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1話 終わらない誕生日会

なんか変な牧くんとなんか変なおだえるのドタバタ事件譚のような微ホラーのような、クスッと笑えてぞっと引くような話を書いていきたいです。

 商店で賑わう大通り。そこから一つ角を曲がると閑散としたビル街に出る。暫く進むと蔦が絡まった雑居ビルがあり、その二階に男は用があった。

 男は小太りの中年で、小綺麗な上下揃えたスーツに腕には高級ブランドの時計をつけていた。階段をいそいそと登ると、段ボールをガムテープでとめ、手書きで『祓い屋』と書かれた粗末な表札がある扉をノックした。

「はい、いらっしゃいませ」

 中から現れたのは、片目を前髪で隠した青年。

「ここで本当に祓ってくれるのか!?」

 藪から棒に男が聞いてくるものだから、青年は面を喰らった。

 それでも、青年は落ち着いた声答えた。

「もちろんですよ。立ち話もなんですから、中にどうぞ」

 部屋の中には応接セットの机と椅子。それとパーテンションに区切られた向こうに生活感が溢れる空間がちらりと見える。

「すみません。自室も兼ねてるのでそこは無視してください。どうぞ」

 青年は照れながら言い、男を長椅子に招いた。

 二人向い合せに座ると、青年が話し始めた。

「改めまして初めまして。祓い屋の主人をしております、牧と申します」

「初めまして。荒巻浩蔵です」

 男も習うように自己紹介した。

「今回はどういった要件で?」

丁寧にメモ帳を用意して牧は質問した。

「実は、私は不動産の仕事をしているのですが、最近買った洋館がどうも幽霊屋敷だったようで。祓ってくれないか」

牧は走り書きながらも達筆な筆で簡単なメモを取った。

「なるほど、幽霊による実害があるんですか?」

「実害とういか……売り物にならないんだ……」

「別に見える人は少ないですから、何か悪さをしないのであればそのまま安値で――」

「それは困る!祓ってくれ!」

「あ、そうですか。わかりました」

 荒巻の態度に牧は少し驚いた。それほどまでに家を高く売りたいのか?こんなうさんくさい店に頼んでまで。牧はいろいろ考えを巡らせた。

「じゃあ幽霊に関すること、容姿、人数なんでもいいので知っていること教えてください」

「はい、確か出てくるのは3人で、老人と女と8歳の女の子が」

「それは誰が言ってたんですか?」

「私が実際見たことを言ったんだ」

「あ、いえそうですか。他には?話しかけたりは?」

「そんな。怖くてできなかったよ」

「……そうですか。じゃあ早速見てみます。案内お願いできますか?」

「いや、私は用があるので、この地図を見て行ってくれないか?鍵も渡しておくので」

「わかりました」

荒巻氏は鍵の束を牧に渡すと「では」と急ぎ足で外に出て行った。

(変な人だ。自分も言えたもんじゃないけど)

