【番外編2】電波ヒロインは盛大にフラグを逃す(ヒロイン・情報屋)
今回は変則的な構成で、ヒロインと情報屋、二つの視点で同時期の話を。
会長視点と同様、一年の春の話です。
■一年の春、それは一つのバッドエンド(隠しキャラ情報屋編)
鎌ヶ谷旭。それは、ヒロインの幼い頃のお隣さんだった少年だったの。
ヒロインが6歳の頃には、お家の都合で転居しちゃったから、それからどう過ごしてるかとかは知らない。
あと、ぶっちゃけ興味がないのよね。
だって……。
「アイツのお父さん、リストラ遭ったんだよねー。ヒーローが貧乏人とかありえなくない? しかもアイツ、隠しで攻略メンドイくせにフツメンじゃん。ヒロインは、イケメン攻略に忙しいし」
そう、あたしが相手するには、スペックが乏しいのよね、アイツ。
ゲーム知識としてヒロインは同学年に彼が居るという情報を知ってるものの。そんな訳で会いには行かなかったわ。
でも。ぶっちゃけ切実に情報は欲しい。
現実となった世界では、ゲームのように明確なタイムラインがないんだもん。
何月何日の何時に何処で、そこまで詳細な攻略情報を覚えてる訳ないでしょ。どんな絶対記憶かって。
ゆえに、情報屋としての彼は、必要だったりしたのよね。
で。
あたしはヤツに連絡を取ったんだけど……。
隣の子から貰ったメールアドレス。それは、学園の誰もが持っている、学内メールアドレスである。
宛先は、ITclub。学園の相談屋。そう呼ばれている人たちがいると。何でも気軽に相談できるのだと。
それは、ゲームと同様の出会いイベント、ルートの導入。
このメールアドレスに、ヒロインが中途入学者の不安を相談するメールを送ることがきっかけで、鎌ヶ谷旭とのお話が始まる、んだけど……。
まあ、攻略じゃなくって、欲しいのは情報だけだし! だから文面とかは、実務的にっと。
攻略対象のスケジュールを送れ~!
「あたしの名前を見たら、初恋相手の事だもん、あのビンボー人も欲しい情報をせっせと送ってくるわよね! だって、アイツはあたしの事愛してるんだし、あたしの言うことなら、何でも聞くでしょ」
そう。隠しキャラでも特殊な部類で、アイツはぶっちゃけ出会いはカンタン、攻略は面倒っていうタイプなんだ。
だから、ヒロインの名前を見たら、どんな情報だってくれるハズ!
ゲーム画面でも、毎週せっせとヒロインが出会った攻略対象のスケジュールを、メールで送ってきてるのが見れたのよ。
ぶっちゃけ、まあコイツに気を使う必要なんてないしねー。さあ送信!
……でも。
「……ウソ、なにこれ。何で、情報屋が、攻略対象のスケジュール送ってこないの! このゲーム、バグってんの!?」
送られてきたのは、自動返信メール。
その簡素な内容は……。
>>相談屋よりお知らせです。
>>生徒個人のスケジュールは、個人情報に当たる為、リクエストにはお答え出来ません。
>>ストーカー、付き纏い行為は立派な犯罪です。生徒へ問題行動を起こす前に、自分の問題行為を反省しましょう。
>>なお、再度、同様の情報を請求された場合、あなたは当該の生徒の生活を侵害する可能性があると見て、自動的にメールは風紀委員会、学園長へと転送され、ご家庭にも連絡が入ります。
>>~相談屋は、日々のお悩みを解決します。何でもご相談下さい~
>>情報提供:新聞部 文芸部 風紀委員会 ……
まるであたしの事を拒絶するかのように、実務的な内容で……。
■小さな恋が黒歴史~鎌ヶ谷旭~
「うっわ、コイツバカじゃねーの。よりにもよって、ファンクラブ付きのスケジュール寄越せとか……」
そこは、部活棟の片隅。しかし恐ろしい程に堅牢な、窓に鉄柵、ドアには電子ロック付きの、いわく付きの部室だ。
入り口には、「IT・情報研究会~相談屋在中」と、コピー用紙に雑に書いて貼ってある。
相談屋こと、生徒間のお悩み相談所は、ボランティア活動的な設立背景を持つが、れっきとした部活動である。
発足は、鎌ヶ谷旭こと俺が、中学一年の春頃であるから……かれこれ、三年は経っているだろうか。
時は高校一年、季節は春。
ブルーカットの入った黒縁の度付きメガネ、髪は利便性を追求した無造作ショート。中肉中背、やや猫背気味で、顔面ランクは……まあ、普通?
