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42 砂塵の予感





(――――っ、弾けた!!)


 それは。

 僕の目の前で、起きた。


 月色の輝きを帯びた『一角魔獣鯨ロッド・モール』の角が、その根元から折れたのだ。大きな角だ。廃墟の柱が崩れるように、地面に突き刺さって砂煙を上げていた。

 その一撃で―――。


 戦場が決まった。獣人傭兵団がどっと喚声を上げる。そして盗賊たちが信じられないものを見た顔で、呆然としている。



「終わりだ。盗賊―――お前は絶対に里を落とせない。させない。落とせなかった!」


「…………ぶ、ぶぎ。クソ…!」


 そして。

 僕は、目の前を見る。



 聖剣の光の中で。その〝形勢たたかい〟が決した。

 たおれる魔物の魚影があった。そして、その魔物の前で、下の砂に投げ出された男がいた。

 里を脅かした『魔物』が沈んだことで、盗賊たちは最後の戦力を失った。

 魔物の魚影は――もう、起き上がるとは思えない。丘に打ち上げられ、息も絶え絶えに消えゆく。経験値の青い光をまき散らした。



「…………もう、この里を襲わせないぞ。盗賊。

 お前たちは、この国の人たちの暮らしを脅かした。恐怖を植え付けて、陥れて。―――《魔物》を使って人を襲わせるなんて、許せるはずがない」


「……ぐ、ぐぐ。くそ。《冒険者》め」


 そして、僕は剣を構える。

 オークは向かってきた。

 もう僕らの《聖剣》とは違う。魔物を操っていた――その背景となる《力》もない。ただ、ボロボロの盾を戦場で拾い上げ、そして身につけていた、身分不相応な金細工の王族めかしい飾りの斧槍ふそう――それで向かってきた。


 僕は避けない。

 回避することもせずに、ただ立っていて、腕を振り上げるだけで『斧槍ふそう』が二つに割れた。飛んでから地面に刺さった。


 ………もう、聖剣の力も必要ない。

 ただの力は、〝レベル1〟の僕にでさえ子供のようにあしらうことができた。オークは赤子が歩むのを失敗したように前のめりに倒れ、両手を砂についた。再び上げた顔には、絶望が宿っていた。

 僕が睨みつけると、顔を下に向ける。


「……ぶ、ぶぎ」

「お前は負けたんだ。《盗賊》」



 僕は、あえてその呼び方をした。

 この男は鉄の里を蹂躙し、《クルハ・ブル》を滅茶苦茶にしようとした。それは、決して許されることではない。魔物に頼るやり方は卑怯そのもので、僕はこの男たちを戦士としてではなく、戦いに何の拘りもない、《泥棒以下》だとしか思えなかった。


 戦いは終わった。

 聖剣の光の中で、ミスズも静かに沈黙していた。もう、この鉄の里で、この精霊が力を振るうほどの強敵は出てこないはずだった。魔物・『一角魔獣鯨ロッド・モール』は砂の上で打ち上げられた魚のように横たわる。


 盗賊の首領は逃げずに、うつむいている。

 何を考えているのか。その顔は僕からは見えず、相棒である砂鯨には背を向けて沈黙していた。もう、戦う気力もない。他の盗賊たちも武器を捨てていた。


 そして、砂漠から歩み寄ってくる足音が聞こえる。



「……?」


「お疲れさまっ。助かったアルよ、冒険者」


 その子が、姿を見せた。

 その子は――《傭兵団》を率いていたのを目にしていた。戦いの中、獣人ばかりが集まる《獣人傭兵団》という者を指揮していた。


 ―――白い肌に、まつげの長い瞳。

 《王都》の商人だったか、垢抜けた容姿に、腰まで届く長い髪には髪飾りで彩っている。見たこともない服装をしているが、どこか異国の風を感じる《着物》であった。


 袖が長い着物は、僕が暮らしていた南のセルアニア王国でも見たことがなく、ましてや《剣島都市サルヴァス》でも見たことがない。

 まず見ないタイプの服装で『異国の商都』の風を感じさせた。そんな彼女が、僕に歩み寄ってきて、袖を揃える。



「いやぁ、『やるかも』、とは思っていたアルが。これは予想を超えていたね。結構、結構。

 ――『君』がきてくれたおかげで助かった。私も――《獣人傭兵団》も、まだ生き延びることができたアルね。感謝する。これから、色々な王国にもまた商用で出かけることができるというものアル。人生、生きて楽しむことが大切ね」


「……? あの」


「私の名前は、ランシャイ。《商天秤評議会ムー・ギルド》の商人、ランシャイ・ムー。覚えていないアルか?」


 その商人は、長い袖を重ね、不思議そうな顔で首を傾げた。

 ……いや。

 覚えているには、覚えているのだが。


「盗賊たちの身柄は、私たち―――里の《青年ギルド》と、《獣人傭兵団》が責任を持って預かることにするアルね。まだまだ、聞きたいこともあるし。  …………もともと、それを聞き出すために『きた』わけであるし」