口には出さず心に留め自分も身支度をして外に出る準備をした。


 バスを二駅乗って暫く歩いた。目的地は住宅街から少し離れた丘の上に建っていた。

 他の住居と比べれば明らかに大きさも風貌も違った。

 いかにも幽霊が出ますと言わんばかりに洋館は蔦を張り巡らせところどころ壊れていた。

 外観だけで何となく重苦しい霊の気も感じ取れた。

 厳重にかけられている門の鍵を開けると、白い絨毯が敷き詰められたエントランスが出迎えた。

「あれ?」

 誰もいないはず、いや入ることが出来ない屋敷の中には一人の先客がいた。

「ちょっとあんたどこから入ったんですか?ここ私有地ですよ」

 見た目十代後半くらいの少女が、牧を不思議そうに見つめこう言った。

「君はぼくが見えるの?」

「見えるも何も……あ、もしかしてあんたがここに出る幽霊?」

「幽霊じゃないよ。ぼくはここにいる哀れな魂を天へ運ぶために使わされた天使だよ」

「はぁ?ふざけてんのか?天使とか」

「幽霊なら今から出てくるよ。ほら」

 少女が言った通り左の扉から女性の霊が現れた。

「本当だ……って感心してる場合じゃねーよ」

 牧は女性の目の前に立ち話しかけた。

「あの、すいません」

 女性は牧に一切気を留めず、牧を通り抜けて二階へ行った。

「え、無視?ちょっとすいません」

 めげずに女性について行くと、女性は部屋に入った。そこにはベットに寝そべる老人が一人いた。

 女性はその老人の看護を淡々としていた。

「お義父さん。今日もいい天気ですね」

 老人はそれに反応せずただただ虚空を見つめていた。

「奥さん介護大変そうですね」

「お義父さん。今日は里佳の誕生会なんですよ。一緒にお祝いしましょうね」

「また、無視ですか」

「無駄だよ」

 いつの間にか背後に居た少女に気づかず牧は大人げない悲鳴を上げた。

「あんたまだ居たんですか」

「ここにいる幽霊たちは一切の干渉ができない。決まった一日をただ続けるの」

「なんでそんなことに?」

「……」

「?」

「ママー。遊ぼうよー」

 女の子が牧を通り抜け母親にねだってきた。

「ごめんね。ママまだ忙しいの。あら、パパが帰って来たんじゃない」

「本当だ!りか見てくる―」

 女の子は嬉しそうに玄関まで駆け出した。牧は少女の後を追いかけようとした。

「行かない方がいいよ」

 突然少女が止めた。

「なんで?」

「だってこの先は……」

「まあいい、あんたは後だ」

 牧は慌てて部屋を出てエントランスへと向かった。

 白い絨毯の上に鈍い赤色が広がっていく、先ほどまで笑顔が眩しかった女の子が仰向けに横たわっていた。

「なんで……」

 今度は二階の母親と老人の居た部屋に悲鳴が聞こえた。

「何が起こってんだ!?」

「この時間はここの幽霊たちが死んだ時間なの」

「でも、何で死んでるんだ、2階からエントランスまで俺は誰ともすれ違って……犯人が生きてるのか……」

「そうだよ。それを伝えるために幽霊たちは毎日死んだ日を繰り返しているの」

 確かにこんな惨劇を、毎日見ることになる物件はどんなに安くても売れることはないな、自分でも驚くほど冷静な分析をしていた。だが今はそんな時じゃない。

「とりあえず警察に届けるか……おい、あんたもついでに来い。てかあんたほんと誰だよ?」

「ぼくは、天使小田」

「……天使にしては、質素な名前だな」

「む、じゃあおだえる!」

「じゃあってなんだ。むりくり天使っぽくするな。もおいいから小田さん来てください」

「その前に君は誰なの?」

「牧……ですけど」

「牧くん!」

「はいはい」

 牧は小田を連れて洋館の外に出ようとした。するとエントランスで寝そべっていた女の子が何かに引きずられるように動き出した。

 奇妙に思いながら牧はその後を追いかけた。

 少女は裏庭の花壇の前で止まり、しばらくすると花壇の中に放り込まれた。

