞いたんだけど」
「…………新しくできたのよ。この《剣島都市》で、外の王国との折り合いをつけるためにね。これも時代の流れかしら、と思っていたんだけど……あの司祭、余計なことを初めて」
「なにさ、余計な事って?」
「次席の争奪。――冒険者『軍』の新設」
それを端的に。
そして厄介そうに、その女性が口にするのであった。
やはり修道女のような女性は首を傾げている。……彼女は茶髪に、どこの街中にでもいそうな女性の風貌をしていた。だが、それだけに、この女性から立ち上る『誰もが目をとめてしまう』という雰囲気の正体を誰にも説明できない。
彼女の名前を――〝寮母クロイチェフ〟。
そして、彼女の話し相手……というか、この真っ昼間に酒の相手を務めていたのは、まだ執務が終わっていない仕事中のデドラ。デドラ・キーズーという女性教師であった。
彼女は教師という顔の他に、この《剣島都市》での役職を持っており、父親は有名な冒険者『道具聖のキーズー』であった。彼は伝説として《剣島都市》に名を連ね、そして今は教え子を導きながら半ば引退をしている。そんな彼に変わって、《剣島都市》の要職を忙しく務めている女性であったが、
「冒険者『軍』の新設――。
何を考えているのか知らないけど、あの司祭。余計なことをして冒険者を育てている。何の気まぐれか、それを《上層部》も認めていて―――今回の鉄の里に送られたのが、そんな彼が贔屓する集団・《青き竜軍団》」
「…………っかー、胡散臭いわねぇ。もっとマシな名前ないのー? ちっちゃい子が考えた『さいきょうのぐんだん』じゃないんだからー」
「…………名前じゃないのよ。この際。というか、昔『必殺剣』とかでヘンな名前を剣につけまくっていたあなたが言えた義理じゃないと思うけれど」
厄介なのは――。と。
考えるように、『むー』と不満そうにする修道服の女性をさておいて、金髪の女性が執務室で呟いた。
同時に親指の爪を噛みしめている。
デドラ・キーズーは不慮の事態が発生したとき、考え込むときに爪を噛むのが癖だった。
「……この事情のカラクリ。よ」
「ふむ。教えて、お姉さん!」
「…………あなたのほうが年上でしょうが。そうは見えないけど。
分かりやすく端的に言うわ。最近鉄の国が不穏だったのは、あなたも知っているわよね? 事前に話していたんだから。それで最近目をかけていた冒険者――あなたが言う『アレ』を継ぐ子を、送っていた」
「そーね。最初に依頼が来たときには、びっくりしたけど」
そう、寮母クロイチェフは語った。
事件の背景だった。
…………実は。『鉄の国』から、里長が訪ねてきて、《冒険者クレイト》と遭遇したのは偶然ではない。
鉄の国の不穏さを察知して、《ダンジョン迷宮遺跡》や《盗賊団》が集まっている問題は、すでに《剣島都市》の街中の一部、たとえばデドラ・キーズーのような情報通は知っていた。
厄介なのは、《盗賊》が何百と膨れあがっていたこと。この問題を解決するためには、魔物と盗賊を同時にさばける冒険者が必要で、そして騒ぎを大きくしない『平凡な冒険者』がよかった。
デドラは前々から目をつけていた《冒険者クレイト》という人間を思い出し、そしてその性格の穏やかさ。実力を買って依頼を引き受けさせる流れを作った。寮母クロイチェフに注文した。
「…………まー、渋ったけどね。ウチのカワイイ冒険者を傷つけられたら、私が嫌だもん。悲しいもん。泣いちゃうもん」
「……はいはい。それで、お願いしたでしょう? 酒場で、異国からきたあの子と会わせられるように」
デドラは思い出す。
……鉄の国から『里長・エレノア』が訪れたことは、実はかなり早い段階から知っていた。
街中の酒場に集まる面子すら把握する『情報通』のデドラなのである。見慣れない旅人というのは、嫌でも《剣島都市》の街中では目立ってしまう。たとえ国の訛りを抜きにしても。
