悪役令嬢、自己弁護
今回少々短いです。申し訳なく。
よく調えられたイングリッシュガーデン風の裏庭。白いベンチが、夕暮れに赤く染まってる。
卵型の綺麗な輪郭を覆うように真っ直ぐで艶やかな黒髪が肩に零れ落ちている。その黒髪に隠れるようにして、耳にはイヤホンが掛かっていた。それはパーティの実行委員会側の、裏方の証拠で。
白い肌、整った美しい顔立ち。品のよい紺のブレザー、左腕には緑の腕章、校則通りの膝丈のチェックスカート。すらりと覗く足は、白いソックスが包んでいる。
妬みを別にすれば、本当に美しい女の子。それが、冷清院桜姫。
左右に双子を置いて、その背をよく似た叔父に守られ、彼女は声を上げたわ……。
「……風紀委員長、愛宕明様」
「何だ?」
桜姫の声に、風紀委員長はあたしには労る視線を、桜姫にはきつい視線に変えて答える。
「先ほどの件でお聞きしたいのだけれど、わたくし、家の都合で、常に砺波燈色、砺波紅水の守役二人と共に行動しておりますが、この二人も共謀して、奨学生とともに行動なさる皆様、生徒会役員一同の目を盗み、学内の保安を担う風紀委員の方達の隙をを狙って、犯行に至ったと、そう仰るのね?」
「……は?」
風紀委員長は、あたしの左斜め後ろで、まぬけな声を上げた。折角、ドS枠の癖に、へんな声出さないで欲しい。銀髪ツンツン髪、切れ長の目にはグレーのカラコンと不良っぽい容姿の風紀委員長だけど、これでいてまじめな性格で、クールを売りにしているのに。
「奨学生、棚橋星愛さんは、ここ数ヶ月、生徒会の皆様と多くの時間を共にしていた、と、噂を聞いております」
ふうん、そんな風に聞いてたんだ。まあそうだね。
あたし、愛されヒロインだし、大体攻略の為に、休憩時間とか必死に時間を作っては生徒会メンバーと会ってたよね。人気者は辛いね。
「……そうだ、な」
あたしのハーレムメンバー中でも、一歩、ヒロインの愛が及ばなかったせいで、逆ハーレム員の一人に数えられなかった事を理解しているのか、悔しげに彼は答える。
「そうなりますと、わたくしが仮に、彼女を虐めていたとして」
彼女は仮に、の部分で語調を強くした。
「わたくしが彼女に仕掛けられる時間というものは、極端に限られます。それほどに虐めを受けていた、苦痛の日々であった、心痛でお倒れになられた。わたくしが実行した虐めとやら、相当の回数に上るのでしょう」
「……ああ、そうだな。そう、星愛から聞いている」
「それ程の頻度、それ程の大きな事件。当然、皆様に「わたくしの犯行現場」 ……あるいは、「配下」 なる存在との談合現場を、見られた事も多々あったろうと思うのです。……是非とも、冷清院の威信に懸け、その現場を確認したく。皆様の押さえられた事件の日時、場所、人物など、証拠提出を頂きたいのですが、如何でしょうか」
「……それ、は」
あたしも風紀委員長も、開いた口が閉じられない。
ここに来て、いきなりの悪役令嬢節。ゲームのイベントでも見た、整然とした反論と、言葉の裏の狙いに、あたしは何も言えない。
「当然、山程に押さえておられましょう? わたくしの、わたくし自身の、虐め現場。包み隠さず、証拠を揃えて提出頂きたいのですが。わが家としてもその証拠を以って、わたくしの処し方を考えたく思いますので」
「え、あ、その……」
言葉を濁し、視線を逸らす風紀委員長。
「どうなさいましたの、愛宕風紀委員長。わたくしに配慮などいりませんわ。切れ者の貴方らしくもなく、はっきりなさらないのね」
「……いや、それ、が……」
まるで苦いものを飲んだかのように、あたしを囲むハーレム員達も黙っちゃった。
まあ、かく言うヒロインも、この展開にはすごく、困ってるんだよねぇ……。
不気味に静まり返る裏庭。
そこで、口火を切ったのは、空気読まない系チャラ男こと風紀副委員長、会津礼だ。
「そんなのないよー? 姫ちゃんが行ったとかいう虐め現場なんて、イッコもない。どころか、姫ちゃん何度も棚橋の事、虐めから何度も何度も救ってるよねえ?」
「……は?」
のんびりとこちらへ歩み寄る彼に、風紀委員長は聞いてないとばかりに声を上げれば。
「やっだー。オレ何度もアンタに言ったっしょー? 姫ちゃんの活躍ぶりと、風紀の後手後手っぷり、リーダー不在でしっちゃかめっちゃかな現場と、オレらのダメっぷりをさー? って、ここ数ヶ月、全然、全く、何も!! あんたって風紀の仕事してなかったっけか、ごっめーん。女の尻追っかけて回ってるだけのサボリのクソ野郎が、姫ちゃんの大活躍なんて知ってる訳なかった!」
にっかー、と、ドS眼鏡に笑う、茶髪ウルフカットなやんちゃっ子。
風紀副委員長は、やんちゃっ子がウリの攻略対象だ。長身でソフトマッチョなスポーツ万能選手で、筋肉系男子好きプレイヤーに多大なる支持を受けていたキャラである。
でも、なんなのこの毒舌っぷりは……!?