 牧が、その辺りをよくよく見ていると雑草まみれの花壇の中に少しだけ膨らみがあった。

「……これも知ってましたか?」

「知らなかった……掘り返す?」

「そうですね。でもそれは警察の仕事ですよ」

 牧が警察に連絡をっとている間、小田は膨らみの傍で屈み手を合わせていた。

「さて、通報したので、うまい言い訳考えないと」

「なんで?」

「このご時世、幽霊見たなんて言ったら病院送りですよ。それにここ私有地ですし」

「でも許可取ってるんでしょ?」

「取ってますけど」

「しょゆーしゃさんはこのこと知ってるのかな?」

「さあ、でも幽霊見たみたいですから……てか買う前に調べなかったのかな?こんなとんでも曰く物件」

「よっぽど欲しかったんだね」

「そうですね」

 牧の頭に嫌な予感がよぎったが、今はまだ偶然ということにしておくことにした。


警察が到着するまで、小田の口が休まることはなかった。

「ねえねえ牧くん。君なんで天使が見えるの?」

「あんたが天使じゃないから」

「ねえねえ牧くん。なんであそこに行ったの?」

「仕事です」

「お仕事?何してるの陰陽師とか?」

「祓い屋です。幽霊を祓う仕事。陰陽師なんてたいそうなもんじゃないです」

「かっこいいなー。どうやって祓ってんの?」

「基本諭して成仏させてます」

「えーなんかないの?超能力的なの?」

「残念ながら、幽霊が見える以外は特にないんです」

「じゃあさ牧くん――」

「五月蠅いな。ちょっとは黙ってくださいよ!」

「牧くん。下の名前はなんていうの?」

 牧の顔が一気に青ざめる。自分の名前は極力言わない様にしてきたから。

「ねえ。牧なんていうの?牧くん」

「……新一郎」

「本当に?」

「!……なんで嘘つくんですか。自分の名前なのに」

「なんかエージェントかもしれないから」

「は?」

「だって牧くんすごいから、ぼくとこんなにお喋りできてるから」

「意味わかんない」

 遠くから聞こえてきたパトカーの音がだんだん近づいてきた。

「とりあえず、所有者のお使いってことにしときましょう。あと小田さん引き取ってもらいましょう」

「だから、ぼくは天使だよ」

 この期に及んでぐじぐじ言う小田の腕を掴んで表へ移動した。

 表にはパトカーと救急車がそれぞれ3台づつの大所帯でやってきていた。

「通報されたのはあなたですか?」

 年齢は牧と変わらないくらいの若い警察官が牧に話しかけた。

「あ、はい」

「死体は?」

 178㎝の牧よりも低いはずなのに威圧感は強かった。

「裏庭の花壇に、盛り上がった部分があるんでそこです」

「わかりました」

 警察官は、何人かの部下を遣わせて、裏庭に向かわした。

「で、貴方は何故此処にいるんですか?」

「俺は、ここの所有者に頼まれて……細かい下見みたいなことを」

「ほう、所有者にね……ちょっと署まで来ていただけませんか?」

「いや、本当です!ちゃんと所有者に許可もらって……鍵も貰っていて!」

とっさの機転で持っていた鍵を見せるがそんなのは無意味だった。

「おかしいですね?ここの所有者は、行方不明になっているはずですよ」

「え?そんな」

「とにかく貴方は重要参考人として来ていただきます」

「いや、俺は何も知らなくて……」

「牧くんピンチ?」

 何事もなかったように小田がひょっこり口をはさんだ。

「うるさい!てか、捕まえるならこいつも!」

「誰を指してるんですか?」

 警察官は、いよいよ牧を憐れむように冷たい視線を向けた。

「?」

「牧くんいいから飛ぶよ!」

「!?」

 突然小田の背中から光を放つと純白の翼が現れた。

「はあ?!」

 小田は牧の両脇をがっしり掴むと一気に飛び立った。

 牧を含めた、周りの人間はただ呆然とするだけだった。

「お、小田さん?まさか、本当に?」

「そうだよ!今頃気づいたの!」

「小田さん。すごい」

「でしょ!でも牧くん!」