貧乏学生である俺が、何故こんな事をやっているか、というと。
相談屋開設には、色々ないわくがある。
中学生になって、スマホやケータイ所持率が上がった時が、あるいは切っ掛けだったのだろう。
にわかに、周囲が浮ついていた。
それは、ネットデビューした誰もが通る道ではあった。
友人がバカッターで大炎上をかましたり、身バレのちにネット上の個人情報の消去方法を聞かれたり。ある時は友人らがLI○E詐欺に遭って、乗っ取り犯の撃退方法を聞かれたり。色々なネット上のトラブル相談が相次いだ。
それら、トラブル処理をしているうちに、俺は考えた。
「もうこれ、専用窓口作った方がいいんじゃね?」
と。
父がプログラマー畑で、幼い頃から日常的にコンピューターと親しんでいた俺には、専用メールを設け、テンプレート返信を設置しと、簡単な質疑応答のシステム構築……そんな御大層なものではないが……は、十分に出来るものだった。
とはいえ、知識や技術はあれど、ただのサラリーマン家庭の少年鎌ヶ谷には、その開設費用こそが、問題だった。
俺んち金ねぇし。
日々増える相談、対応は遅れに遅れ、アホーなネットトラブルを起こす奴も多く。
結局、その活動は、生徒会との話し合いを経て学園本部へと通達され、実績作りと費用獲得の為、クラブを開設するに至る、という訳。
IT・情報研究会ってのは、そんなテキトーな理由で出来たものだ。
俺が音頭を取り中等部に作られたものだから、そのまま繰り上がりで今年、高等部にも研究会が出来る。と、いうか、機材をほぼお引越しした形だ。
一つのオンボロPCと、一つの机と、興味を持った友人が数人。
少人数から始まった研究会だが、ネットワークが身近な昨今、その必要性はそこそこに重きをおかれていた。
その道のプロである父が居た事も、俺にとっては幸運だったろう。すぐ側に信頼出来るアドバイザーがおり、当人もセキュリティに明るく、また混乱する現場を目前として、実地でブラッシュアップを重ね続ける事が出来た。
それは、プログラマー志望の俺の、何よりの資産で強みだ。
お悩み相談の最初は、正しい情報社会とのおつきあい方法をレクチャーしたり、相談を受けたりが中心だった。
だが今では、幅広く色々な相談や情報配信を行っている。
何せ部費にて、最新のお高い専門書が買えるのだ。機械いじりが大好きなオトコノコ達が、好きなだけ好きな事を学べる環境にあって、伸びない訳もない。
俺達は、情報の重要性を知っていた。しかもここは、上流階級の子息が学ぶ場所。とみに、情報の扱いは慎重となった。……主には、遊び場を潰されたくないが為に。
当時、地下掲示板に潜りそうだった学内アイドルランキングを掘り出し、その危険性を喚起したのもこの研究会だ。
別に冗談でも、笑い話でもない。学内の注目度イコール、ご子息らの身辺の危険度であるとも言え、今では各上流家庭が、このランキングを見て身辺警護の人員の増減を決めているとまで噂される程。
また、アイドル達……上流階級の見目麗しい子息らに付く、ファンクラブ会員の掲示板も同時に扱う。ファンらの発言をモニターする事により、極秘で潜入した風紀の介入で極端な思考の偏向を抑止した。
ファンクラブ会則には、こうある。
「ファンの一人である私は、敬愛対象である人物が健やかな日々の生活を送れるよう、みだりに騒がず、近づかず、学内サーバでのみ対象の情報を取り扱います。一度でも情報を漏らした場合は、即座に会より退会し、その事実がただちに学園、当該対象へ報告される事にも了承します」
