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41 燃えし鉄の里2



 ***




 砂を蹴り上げながら長距離を〝一瞬〟で走破した。

 《ステータス》の力を感じる。黄金色の『結合シンクロ』の風は聖剣を包み込み、所有者である僕の体の底から、温もりのある《生命力》を湧き上がらせてくれている気がした。


 その聖剣の力が―――僕ら、冒険者を強くする。



「―――な、」

「遅いッ」


 盗賊が呆然と視界を上げたときは、僕はすでに追い越しながら〝剣〟を振りかぶっていた。


 月を背景に飛翔し、肩越しに下の獲物を確認する。《聖剣》から熱を帯びた風が吹き荒れた。《敏捷216》を記録していた爆発的なステータスは、僕の着地点を〝着弾点〟とした。

 里を囲む盗賊の一団が吹き飛び、そして――すぐに抵抗してくる盗賊の姿が目減りしていた。


 戦場を反転して、僕はさらに〝集団〟に斬り込んだ。

 盗賊集団の武器防具は粗悪品であった。一撃触れただけで聖剣の光の剣を前にして折れて吹き飛び、盾は光の風圧を前に意味をなしていなかった。


 体を激しく回転させ、向かってきた『砂鯨ドーザー・クル』を砂の地面ごとたたき切る。

 ――〝騎乗〟していない状態だと、制御されておらず、野生の魔物と大差なかった。だが、直後にもっと厄介な魔物が現われた。



「―――ッ、くそ」

「ちっ。逃げたか! ぶぎ!」


 砂の《噴流ブレス》が飛んできていた。

 ひときわ大きな魔物・『一角魔獣鯨ロッド・モール』の一撃である。当然、かすりでもしたら強化状態の冒険者といえども無事では済まない。


 僕はステップ回避をするように、何度も砂を蹴りながら、飛ぶように逃げる。その後を追うように、《噴流ブレス》が一撃、二撃と砂に刺さり、三撃目は―――遠い、森の入口を貫いて木々をなぎ倒した。


 騎乗しているオークが不敵に笑い、里の《採掘師ギルド》の青年たちが固まる中で―――僕は星の光のように線を引きながら距離をとる。



「――ぶひゃーひゃっひゃっひゃ! 砕けるものかよ! 冒険者!

 お前たちに俺は倒せない。……なぜならなァ、いくらでもわいて出る《戦力マモノ》がいるからよ!」


「……っ、」


「いくらでも調達できる戦力はこの大陸では脅威だ。だろ? お前は『一角魔獣鯨ロッド・モール』に近づけもしない! さっきは不意打ちで驚いたがな。俺様にはまだ、砦には残してきた戦力がある! ―――俺様を倒さねえと、いつまでも怯えて眠ることになるぜ? ぶひゃーひゃっひゃっひゃ!」


「……っ、だったら。これで」



 ―――これで。終わりにしてやる!


 僕は盗賊を睨んだ。

 この夜の騒ぎが続くのは受け入れられなかった。だったら、僕が狙うのは盗賊の撃破―――この男を倒すことである。


 《魔物》がいる。

 だったら、僕が狙うのは―――



「冒険者―――『角』アル!」


「……え?」


 僕は、その瞬間驚き、弾けたように振り返った。

 戦場となった砂漠。


 そんな喧噪と悲鳴の入り交じる〝激変する場所〟で、叫んだ女の子がいた。


「角を狙うアル! 冒険者!

 ――先ほどから観察していると、その魔物の弱点はおそらく『角』アル! この魔物の〝戦闘領域〟には砂が重要。つまり、地形を取り合っている。おそらく…………『角』が、その魔物の能力を使っている」


「……ちっ」


 女の子が言い、そして緑の首領が舌打ちをした。


 僕は振り返る。それは、〝ランシャイ〟という商人の娘だった。


 長い髪に、商人らしく裕福な髪飾り。

 『着物』というのか。僕の故郷や冒険の島などでは見慣れない服装をしていて、その長い袖の中から、不思議な音色の鈴を揺らせていた。――彼女がこの《獣人傭兵団》を統率して、里を援護するために参加してくれていたのか。


 彼女は、単身。

 砂漠と化した戦場の中に出てきて、身をさらしていた。



「――あ、危ない。何やってるんだ!?」


「角を狙うアル! 冒険者! 

 観察していたアル。…………ずっと、ずっと。戦いながら敗走寸前で観察しながら……探っていたアル。〝可能性〟を。この魔物のボス級を――唯一、撃破できるきっかけを――」


「……!」


「その魔物の弱点は………『角』! 砂を生み出している仕掛けが、その角アル!

