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46 帰還の灯火



「オランさん」

「おおっ、無事だったか! 冒険者クレイト!」


 この日、二度目になるのか。

 そんな会話を僕らは里の入口でしていた。《盗賊》の集団が散ったとはいえ……その残りは、再び山の砦に戻っており、道中で別れた仲間を僕は心配していたのだ。道中で争いが起こるか、と思ったが、その人たちは無事に里に戻ってきていた。



「道中、離れてしまってすまない。

 ……本来なら、俺たちが里を守るべきだったんだが。《盗賊》たちの目を避けて、魔物たちをかいくぐって森を進んで、この時間だ。冒険者クレイトを先に送っていて正解だった」


「…………道中は、大丈夫でしたか?」


「ああ、問題ない」


 そして、銀色の髪の少女が出てきた。

 エレノアだ。遺跡の入り口で分かれた〝エレノア一行〟は、里長の一行として森の中を潜りながらこの里を目指して戻ってきていた。道中では魔物や、盗賊も多かったらしい。

 だが、無事にたどり着いた彼女たちは、すぐに里にも目を向けていた。


「こんな……里が火に包まれてしまったのか」


 先頭を切って里の門から入った隊長は、息を飲む。

 見回した里の中で、無事な家のほうが少なかったからだ。


「戦いの音を遠くから聞いて、里の争いが凄まじいことになっているだろう……ということは分かってはいたが。《盗賊》め……ここまでやるのか」


「じゃが、人の命は無事だった。そうであろう? オラン」


 その隣で、小さな背丈の女の子が言った。

 里を見回す表情が苦しそうなのは同じだった。見ていて痛ましくなる。だが、それでもこの少女は気丈に、本当は心の奥で傷ついているだろう感情を押し殺して、前を見つめた。


 こんなときなのに、強い言葉で語り、気持ちを隠す。

 それが、このエレノアという里長なのかもしれない。


 ……僕らの、《依頼主》だ。


「クレイト。よく。よくぞ持ちこたえてくれた。賊を追い払ってくれた。長かったであろう。大変であったであろう。

 森で別れてから、お主たちを心配していた。お互いが無事であればいいと……そう思っていたのじゃ。《冒険者》だからと気負う必要はない。お主は、十分にやってくれた」


「エレノア。けど」


 僕は見回した。

 …………とても、無事と言えるような里の状態じゃない。

 黒煙は上がり、そして里のあらゆる路地は、戦いの傷がついていた。座りこむ採掘師ギルドの青年は負傷し、そして獣人傭兵団も無傷なほうが少なかった。路地にうずくまっている。


「里を再建することは、またできる。――クレイト。

 あれだけの騒ぎと。盗賊の襲来、そして魔物の行軍があったのじゃ。無事だったことを、喜ぶべきじゃ。…………まだ、里の問題の大きな部分は片付いておらん。盗賊が襲ってきた『謎』も改名できていないし、迷宮の『扉』もまた塞がねばならん」


「…………。そう、だな」


 責任感。

 エレノアの顔に浮かぶ文字は、それだった。


 本当は僕よりも年下に見える少女だったが。泣きもしない。里の変わった景色に、気丈に目を向けている。


 ……本当は、どんな気持ちなのか分からない。だが、彼女は『里長』という名を継いだことにより、その小さな体に重大な責任を背負っていた。それは、彼女なりの《クルハ・ブル》への理想があるからかもしれない。


