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【番外編1】 それは、二年前の事(会長)

会長視点で、過去話。ざまぁ話ではありません。

 それは二年前の春の事。


 俺は恋というものを知らず、まだ星愛という……よくも悪くも……運命の女も知らずに、幼稚舎から連れ合いの仲間達と共に、賑やかに高等部の生徒会室で話していた。




「……今日も暇だな」

 差し入れの菓子……先輩方に付いているファンクラブメンバーからのものだ。毒や異物の混入がない事は先輩付きの護衛役が確認済み……を頂戴し、各自適当に給湯室のカプセル式のコーヒーマシンで、適当に好きなフレーバーの飲み物を入れて、俺達は三階の窓から散りゆく桜を見ていた。


「まあ、今年は豊作っていうかー」

「僕ら、中等部の生徒会役員が全員入っちゃったしねー。そりゃ、お使い役も余るってもんだよ」

 相変わらず仲のいい双子が、声を揃えて答える。

 顔も声も何もかも見分けが付かない程に似た二人だが、実は選ぶお茶で区別が付く。

 兄の叶夢(かなめ)は、コーヒー党。

 弟の叶望(かなと)は、紅茶党なのだ。

 甘ったるい外見に似合わず、二人とも砂糖は入れない派。



「だねぇ。俺なんて暇で暇でしょーがないんだけど。これなら、新入生や先輩のかわいこちゃんとデートしてた方がなんぼかましだよぉ」

 ぐだー、と窓枠に頬杖を突き、軟派な発言をしているのは悠翔。こいつはまた、甘ったるいココアなんぞ入れてからに。

 しかし、こいつは相変わらず女好きのようだな。


 俺達はまだその時、進学したての一年生だった。何で我が物顔で生徒会室に? そう思う人もいるだろう。

 答えは、この学園の慣習にある。それは、内部生に限りだが、中等部の時に生徒会役員であった者は、特殊な事情のある場合を除き、高等部の生徒会を手伝う……ようは、補佐役になる、というものだ。

 性格やら行動が分かっている事もあってか、すっかり、毎年恒例の事になっているらしい。

 高校生ともなると、自主性を重んじてかなりの重要な行事なども任されるようになる。どうせ、中等部からの持ち上がり組が、順当に役員を占めるのだから、一年生の頃から色々と教え込んでしまえ、と。


 そんな理由もあって、俺は当たり前のように、放課後この生徒会室に足を運ぶ。

 といっても、その仕事内容は、ほぼ、諸先生がたへの顔つなぎの為の使い走りか、先輩の話し相手という向きが強い。流石に勝手も分からぬまま書類には触らせてくれないようだ。

 俺なら、任せてくれさえすれば如何様にもなるのだけれどな。まあ、先輩達にも、プライドというものがあるのだろう。昨日まで中学生だった後輩に負けては、示しがつかないしな。

 補佐役には、先輩方と違い専用の机は用意されていないが、手空きの者が使えるように数台の共用机があり、俺達は専ら、その周辺に集まっては暇を囲っていた。




「……はあ、暇だ」

 窓際で校庭に植わった桜を眺めながら、ミルクたっぷりのカフェオレで喉を潤していると、暇を持て余した双子が寄ってくる。


「僕らも暇だよー、ヒロりん。なんかおもしろいネタない?」

「笑えるネタがいいなーヒロりん」

「ヒロりん言うな。俺は弘樹という立派な名前がある」

 ムッと俺が眉を寄せてもニコニコ笑いが絶えない。また、この双子は適当にあだ名を付けてからに。


「ははは。しばらくは会長って言えないし、愛称だよー可愛いっしょ?」

「二人で付けたんだよー。どうどう気に入った?」

 こうもわくわく顔で言われると、返答しづらいな。

「可愛くもないし気に入りもしない。却下だ」

 まあ、結局却下するんだが。


「そういえばー、いっつもヒロりんの隣にいる姫ちゃんの姿が見えないけど、どーしたの?」

「あのお姫様がいないとなーんか、ヒロりんらしくないよねー」

「どうしたの、と言われてもな。別にあの生意気女は、俺の使用人という訳でもない。補佐の補佐など居ても仕方ないし、勝手にするのだろう」

 俺が当たり前の事を言えば、何故か双子は信じられないというように目を剥いた。


「うぇー。中等部では、ほっとんど書類仕事やらせてたくせに、そんな事言うんだー」

「俺様何様お殿様だー!! っていうか意外ー。丸投げで意思決定だけする殿様が、実働部隊を側に置かないなんてねー。まあ、その意思決定が出来るから会長なんだけど。てっきりまた、婚約者とかファン幹部に下処理やらせるもんかと。自分で仕事する気あったんだ?」

