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49 偽の旗




『―――おい、』と怒鳴る喧噪とともに、騒ぎの音が僕の耳を打った。


 通常ではない叫び、そして声での押し問答が聞こえてくる。僕は家の出口へと急いだ。並ぶ見物人の列を押しやって、その戸口から里の中を見ると、《青い旗》に彩られた妙な集団が見えてくるのだった。


 僕は驚き、静止する。

 列をさえぎっているのは大柄の『戦士』であり、それは《クルハ・ブル》の鉄で作られた頑丈な鎧装備と、兜をかぶった〝隊長オラン〟であった。彼は、里人で溢れかえる中央から強引に入ってこようとする〝列〟を、押し返すようにさえぎっていた。


 里人の顔には、困惑が浮かんでいる。

 そんな並々ならぬ叫びを聞いて出てきた白衣のエレノアが、里長としてその列の最前列へと向かっていた。


「どうしたのじゃ、隊長オラン。何事じゃ?」


「……お嬢。それがな」


 敵のように集団を押し返していた隊長オランさんが、振り返って目元に困惑の感情を浮かべる。


「この人たちが、俺たちの里に入らせろと……そう求めてくる。

 許可どころじゃない。それを、まるで決定権でも得たように言ってくるんだ。王国に認められたようにな。認めなければ、許されない。と」


「当然だ」


 そして。

 里長の家から見る僕らの前で、先頭に立った男が口を開くのである。頑迷そうな口の線を動かした男は、里長に一礼することもなく、


「我々は、《剣島都市サルヴァス》の許可を得てここにきている。

 島の決定だ。つまり、絶対の命令となる。お前たち下々の里のために、《魔物を打ち払うべし》というお達しが出たのだ。このような辺境の騒ぎに、我々が駆けつけることなどないのに」


「……聞いてない」


「当然だ、言っていないからな」


 この調子である。

 その武装した男たちは、どこまでも傲慢で、横柄だった。

 引く気配がなかった。


 僕は鎧に注目する。あの鎧は―――『周辺王国の軍勢』に似せているが、正確には違う。僕だからこそ分かる。あれは――その腕につけた装飾具や、魔物のドロップを使って製造された道具は、明らかにある《島》の冒険者のものであった。


 冒険者の装備をした男たちが、そこにいる。


 僕は里長の家の前から見ていた。……そして、ざわめきが近くで耳を打つ。

 そこには、旗が翻っていた。占領軍のような、里にはそぐわない大きな旗。……その青色を眺めながら、里人たちが動揺するのが僕にも伝わってきた。


「我々は、《剣島都市サルヴァス》の正規軍である。道を阻む者には容赦はしない。ただ、目的のために。崇高なる―――〝始祖ロイス〟の意志を継ぎ、魔物討伐のためにいるのだ!」


「…………おい、おい。何事だ。あんな旗初めて見たぜ」


 そして。僕らに合流してくる。

 後ろを振り返ると、里長の家の扉の前には冒険者リスドレアがいた。隣には商人の娘・ランシャイが袖を揃えて遠くを見ている。…………これで、この里の主要な代表人物が顔を揃えたことになる。


「冒険者が、軍? 何の冗談だ。騒がしいと思って外に出てきてみたら、異郷の馬車が乱入してきたとか、貴族の珍道中とか―――そんなレベルじゃあないぜ。意味が分からない。《剣島都市サルヴァス》に、軍なんてあったか?」


「……さ、さあ」


「だとしても、冒険者が無断で『集団ギルド・パーティ』を組むのはルール違反だろうが。徒党ができちまう。

 《剣島都市サルヴァス》側は。いや、あの島を作ったヤツは、そんなこと望んじゃあいないはずだぜ。島の中では徒党は潰すはずだ。軍閥ごっこだの、派閥だの王国の下らない真似は真っ平ごめんだぜ」


 そして、冒険者は腕を組んで戸口に寄りかかり、行列を睨みつける。


 ……その通りだ。

 僕も同じ気持ちで、その『騎士』を気取った集団を眺めていた。僕やこの冒険者だけじゃなく、それが《剣島都市サルヴァス》全体の冒険者たちに共通する気分と言ってもいい。

 ――外れ者だ。


 外れ者で、独立心が旺盛。だからこそ、何者にも縛られない。


 ……だからこそ、義務がないかわりに自己責任が強い。


 誰しも、それは分かっているはずだった。

 だが、それは僕が《剣島都市サルヴァス》で見知ってきた冒険者とは明らかに違うのであった。武装している集団は『まだ列は動かないのか』と苛立ちを募らせたらしく、ついに後ろに控えていた『馬車』に変化が生まれた。