 冒険者を求め。単身、《剣島都市サルヴァス》にきたくらいの少女なのだ。その行動力と、胆力は、冒険者の僕でも圧倒されることがある。…………今、この瞬間もそうだった。


 これくらいでは、挫けない。……彼女の表情は変わらない。僕にはそう思えるのだった。


「《冒険者》がいれば――また守れる。わらわは、そう思うぞ。クレイト」


「…………、そうだな」

「実際にお主は、一度は魔物を撃退したのじゃ。守るのは人じゃ。《里人》がいれば、また……村を立て直せる」


 僕とエレノアが、そう里の入口で目を合わせた時だった。


『――クレイト。ちょっとよろしいか?』と袖を引いてくる《商人》がいた。

 里への逗留とうりゅうを公言しているランシャイである。彼女は、里に戻ってきた面々を見回して、『あらためて、こちらの紹介をしてほしいアル』と袖を重ねてきていた。


「……? この御仁は、商人ではないか」


「ああ。エレノア。一緒に、戦ってくれたんだ」


 その経緯を説明する。

 すると里長エレノアは商人の『手助け』に驚き、それから丁寧に。里長の顔で一礼をするのであった。商人は頭を左右に振る。


「たまたま居合わせただけアル。……中身は、冒険者に依頼した里と変わらないアルね。

 色々と交渉したいアル。里の件についてでもアルが、その中でも最優先事項。最重要事項――――それを譲って欲しいアル」


「……? なんじゃ。財宝でもねだるつもりか。あいにくじゃが、この里にはお主のような《王都の豪商》が求めるような価値のあるものはあるとは思えぬが」


「いいや。違うアル」


 そして、商人ランシャイは、大きな水晶のような美しい瞳を、細める。


「―――〝盗賊の首領〟の、処遇について。こちらに預けてもらいたい」


「……! まさか、捕まえたのか!?」


 驚きとともに言葉を放った隊長オランに、商人ランシャイは頷くのであった。その報せは、里で休憩中の《採掘師ギルド》―――まだ、この里の夜の騒ぎの全容を掴めていなかった青年たちを、ざわめかせた。


 ――盗賊の、首領。

 その一人を、『捕縛』したのである。


 身柄は現在、里の《採掘師ギルド》の東側の戦場で戦った兵士たちと、生存した《獣人傭兵団》の傭兵たちが監視している。


「盗賊の首領は、〝オーク〟だったアル。

 …………非常に珍しい現象ね。もともと、大陸のかなり辺境から出てこない種族。《亜人種》アル。よほどこの戦いに旨みがないか、確信が持てないとでてこない。……それだけじゃないアル。魔物を操る、何かを握っている。

 …………これは、重大な《案件》ね。解明次第で、大陸の〝魔物討伐〟のバランスが大きく傾く。誰でもが調べていいわけじゃない。……だから、わたしに任せるアル」


「……い、いや。まて。それは」


「権利の全てではない。……一部でいい。譲って欲しいアル」


 そして、不意打ちを受けたように考える里長のエレノアに、主張を譲る気配がない商人が交渉する。


 ……どうも、困難なことになってきたようだ。


 その話は、帰還したばかりのエレノア一行には即決できない。

 『詰問は、後日。行う――』ものとして、エレノアはひとまずの返事を保留した。商人はそれ自体には同意するように頷いたが、やはり主張を変えるつもりはないらしい。表情を見れば分かる。


 問題なのは、『里での被害を生み出した』という犯人の首領を、誰が取り調べるかである。それは重大な〝権利〟ともいうべきで、《クルハ・ブル》でどう扱うかによって、今後の国が左右される。


 商人は『同伴は必ずさせてもらう』という要求も伝えた。確かに、里を《獣人傭兵団》を使って防衛した商人だ。主張は無視できない。………里長のエレノアはいくつか懸念があるのか、顔を曇らせて沈黙する。

 年長者でもある、隊長のオランさんも考え込んでいた。


 そして、僕は里の景色を見回していて、『そこに戻ってくるべき人』を探した。里に戻ってくる人数は多い。《ダンジョン迷宮遺跡》の方面に向かった一行もそうだが、別の方面でも戦っている青年たちもいて、各門ごとに里の外で戦っていた《採掘師ギルド》の人数たちも戻ってくる。


 その喧噪と、熱気と、帰還の灯火の入り交じる中で、雑多な路地で僕は『顔見知り』を探していたのだった。ときどき、人の波とぶつかる。そして、はるかに見渡す先から、列を割って、息を弾ませて戻ってくる小さな獣人を見つけた。



「クレイトさん! ―――お疲れ様であります!」


「……! おお。ロドカルも無事だったか」


「護衛任務・完了でありますっ!」


 子分のように。

 その獣人は。敬礼。ポーズを決めていた。彼の肩に乗っている精霊――先ほどの〝白い精霊〟とは違って、まだずいぶんと若い『三毛猫』の精霊も、彼を真似するようにぴんと背筋を伸ばして敬礼していた。