「何を言う。アレが好きでやっていた事だ。俺がやらせていた訳じゃない」

「うっそー。僕らわざわざ婚約者ちゃんを補佐に指名なんかしなかったもんー」

「完全にやらせる気まんまんだったよねぇ?」

「五月蝿い」

 全く、この双子はどうでもいい事しか言わないな。本当にあれが勝手に気を利かせていただけだと言うのに。


「……あー、そういえばさ、話は変わるけど。姫って中等部になってから、ガラッと感じ変わったじゃん? あれって何か心境の変化でもあったの?」

 ココアをのんびり飲みながら、悠翔がそんな事を聞いてくる。

 これまた、どうでもいい話を。


「何だ、悠翔はあの高慢女がお好みか」

「やっだ、んな訳ないでしょ。俺はフワフワして優しい感じで可愛い女の子が好きなの。あんな、バリバリのアスリートみたいな鋼鉄女は勘弁。俺が好きだったのは、ちっちゃい頃までだね。あの、お姫様の絵本読んでニコニコしてた、かわいげのある頃だよ……で、いつから変わったんだっけ」

「そうだな……俺が何か言う度に泣いたり笑っていた頃は、本当に可愛い女だったな。今は側に居るだけで気が滅入るが」

 そう言われてみれば、今は顔を合わせるだけで腹の立つ桜姫も、確かにかわいげのある女だった頃がある。


 あれは……あれの様子が変わったのは、いつ頃だったか。




 俺は、昔からとにかくよく女に構われた。

 老若問わず、女ときたら俺と話すのが楽しくてたまらないようだった。そんな中で、毛色の変わった女が現れた。それが、桜姫だった。



 桜姫と初めて会ったのは……幼稚舎の頃。


 あの頃はよく泣く子供だった。

 そして、この俺が構ってやってるというのに喜ばない、おかしな女だった。

 こっちを向かないから、ちょっと絵本を取り上げれば泣くし、髪を引っ張ったら泣くし、一緒に遊ぼうと、おもちゃを取り上げれば泣くし。


「……ちょ、ちょっと待って。それっていじめ……」

「五月蝿い、双子。今、思い出しているところだから邪魔するな」


 泣き虫なのは、小学生になっても変わらなかった。突いたら泣く、突かなくても泣く。面白いおもちゃだ。そんな、俺の泣き虫おもちゃが……。


 あいつは年々綺麗になっていく。幼児の頃は目ばかりでかくてバランスが悪かったが、背が伸びていくにつれて目立った美貌を明らかにした。

 当然、もてたさ。

 まあ、その頃には俺のものだったからな。他の男に浮気なんて許さなかった。

 他の男に笑顔なんて向けようものなら、躾の為につねったり叩いたりして、反省させたものだ。


「暴力イクナイ……!」

 ヒエッと声が挙がる。

「ていうか、ヒロりんなんで典型的ガキ大将コースを歩んでるの……?」


 さらに、知恵を付けたかこちらを近寄らせまいとするから、生意気に女の輪に入って無視なんてしようものなら、ブスだの何だのと言って気を引いて、こっちを向かせたもんだ。


「や、やっぱりそれっていじめじゃないの……。しかも不器用な子供臭い行動……」

「だから、五月蝿い。いつ変わったのかもう少しで思い出せそうなんだ」




「……ああ、思い出した。あれは小学五年生の頃。両家での話が纏まり、婚約が本決まりになって、それを俺が喜び勇んであいつに告げた時だ。俺は可愛い泣き虫に、それを言った」