つまり、ファンクラブ活動の内容を外部に漏らしたら、即ファン活動を止められ、また、アイドル自身や学園本部にも、自身が害ある人物として報告される、ということだ。
アイドルに嫌われたくない、高名なお家の名を汚したくない名家の令息令嬢らの心理を突いた会則である。こうして、心理的、物理的に、生徒らの身辺情報、顔写真などのネットワークへの流出を抑止したのだ。
そうして実績を上げるうち、部費は増え、装備は一新され、技術は洗練され。
……情報は整理され、自動化され、やれる事は増えていった。
最近の相談屋、つまりIT研究会の部活内容ときたら、最早立派な情報サービスセンターである。
今日の食堂のメニューの相談から、ぼっち系の便所飯報告などわりと深刻なところから、ライトなところでは、今期アニメのお勧め、人気アプリの攻略や、初デートの服が決まらないだの、学園繁華街のデートコースなどの個人的相談受付。
また、自動返信機能によって、一部メールは即座に情報が貰える。
今週の学園壁新聞(PDF、メルマガ版)、文化部の催し情報、運動部の大会・スケジュール、各寮の朝食夕食の献立表、図書館(室でなく館で正しい。校舎などとは別棟である) の今月のおすすめ本、学園ローカルバス運行表、学園繁華街のスーパーのチラシ配信など。
自動返信内容からもわかるよう、ほか文化部、運動部や外部機関との連携もあり、ほかに投稿ツールとしての向きもある。
部活動等の写メは、投稿用アドレスに送れば自動的に学内サーバの専用フォルダに転送され、いつでも該当の部員が確認出来。
学園内のアイドル達のファン活動をしている者らは、熱い思いの丈をつづったものを投稿出来る(溜まったすてきなポエムは、季節ごとに文芸部によってまとめられ、対象者ならびにファンクラブへと贈られる決まりだ)。
なお、どう見ても盗撮の類い、行き過ぎた対象への追跡行為は、定期的に風紀委員がサーバーを閲覧、全投稿を目視にて確認、当該メールアドレス等を押さえたのちに、当人へは内申にも響く厳しい罰が、家庭には子供の管理不足を指摘する厳しい注意が飛ぶ。
そんな、公然たる学園公認の学内ツールに、堂々と「私は学内アイドルのストーカーです」「私は上流階級の子息をつきまとい、対象者へ危害を加えます」 と宣言してくる阿呆がいたのだ、当然に驚く。
「犯行声明ですか? それともナチュラルに犯罪と気づいてない? 知り合いでもなきゃ公人でもない少年に、毎日張り付く宣言なんて異常だと思わないのか? つうか、このメルアドはお悩み相談窓口であって、出会い系サイトの窓口じゃねえっつーの。何時ぶりだよこんなアホメール。あーあ、こりゃ風紀にご注進、か?」
21インチの液晶ディスプレイを睨み、渋い顔をする俺の背に、声が掛かる。
「おー、アキラどしたあ? なんかトラブル?」
キャスター付きのイスをキコキコ漕ぎながら、友人が首を傾げる。俺はキーボードに手を掛けたまま、首だけそちらへ向けた。
「いやあ、久々に凄いアホメールが。ウチのアイドル様達のスケジュールを、今すぐ、何時何分何秒何処に何用で居るか、表にて送れ、あたしとお前の仲だ、やってくれるだろうな、って内容が……なにこれ電波?」
リノリウムの床を蹴り、隣までイスを漕いでやってきた友人は、度なしのブルーカットレンズ入りメガネ越しに、モニターを覗き込んで目を丸くする。
「なんじゃこれ。あはは、マジでスゲー内容な! しかも思い切りアキラご指名でないの。なになに? 「アテクシ様のお役に立ちなさい」 って? この電波様と、一体どんな関係なの」