 ……馬車、である。


 外の王国の貴族が好んで使うためのものであり、その防護性能や、とっさの魔物の不意打ちに対応できることから中流以上の〝旅の商人〟なども好んで使った。――だが、冒険者などはそんなもの使わない。


 ――しかし。


 それを使い、下りてきた〝青の服の冒険者〟の腰には――僕ら《剣島都市サルヴァス》の冒険者が共通して持っている、《例の剣》が下がっていたのだった。



「……何事だね。ハーマン前衛長」


「は。それが、里の者が我らの使命を理解できずにおりまして。現地の者たちに説明するのは、骨が折れます」


「ふぅん」


 そう言って、風に吹かれたように目を動かす。

 口元を愉快げに曲げる。爽やかな容姿の青年だった。どこか上流の騎士を思わせる凜々しい立ち振る舞いに、冒険者のわりに塵一つついていない青い服装。そして真っ白で日に焼けていない肌。

 ……その視線が、里の中と、そして戸口に立つ僕らや冒険者・商人などを見回す。目を止めたのはただの『通過点』、あとは里に集まる、この里の騒ぎを心配して駆けつけた人垣を見回す。



「…………どいつも、こいつも、平凡で、ただ退屈なだけの能無し。――評価点を与える、ランク『F』」


「…………なんだと?」


 反応したのは、隊長オランだった。

 この里でも一番の戦闘力、体の大きさ。紛れもなく普段からの鍛錬を極めているであろう武人は、その小声を聞き逃さなかった。里長エレノアを守るように白衣の前に出ていたが、さらに踏み込んで、



「おい、どういう意味だ。

 どこのどなた様かは知らんが、この里に入ってきたのなら、この里の流儀に従ってもらう。妙な言いがかりは許さない。……だいたい、傍若無人に里の中に列を乗り入れているが、里人たちのこの現状が目に入らないか? 誰しもが傷ついている。おかしな軍勢を受け入れている余裕なんか、ない」


「退屈」


「………は」


「退屈なんだよ、キミの、その顔が」


 後ろの飾り付けられた『馬車』から出てきていた男は、まるで貴族のような出で立ちで、隊長オランにそう指を突き出す。


 武人は面食らった。……無理もなかった。その『会話』や『理論』の中身ではなく、男は精悍な隊長の顔に、至近距離まで指を近づけていた。


「退屈だ。……美しくない。僕の視界から消えろ」


「…………………………、な。いや、おい。お前何を」


「エメリア」


 それを、男は言った。

 またしても「……は」と隊長オランは、言葉を止めた。


「それが僕の名前だ。現地人。『お前』ではない。

 そう気安く呼んでいいわけがない。ものでもない。……両親や教育で習わなかったか? まあ、人か魔物かも分からん辺境に住まう貴様に、そのような教えを与えてくれるような親がいるかは分からないが」


「て、てめえ」


「分かったら、とっとと消えろ」 


 そして。里を歩く。

 もう気にもせず、虫が一匹視界から消えでもしたように隊長を無視して男は進んでいく。その青色で飾られた《冒険者服》が揺れ、里長エレノアの白衣姿すら無視して里長の家へと向かおうとする。後ろで隊長が食ってかかった。


「―――てめ、いい加減にしろ!! 他人の長年暮らしてきた場所で、やっていいことと悪いことがあるぞ。どこの誰かは知らない。また、《剣島都市サルヴァス》という島の意志も俺たちは知らない。

 だが、《冒険者》として歩いているなら、言わせてもらおう。《冒険者》ならとっくにいて間に合っている!」


 周囲を囲もうとした、青の冒険者の護衛が吹き飛ぶ。


 ……べつに、武器を取り出して暴れているわけではない。隊長オランは、純粋に磨かれた腕力を使って、止めようとした護衛や、『ハーマン前衛長』と呼ばれた男などを吹き飛ばしたのだ。