……そして、無事に合流をさせ、追いかけてきた盗賊たちはデドラが控えさせていた冒険者たちと、そして寮母のクロイチェフが追い払い、捕まえていた。中でも寮母の活躍は尋常ではなかった。
そして、彼らの正体は、何も知らない素人だった。ただの《盗賊》である。
「それで、鉄の国――《クルハ・ブル》へと向かったんだよね」
「ええ。これで無事に騒ぎが収まる――。
そう思っていた鉄の国なんだけど、その後に、噂を遅れて聞きつけた『貪欲な人間』が現われた。
…………彼は、後で手柄を横取りしようとして、冒険者の軍を編成。――半ば強引に許可を得て、《剣島都市》から旅立たせたの」
「そんな勢力がいるっていうの?」
「…………嫉妬と熱気の島よ。何が起こっても不思議じゃない」
そう、デドラは半ば諦めたように、肩を落として言う。
彼女も冒険者だ。『元』がつくが、島の外で歴戦の魔物と戦ってきた経験がある。そこで厄介になるのは、敵ではなく、『人』だ。
人間の嫉妬心というものが。
権力への執着、熱量というものが。どれほど醜く、しつこいものなのかというのは、デドラという元冒険者には嫌になるほど分かっていた。
…………だいたい、『道具聖』の娘である彼女でさえも、親に遠く及ばない実力の果てに苦しんでいると、『冒険者の血というのは遺伝しないものらしい』と影で笑われ、逆に頭角を現わして上級冒険者の仲間入りを果たすと、今度は『親の七光りだ』『コネだ』などと叩かれたのだ。
その不愉快のきわまりなさ、そして嫉妬にかける人間の動力源、エネルギーの膨大さというのが、どれくらい大きいのかも知っている。
そして、
「今回、顔を出したのは『司祭』という《剣島都市》内部の新興実力者よ。
……司祭なんて歌っているけど、貪欲なだけのただの権力の奴隷。周辺王国から信仰を集める聖堂内で『出世』を果たし、その人望を背景に《剣島都市》へと入ってきた。
…………こんな人間、便利だけど、何をしでかすか。《剣島都市》の上の次席にいる人たちは、何を考えているのか分からないわ。
ただ、確実なことは、その人間が『冒険者の軍』などというものを新設し、ある日、冒険者を率いようとしたこと。そして何を思ったのか突然『《熾火の生命樹》の意志を継ぐ』だとか、『英雄ロイスの遺業を継ぐ』とか言い出したこと」
「……おかしな人間って、いつ、どこにでもいるんだねぇ」
「ええ。まったく」
『勘違い人間』と話を聞いただけで位置づけた寮母に、デドラが重苦しく頷く。かといって、寮母クロイチェフは『そんな人、見慣れてる』とでも言いたげに、そこまで気にとめている様子はない。
「……ただ、厄介なのは《剣島都市》の上の次席が気まぐれのようにそれを認めたことと、彼らが『英雄の竜の旗』を使っていること」
「竜の旗、ねえ。もしかして、《剣島都市》の施設と、街中にかかっているあの三匹の竜の頭のヤツ?」
「ええ。知ってるでしょう。あの『竜の旗』のもつ権威を。……かつて、並々ならぬ竜を何匹も討伐したロイスにちなんで、その竜を旗の目印にしたこと。『あなた』も用いたんじゃない。
…………あなたなら、アレを勝手に使われることが、どれだけ屈辱的かも知っているはずよ」
「んー。といっても、どーせ『モノ』だしねえ。あのロイスの、…………『お師匠』の性質がどうこうなる、って感じでもないしね」
と。のんびりと、寮母クロイチェフが酒を傾ける。
いつも寮で見せるような『だらしない飲み方』ではなく、きちんとグラスに注いでの、いくらか大人びた……よそ行きのすました飲み方だった。しかし、その正体と中身を知っている親友のデドラは、『はぁ』と息をついて、
「打てど打てど。響かないし、動かないわね―――あなたって人は」
「えへん」
「褒めてない。
…………それで、どうするの? 彼らは勝手に《剣島都市》の正統をうたって、ロイスの旗を使うことで権威を水増ししているわ。里に向かった彼らなんて、正直正規軍の振る舞いよ」
「……でもねえ。それって、どうせ他人の力を借りての権威でしょ?