「貴様……」
ギロリと睨めつける銀髪の風紀委員長に、風紀副委員長は全く怯えもせず言い返す。
「えー、サボリ野郎に今更凄まれても。そこの棚橋にひっつき虫してさー、ぜんっぜん委員会活動してなかったじゃん。オレ、あんたに代わってチョー仕事してたんですけど?」
そうだったんだ? それは初耳。
ひょっとして、働かない風紀委員長の尻拭いで動いているせいで、風紀副委員長との遭遇チャンスが潰れて、ぜんぜんフラグが立たなかったのかな、と、今更ながらあたしは思い至る。
「度々に風紀委員会の会議で噂に上がってた、姫ちゃんの活躍も知らないって事は、だ。もう、何週間も前に決まった、あんたの事役員から降ろすって話もー、ひょっとしてお聞きでない?」
「……なん、だと!!」
首を傾げる風紀副委員長に、目を見張る風紀委員長。
「まあ、聞いてても聞いてなくても、何ヶ月もサボりまくった女の尻追い掛けてる野郎はー、降ろす事はもう全会一致で決まった事でっすがー」
そうしてカレは、あたしが落とせなかった風紀副委員長こと、会津礼は、目の前の男を嗤う。
「はあ、まあいいや。とにかくー。ここに居る勘違いヤローども、ちゅうもーく。学内の監視カメラにも記録なーし、俺ら定期の見回りにも、冷清院桜姫主導の、虐め現場を一度も! 確認しておりません! で? どやって姫ちゃんてば、完全、パーフェクトに、マーヴェラスに!! 百台以上の監視カメラ、総員数十名からなる俺達風紀委員から隠れて、棚橋虐めを完遂した訳? 姫ちゃん……実は、凄い技術でも持ってる、天才犯罪者か何かなの?」
だとしたらすげえ、と、ニヤニヤ笑う会津礼。
誰も、なにも言えずに、静まり返る裏庭。
ヒロイン泣き真似中だけど、冷や汗が出てきたよ……。
再び、悪役令嬢、いや桜姫が、口を開いた。
「……砺波家は冷清院家一門の中でも、砺波警備保障、つまり警備会社を経営しております。それはご存じね?」
「あ、ああ……?」
いきなりの説明口調に、怪訝と返す風紀委員長。
「砺波家の二人は、学生身分ですが、同時にわたくし付きの学内での守護役です。身辺の警護、周囲に近づく者らのチェックなど、私的なものですが、そういった役目を彼らは負っています」
「……知っているが」
わたしは知らないよ。そんなご大層なのを連れてるの? 金持ちって大変だね。
「その役目上、ネット回線を通し、警備会社と連携しながら、学習時間以外の休憩時には、常に警備の関係で音声付きでカメラを回しております。これは学園側にも了承を得た警備で護衛です。それから、虐めや犯罪防止に、学校内各所には防犯カメラを設置されている事はご存じね? 入学生へ向けたパンフレットにもありますし、生徒手帳の記載もある事ですし」
「……当然だ」
え、なにそれ。ヒロインは、しらない、よ……?
「結構です。さて、わたくしのガードである二人の砺波、彼らの所持するカメラのそのログは、改竄不能、消去不能の状態で警備会社に保存されております。愛宕様、ここ数ヶ月の二人のログを提出する事も可能ですが、それ程わたくしが信用ならぬなら、わたくしの学内の全行動の記録映像を、ごらんになられますか」
「……え?」
わたしも、そして風紀委員長も。
身の潔白を晴らすべく、全行動ログを提示すると言われて、今度こそ固まった……。