38 砂を泳ぐ魔物2
「―――もう、駄目だ、持たねえ!! 限界だ」
「しっかりしろ! 背中をかばい合え!」
―――ダンジョン迷宮の攻略戦。その延長だ。
どこを見回しても敵ばかりであり、人間の盗賊も襲ってくれば、魔物―――〝砂鯨〟も飛翔し、襲ってくる。
傭兵たちは戦場を逃げ回りながら叫んでいた。
どこを見回しても敵、敵、敵ばかり―――
人間の盗賊も襲ってくれば、魔物―――〝砂鯨〟たちも飛翔し、襲ってくる。特に厄介なのは『一角魔獣鯨』と呼ばれる角が不気味に発光する〝リーダー〟的な魔物だった。
夜の下で、咆吼していた。
「―――持ちこたえるアル! 私たちが一秒でも時間を稼がなければ、その瞬間に鉄の里が襲われて溶けるアル――!」
―――魔物・オーク盗賊の連合軍。
―――鉄の国の採掘師ギルド・ランシャイ獣人傭兵団。
この戦いである。
ランシャイ傭兵団はかばい、友軍を助けながら立ち回った。特にランシャイ傭兵団の人数は『50名』しか連れてきておらず、しかも鉄の国の採掘師ギルドたちは他の盗賊や砂鯨を前に壊滅寸前だった。―――自然、〝砂鯨〟の群れと、ボス級である一回り大きな『一角魔獣鯨』の猛威を、一身に受けるのは《獣人傭兵団》になる。
獣人たちは頑張ってはいたが、所詮は『非冒険者』の力であり、剣や弓など〝技巧的な武器〟が通用しないとなると、魔物の圧倒的な物量に押しつぶされようとしていた。
一手でも、判断を誤れば〝即死〟する。
一手でも、間違った方向に獣人傭兵を誘導すると、『50名』ほどの外の戦力と里が壊滅する。その危機の中で、ランシャイは次の手を打ち続けていた。自分を『駒』に見立てた動きだ。
「ぶひゃーひゃひゃひゃ。残酷だねえ、戦力差ってえのは! 情けないねえ!」
「…………!」
その言葉に、ランシャイはギリッと歯を食いしばる。
目の前――砂を突き破って、緑顔の『オーク』が出てきたのである。首領のヨードフ。通常の戦力同士なら、負けはしない。
「弱え、弱え、相手にもなんないぜ。
なんなら、今のテメエがその弱さの代表格だよ、商人。ぶひゃっひゃあ。……盗賊ってえのはな、弱いヤツしか襲わねえもんだ」
「…………」
「―――〝勝てるかもしれない?〟………そう思ってんのなら、それこそが認識の甘さじゃねえのか、商人! ぶひゃーっひゃっひゃ!
俺は思うね。〝誰にだって、変われる〟ってのは嘘だ。――テメエが、そう信じたいだけで、人ってえのはそうそう昔から根本は変わらねえ。強くなってる、って思っているのは、一部の〝天才〟〝強者〟を見て、そう思っていやがるだけだ。幻想だぜ、思い込みだぜ、そんなの。
……テメエ自身にそんな力はねえ。
……昔から人の本質ってえのは変わっちゃいねえ。
『人間』にそんな力なんてねえ。魔物を倒す力も、里を救うような力もな!! ダンジョン迷宮の魔物―――《不死の迷宮王》なんてものに襲われちまったら、死ぬ。それで人生終了する。俺様はただ、奪って。苦痛を与えて。そこで醜く歪んだ人の〝ホントの姿〟ってのを見せてやりてえだけなんだぜ?
――誰も包み隠せなくなるだろ?
――誰でも、自分だけが助かりたいって思うだろ?