「……? 今、何か言ったか?」


「ううん。何でもないアル」


 商人はどこか、砂漠の遠くを見るように――視線を動かてボソリと呟き。そして疑問を覚えて聞きとがめた僕に、慌てて首を振って笑う。


「お見知りおきがてらに、私のことも覚えてくれると嬉しいアル。ね? これからも、贔屓になるかもしれないアルから。――〝クレっち〟」


「………………………。あの。……〝クレっち〟って、もしかして僕のこと?」


「肯定アルね。他に誰もいない。

 活躍してくれた冒険者に、心からの敬意を払うのは当然ね。そして、わたし流の礼儀というものが、親しみを込めた愛称ね。――あ、なんだったら、『ほっぺにチュー』でもいいアルね。助けてくれたんだから、金を払わなくてもいいなら。安い、安い、アル」


『…………そ、それはあまりよくないと思いますっ!』


 と。

 獣人傭兵団が盗賊を制圧し、里の青年たちも彼らを拘束する中で――ランシャイがおどけて片方の瞳を閉じていると、慌てて聖剣の中から声が帰ってきた。


『……おや?』と商人の娘は驚き。

 目線を僕の聖剣に下げる。


「これは珍しい。聖剣が語る――精霊の『結合シンクロ』状態というやつアルか。ははぁ、リスドレア以外の聖剣で、こういうのをまじまじと見るのは初めてアル。可愛らしい声アルな?」


「――! そ、そうだ。冒険者といえば、他の《鉄の里》は?」


「……戦況は、あまりよくない。アルね。

 リスドレアは、里の中で戦っているはずね。……強敵の一匹くらいならリスドレアでも余裕アルが、《魔物の軍勢》ともなると少しばかり心配ね。魔物と冒険者が相性がいいとはいえ―――はやいところ、合流しないと」


 商人は言う。

 彼女のいっていることは正解だ。たとえ魔物との戦いになれた冒険者でも、数が多くなると思わぬ不覚を取ることがある。そのために、ダンジョン迷宮などでの攻略は《魔物に囲まれる》確率が高いから危険とされているのだ。


 僕は、反対側の戦場を振り返る。


「この里の反対側には《骸骨剣士スケルトン》がいるはずね。

 ……リスドレアの報告によると、〝ダンジョン迷宮〟の中にのみ存在するその魔物が盗賊と一緒に里を襲ってきたらしい。迷宮内のみを徘徊する《悪霊》タイプの魔物ね。なんだか胸騒ぎがするアル」


「………あの時の魔物か」


 僕は思った。

 苦い記憶になる。


 迷宮内で出会った《骸骨剣士スケルトン》の大群を逃がしてしまったのだ。それが、この里の騒ぎに遠くでは起因しているのは言うまでもない。


 僕が迷宮の入口で《遭遇エンカウント》した――それだけだと思っていたが、実は《魔物》は遺跡の出口を求めて移動をしていたのである。だから迷宮を下りようとした僕らと行きあたった。


「あの時の魔物が、いるのか」


「それだけじゃない。いくつか妙なことがある。クレっち。《骸骨剣士スケルトン》の大群もそうであるが、この鉄の里では氷解できていない疑問が多すぎる」


「……? 疑問?」


「――《冒険者》として気づいていると思うが。魔物とは本来、《分布》と生態に従って動いているものアル。冒険エリアを動き回って、森や、平原、各地方を動いている」


「…………その通りだ」


 僕は思う。

 この各地で、魔物の動きというのは法則があった。

 魔物の生態は、いわば王国戦争の時代の昔から変わっちゃいなかった。人とは別の枠で暮らしていて、ときどき、森の中などで旅人たちを襲う。


 ――《ゴブリン》

 ――《スライム》

 ――《ゴーレム》


 彼らは変わらない。

 ずっと人間とそのように〝世界〟を半分にして暮らしてきて、人間に跨がられて大人しくするような魔物ではなかった。


 だが、


「だけど、この夜の騒ぎはすこぶる変である。……そう思わないアルか?」


 商人は、そう語り。

 水晶の愛らしい瞳の粒を細めて、僕を横目に見てくる。



「――なぜ、魔物が《里》を襲った?

 ――なぜ、この夜の騒ぎは意図したように生まれている?

 まるで魔物が人間の指示に従って動いているよう。……いや、実際に動いていたアル。じゃあ、誰が、何の意図があって? 少なくとも《盗賊》なんて組織からは生まれない知恵が働いているアル。一切解明できていない」


「……それは」


 僕は考える。

 なのに、この夜では動きが妙だった。まるで……魔物の心をる何かがあるような。


 ……なにか。

 なにか、僕らにまだ知らないことがあるとでもいうのか。


「とにかく、急ぐね。…………里の内部では、まだ騒ぎが起こっているはずだから」


「……ああ。そうだな」


 僕らは、それから《獣人傭兵団》の集まってきた人数を集めて里の内部へと向かう。傷を受けていなく戦える獣人は、ランシャイが集めた。―――おおよそ〝30〟名。この夜の騒ぎの規模から、それが多いのか、少ないのかは分からなかった。


 僕らは、里の中に急ぐことにした。




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