「いや、知らん。全く覚えがない」
きっぱりと言う俺に、ますます愉快そうな顔をした友人は、わざとらしくブルリと身体を震わせて。
「……え、マジで電波ですか。それは恐ろしいですね」
「うーん? 星なんたら……何となく名前が引っかかるけど、ともかく一発アウト、風紀委員に直メで決定」
早速メールを転送しようとする鎌ヶ谷に、しかし友人は待ったを掛ける。
「おや、手厳しいですねえ。しかしだよ? 季節は春。入学の季節ですな」
「うん?」
「今年入学の外部生なら、ウチの御法度……ファン活動は、騒がず、触らず、押さず。ってあれ……分かってないかもだしよ、即アウトは厳し過ぎんじゃね? 一回当人に警告してみてはどうかな?」
上流家庭のご子息が通うがゆえ、どうにか自分を売り込もうとする人々が過激を極めた事があり、以降、ファン活動そのものは、ささやかな支援活動に限る、となっているのだ。クラスが同じだとか、友人関係を築いただとかは別として、基本接触禁止。
何せ、三年前には対象への執着が激化して、恋人を名乗る複数名が激しくぶつかり合い、喧嘩沙汰となった。その時は、救急車が呼ばれる騒ぎにまでなったのだ。
恋人が欲しい年代の子達に「対象に接触禁止」は厳しいルールであるが、学生の心身を保護する上で必要な措置でもあった。
「やー、でもキモいじゃねーの。学内ツールの、誰が見るかも分からないメールにだよ? ご指定で、しかも情報漏洩を堂々と命令するとか。俺こんな電波と関わりたくねーし」
「まあ、そうだな。その点は同意する」
俺の言葉に、友人が頷く。
「……とはいえ、一応は外部生か確認するかあ……えーと、一年、たな、はし、せい、あ、と」
一応、風紀と連携を取っている関係で、IT研究会の面々は、学生名簿にアクセスする権限がある。と言っても、見れるのは、学年、クラス、年齢、学生番号程度のものだが。
「ってか、棚橋? 何か名前に覚えがあるな……? ……うーん……」
高速で学生名簿をスクロールする間に、俺は頬杖突いた姿勢からふと、顎を上げた。
「棚端星愛ぁ? ……って、隣のあの、ひまわりぐみのせーちゃんか」
スクロールが止まる。そこには、棚橋星愛、1年(奨・高)とあった。
その括弧内の記述により、電波メールの主が、奨学生で、高校からの入学となる中途入学者というのが確認出来た。
「お? アキラくんてば電波ちゃんとマジ面識ありですか」
友人の声に、辛い現実と向き合わざる得ず、俺は頭を抱える。
「ありでした。ありですがー……グッバイ俺の初恋。マジないわー。幼稚園の頃の可愛いあの子はどこ行ったー」
「おお……それは……何という……」
初恋の人が電波。しかも、どう見てもハイクラス男子を狙う、肉食系女子として成長しているという事実。なんという悲劇だろうか……。
余りの不遇ぶりに、思わず俺を拝む友人。
それまで黙って聞き耳を立てつつ、別の机で趣味のアプリ制作だの、サーバのバックアップ作業に向かっていた部活員らも、揃って振り向いては俺に手を合わせる。やめろ、傷口に塩を擦りこむのは。
機械だらけで狭苦しい部室が、一気にお通夜ムードである。
「はは……大事な幼い頃の思い出が、いきなり汚されたんですが……? でもってコイツ確かに外部生だわ。一応要注意リスト行き」
「ご愁傷様です……で、要注意リストな、了解」
燃え尽きながらも、俺ははきちんと任務を継続する。
「男だ、男がいる」
その日、俺の煤けた背中に、部員らは男を見たという。