もともと《剣島都市》の施設にかかっているだけだし、聖誕祭に街中で増えるくらいだし。大した効力なんてないんじゃないの? お祭りの旗だよ、あんなの」
「そのお祭りの旗でも、見る人には『特別』に見えてしまう。……それが権威というものよ」
「ふーん。じゃあ、燃やせないの?」
「………………すごく物騒なこと言うのね。あなた」
まるで『空耳かしら』というかのように、その始祖冒険者・ロイスの旗という権威を紙くず同然にした寮母に、生真面目なデドラがこめかみを押さえる。ずるりと落ちた眼鏡をかけなおして、
「……『あんなの』とかいう、権威の形骸だけど。
それでも、効き目がある人は確かにいるの。『正当性』を得たことで配下の冒険者たちの集団は張り切って、勇んでいるというし。無視はできない」
「…………ふーん」
やがて、二人は執務室を後にする。
サルヴァスの施設の別室に向かって、冒険者の情報を確かめながら話し合うためだ。《剣島都市》の学舎の構造は七階構造。だが、奥行きが複雑になっており、最初に迷い込んだ人間は確実に出てこられなかった。中には吹き抜けや、緑の庭先まである。
白い建築物の柱が立ち並び、自鳴鉦が鳴り響く空間。
午後のこの心地よい空間を歩くことは『デドラ・キーズー』は嫌いではなかったが、その庭先の見える廊下で、ふと前から歩いてくる人影が見えた。
とたんに、女性の顔が曇る。
「…………現われたわ。クロイチェフ」
「ん? なになに?」
「司祭――ダイゴルバよ」
先ほどの話に出ていた男は、何名もの神官をひきつれ。ゆさゆさと肥大した体を揺らしながら歩いていた。その身を包む神官服は、何を思ったのか、英雄に縁がある旗と同じ色の『青』だ。
神官――というが、《剣島都市》にはもともとそのようなものはいない。公正で自由、ひらけた《冒険の島》というこの場所には、周辺王国で見られるような『権威の象徴』を徹底して寄せ付けない風潮がある。
だが、なぜこのような装いを部下にさせているのかというと、『彼』は名目だけでも《剣島都市》にのっとり、信仰は《熾火の生命樹》を崇めているからだ。
新しくできた神職は、『火の守人』と名乗るものだった。その地位に就いた男は、ゴテゴテの指輪を動かしながら脂ぎった顔で歩いている。彼女が避けたいと思っていた男だった。
そして、すれ違おうとして、
「―――〝挨拶〟もなしかね」
「……!」
クロイチェフたちは動きを止める。
司祭は、廊下で、冷たい瞳を向けていた。
教師デドラは停止、そしてつかの間の硬直を捨てて、くるりと振り返ったときには微笑になっていた。王国の貴族に裾を広げて挨拶をする動作で、
「いえ。気づきませんでした。――ダイゴルバ卿だとは。お忙しいと耳にしています。ますますのご繁栄だとか」
「…………ふん、白々しい。貴様が最近なにを企んでいるのか知っているぞ。食えぬ狐だ」
しかし、そう彼自身と、周囲の神官服の見慣れない部下――少なくともこの《剣島都市》にはいなかった種類の人間――に睨まれても、デドラの笑みは崩れなかった。その後ろでは、まだ子供みたいに見回している寮母の姿もある。
「お主たちが鉄の国でやっていることは分かっている。騒ぎを、持ち駒の《冒険者》たちに収めさせようとな」
「…………」
「あの騒ぎには、〝旨み〟がある。勝手なことはさせんぞ。上級の――真の冒険者をこの手で育てることは、我が悲願でもある」
その会話を。
受け流し、微笑を湛えるデドラの内心を誰が察するだろう。その胸には『やはり』という確信があった。
《始祖冒険者》らがうち立てた冒険の島国であったが、その〝上層部〟に入るためには功績を認められなくてはならない。この島には『七名の賢者』を模した席次があり、開祖ロイスと戦った弟子たちの『椅子』があるのだ。しかも七つ。
その『席』をめぐる権力は絶大で、彼ならずとも、『島を動かしたい』と思う人間はそこを狙う。
――すなわち、上層部の統治権であり。
――島を動かす、黄金の船の操舵だ。
「鉄の国の騒ぎは、もらう。デドラ・キーズー。宣言しておく。
……我らが、この《剣島都市》の将来を動かすのだ。貴様も知ってのとおり、『椅子』に選ばれるには、よほどの叡智と胆力が備わっていなければならない。――――つまり、私のような人間だ」
「…………それは、それは」
「貴様が、何をしようとしても無駄だ」
…………この男は、それを目的で暗躍している。
《クルハ・ブル》の騒ぎを聞きつけたのも、手柄になるため。里の騒乱を収めれば《小さな戦争》を収拾したと見なされるだろう。その男は、それを『旨み』と呼んでいる。…………その下で、苦しむ人々がいるかもしれないのに。
デドラは、男に気づかれないよう後ろで、小さく拳を握った。いつの間にか《冒険者》の顔に戻っている。
「―――盗賊たちの中には、私の手の者も紛れている。《密偵》だな。
そやつらが、鉄の国・《クルハ・ブル》の内情をつぶさに届けてくれる。それによると、現地の貴様ら冒険者たちも、どうやら苦戦しておるらしい」
「………」
『ふん。口ほどにもない』と言いたげな司祭の顔だったが、しかしデドラは疑問だった。
……ならば、『なぜ』?