 魔物が行動をするとき――必ず光るアル。

 砂ではない地面のエリアがあるのに、砂になっていくのはどう考えてもおかしい。何か仕掛けがある……。この魔物の能力は―――〝砂化〟!」


 商人は、そう言った。

 魔物の弱点は、角であると。


 冒険者や魔物の戦いにとって、戦える《地形》というのは非常に重要だった。水棲の魔物が『水の中でしか戦えない』だったり、〝水の液状魔ウォーター・スライム〟が水の中で活発に攻撃してきたり。

 ……それは、砂漠の魔物に関しても同じことが言えた。

 特に、この魔物・砂鯨ドーザー・クルの種類に関しては、砂にもぐって戦うという戦場だから討伐が困難なのである。砂漠という地形が狭まれば、『戦える領土が狭くなる』ということでもある。


 僕ら冒険者が戦う場所を選び、足元の硬さを見て戦う――その何倍もの効果がある。



「……確かなのか」

「断言しても、いい。アル。――角の切断は、《冒険者》にしか頼めない」


 静かな空間で、僕は上を見る。

 砂から飛び出して、夜の月の下を泳ぐ――シルエットを。



「…………ミスズ。いけるか」

『は、はい。マスターの冒険です。ミスズが……必ず、成功させてみせますっ。聖剣の力を収束して、魔物さんにぶつけます』


「……頼んだ。ミスズ」


 そして、僕は跳んだ。


 夜の月を背景に――回転する。

 許せなかった。この魔物の騒ぎに、鉄の里のみんなを巻き込んだことだけじゃない。それは生き物を〝兵士〟として使う、冒涜的な姿だった。


 …………ただ、自分の欲望のために。

 ……ひたむきに、野望を叶えるために。


 他人を巻き込み、周りを巻き込み―――利用しようとしている。

 そんなのは許せなかった。


 ――いくらでも、強くなれる?

 ――魔物をけしかける?


 だったら。


(…………今。ここでやるしか―――ないだろ!)



 僕は加速して、〝砂鯨〟の顔の前に出た。


 ……でかい。

 こうしてみると、砂の海や空を泳ぐ〝魔物〟は格が違った。眼前に、大きな二つの目玉と醜悪な口が見える。……こんな大きな魔物、《女王蜘蛛》以来だ。迫力に怯みそうになる僕は力を込め、聖剣を振り上げた。



「終わりにしてやる―――! 盗賊!」


「ぶぎ――くそ。クソ、クソクソクソ!!」



 真正面から、切り結んだ。

 聖剣の激しい黄金色の風が舞いあがる。


 僕は真正面から――《ステータス》の強化とともに押し寄せた。〝敏捷:216〟〝技量:104〟〝耐久力:85〟のステータスで挑む。敏捷は剣の速度を決め、技量は剣に込められた剣技を示し、そして耐久力は魔物と打ち合う体力の強さを示す。


 僕の聖剣が―――魔物の月色に輝く角に迫り、互いに衝突の威力の中で切り結んでいた。僕らを中心として砂が大陸に舞いあがる。


 だが、


「―――ッッ、」


「ぶぎ! ――《魔物》が、《人》に負けるかよ!!」


 僕の聖剣の一撃が―――弾かれた。

 信じられなかった。真っ向からの一撃。『王国剣士の構え』で全力をかけた斬り下げが、その硬質な〝角〟によって弾かれる。火花が散った。


『あ……』と僕は呆然と目を見開いた。競り負けて、体が宙に投げ出される。


「―――お前に俺たちは倒せない。冒険者! ぶぎ! 思い上がるな!

 お前はこの大陸を救った英雄ヒーロー気取りなのかもしれねえがよ! 俺様から見るとただの滑稽な『なりそこない』の人間だぜ!


 一人の冒険者ができるのはたかが知れてるんだよ! ぶぎ。それを、自分が何でも変えようとしていやがる。……ぶひゃーひゃっひゃひゃ! そんなヤツにはお仕置きと制裁が必要だよなぁ!? 殺すしかねえよなぁ!? 『一角魔獣鯨ロッド・モール』、貫いてやれ!!」


 そして、魔物がうねるように動き出す。


 『一角魔獣鯨ロッド・モール』は―――その油断を見逃さない。巨大な剣のような角が、僕を横殴りに叩きつけてきた。凄まじい威力だった。少しでも触れれば、人間の体なんてバラバラに飛び散るだろう。


 ――僕は聖剣を構え、剣先を空中に向けた。



(―――……、まだだ)


 そう。

 僕は、その刹那の瞬間まで、聖剣を――《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》の恵の光を、信じていた。


 目の光は、希望を失っていなかった。



(――まだ……、僕の《冒険》は――終わったりなんかしない!!)



