乙女座の男の子
文章力の無さ。
わたしの隣の家の男の子。幼稚園からいつも一緒に過ごしてた。遊んだりお昼寝したり、お風呂も一緒に入ったことがある。
「はるちゃん」
その子はわたしのことをいつもそう呼んでくれた。
「かなめくん」
わたしはその子をいつもそう呼んでいた。
_____かなめくんにはお姉ちゃんがいたらしい。でもかなめくんが産まれたときに死んじゃったって。かなめくん家にはお姉ちゃんの部屋がずっと残ってて、お洋服もたくさんあったの。
「おかあさんにはないしょだよ」
って、かなめくんはお姉ちゃんの服をたまに着ていた。大きいからドレスみたいになって、歩いたら転けそうになるから後ろのスカートのひらひらはわたしがいつも持ってた。あとで思い出してみたら、結婚式でも花嫁さんにこんなことしてる姿見たことあるなって。
たまにかなめくんから「きる?」ってひらひらのドレスを見せてもらうけど、わたしはいつも断ってた。
だってかなめくんの方がほんとの女の子みたいに、すごく綺麗だから。わたしはそんなかなめくんを見てるだけでいいの。
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小学校に入学したわたしは1年生になるちょっと前にかなめくんと喧嘩した。理由はランドセルの色。わたしは赤、かなめくんは黒。それがかなめくんには気に入らなかったみたい。
「ぼくも、はるちゃんとおなじいろがいい」
「でもかなめくん。おとこのこはくろだって、きまってるのよ」
「やだ。あかがいい」
ランドセルいらないって泣いちゃったこともあったけど、ランドセルを買ってくれたお祖母ちゃんに説得されて嫌々だけど、黒いランドセルを背負ってた。
でも夏くらいには「黒いランドセルかっこいい!」って言ってた。
そんなかなめくんと、わたし。小学校にはいつも一緒に登校して、一緒に遊んで、一緒に帰ったあとまた遊んだ。家もお隣だし遊びたいなと思ってうちの玄関から出て右側に走って黄色い屋根のお家の玄関をごんごんして
「かなめくーん あーそーぼー」って
呼んだら「はるちゃーん いーいーよー」ってかなめくんの声がするの。お腹がすいたころにバイバイって、また明日ねって。
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そんな日が続くと思ってた。
要くんと私は中学、高校も同じ所に通うことになった。
だけどそれぞれに新しい友達、別々の部活動をしたりと一緒にいる時間が少なくなったこともあって、
昔のように一緒に登下校することも、遊ぶことはなかった。だけど全く他人のようになったという訳ではなく、校内で顔を顔をあわせれば話をしていた。
ちょうど一週間前、トイレでばったり会った時には櫛の貸し借りをしながら雑談をしていたりしていたので、仲が悪くなった訳ではない。
「最近みんなお洒落に目覚めたというか、リボンにワンポイントとしてピアスをつけるんだっけ?僕のクラスで流行ってんだけど、波留ちゃんのとこはどう?」
要くんが私の貸した櫛で髪をとかしながら、鏡越しから私を見た。
「そうそう、ギャル系の子から始まって真面目ちゃん以外はみんなやってるね。ちょっと私も興味あるし」
リップクリームを縫ってポーチにしまうとタイミングを見ていたのか。要くんからはい、と貸していた櫛を手渡された。
「ありがと、寝癖が中々直らなかったから助かったよ」
「いえいえ」
「ねえ、波留ちゃんは興味ないの?」突然話を振られ私は一瞬何のことかわからなかった。「ピアスって大体2つ売りじゃん、波留ちゃんがもし興味あるなら僕もつけてみたいなって」
要くんが制服のリボンに目を落とす。さっき話したリボンの話をしているのだと理解した。
「校則違反だけど、みんなやってるし………やっちゃう?」
「やりたいかも」要くんは目が細いから笑ったら目が無くなる。でも本当に嬉しいんだなって分かるから、この笑い方は昔から好きだ。
それから2日ほど経ってから久しぶりに要くんと二人で遊んで、色違いのピアスを買った。赤と黒の小さな薔薇の形。私は黒、要くんは赤。「小学生の頃、赤いランドセルがいいって言って泣いちゃったな。恥ずかしい」と要くん。
「僕、最近好きな人が出来たんだ」
「そうなんだー。え、相手は?」
「陸上部の瀬名千明先輩。僕、その先輩に憧れて陸上入ったから」
「瀬名先輩モテるよね。要くん、告白するの?」
「まさか。振られること前提で告白なんか、しないよ」
「そっか」
要くんの顔がすごく泣きそうな、泣きそうな顔が。私のすごく胸を苦しくした。私の好きな人。
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なんで今まで気付かなかったんだろ。
要くんに好きな人がいること。陸上部の瀬名先輩、私から見てもかっこいい。そんな先輩にちょっとでも見てほしくて最近もっと綺麗になってるのかな。胸も私より出てきてるし、髪もすごく綺麗だし、学校では少し薄いけど化粧だって。本当に女の子みたい。
女の子みたい?あ、れ?女の子?