『まあ、そうですの』

 まるで良くできた人形みたいな、生気のない顔であいつは俺を見た。

『では一生、貴方さまと一緒に過ごすのですね、わたくし……それは、なんて……なんて』

 わなわなと唇を震わせ、青白い顔でしばらく言葉を失い。


 小さく、何かを……呟いて。


 かと思ったら、唇だけで笑って。

『では、これからもよろしくお願いします、磐梯様』

 まるで淑女の見本のような礼をしたんだ……今まではヒロくん、って言っていたのに、いつだって心のまま泣いていたのに、笑っていたのに。

 呼称まで変わって。

 泣かなく、なって……仮面のような笑みを、浮かべて。




「その日からだ。あいつはとてもつまらない、高慢な女になった」

 俺との婚約を喜びもせず。

 俺の側に侍る特別なのに、媚もせず。

 ただ淡々と日々を過ごす。一緒に。


 ……などと、俺がせっかく過去を思い出してやったと言うのに、何故か双子はそそくさと俺から離れたかと思うと、こそこそ話し合っている。


(「ちょっとー、これ明らかにこじれてんよー? ふつーに聞けばまあ、幼少期のよくある笑い話で、そのうち打ち解けるもんだけどー」)

(「姫ちゃんの標準装備の、能面笑いと人を寄せ付けない威嚇みたいな辛辣な言葉って、絶対コレが原因じゃんねぇ。まあ、あれはあれで評判悪いけど」)

(「やっばいねこれー。二人して強情が揃ってるんだもん、ぶつかるしかないじゃん。姫ちゃんは勿論、こっちのお殿様も自分がどんだけアレでソレか、わかってないし。いつ二人が爆発するか分からないよー?」)

(「まじ怖いね! ところでさ、ヒロりんのいじめ、姫ちゃん幼少時のトラウマになってそーなんだけど、どーよ?」)


 ……どうせ、二人の事だ、まあくだらない事を話してるんだろうが。


「……なるほど、ねぇ。うん、よく分かった。なるほどなぁ……」

 悠翔は悠翔で、何故か得心いったように頷いている。どこか切ない表情で、目を細め。

 何が、よく分かったんだか。


 俺には、あいつが突然、人形のようになって、昔のようにかわいくなくなった……その理由など、今でも分からないのに……



 双子はまた、ちょこちょこ俺に寄ってくる。

「ウーン、よく分かった。まあ、お殿様ぶりもほどほどにしなよー?」

「僕らは恋愛とかそーゆーの、壊すのは得意だけど修復するのは苦手だしー、もしもの時も頼らないでね?」

 また、訳の分からない事を。そんな難しい顔をして言っても、意味が分からん。




「……あれ、みんな、どうし、て窓際、集まってる、の?」

 ふいに途切れた会話の空白を埋めるかのよう、生徒会室に誰かが入ってくる。訥々としたこの話し方。のっぽのあいつか。


「あ、犬飼くんこんちー」

「わんこくん、お使い行ってたの? えらいねー」

 百六十弱と百八十強。身長差が酷いのに、犬飼ときたら素直に双子に頭をなでられている。


「なんか、盛り上がって、た?」

「ああ、うん。姫ちゃんの性格豹変な話ー?」

「昔は可愛かったねって」

 クスクス笑いながら双子は言うが。


「え……あの、ひと」

 さっと、犬飼の顔色が変わる。

「苦手……だ」


「はは、わんこ君は厳しい人苦手だもんねー」

「今の姫ちゃん、シャットアウトした相手に対してはほんとキッツイし」

 双子は、犬飼に甘いミルクティを淹れてやりながら苦笑する。


「思えば、わんこはあれかー、中学からの中途入学だし、プリティ姫ちゃん知らないんだー。あれで

ちっさい頃は可愛かったんだよー?」

「昔なじみとはそこそこ、話したりするけどねぇ。姫ちゃんの方からはわざわざ見覚えのない殿方に近づかないしー。男子なんて……今日知ったけどアレでアレなもんだから……敵みたいなもんで、殊更当たりがキッツイもんねぇ。これは、運が悪いというものだねー」

