空回りヒロイン、悪事がバレる
今回もやや短め。
呆然とする一同。あたしもだ。
監視カメラ……? 改竄不能な記録を保存?
一体、何だそれは。ゲーム内でも聞いた事ないんですけど、どこから生えた設定?
あたしは泣き真似しつつ、おろおろと周囲を探る。
あたしの逆ハーレム員達は皆驚きに固まってる様子だ。無理もない。この天下のヒロイン様もだもの。
ていうか、学内に、防犯カメラ? そんなのいつ、何処で付けられたの?
慌てて制服のポケットから生徒手帳を取り出し、ぱらぱらとめくれば、後半のページに説明書きがあった。
いじめの防止や、外部からの不審者の進入防止策として、二年前より設備増設されたと、そこには書いてある。
……これってやっぱり、あたし以外にも、この世界が乙女ゲームだと知っているイレギュラーがいる、って事……?
いつかは疑った事。でも、あんまりにもすんなりと、思い通りにここまで来てしまったから、いつしか忘れていた。
あたしの、あたしによる、あたしの為の世界だと、そう。
思ってた……。
「え、サクラ、姫……?」
困惑するわんこ庶務。黒髪黒目の精悍な顔つきに、生徒会いち大きな体格をしていながら、気弱な性格を持った彼は、話の流れが掴めない様子で、急におろおろとし始めた。
彼は、あたしが確証なしで彼女が首謀者と言い立て始めた頃から、誰よりすんなり、悪役令嬢を悪者と信じて、罵倒しはじめた男だ。
あたしの、悪役令嬢貶しの最大の協力者でもある。
悪役令嬢があたしをいじめるのだ、と、奴に言えば、すぐさま信じて、毎日のように、生徒会仲間やファンや友達や様々な人に……「虐めをする最低女だ」、「何より目つきも悪い、怖い女」、「こんな、怖い女と、結婚するなんて、かわいそうな会長」と、咄々とした口調ながらも、冷清院桜姫の悪女説を言いふらししまくってくれた。
わんこ庶務は、基本的にキツい性格の人物が苦手だ。
穏和な性格、というよりも肝の小さい、差し入れのスイーツを手作りするような乙女系男子。
俺様系会長は幼なじみだからまだその暴言に耐性があったようだけど、かなりキッパリとした性格で、自己主張も押し出しも強い、令嬢らしい令嬢の冷清院の事は昔から大の苦手だったという。
だから、だろうか。あたしの言葉に、それはもう嬉しそうに飛びついた。他の誰もが、一度は「そんな馬鹿な」と、戸惑う様子を見せたというのに、庶務はチョロかった。
見目がいいから、血筋がいいから。
そんな理由で、ハイエナ女たちに祭り上げられてるわんこ庶務だが、正直なとこ、ゲーム内でも一番カスらない性格のキャラだった。
気弱でグズグズした性格で、頼りなくって。ファンのみなさまは彼の何がいいのかと疑問は尽きない。
……確かに、彼メインのストーリーじたいは、一番ほのぼのしてプラトニックで、お花を見ては感動し、スイーツを一緒に手作りしてはキャッキャして……とても青春してはいるんだけど。
「う、嘘だ。だって、彼女、は……棚橋、をいじめてて」
カレは慌てて、自分の自己正当化を始めたようだ。
「ちゃ、ちゃんと聞いて……酷い、いじめ……」
ぶつぶつと小さな声で、チラチラこっちを見ながらつぶやいている。正直ウザい。
「だから、おれは……いじめ女、嫌い、で……」
意地悪女だから、本当に棚橋にやったときいたから信じたんだ、冷清院が悪い、と。必死に言い聞かせているカレ。
「……嘘? さくら姫は、いじめ、なかった?……」
ぶつぶつつぶやきながら、動揺するわんこを斜めに見ながら、あたしは思う。
あの双子、冷清院の護衛なのは知ってたけど、学園での行動記録なんて撮ってたの? じゃあ、じゃあ……。
「あれぇ? 姫ちゃんアリバイありってこと?」
「つまり、姫ちゃんてば完全無実、大勝利ってこと?」
指先確認するように、冷清院桜姫に指先を向けた双子会計は。
「じゃあアレ? もっしかして?」
「うそつっきーはー、ココにいる?」
その指先をびしっと、シンクロさせ泣き真似するあたしへ向けた。
「えー、それってマジウケる」
「コッワー、女の妬み?」
「コッワー、自作自演ー」
「星ちゃんちょーウケるー。チョー悪い子ー?」
「すごーい、星ちゃんてば嘘つきーチョー悪女ー」
興に乗ったか、くるくると、あたしの周りを回る双子。色素の薄いふわふわ髪で、くりくりおめめのショタ枠である双子は、見た目に反して一番性質が悪い。
ふわふわの栗毛に明るい茶の瞳、百六十センチ強の小柄な体格。天使めいた笑みとそっくりの見た目で、同じ声(まあ、声優さんが同じだからね!) で、ヒロインの周りでキャラキャラと笑って悪戯を仕掛けてくる、そんなキャラ。
あたしは余り好きなキャラじゃなかったが、なかなか懐かない猫みたいな性格が、一度ハマると癖になるとのレビューを見た。
知ってたけど。悪戯好きな二人が、あたしのハーレム員になったのも、周りの空気に沿って流れでの介入であって、周りを煽って楽しむ為で、別にあたしの事を好きな訳じゃないって。
それにしたって……声高に、そんな風に、あたしの失敗を笑うな!