 答えを聞くまで引き下がりそうにない隊長を前に、すぐ後ろまで追いつかれた『エメリア』と名乗った男だったが、


「『理』が通じぬは、獣も同じ」


「……はあ? 何を訳分からないことを! 俺はこの故郷や、里長に近づくヤツは腕ずくでも」


 そして、肩をつかんだときだった。

 黄金の光が炸裂した。

『―――マズい』と横の商人の娘、ランシャイが呟いた後だった。僕は、何が起こるのか、そして何が起きたのか分からなかった。


 風が一巡したように、里で小さな衝撃が起こる。

 里の見守る人垣も、それが何が起きたのか分かっていなかった。……どれだけ『危険』なのかも。ただ里の中央で小規模な爆発が起こったような認識で、その直後、隊長オランが遙か後方に吹き飛ばされ、里の地面で体を打ったのが見えた。


「…………な、」

「…………おいおい、おい。穏やかじゃあないぜ」


 そして、僕が口を開き、冒険者リスドレアが腕組みをほどいていた。戦闘態勢をとっている。

 里人たちは、やっとその認識がついてくる。――つまり、隊長オランが吹き飛ばされ、『その光が何らかの現象を呼び』『暴力的なものである』と認識を得たのだ。小さな悲鳴が上がり、それから動揺が広がった。 


 男は―――。

 貴族と見紛うほどの、磨かれた金色の髪をした男は、その癖のついた短髪の下から冷たい目で隊長を見下ろしていた。尻餅をつき、白衣のエレノアに駆け寄られて、突如の痛みに呻く男に。


「…………僕に、さわるな。辺境のサルが」


「…………ぐ、て、てめえ」


 そして。そこで生まれた『反応リアクション』は、それぞれだった。


 隊長オランは痛みに呻き、そしてそんな『叔父』のような人物に傷を負わせた男を、駆け寄ったエレノアが睨んでいる。――珍しく、感情的になったエレノアだった。そして、里人たちは、そんな状況をまだ飲み込めておらず、動揺している。


 そして、僕らは―――。

 違った。《冒険者》の僕らだけは違った。その『光』の正体が分かる。そして、長年の冒険と五感の研ぎ澄まされた視力により、僕も、冒険者リスドレアも―――〝見えた〟。その一瞬の光の中で、〝男〟が聖剣を引き抜いたのが。


 ―――〝冒険者の青い剣〟だった。


 刃が半透明、見たこともない。そして威力はあの一瞬で〝弾けた〟ほどだ。男は、その聖剣を行使して、あの一瞬で《隊長の鎧》の肩当てを吹き飛ばしていた。それだけの反動で――つまり、小さな武具の破壊程度で、あの爆発を生んだ。ひと一人を吹き飛ばした。だが、肝心なのはそこではない。


 ―――『一般人に、剣を抜いた』のだ。


 それが僕らの、視線で追いかけた者だけが分かる、胸に残る戦慄であった。

 冒険者リスドレアはさりげなく《依頼人ランシャイ・ムー》の前に出ることで、あらゆる攻撃を遮断する体勢に出た。…………つまり、敵性と判断したのだ。もし万一にも、妙な動きをした場合、瞬時に《三日月大斧クレセント・アクス》が正面をなぎ払うだろう。


 そして。僕も同じだった。

 だが、僕らの驚きは、少し違う。


 僕も、そして隣に立つミスズも、同じ《冒険者》としてその光の正体が分かってしまったのだ。だからこそ、呆然とした。それは一般人に向けていい一撃ではなかった。冒険者の剣なのである。神聖な、《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》から授かった恵みなのである。


 おかしい。いや、それ以上に……外れている。

 ―――あの《島》を代表する、聖剣をそんなに手軽に使っていいはずがない。何かが違った。目的が冒険者の意志から外れすぎている。…………いや、そもそも。冒険者が飾られた《馬車》に乗って、しかも護衛までつけて、旅をするのか。


