主要メンバー勢ぞろい
やった! これで令嬢没落ルートの確定よ!
隠しキャラの学園長は、いつ来るのかな?
わくわくと泣き真似しながら、隠しキャラ達の出番を待ってたヒロインだけど……。
そうは、問屋が卸しませんでした。
もっとやれと内心思いながら泣き真似するあたし、令嬢を睨み据えるあたしの逆ハーレム員。一人孤独に立つ令嬢。
そんな、冷え冷えとした空気が漂う裏庭。
そこに現れたのは、隠しキャラ中ナンバーワンの人気を誇る、若き学園長、冷清院灯。スーツ姿が決まってる、涼しげな美貌のアラサー男よ。
「運営側がパーティーを抜け出して、こんな所で何をやっているんだ、生徒会。風紀委員も」
やった、学園長フラグも立ってたんだ! 流石はヒロインだわあたし! 本命その二もこれであたしのものよ!!
あたしの心は躍った。
……うん? でも待って、冷清院……? 何か、ひっかかるような。
「あら、灯おじさま」
「サクラ、お前まで……。何やら生徒会が、裏庭で騒いでいると聞いてやって来て見れば、一体、何をやっているんだ」
呆れたようにため息を吐く美貌の学園長の顔を見て、そうだ、そうだった! と、あたしは思い出した。
冷清院学園長って、マドンナの父方の叔父に当たるんだっけ!?
ちょ、ちょっとイヤな予感が……。
「……学園長、待って下さい! 貴方びっくりするくらい足が速いんですけど、普段何やってらっしゃるんですか」
ぜーはーと、息を切らしてやってくるのは切れ者と名高い生徒会副会長。洒落た感じの赤のベルボーイ姿なのは、運営側であるというのを見せる為? オシャレな銀縁の眼鏡が似合ってるわ。
「私は至って普通だ。毎朝健康維持にジョギングをしているに過ぎない。君が体力不足なんだよ、副会長」
「ごっめーん、俺も遅刻枠ー。って、イインチョまでこんなトコでサボってちゃダメじゃん、何してんですかー」
更に更に、風紀副委員長も登場。耳にじゃらじゃらと何連ものリングが空いてる、不良っぽい彼。残念ながら、裏方なのか制服に腕章のみのいつもの姿ね。少々着崩しているのが、らしい感じで素敵よ。それにしても相変わらずピアスホールが幾つ空いてるのかしら。まあ華やかな容姿に似合ってるからいいけど。
さてこれで、ヒロインのハーレム員は全員揃った……わよね?
「風紀副委員長も、今来たところかい? ……ふうむ、副二人ともが欠席のままで裏庭に集合とは、パーティの相談とも思えない。一体全体、この集まりは何なんだろうね?」
そう、首を捻る学園長。あたしとしては原作知識として、これもストーリーの流れだとわかるけど、内緒で令嬢を呼び出してたという事実は拭えず。吊るし上げ会場に突如現れた学園長の言及に、あたしの逆ハーレム員達の間には、動揺が走っているようだわ。
そしてあたしもハッと、それに気づいた。
十七年も経ってすっかり忘れてたけど、このシーンには、二パターンあって。
学園長、副会長、風紀副委員長が遅れての登場、となると……あたしにはよくない流れで。
つまり、このシーンは……!