「ん?」

「重いよ」

 一瞬小田が下降し腕がゆっくり弱まった。

「え、待って!小田さん頑張れ!落とすなよ!」

「頑張る」

 なんとか、危機を乗り越え。牧は人通りの少ないビル街へ降りたった。

「あぁ、死ぬかと思った」

「おだえるも~」

 周りを見てみると、見覚えがある景色だった。ここは祓い屋がある通りである。

「小田さんよくここわかったね」

「ん?おだえるは知り合いがこの近くにいるからね。ここにしただけだよ」

「へー」

「それより牧くん!頑張ったおだえるになにか!おいしいものを!」

「あ、うん。家にとっておきのカップ麺あるから」

「えー」

「うるせーこっちは貧乏なんだよ!依頼料もらったら何でも奢るから!」

「ホント!じゃあ抹茶パフェ食べたい!」

「よし、それな」

 何故か天使と約束してしまったが、助けてもらったことには変わりないので、腹をくくることにした。

 とにかく、人通り少ないとはいえ、外で騒いでいるのはよろしくないと思った牧は、祓い屋に戻ることにした。


 部屋に入るなり、小田は応接ソファーに飛び乗るように座った。

 するとあたりに埃が舞い飛び、一人咽ていた。

「それ、粗大ごみだったもんなんでボロですよ」

 窓を開けながら牧が言った。

「本当にぼんびーなんだね」

「始めたばっかですし、依頼も少ないですしね」

「大変だね~」

「まあ、とりあえず」

 牧は指定席に座ると、本題を始めた。

「いろいろ事件について知りたいことはあるけど、とりあえず小田さん。貴方はなんですか?」

 キョトンとした顔で牧を見つめると。当たり前の如く言った。

「天使だよ」

「それは、さっき理解しました。その天使ってなんなんですか?」

「彷徨える哀れな魂を天へ運ぶお仕事をしてます」

「どうやって?」

「えっと……」

 あんなに五月蠅かった小田が突然黙り込んだ。

「機密事項なら聞きませんよ」

「そうゆうことじゃないの」

 小田は息を吸い込み、改まって話し出す。

「魂には未練の糸って言う現世と強く結びつけている糸があるの。その糸を断ち切って、天に送るの。でもね……」

「?」

「おだえるには糸を……切ることができないの」

「どうしてですか?」

「むー。わかんない」

「そんなんで良いんですか?天使が?」

「良くない。でもぼくは糸を切る方法を見つけたの!」

 きらきらと牧を見つめる瞳に、一抹の不安を覚えた。

「牧くんと居れば、牧くんなら糸を切れる!そんな気がするの!」

「人頼みはどうかと思いますよ」

「でもおだえるにはこうするしかない。だからおだえるは牧くんのお手伝いを全力でするよ!」

「それは嬉しいですが……小田さん何ができるんですか?飛べる以外」

「えっとね、死者の生年月日がわかる。死亡日がわかる。享年がわかる。死因がわかる。何が未練かわかる。邪気を祓える。以上」

 小田は指折りに、できることを羅列していった。

「正直最後二つ意外は俺でもできますよ。調べれば」

「え!」

 小田はこの世の終わりかと言うくらい絶望していたが、それは一瞬だった。

「でも!牧くんが調べたことより正確だし信憑性が高いと思うよ!」

「へー(この世にいるとは思われていない)天使の証言ですか。そりゃ信憑性が高いですね」

「うわーなんか変な間があったよー酷いよー。でも未練わかんないんでしょそんなんじゃ教えてあげないよー」

「まあいいですよ。小田さんから聞いて、俺が裏付けすればそれでいいんですから」

「最初からそう言ってよ」

 ふてくされた小田は両手を組んで、脚も組もうとしたが、明らか短くて足りてなかった。

「じゃあ早速小田さん聴きたいんだけど?」

「むう?」

「あの人たちの死亡日と女の子、たしかリカちゃんって言う子の享年わかりますか?」

「なんで女の子だけ?」

「まあいいから」

「えっとね。死亡日は6月6日。享年は7歳」

「おかしいよ」