 その冒険者を見て、僕は安心する。

 獣人・ロドカル。《剣島都市サルヴァス》の冒険者であった。姉である獣人の少女は、現在広場に消えていて顔を合わせてはいない。この獣人は《依頼》を受ける僕についてきていて、〝鉄の国・《クルハ・ブル》〟で僕らの冒険を一緒に支えてくれていたのだ。


 先ほどは、ダンジョン迷宮遺跡から引き返してくるときに、森を抜け、里へと戻る僕にかわって《エレノア一行》を守ってもらった。心配はしていたが、どうやら任務をやり遂げてくれたらしい。


 僕はお礼を言った。


「はいっ。当然のことをしたまでであります!

 僕だって冒険者の端くれ、少しくらいの魔物なら――げ、撃退できるでありますっ! …………ただ、ちょっと戦いぶりは情けなかったと言いますか、道中の魔物は隊長さんに任せきりだったところも……ゴニョ」


「いいや。よかった。無事で安心した。ロドカル。心配していたんだ」


 僕がそう言うと、嬉しそうな顔を浮かべる獣人。


 なんだかんだで、《剣島都市サルヴァス》出身者の冒険者が他にいることは心強くもある。この鉄の国の騒ぎだ。他は見知らぬ人間ばかりだし、住む世界も――そして生きる常識も違う。〝島〟はやはり、特別なのだ。


 実際に、この冒険者がいるかいないかで、僕の心の負担も軽くなったと思う。一緒に戦った商人・ランシャイも、戦いが終わると別の次元での交渉・駆け引きにうつっていた。別人のような横顔だった。


 同じく島の冒険者である《リスドレア》は、そんな商人・傭兵団寄りの考えだった。だから思想が違う。

 冒険者としての哲学は無数にあると思っている僕だが、やはり、同じく〝低いランク〟〝低レベル〟で戦い抜いた冒険者というのが、居心地がいい。


 そう思った僕は、肝心な『一番気になること』を思い出して、



「ロドカル。メメアを見なかったか」


「? メメア様で―――ありますか?」


「ああ。一緒に冒険していただろ、あの子だ」


 僕は頷いていた。


 帰還してくる途中だ。冒険者リスドレアのような《戦力》がいない僕ら一行にとって、道中の森を突破してくるときに〝謎の敵〟と出会った。


 僕は、『結合シンクロ』を解除した状態のミスズを見て、目を合わせた。


 森で―――妨害をしてくる敵がいた。そしてメメアはその敵を引き受け、〝戦い〟を始めることで僕を里に急がせたのだ。メメアはあえて〝戦い〟を引き受けていた。


 この里に間に合ったのも、彼女の力がどれだけ大きかったか分からない。心の中で常に気になっていた。早く戻らねば……とも思っていた。だが、里での戦闘に猶予などなく、里で盗賊を蹴散らしても、《獣人傭兵団》たちや《冒険者リスドレア》のような要素がどれくらい信頼できるか分からなかった。


 ………《エレノア一行》もいない。

 ……そして、里で戦いの熱気が止み、完全に安全が確保され、盗賊団がまた『里に来ない』と分かるまで……僕は身動きがとれなかったのだ。


 戦いのために、戻っている。

 不確かな状況でメメア救出のために引き返せば、それこそ、あの時に別れるために『瞳』を合わせた――森のメメアに、怒られてしまうだろう。だが、戦いが終わっても、そのメメアが姿を見せないのだ。



「メメアを見なかったか、ロドカル。

 …………もうそろそろ、戻ってきてもいいはずなんだ。森で『敵』と出会った。僕を里に急がせるために、メメアがその敵を引き受けたんだ」


「……! そんな」


「もし、メメアの《冒険者側》が勝っていたら、帰ってくるはずだ。メメアは賢い冒険者だ。苦戦すると変わったら、戦い方を変える」


 僕は思った。


 ……強敵に真正面からぶつかる冒険者などいない。


 冒険者ならば魔物を相手にしたとき、必ず威力偵察を行う。『この大きな魔物に、自分の攻撃がどれくらい通用するか?』『《ステータス》が通用するか』ということを探り、まずは攻撃を繰り返す。