 その剣先に。

 ほんの短くて、触れるだけの先端に――僕の《冒険人生》の全てを賭ける。感覚を研ぎ澄まして、軽く触れるように動かす。


 ――触れる寸前、ギリギリ一気に引いた。



(…………いきます。寮母さん―――)


 寮母さんとの修行で圧倒的な剣技を前に磨いていた、冷たく繊細な感覚だ。


 流派でいうと。寮母・クロイチェフ流。

 その剣技の妙技は《冒険者の全てが、剣の一瞬で決まる》である。冒険者にとっての戦いは《ステータス》で全て決まるのではない。その最初の魔物との戦闘での起爆点となるのは、剣の腕である。


 …………どんなに、〝レベル1〟であっても。

 ……どんなに、他の冒険者に《ステータス》で負けた〝開始スタート〟でも。


 僕の《再出発リスタート》は、常に〝レベル1〟から始まっていた。共にあった。

 だからこそ、僕の冒険では油断しない。いや、どんな状況でも―――戦いを左右し、戦いを始めて全て決めるのが《剣の腕》だということを知っていたから。


 痛感していた。

 骨身に染みて―――理解していた。


 だから、僕は混乱することはない。



 スッと。一瞬で『感情』を殺した。

 恐怖や怯え、そういった《魔物》との戦闘で無意味なものを一瞬で体外に放出する。魔物との戦闘を最適化する。残ったのは冷徹な剣――剣士としての僕であり、剣士としての僕は、軽く触れるように剣先を動かして『角』に触れた。


 …………普通なら、自殺行為である。


 暴風のように押し寄せてくる魔物の『角』―――普通で言えば最も固い部位であり、魔物の『武器』ともいえるもの。固い爪や、牙のように、攻撃に特化した魔物の部位に対抗することは愚かなことであり―――いくら《聖剣》を使う冒険者といえども、それとマトモに打ち合っては、命がいくつあっても足りない。


 だが、僕はあえて選んだ。

 真正面から―――〝空中に浮かんだ状態〟で、もう一度打ち合う。


 今度は僕を助けていた『推進力』がない。

 戦場を〝敏捷216〟で移動して、助走をつけて切り結んでいた『突破力』がなく―――空中にただ浮かんでいただけの僕は無力だった。


 だが、僕はそれを『剣』で受け止め、そして瞬間的に反対側に弾いた。反対側にいなした形だ。


 そこで、生まれるのは―――



「…………ミスズ!!」

『はいっ!』



 ――グン、と手応えが返ってくる。


 僕の賭けが、成功した手応えだ。

 僕の体が、反対側に急回転した。


 凄まじい手応えだった。僕を〝叩きつぶそう〟とした巨大な角の一撃が僕を通り過ぎていき、そして僕に残ったのは『急回転』の力だった。そして、その勢いを利用した僕の〝聖剣〟が光を帯びる。嵐のように。


「……な、」


 緑顔のオークが呆然と見上げていた。

 ――空を泳ぐ『一角魔獣鯨ロッド・モール』でさえも。


 竜巻のように砂漠を渦巻く光が、《クルハ・ブル》の里を染め上げる。


 盗賊の集団や――遠くの軍団すらも、動きを止めて空を見る。そんな光の束が渦巻き、そして、押し寄せる。


 聖剣から光の風が一気に放流した。



「―――う、おああああああああああああああああああああああああああ――――!!」


「ぎ―――ぐぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」




 ―――炸裂する。



 光が―――この鉄の国の砂漠を吹き上げ、そして『一角魔獣鯨ロッド・モール』に向かって広がっていった。


 それは夜を照らし上げるほどの凄まじい光だった。《ステータス》が強化された聖剣が、全力で輝きを放ったのだ。砂漠で動くあらゆる生き物が動きを静止させ、その戦闘の終着を見守った。


 轟音と、静寂。

 そして、沈黙の後。

 鉄の里を荒らしていた魔物・『一角魔獣鯨ロッド・モール』―――その光のともっていた月色の『角』が。根元から音を立てて。砕け散った。





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