「どうしたの?」

「いいえ、別に。ついでに誕生日も」

「牧くんロリコン?」

「小田さん。いいから。教えて」

「誕生日は6月8日。あとちょっとだったのにね」

「あ、そうか……」

「牧くんこれで何がわかるの?」

「いや、前から違和感ていうかそんなのがあって」

「変なの」

「あとは、聞き込みでなんとかします。あそういえば」

「なあに?」

「一応未練が何なのか気になります」

「いいよ教えてあげる。これ女の子だけじゃないくてみんな同じ人に未練の糸が繋がれてたの」

「誰に?」

「お父さん」

 牧が何か言おうとしたが、五時を告げる夕焼け小焼けがそれを遮った。

「もう、帰らなきゃ。逢魔時に現世に居たら怒られちゃうから」

「そうですか」

「またね。牧くん」

「あ、はい。また」

 小田が去った、祓い屋にいつもの静けさが戻ってきた。

「またね。か……久しぶりに聞いたな」


 小田と別れてから三日が経った。小田から聞いたことを裏付けるため、この三日間で牧は当時の報道を調査したり、聞き込みをしたりしていた。

 そして、牧の違和感は確信に迫って行った。

 問題は、どうやってそれで犯人を暴いて、霊たちを成仏させるか。

 牧が考えていると、祓い屋の扉が荒々しく叩かれた。

「まさか、小田さん?」

 急かされるように牧は扉に向かった。

「今開けます」

 開けたと同時に、目に入った顔は荒巻氏であった。

「あ」

 これは、依頼の催促に違いない。覚った牧は思わず扉を閉めようとする。

「待ってください。どうしても聞きたいことがあるんですよ!」

「な、なんでしょうか?」

「兎に角、ついてきてくれませんか?」

 荒巻氏の目はとても差し迫ったように牧に訴えかけていた。このまま断れば刺される勢いだった。

「はい」

 事情はよくわからないが、牧は荒巻氏に連れられ車に乗り込んだ。


 着いた場所は例の洋館だった。やはり催促ではないかと、牧は深いため息を吐いた。

「あの、荒巻さん?」

「話は中でしますから」

 荒巻氏は先ほどより落ち着きを取り戻し、牧には笑顔で対応していたが、鍵を開ける手が震えていた。

 鍵を開けて中に入れば、入口が赤く滲んだ白いエントランス。

 この時間、あの霊たちは何をしていたっけ。牧はぼんやり考えていた。

 扉を閉めると荒巻氏が話し出した。

「牧さん。貴方祓い屋ですよね?」

「はい、そうですよ」

「じゃあなんで、この事件を調べてるんですか?」

「霊を祓うには、死の原因と死にきれない原因を調べないといけませんから」

「調べてどうするんですか?」

「然るべき処置をして、霊たちを成仏へ導きます」

「然るべき処置とは?」

「とりあえず警察を呼んであなたを引き渡すとか」

 荒巻氏の顔が一気に青ざめて行った。

「あなたが、わかりやすくこんなことしていただけたので、俺の疑いは確信になりました」

額から油汗をだらだら流し、牧を睨みながら言った。

「いつからだ?」

「あなたは女の子の年齢を8歳と言った。でも、調べてみたら女の子の享年は7歳なんですよ」

「そんなの、見た目からわからんだろ」

「そうですよ。わからない。だから大抵の人は小学校低学年くらいと言うと思うんです。でもあなたは正確にしかも間違った数字を言った」

「間違っているならいいだろ!」

「あなたが間違った理由は、あなたが本来の誕生日を祝えないかったから。以前あなたは出張かなんかだと言って暫く家を出ると言ったんでしょ。そこであの子の誕生日を前倒しにして8歳の誕生日会をやった。だから間違えた」

「五月蠅い!そんなのあんたの妄想だ!」

「どうかな?」

 ふと、牧はボイスレコーダーを取り出した。

『……里佳ちゃんはその日早めの誕生日会があるから楽しみだって言ってました……』『……お父さんが遠くに行くから寂しいって……』『……お父さんは本当に里佳ちゃんのこと大好きで……』