要くんは、男の子だよね?
あれ?
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「ねえ、覚えてる?小学6年の時に書いた卒業文集のこと」
「覚えてるけど、どうしたの?」
「あの時さ、自己紹介の、星座を書くところ、乙女座でしかも男の子なのが【要くん】ひとりだけで、からかわれてたよね」
「からかわれてたね、色んな男の子から」
「でも【要くん】、泣くこともなくてさ、逆に笑ってたね。」
「笑ってたね」
「なんて言ってたか、覚えてる?」
「覚えてるよ。『僕は好きだけどな。乙女座。かっこいいじゃん』………小学生の僕、こんなかっこいいこと言ってたんだ」
「…………ねえ、あなたは誰なの?」
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目の前の女の子は不思議そうな顔をして、首を横に傾げた。そのひとつの動作だけでも、すごくかわいい。
「なに言ってるの、波留ちゃん。僕は【片桐 要】だよ?」
「私の知ってる【要くん】じゃない」
「いまさら気が付いた?」
「え?」
「ねえ、波留ちゃん知ってる?満月ってね、願い事を叶えてくれるんだよって。お婆ちゃんがそう教えてくれたんだ。満月に願い事をしてたらいつか叶うんだって。
だから僕は女の子になりたいって。ずっとお願いしてたんだ」
「そんなの…、有り得ない……」
「目の前にあるのが真実だよ」
なんで今まで気付かなかったんだろ。少しずつ女の子になってきた要くんの変化を。声がどんどん高くなってきて、体つきも柔らかくなって、胸も出てきて…。
「波留ちゃんだけだよ、僕を僕だってそのまま覚えてるの。僕を【要くん】って呼ぶの。ちょっとだけ、嬉かった。僕のこと【僕】だって覚えている人がいて」
泣きそうな顔で、笑わないでよ。
「このリボン、波留ちゃんにあげる。僕のこと忘れないでね」そう言って、要くんは付けていた制服のリボンを私のスカートのポケットに入れた。赤い薔薇の形がすごく目に焼き付いて離れなくてじっと見ていたら、要くんが私に顔を引き寄せてきて、
キスをした。
「はるちゃん、だいすきだったよ」 要くん、こんなに声低かったんだ。私よりもずっとずっと背が高かったんだ。
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朝7時半、時計のアラームで目が覚めた。私は泣いていたらしい。枕がびしゃびしゃに濡れていた。
「かなめくん」
無意識に名前を呼んでみた。
隣の家に行ってみた。昔からの知っているおばさまがすぐに出たので「あの、かなめ……さん。いらっしゃいます?」と聞いた。
学校にも行ってみたけど、要くんがいたクラスにあった要くんの席には知らない男の子が座ってて、同じ部活動の子がいたので要くんのことを聞いてみると、
「かたぎり、かなめ?って誰?」
みんな同じ反応だった。
男の子の【要くん】のことも、女の子になった【要くん】のことも、誰もしらない。
私のスカートの中には要くんから貰ったリボンがある。
お揃いの、
『おい君、前見て歩かないと危ないぞ?』
「千明先輩………」要くんの好きだった人。
「あのさあ、君もかあ。俺のこと、下の名前で呼ぶの止めてくんない?」
「ごめんなさい…」
千明先輩が、そのまま私の横を通りすぎようとして、一瞬立ち止まる。
「校則違反じゃないの?大丈夫」私の耳を指差す。風で舞い上がる髪、どっちが見えたのかな。耳のピアス。
「だいすきだった人から、もらったから。外したくないの」
「かっこいいな、お前」
わたしかっこいいってよ、要くん。
何年経っても何十年経っても、要くんは私の前には現れなくて。
誰も要くんのことは覚えてなくて。どこにも要くんがいた形跡が残ってなくて。アルバムにも、小学生の時に書いた文集にも要くんはいなくて。
でも私はずっと覚えてる、忘れないよ。ずっと女の子に憧れてた、乙女座の男の子。
終