バタバタと、騒々しい音が裏庭に響いた。
本日のパーティー会場である、体育館の方向から来るのは、緑の腕章を付けた風紀委員会の面々だ。
彼らはハロウィンパーティの仕掛け人の裏方で、当日も制服姿で、学内を見回っているの。
彼らはザッと裏庭の出入り口を封鎖するように散らばると、警告の声を上げる。
「裏庭にて会合を行う生徒全員に告ぐ!! 風紀委員会に届け出のない会合は禁止します! この場に居る者らは直ちに会合の理由を延べ、続いて生徒手帳の提示を!」
そういえば……。このゲームのファンブックによると、生徒会メンツにはいわゆるファンクラブみたいのがあって、それら過激なファン達の「制裁」 を避ける為に、一定人数以上での会合、集会のたぐいを禁止している、という設定があったわ。
タイマンとか、少人数での吊し上げなんかは個別対応ね。
で、ヒーロー含む、ヒロインのハーレム員達の人数は、その人数に引っかかってたみたい。
わらわらと集まってくる委員会役員。
ヒーローそれぞれに、生徒手帳の提出を求めているわ。
……とうぜん、嘘泣き中のヒロインにもよ。
詰んだ。
これ、詰んだわ。
会合、いえ糾弾会はこれにて中止。
とうぜんだけど、悪役令嬢の糾弾もうやむやのまま。
正規ルートの副会長、隠れキャラの学園長、風紀副委員長らが欠け、フラグ、未成立のまま解散……!
サイアクだわ。これ、バッドエンドじゃないの!
なによこれ、おかしいわ!!
あたしの攻略はスムーズに進んでたし、攻略対象各自のお悩みも解消してあげてたし。
何で、こんなうやむやな形で、令嬢没落が未成立のまま解散で、バッドエンドフラグまで立つ訳……?
どういうこと?
生徒会副会長へのフラグ立てが甘かったから?
眼鏡キャラは好きだけど、潔癖症な割にメンタル弱くて、ちょっと見ぬ間に気分がどん底に落ちてたりで。カレの気分の上げ下げに合わせて励ましたり叱ったりと忙しく、攻略が面倒だからって、適当に切り上げちゃったのよね。
チャラい風紀副委員長に至っては、何故かぜんぜん、出会える筈の場所に行ってもサボり場面やナンパ場面に出くわさず、不真面目はダメですよって、キリキリ姉御風に叱っては仕事や授業に送り出す、デキる女風シーンが作れなかったから、フラグ不成立だと分かってるけど……。
風紀委員長とはらくーに立ったし、風紀周りまで手を回したら今度は生徒会役員のラブ度が怪しくなって……生徒会の方のフォローで、デートイベントとか起こしまくり必死にラブ度上げしていたから、それも不成立の理由かも。
だとすると?
悪役令嬢の身内である学園長、あたしの第二の本命の年上のオトコは、あたしの事好きになってないの?
ははは、まさかぁ。この悪役令嬢ザマァイベント、つるし上げ会場に来たんだし、カレもあたしに惚れてる、んだよね?
カレの為にわざわざこの状況をでっち上げたのよ、不発なんて、絶対許せないんだけど!
あたしは、泣き真似を続けつつ、状況を探る。
ヒートアップした場が、風紀委員らの登場によってしらけてしまった。
一様に呆けたようなあたしの逆ハーレム員。
風紀委員達に会合の理由など聴取を受けながら、悪役令嬢を支えるように立っている学園長の方を、ちらちらと不安げに見ている。
漏れ聞こえてくるのは、学園長と悪役令嬢の会話のみだ。
「……だろ? サクラが、奨学生を虐めた? そんな暇がお前のスケジュールのどこに……」
「……なのですけれど、何故かわたくしがやったと、磐梯様がそう言われて……」
「……ロとクミはどうした? お前のスケジュール管理もあいつらの仕事だ。これは怠慢だろう」
「……は、先生の用で、席を外していて……」
「……狙われたのか、誰が仕組んだのかは知らないが、実に姑息な手段だな。腹が立つ。……ああ、二人とも来たな」
学園長の言葉を合図に、黒髪の美しい、よく似た顔立ちの、二人の冷清院が振り向く。二人の視線の先には、小柄で童顔の男女の双子姿があった。風紀を手伝っているのか、二人もまた制服姿のままだ。
……来たあ、あれはトナミの鬼っ子! あれは、ゲーム内いちの恐怖の象徴。悪役令嬢の言いつけを百パー叶え、主の悪口は一言も許さない、悪役令嬢第一主義の双子だ!!
何が怖いかって?