「やめろ!」

 荒巻氏はうずくまり耳を塞いだ。

「わかりましたか?」

 牧はゆっくり近づくと、手を差し伸べた。

「行きましょうか?」

 荒巻氏は牧の手をとり立ち上がると、ふらりと牧にもたれかかった。

 その時、牧の腹に鈍い感触が走った。

「残念だが、お前はこの屋敷の霊に近づきすぎて憑り殺されるんだ」

 牧は虚ろな目をして、エントランスに仰向けで倒れた。

 息の上がった荒巻氏が牧を見下ろして言った。

「こんな所で終わってたまるか」

 荒巻氏は、その場を立ち去ろうと体を翻した瞬間。

「ひどいよパパ」

 冷や汗が額から喉に伝い落ちて行った。この声は間違いなく、娘の声だと確信した。

「パパそういえば、里佳たちを殺したときも『こんな所で終わりたくない』って言ってたよね。ママが言ってたよ」

 もう振り返ることができない。体は動かない。

「でもいいのパパは来てくれたから。早く誕生日会しよ」

 刹那、荒巻氏の視界が目まぐるしく移り変わり、ダイニングの自分の椅子に座っていた。

「もうあなた遅かったじゃない。今まで何してたのよ」

 目の前に殺したはずの妻がいる。娘がいる。父がいる。認識はできたが理解ができなかった。

 だがそんな自分を置き去りにして、誕生日会は進行していく。

「ねえあなた。プレゼントは用意したの?里佳っても楽しみしてるんだからね」

「そうだぞ。里佳ちゃんのためにちゃんとプレゼント用意したんじゃろな?」

「もう、もらうのは里佳なんだよ。二人が急かしてどうするの?」

 和やかな空気の中。荒巻氏は目には涙が滝のように流れていた。

「許してくれ。プレゼントは今度持ってくるから。放してくれ」

「ダメだよパパ。誕生日会は今日なんだから。でも大丈夫。パパはちゃんとプレゼントを持ってきてくれたから」

「?」

 娘の腕がつよく父親を抱きしめて言った。

「パパがプレゼントだよ」


「……くん。牧くん!」

 牧が目を開くと一筋の光の中に神々しく翼を広げた天使が居た。

「あ、天国か……そんな良いことやってた人生じゃなかったけどな」

「何言ってんの?」

 よくよく目を凝らせば、三日ぶりの小田の顔だった。

「小田さん。俺天国行けますか?」

「そうだね。おだえるに抹茶パフェ奢ってくれたらもれなく天国に行けるよ」

「現金な天使」

「もういいから起きようよ」

「でも俺……あれ?」

 腹に感じたはずの痛みは一つもない。血も流れていなかった。

「え、まさか、え!?小田さんなの!?」

 思わず飛び起きて聞いた。

「うん、おだえるだよ!」

「天使。すごい」

「すごいよ。でも牧くんもすごいよ。本当に祓っちゃうんだから」

「え?」

 確かに、何となく感じてた重苦しい霊の気は全くしない。不自然なくらいに。

「すごいよ。すごい牧くん。抹茶パフェ食べに行こうよ」

「わかった。わかりました。ところで俺意外に人見ませんでした?」

「見てないよ」

「そうですか……」

「オッケーじゃあファミレスレッツゴー」

「俗物的過ぎ……ちょっと待ってください」

「なあに?」

「声が聞こえます。こっちの方で」

 嫌な胸騒ぎを覚えた牧は、足早に屋敷の奥へ進んだ。

 薄暗い部屋の中で見えたのは、食器類にテーブルに椅子。

「なんだろ?ダイニングかな?」

「牧くん……奥……」

青ざめた小田が震えながら指をさした。

 長いテーブルの先に、何故か蝋燭の灯ったバースデイケーキ。その蝋燭が照らしていたのは、白目を向けてただひたすら「おめでとう」を呟く荒巻氏だった。


 すぐに救急車を呼び出し、荒巻氏を引き渡した。

 その後、何で牧がそこに居たのかと問いただされたが、知らぬ存ぜぬで何とか切り抜け、小田とファミレスへ逃げ込んだ。

「危なかったね牧くん」

「ああゆう時はもう逃げるしかないですよ。もう命がけの空の旅なんて嫌ですからね」

「人間は大変だね」

「天使は呑気ですね。ほら抹茶パフェですよ」

「やったーこうゆう和風テイスト大好きなんだよー」

「やっぱり呑気だ」

 牧はぼんやりと窓の外を眺めた。商店街内なので人通りは多く絶えることはなかった。

 ここにいる人たちは、幽霊屋敷の惨事も天使がいるなんてことも知ることはなく平穏を過ごしているのだろうと思うと、少し羨ましかった。

 荒巻氏があんなことになってしまった理由は明確。仕方がないことだが、後味が悪い。

 そんなこと考えていると、一人の少女がこちらを見つめていた。

「あれは……」

 少女の口がゆっくり動いた。

「パパをありがとう」

 少女の前に人が通り過ぎると、少女はどこかへ消え失せていた。

 牧の体は一気に冷え切り、思わず頼んでおいたホットコーヒーを一気飲みした。

「牧くん大丈夫?」

「大丈夫。たぶん軽い霊障ですから、すぐ治まります」

「違うよ抹茶が大丈夫かって話」

「は?」

「なんか思ってたのと違ったから。牧くん食べていいよ」

「あんた……なんなの?」

「ぼくは天使おだえるだよ!」


 これから、祓い屋牧と天使おだえるの事件簿は始まった。

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