……いいんだぜ、それで。生まれたままの。アホくさい姿と、弱っちい姿が『人間』を含めるこの大陸を生きる種族のお前らの本当の姿だよ。ぶひゃーっひゃっひゃ! お前らは等しく〝無価値〟だ!」
「…………」
「何年、何十年〝剣士〟の真似事をして修行したって、変わらねえ。ばかで無力な――〝ちっぽけ〟な人間がそこにいるんだけなんだよ。盗賊は、それをよーーーーーく知っている」
そして、〝砂鯨〟の一撃が飛んでくる。
尻尾を生かした殴打―――凄まじい威力であった。『盟主呼鈴』を夜空に鳴らしたランシャイの前で、『大楯』を並べた大柄の獣人たちが飛んでいく。
――部隊をかばう、しかなかった。
――攻撃を受ければ、当然、こうなってしまった。
これだけの状況で、奇跡的に彼女の一団は死亡者を出さなかった。……だが、もうそれも限界に達しようとししている。『大楯』持ちの獣人が一人、また一人と、防御を引きはがすように傷を受け、〝中型船〟のように彼女の合図で動いていた獣人傭兵団が、動きを鈍らせる。
―――どの方角に進んでいても、肉塊になる未来。
それは〝敵〟であるヨードフがよく知っていた。
――加速は、一瞬。
魔物にオークは〝突撃〟の指示を下した。絶妙なタイミングで、ランシャイの一団が正面に向かうのを待ち構えていた動きの速さだった。正面から角を使った攻撃に、傭兵団の『盾役』の六名が宙を吹き飛ぶことになる。
「…………っ、」
「あばよ。商人。――ぶひゃーっひゃっひゃ!! できるだけ、残虐に殺してやるよ!」
そして、なお動こうとするランシャイ一団を押さえつけるように――魔物・『一角魔獣鯨』が動き出す。
限られた時間、状況の中で――ランシャイこと、商人の娘の手は、まだ『盟主呼鈴』を鳴らし続けていた。一撃を凌いだ。……いや、凌ぎきれなかった。
突撃を受けて獣人傭兵団の前衛たちが吹き飛び―――その頭と、口から、滴るように赤い血を流していた。……それでも、彼らは地面に剣を突いて『敵』を睨む。
(……次で、終わる……!)
ランシャイの視線は、なおも戦場の遠くに向いていた。
……そこにある、真っ暗な景色。
ヨードフの佇む戦場の正面――。〝森〟のほうに。
「――無駄だぜ。商人」
「!」
「ぶひゃーひゃっひゃひゃ! オメエ、今『森の奥の遺跡』から、冒険者たちが引き返してくるのを待っていただろ。
―――んなわけ、ねーじゃねえか!! ぶひゃーっひゃひゃ! マトモな冒険者が、この短時間で遺跡から引き返してこれるかよ! お前たちはこう考えたんだろ、『時間さえ稼げば、冒険者たちが引き返してくるはずだ――』なぁんてな。短時間で来るわけねえじゃねえか。それに、森を抜ける方面には、この戦場までの見張り役―――別の『砂鯨』を、三匹も放っているんだぜ?」
「…………!」
「『砂漠の殺し屋』を、三匹も相手にして、抜けてこられる冒険者がいるかよ。――ぶひゃーっひゃっひゃ!!」
……それを。
その言葉を受けて、戦場の傭兵たちがざわつく。
『……おい、マジかよ』『まだ魔物がいたのか』といった――絶望のざわめき。傭兵たちには、『一角魔獣鯨』ですら倒せないことが分かっていた。一方的ななぶり殺し。盾受けしたままの防戦体勢で、殺されるのが見えていた。
それは、どれだけの絶望的な響きだろう。
彼らが全力を出してさえいれば、いつか〝戦局〟が変わると思っていた。だから希望を持って戦っていたのだ。胸に起こっていたこの世界の中心のような炎――《熾火の生命樹》のような、希望の灯火が。
――だが、
「その前提条件を崩しちまって、悪ィな! ―――ぶひゃーひゃっひゃっひゃ!!
悪いねえ!! 悲しいねえ、クソ獣人ども。お前らは所詮、この大陸と王国で有名になる、盗賊ヨードフ様と渡り合える戦士じゃなかった、ってことだ。安心しな、もうじきお前らのいる国ごと『一角魔獣鯨』の胃袋の中に入れてやるからよ!
――寂しくねえよなあ?
――悲しいわけねえよなあ???
―――なにせ、お前らが悲しくならないよう、全部平等に殺してやるって言ってるんだからな。……たった一人じゃ寂しい魔物の胃袋旅行も、肉塊が集まれば大丈夫、ってなァ! ―――ぶひゃーひゃっひゃっひゃ!!」
オークが手綱を動かしていた。
――『一角魔獣鯨』も、動いていた。
突撃である。尋常の魔物ではない。動いただけで大地が震えているのである。魔物や盗賊をかき分け、戦ってきた《獣人傭兵団》は――もう抵抗する余力は残されていなかった。
まるで、肉食獣が、弱った旅人から先に狙うように。
まるで、『獣人傭兵団』の、最後の絶望の顔を楽しむように。
『一角魔獣鯨』が迫ってきていた。
――魔物は、砂をかき分け、やがて、大きな魔物が砂から口を出した。
全て、―――〝終わる〟。
その、寸前だった。
―――戦場の後方で、爆発が〝響いた〟のは。