 ありゃー、と、残念そうに双子は犬飼を見るも、のっぽの犬飼は内容を理解出来ないらしく、首を傾げるばかり。

「……??? あの、なんの、話」


「まーまー、済んだ話さね」

「そーそー、気にしないがいいさ。僕ら外野じゃどーにもならないもん」

 肩を竦めて笑う双子に、そう、とつぶやき、犬飼はミルクティを飲む。




 そこへ、控えめなノックの音が響いた。


「そういえば今日は、見学の日だったな、桜姫だろう、入れ」

「え、ちょ。先輩がたの許可も得ずいいのー?」

「構わないに決まっている。俺が決めたのだからな」

「うわぁまた殿様節だよー。僕しーらない」


「あら、取り込んでおられたかしら? でしたらまた、次の日にいたしますけれど」

 ドアを僅かに開けて、顔を覗かせながら、桜姫は恐縮したように言った。

 そう。こういう時はきちんと、弁えられる女だったな。

 ……相変わらず、そのに顔は俺を不機嫌にするようなかわいげのないきつい表情が、浮かんでいるが。


「別に、いい。先輩がたにも話は通っているんだ。さっさと入ってこい」

「あら、それでは失礼します。……設備は中学の頃と余り変わっていませんね」

 中へ入るとドアを静かに閉じ、ゆっくりと室内を流し見て、桜姫はぽつり、呟く。

「やる事は広がったが、結局のところ基本は同じだ。そうは変わらないさ」

 俺の言葉に同意するよう桜姫は頷いて。


「ですが……わたくしとは余り関わりのない場所ですね。補佐役の補佐など、必要ないですし」

 こうして俺と同じ視点で見れる、女なのに。

「わたくしは……高等部ではきっと、磐梯様のお役に立てませんわね」

 俺を立てるような事を言いながら。

 唇だけに笑みを刻む。凍った瞳のまま。


「……今日は、これで十分です。給湯室のあのコーヒーメーカー、便利なものですのね。それと、お茶菓子もずいぶんと豪華で……」

「あれは、去年辺りお茶汲みが面倒だと誰かが持ってきたそうだ。それからは何となくあれをつかっているらしい。茶菓子は、常に先輩がたの好みのブランドを揃えていると聞いた。物好きが順番を決めて差し入れているのだとか」

「まあ、流石はこの学園のファンクラブ。統制の取れていること」

 ころころと綺麗な声で笑う、そんな時ですら……。

 その目は。


「やはり、高等部はひと味違いましたわ。磐梯様、入室許可を先輩がたに取って頂きまして、ありがとうございました。皆様、折角のご歓談のところ、お邪魔しまして申し訳ありませんでした」

「先輩らは席外してるけど、まあ姫が満足したならいいんじゃない?」

 悠翔がのんびりと口を挟むその向こうで、大柄な犬がおびえている。

 それを知ったか、知らずか。


「先輩がたへのご挨拶は、また、後程……。では、わたくしは失礼致します。磐梯様?」

「……ああ」

「週末の予定は空いております。何時なりと、お呼びつけ下さい」

 それは、俺が頻繁に呼び出す事へのあてつけか。


「ああ!! そうだな、お前はそうだ!!」

 俺が呼び出せばいつでも側に来る。

 側に居て、そして俺の指示を待つ。

 俺の機嫌を伺いながら追従する。嫌がりもせず。機械的に、こなしていく。


 それに、満足している節もある。

 こいつは俺のもの、だから。

 ……でも足りないのだ、それが何かはわからない。


 泣かなくなったあの日から。凍った仮面を付けた日から。

 ずっと、不満だけが長く、くすぶっていた。


「ちょっと、幾ら何でもそりゃ失礼でしょうよーヒロりん」

「何で怒ってるの、このお殿様はー!!」

 あーもー、と双子が、なんだか知らないが頭を抱えている。


 桜姫は困ったように眉を寄せ、けれど笑みは崩さず。

「……ええ、悪いのはわたくしね。いつも、そう」

 お前はもう俺の前では、泣かない。学内でも有名な氷の女は、その本心など見せはしない。


 用を済ませれば、さっさと去っていく。

 情のないその行動が、憎い。


「……ああ」

 本当に、憎たらしい。

 その去り際すら美しいから、憎らしい。



 ……そんな、ありきたりな風景があった。

 二年前のこと。


 俺のありふれた、それが、日常だった。

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