鉄の国の内情が分かっているなら、なぜ助けなかったのか。口ぶりからはただちに援軍を送れそうなものである。
少数の冒険者が向かっても、事態は違ったはずである。
だが、
「―――なにを簡単なことを。騒ぎが大きくならねば、『手柄が増えぬ』だろうが?」
それを。
……それを。こともなげに。子供に大人が『こんな簡単な計算式も分からないのか?』と上から問いかけるように、司祭は告げるのだった。
その常識の違いに、デドラが戦慄する。
表情を凍りつかせた。しかし、もう《剣島都市》の〝異例の司祭〟は気にもとめていなかった。『あの騒ぎには〝旨み〟がある』とだけ口にして、くれぐれも邪魔しないこと。それを念押して廊下を歩き去って行く。
神官たちの、ぞろぞろとした足音が消えていった。
「――デドラ。今は、あんなのがいるのね」
「…………ええ」
それを。
沈み込む思考の中で、拳を握りながら。答えていた。
教鞭を執る『教師』は、思う。…………なんのための《剣島都市》か。
泥にまみれた冒険者がいる。
……困難な旅路の中で、それでも、《魔物》にしがみつき。食らいつくように壮絶な戦いを繰り広げて、〝レベルアップ〟する者たちがいる。
なんのためか?
誰が認めるべきか。
それは―――この《剣島都市》の大人たちと、上層部が認めなければならないではないか。
決して、あのような打算や、『権威』が目的で、動いてはならない。動かしてはならないはずだ。
「…………で、そーんなデドラ教師は、あんな大それた司祭の野望を、どう思っているのかしら?」
「…………許せる。ものですか」
ギリッと、奥歯を噛む。
……真面目な眼鏡の奥で。確かな感情の炎がゆれていた。それは激しい。《魔物》がときに吹く《噴煙》の激情のようでもあった。彼女は髪をほどく。金色の髪が落ちた姿は、彼女が『デドラ・キーズー』という冒険者に戻った証だ。
もともと、『デドラ』という冒険者は大人しい冒険者ではない。……その気性の秘めたる激しさも、親友のクロイチェフは長年、近くで見てきてよく知っていた。
だから、
「クロイチェフ。……協力してもらうわよ。
教師として。冒険者の子供たちを導く立場として。あんな男を野放しにしておくものですか。冒険は、あんな男のためにあるものじゃない」
「……ん。まあ、デドラならそうよね。偶然だけど、私も同じ気持ち」
そうして、ぷに。と親友の頬に手をやった寮母クロイチェフは、『落ち着いて』とリラックスさせるように微笑んでみせる。
驚く眼鏡の奥に、
「……『あの子』を、送っているわ。安心しなさい。
それだけでもだいぶ状況が変わるはずよ。なにせ、あの子は諦めない。……諦めない冒険者ほど手強く、恐ろしいものはないと思う。諦めなければ勝てる。……どんな強敵の魔物でも、討伐しきってしまう。
―――今あの子が《クルハ・ブル》の里にいるということは、歴代冒険者。――『師匠』や、私が、あの里にいるのも同じ」
「…………そこまでなの。あの子の資質は」
「ええ」
そして。
驚くデドラに、寮母は庭先から空を見上げる。
その遠く――霞む雲の向こう側に、鉄の国が見えるように。その下に、ある『少年』がいるのが見えるように。
「――きっと、歴代〝英雄〟よりも。あの子の憧れは大きく、そして……強い。どの冒険者よりも、〝限界〟のその先を見つけられるはず」
期待と。そして、信頼を込めて。
彼女は、遠い国の『弟子』に、拳を突き出していた。