 ……それから、いよいよ通用しない、敵が手強いとなったら、いったんは退却しながらも戦うのである。メメアの場合はそれができた。僕と一緒に行動して、『里』への戻る道でなぜそれをしなかったのかというと、同時に『逃げながら戦う』ことでの難しさと、時間のロス、そして里で『盗賊の軍勢』に出会ったとき、挟み撃ちに遭ってしまうからである。


 そんな僕は、先ほどからロドカルと会話しつつ『戻ってくる人混み』から、メメアの姿を探そうとしていた。


「森の中で出会ったのは、得体の知れない〝黒髪の女〟だった……。相手は間違いなく〝剣の道〟に熟達した手練れだった」


「まさか」


「そんなヤツが、敵の首領の中にいたんだ」


 僕は言う。

 冒険者としてのメメアは《聖剣図書》という聖剣を手にし、破格の性能を持つ。


 並の魔物――森の《ゴブリン軍団》程度なら、一発で吹き飛ばすほどの性能である。だから、万が一にも、不覚を取るはずがないと思う。だけど、



「…………あの。確認でありますが。クレイトさん」


「? どうした」


「その方が戦っていたのは、本当に山でありますか? 里から離れた、あの森の中でありますか」


 …………どういうことだ?

 僕は首を傾げた。ロドカルは、何か、とても言いにくそうな表情で獣人の口元をもごつかせた。


「僕らが山を通ってきた時点で。―――えっと、かなり前ですが。その時点で、僕らの視界にはそれらしい〝人影〟はうつらなかったで……ありますよ? 音もなく。なんの、戦闘音も、しなかったで……あります」


 獣人は。

 言うのである。


 僕を見て。いまだに、里の帰還の灯火と、行き交う兵士―――里の外で戦っていた《採掘師ギルド》の人数が、戻ってくる門前の人混みで。いまだに、メメアの小さな冒険者の姿を探す僕に、ロドカルは言うのである。


 ――――〝何の戦闘音も。

 ―――〝聞こえてこなかった〟、と。


 それは。まだ人を探す僕の呼吸を、止めてしまう言葉であった。


「……な、」


「森を通ってきました。……僕らだって、何もしていないわけではありません。

 森を抜けてくるときに、《里の状況》や――盗賊の動きなどを探りながら、暗闇に紛れて戻ってきました。で、ありますが、道中のどこにも……《森》にも、人が戦っている気配なんか、まるで、しなかったであります」


「…………」


「《冒険者》が戦っていたら。気づくはずでありますよね……?」


 僕は。

 口を開いてしまっていた。


 ……まさか。

 そんなはずがなかった。


 メメアは戦っていたはずだ。あの、僕らが消えた森の中で、追っ手を引き受けるために。彼女が扱うのは《聖剣図書》、つまり、かなりの爆撃音とともに、戦闘が継続されていなければおかしい代物だった。


 あれから、戦いが消えるはずがない。


「場所が違ったんだろ、ロドカル。もっとよく思い出せ」


「……で、でありますが。クレイトさん。本当に何の音も……」


「そうだ、メメアの《戦い》が何かの形を変えたのは……?

 苦戦すると、倒そうとせずに、逃げながら里に後退してくるはずだ。そうだ、冒険者ならそうする。どこか別の場所に。いや、もう里の近くに戻ってきているはずじゃないのか? この、帰還の灯火を見つけて」


 僕は見る。


 里の松明に照らされた賑わいは、どこか戦いの後の荒廃した熱と、そして『助かった』『無事だった』と、魔物の襲来の後に顔を合わせるような、そんな王国の村のような雰囲気に包まれていた。


 その熱に浮かんだ里の景色の中、帰還してくる人の列に……その姿はなかった。僕の心が空回りするような熱があった。

 ロドカルも、精霊のミスズも、そんな僕を見上げている。


 ……つかの間。

 時間が空いて、拳を握りしめた僕は、走った。


「――ミスズ」

「は、はいっ」


 里の松明に照らされた景色を飛び出して――〝レベル1〟に戻ってしまっていた僕は走り出していた。


 里の外に飛び出した。

 ……目指すは。正面に遠く浮かぶ、あの別れの森だった。




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