 …………その光景を、里人も。僕らも、呆然と眺めていた。


「我々は、《青き竜軍団》を管轄するエメリア。その一党である。―――冒険者の諸君、ご苦労だったな。君たちの働きはこの僕が引継ぐ」


「…………どう、いうことだ?」


「――規律、名誉。いかにかぎられて閉鎖的な《剣島都市サルヴァス》の島にでも、最低限は知っているだろう? わずかには存在する」


 辛うじて、里長の家の前で声を絞り出した僕に、その青い冒険者は告げる。


「このたびは。《剣島都市サルヴァス》の上層部より、使命が下された。この辺りを騒がす魔物や、盗賊どもをこの僕が討伐するべし。とな。

 上層部は、このたびの里の混乱に『お心』を痛められている。君たちの働きは道中で聞こえてきたよ。大活躍だったらしいな。ご苦労だった。あとは僕が引き受ける、安心して帰りたまえ」


「……な」


 その男は。

 そう、言ったのだ。


 ――罪人を引き渡し。

 ――そして、今後の戦いに幕を下ろして、引き返すように。と。


 僕は呆然とした。彼らは、戦いによって掴んだ成果――捕まえた『盗賊オーク』たち捕虜を、全て引き渡させ、押収してしまうという。《剣島都市サルヴァス》から下された命令は敵の殲滅で、そのために必要な措置だという。



「……き、聞いていない」


「当然だ。君たちが里から出た、『後』から決まったことだからな」


「……」


「すでに、戦いの決定権はうつっている。冒険者。

 話すのが遅れたが、そこの『里長』の家も、手頃そうだから我々自身の幕舎として押収させてもらう。ここが戦いの最前線だ、使える場所がいる」


「……な、何を勝手な。病人だって中にいるんだぞ!?」


「出ていってもらう。文句は言わせない」


 そして、男の青い瞳は、もう別のことを考えるように動いていた。

『病人』などの言葉には少しも引っかからない。想像すらしない、その頭は周囲の状況判断で一杯だった。まずは指を動かして《青き竜軍団》と彼が呼ぶ、その集団に家へと向かわせる。荷物を荷馬車から運び、そして中にいる病人を次々と外へと放逐するためだ。



「……か、勝手なことをするでない!!」


「ほう。里長か。だが無意味だな」


 立ちふさがった白衣の少女に、その男は冷たい目をチラと向けただけだった。里長として発言し、考え直させようとした少女の言葉に、その男は一考もしない。



「今の里長に、何の力もない。――権限もね。

 《剣島都市サルヴァス》の上層部が判断を下したのだ。その判断は、島や、冒険者たち、そして国々を包む。今のこの里を動かす権限を握ったのはこちら側なのだ。君たちはすでに、『ただの里人』、そして君はただの里の娘だ」


「……な」


「我々は忙しい。さっさと出ていくのだ。一般人」


 そして。邪険そうに手を振り払う。

 忙しそうに集団が動いていた。もう、こちら側など見ていない。………僕たちの、傷ついた現状にも。


 青の冒険者たちの武装は整っていたが、道中の戦いの汚れ一つもついていなかった。……当然だった。この里を守り、泥にまみれて戦ってきたのは、装備もボロボロでしかない里の人たちと、僕らだ。


 それから。

 腕を組んでいた青い冒険者が、最後に『ああ』と気がついたように顔を上げて、


「『元・里長』―――。忠告しておくよ。

 君たちが募集した冒険者は、ただちに解雇。…………《剣島都市サルヴァス》に帰還させたまえ。我々の作戦の邪魔になる。


 ただでさえ、忙しい。―――〝命令〟も聞けないような者たちは、冒険者とはいえ他にはいらない。今後一切、君たちはダンジョン迷宮を含める『今回の件』に関わることを禁じる。ここ、《クルハ・ブル》では、敵との交戦すら認められない」


「……っ!? な、何だと!」


「もし、命令に背いたら。―――分かっているね。

 上層部――《剣島都市サルヴァス》教師陣を含める、その全ての意志と敵対することになる。君たちとて、階級ランクシステムの上位を占める〝猛者もさ〟たちと戦うのは怖いだろう。だから、命令しておく。……余計なことをするな。


 盗賊と、戦わずにこの里を出ていってほしい。命令を守れば余計なことはしない。最悪、君たちがせっかく手にした『ランク』を手放すことになる」


 わずかなチャンスで勝ち取った、その響きを涼しい顔の男は口にする。……それは、長年『最底辺』でしかなかった僕らがつかみ取った、わずかな希望。次元の違う響きだった。

 男はそう言い放ち、一行の指揮に戻る。




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