王子の誤算
此処、王国立魔法学園は、主に貴族が通う魔法学園である。稀に、高い魔力を持つ平民が特待生として在籍する事がある。
現在は、卒業式の真っ最中。
卒業生の一人であるガエル王子は、その場で婚約者であるシルフィードとの婚約破棄を宣言するつもりでいた。
今年度に入学して来たティファンヌと言う名の特待生。
彼女こそが己の妃に、延いては王妃に相応しいと、シルフィードに、更には父兄として参列している父に・貴族達に知らしめるのだと。
閉式の直前、壇上に上がり婚約破棄を宣言しようとしたガエルであったが、その出鼻をくじいた者が居た。
「皆様、大変申し訳ございませんが、この場をお借り致しまして、皆様にお伝えしたい事がございます。真に勝手ではありますが、お付き合い頂ければと存じます」
「何を」
邪魔されたガエルは怒りの声を上げたが、それに被せるように威厳ある声が響いた。
「構わん。続けよ」
この国の国王ルイ14世であった。
「感謝致します」
口を噤むしかなかったガエルは、シルフィードを睨み付ける。
「私シルフィード・デヴァンは、ガエル王子との婚約を破棄したいと存じます」
ガエルは耳を疑った。
彼は、シルフィードが自分との婚約に……つまり、次期王妃の座に執着していると思い込んでいたからだ。
「周知の事と存じますが、殿下は王妃に相応しいと思われる女性を自らお選びになりました」
ガエルは今年度の入学式直後(9月)から、ティファンヌとの浮名を流していた。
「それが、殿下の隣に立たれているティファンヌさんです」
シルフィードが其方に顔を向けると、ほぼ全員の視線がティファンヌに集まった。
ティファンヌは、これだけの人々にガエルの恋人と認識された事に、照れて頬を染める。
「私は愚かな事に、無辜の民の命を奪い・同時に私の命を奪いかけたティファンヌさんを恨み、長らく心無い言葉を掛けておりました。ティファンヌさんからは、何度も国賊討伐を邪魔した事を反省するよう窘められましたが、耳を貸さずにおりました」
9月、ティファンヌは賞金首のとある国賊を街中で発見し、爆炎系攻撃魔法を放った。
ティファンヌは、この事件が切っ掛けでこの学園に入学を果たしたのである。
爆炎は、幼い少女とそれを助けようとしたシルフィードと他数名を巻き込んだが、しかし、国賊には逃走されてしまった。
助かったのは、高い魔力を有していたシルフィードのみ。
彼女の火傷は治癒魔法によって跡形も無く消えたが、髪が伸びるまではカツラを使用していた。今は地毛が、かつてと同じように光を受けて美しく輝いている。
「ですが、先日。殿下より、『血筋と家柄を鼻にかける者より、自らの才能のみで人生を切り開く者の方が優れているのだ』と叱られまして、漸く理解致しました」
シルフィードの家デヴァン家は、王弟を当主とする大公家である。
国王の息子ではあるものの母の身分が低いガエルは、王の同母弟デヴァン大公の娘と婚約する事によって彼の後ろ盾を得たのだが、当のガエルはそれを理解していなかった。
叔父が甥に助力してくれるのは、当然の事と思っているのだ。
「『国難を排除する為なら、無辜の民の命を奪う』。それが成せない私は、そして、それを『後の犠牲を回避する為の必要な犠牲』と割り切れない私は、殿下の妻に相応しくないのだと」
ティファンヌが国賊を討伐しようとしたのは賞金目当てだったと、知って居てそう言う。
尚、例の国賊は無事に捕まり処刑されたのだが、彼が国賊となった動機を知ったティファンヌは同情し、処刑なんて罰が重過ぎるとガエルを通して抗議していた。
「もう一度申し上げます。私は、ガエル様との婚約を破棄致します。そして、ガエル様の新たな婚約者にはティファンヌさんを推薦致します。真に勝手ではございますが、どうか、御一考くださいますようお願い申し上げます」
一礼して、シルフィードはガエルに向き直った。
「そして、ガエル様。私は、ガエル様が『徳を以って』王となれるようお祈り致します」
にこやかな笑みを浮かべてそう言ったシルフィードは、多くの貴族が、母の身分が低いガエルよりも父であるデヴァン大公を次期国王にと望んでいる事も、父が次期国王の座を狙っている事も知っていた。
ガエルがデヴァン大公に優っている所があるとすれば、身長と若さぐらいだろう。
武力では勝てないのだから、徳で味方を得るしかない。自分の才覚のみで人生を切り開くのだ。
「それから、ティファンヌさん。貴女が、ガエル様の新たな婚約者として彼を支えて行けるようお祈りします」
大公の娘であるシルフィードを、ワザとでは無いと言え殺しかけたティファンヌが罰せられずに済んだのは、彼女の言い分通り『子供を助けようとしたシルフィードの自業自得』だからでも、『国賊を排除する為の必要な攻撃だった』からでもない。また、ティファンヌが美しいからでも・才能有る若者だからでもない。
シルフィードとガエルの婚約を破棄する口実にする為だった。
ガエルの叔父であるデヴァン大公は、彼の女性の好みを知っていた。
ガエルが幼い頃に亡くなった正妃の娘であるマルグリット。
彼女の様な『相手の為を思って厳しくする』女性が、ガエルは自覚していないが彼の好みだった。
デヴァン大公から見てティファンヌの厳しさはマルグリットとは違うが、ガエルには同じに見えるだろうと看做し、敢えて罰せずに学園に入れるよう手を回した。
そして、ガエルは予想通りにティファンヌに惚れ、シルフィードを蔑ろにした。
「そういう偉そうな態度は改めるべきだわ」
ティファンヌはシルフィードを窘めた。
もう一度言おう。
ティファンヌが死刑を免れたのは、シルフィードとガエルの婚約を破棄する口実にする為だった。
つまり、もう、彼女は用済みだ。
「前向きに善処します」
シルフィードは、再び正面を向いた。
「以上でございます。皆様、貴重なお時間を頂きありがとうございました」
シルフィードが頭を下げると、国王を皮切りに温かい拍手が送られた。
デヴァン大公の後ろ盾を捨てたガエルは、この後、長らく孤立する事となる。
だが、今の彼はそれに気付かず、ティファンヌと束の間の幸せな時間に酔うのだろう。