身の置き場のなくなったあたし。
バレてしまった。
机の落書きやら靴箱やらの古典的虐め類の工作は、自作自演でコンプした。よく、カメラに犯行現場が映らなかったものだ……これぞ、ヒロイン補正かしら。空しい。
ことあるごと、悪役令嬢が悪い、あの人が指示したのだと弱々しい態度でハーレム員にないことないこと、刷り込んできたけれど。
恐怖の砺波ツインズに、マドンナ様の飼い犬に、バレないようこっそりこっそりと進めていたそれらが、全部狂言とバレる……ときたら。
あたしの最後は、どうなるのか。
今すぐ逃げたい!
でも、周囲をハーレム員に囲まれているから、動けないのだ。
どうして……こんなバッドエンド、知らないんだけど!
「……チッ、これだから女は信じられないんだ……」
ああ、サイアク。
ピュア疑惑のあるチャラ男書記。三千院ミハエル悠翔。彼は本当は、女性不信だ。だから、特別ピュアなフリをしてあたしは近づいたんだ。
明るい栗毛の長髪、耳には目立たない程度のルビーのピアス。ホストばりの派手な顔をしながらも、実はただのハーフの、まじめな子っていう。
イタリア人の母がモデル業界、それもトップクラスのステージモデルで、日本人の父もまたグラビアが得意な写真家で。
恋多き二人のスキャンダルに塗れながら育ったカレは、純愛に、純粋な恋にこそ憧れていた。
だから、カレは試す。顔だけで、その派手な背景のみで近寄ってきた女を。試してガッカリして、それでもまだ諦めきれずに次の恋を探し。その姿が浮気者にも見え。
あたしは、ヒロインは、直球でカレにぶつかっていく。きっかけは、彼の撮ったあたしの写真で。それがとても素敵だから、彼に写真の撮り方を教えて貰おうとあたしは彼に近づいて。女を試す誘惑なんて跳ね除けて、ただ純粋に友の位置に立ちたくて、カレの本音を引き出して。そして二人は、とてもとても綺麗な、不器用な、恋をするのだ。
そのギャップを楽しみ、わざとらしいまでの甘いセリフを楽しみ、本気で近づいた際の、年相応にうぶな、ピュアな反応にときめくのが、彼のストーリー。
実は、一番好きなキャラなんだ。
本命なんだ。
彼の本当の姿は、じつにじつに可愛らしい男だから。
演技をなくして余裕をなくしてしまったら、少しの誘惑も、ちょっとのふれあいも、赤くなって照れるような、可愛い男。
それなのに、こんな風にバラされたら。
「サイッテー。お前みたいな姑息で汚い女、マジで俺だいっ嫌いだから。今までのカワイコちゃんの中でも一番のゲスじゃん、お前。何であんな演技してたの? まんまと騙されちゃったじゃん、俺。二度と近寄らないでくれる? はあ……姫の事も滅茶苦茶傷つけちゃったし、騙された俺もサイテー、最悪。クソ野郎だ。顔も合わせられないよ……」
あたしには凍り付くような目を、冷清院には途方に暮れたような目を向け、彼は、風紀委員に生徒手帳を放り投げて去っていく。
ああ……あたしの本命が、あたしの事を、本気で。
軽蔑、された。
あたし、あたし。悠翔だけは、本気だったのに……。
あたしは、浮かれきってた過去の自分を殴りたくなった。
ヒロインだから? あたしの世界だから? ……何処が、あたしの世界だ。
今ここに居る誰が、あたしの事を好きでいるの? 誰にも、愛されてなんていないくせに。
ああ、本当にあたしって……。
泣き真似でない、本当の涙が、溢れてくる。
そして、極めつけは。
そのあとに来たんだ。