例えばトゥルーエンドでは、こんなふうに二人はあたしを襲うのよ。
『そうですね……確かに、彼女が不幸になればいいと、思っていました。わたくしが必死に掴んだその場所に、笑顔一つで立つ彼女の姿に、嫉妬しました。その為に、他の子達の暴走を、見てみぬフリもしました。同罪ですわね、わたくし……彼女が傷ついているのを、見過ごしたのですから』
それは原作の同日、同じ場所で。
裏庭の糾弾の場で、悪役令嬢が悪事を認めて、メインヒーローたる会長が、あたしに頭を下げる事を求める。そこで、潔くマドンナは頭を下げるの。
けれど、それは子飼いの双子にとっては、主の屈服を示すもの。屈辱だったのね。
悪役令嬢の子飼いの双子は逆恨みして、主を貶めた敵であると、ヒロインを襲ってくる!
建物の影からの襲撃!
それを、あたしを愛するハーレム員が体を張って守ってくれて。
その現場を見た生徒会長は、悪役令嬢が子飼いの双子に襲を指示したとし、悪役令嬢の卑劣を冷酷に断罪して、完全に情をなくし、決別する訳。
悪役令嬢は、何か言いたげではあるけれど、言葉を飲み込んで学園を去るわ。
その後、悪役令嬢は学園を追われる訳だけれど、こんな非道な女を生むような家だ、相当な悪事を働いているに違いない。そう考えたハーレム員。彼らはヒロインを思って、家の力を使い冷清院グループの弱体化に挑むの。ヒロインへの愛を、そうして証明するの……!!
それを悔いて悪役令嬢は、自ら姿を消すのよ。
……え? 全部誤解から成り立ってるんじゃって?
まあいいじゃないの。みんなで大団円の上、悪役令嬢しか不幸にならないんだからさ!
犠牲の少ない、素晴らしいハッピーエンドだよ! うん本当、このヒロイン様が言うんだから間違いないって。
「遅れまして誠に済みません、姫様!」
「サクラ様っ、御身が狙われておりますので、ご友人の側から動かないようにと、動く時には必ずこの燈色と紅水がお側にある時にと、あれほどお願いしましたのに……」
この双子は、ゲームでも、悪役令嬢がらみで影に日向に大活躍だったわ。
ヒロインが、一つでも悪役令嬢を悪く言う選択肢を選ぶと、彼ら双子が出てきて、自動的にバッドエンドへと進む事になるのよ。
地獄耳すぎて怖いと、プレイヤーに恐れられていた存在だったの。
ちょ、待ってよ、折角悪役令嬢がいないと分かってるタイムラインの所だけで疑惑をせっせと埋め込んで、トナミの双子がいない所を狙って悪役令嬢を連れ出して、さっさとハピエン、悪役令嬢没落!
鬼の居ぬ間になだれ込もうとしたのに、これじゃあ……。
「ごめんなさいね、ヒイロ、クミ。よく知った人たちだからと、信じたわたくしが本当に愚かでした……」
儚げなため息付きで、悪役令嬢が、おつきの双子に言う。
ああ、もう。なんなのよその儚げ、可憐な、妙なる美声は!
ヒロインが妬むのも当然と思わない? 滅多に画面にも映らない、選択肢しかセリフのないヒロインにはさ、声優とか付かなかったから仕方ないかも知れないけれど、悪役令嬢の癖に、このマドンナったら声まで綺麗なの。
その声が、ヒーローとヒロインを信じた事を、まるで悔いるかのように言う訳。
あたしを囲む、逆ハーレム員が何故かそれに対して、傷ついたような顔をするのよね……。
ねえ、あなた達は、マドンナと縁切りしたんでしょ?
ヒロインを選んだのよね?
あたしが好きで、虐めっ子の悪役女なんて大嫌いなんでしょ?
何で、あたしのハーレム員が、そんな顔すんのさ。
そんな、彼女を裏切った事を悔やむみたいな……落ち込んだ、顔。
あたしは不安を覚えて、泣き真似のまま覆っていた手を、ぎゅっと握った。