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犯人と事件の収束

千莉が来なくなってから数日が経った。

俺は特にやることもなく、ただ寝そべりながら滅多に飲むことのない酒を飲んでいた。

この間、今度は紫月の屋敷で調理を担当していた女鬼が切られたという話を聞き、だが、誰を訪ねても何も話はしなかった。酒呑童子はいつも通りに酒を飲み、女をはべらせていた。伊吹はただ穏やかに笑ってどこかこわばった顔の屋敷の者たちを笑顔にしていた。紫月は相変わらずの怖い笑顔で俺を怖がらせた。

本当に、誰ひとり俺話はしなかったのだ。

親友だと。本当に昔からの付き合いだ。何かがあれば何でも話してきたし、隠し事などほとんどしなかったのに。あいつら、なんで・・・っ。

自分ひとりだけが3人と仲のいいつもりだったのかと悔しくて仕方がなく、やけになりながら酒を煽った。

「なんなんだよ本当・・・」

呑みなれていないせいか、頭がぼんやりし、意識が朦朧としてくる。

「あいつらの馬鹿やろー・・・」

俺はそのまま、寝入ってしまった。




「寝てしまっているな・・・」

「好都合だ、連れ出せ」

耳元でそんな声が聞こえ、蒼の意識がゆっくりと覚醒し始める。

(なんだ・・・聞いたことのない声だ、誰かが入り込んできているのか)

目を開けると、鬼が二匹、手と足を掴み、蒼を小屋から運びだそうとしていた。

「っ、離せっ」

蒼は慌てて手足を振り回して2匹の鬼を振り払い、乱れた着物を着なおし、小屋の壁に立てかけてあった刀を手に取り、

「何者だ。一体どこのどいつの回し者だ。勝手に家に上がり込み、俺をさらおうとした罪は重いぞ。立派な誘拐罪だ。訴えて金をふんだくってやろうか?」

刃の切っ先を二匹に向けて睨みつけ、凄みをきかせて問う。

だが、二匹は向けられた刃をものともせずに見下した目で蒼を見ながら高笑いをして、言う。

「世迷言を。貴様が一番よくわかっていることだろう。自分のしたことに胸を当てて考えてみろ」

「なっ、貴様だと!?下級鬼のくせにこの俺に向かってその口の利き方はなんだ!」

「お前など、口の利き方も呼び方も気をつける必要などないわ」

「無礼だぞ!それに俺は何もしていない、なんのことを言っているんだ!」

「往生際の悪い・・・嘘をつくな」

「だからなんだってんだよ!」

「めんどくさい、さっさと運んでしまえ」

口論を繰り返していると、二匹の下級鬼の後ろから新しい声が聞こえた。

そして、その声は蒼にとってとても聞き覚えのあるものだった。

「全く手間取らせないでくださいよ・」

その姿を視認した瞬間、自分の目がおかしくなってしまったのかと思い、ごしごしと目をこすって改めて顔を上げるが、残酷なもので、むしろそれはより鮮明に、俺の目に映し出され、思わず声を張り上げる。

「おい・・・なんでお前が俺を攫おうとするんだよ・・・暁!」

「どうもこうもありませんよ・・・蒼様」

現れたのは、茨木の側近である、暁だった。茨木の側近で、出来が良かったためいつもそばにいた。クールな出で立ちだが、ノリは良くて、一緒に良く悪ふざけをする仲だった。

「ふざけんな!さっきからお前ら一体なんなんだよ!」

どんどん複雑になっていく状況に頭がついて行かず、うろたえることしかできなくなった俺を、暁はまだわかっていないのかというようなひどく呆れた目で見、

「何を言っているんですか」

一息置いてから、

「あなたが辻斬りを繰り返し、伊吹様の大切な丁稚を斬ったのでしょう?」

「なっ・・・そ・・・」

蒼は驚きのあまり声が出せなかった。

「違う!俺が伊吹の丁稚を斬るわけがないだろ!あいつとは親友なんだ、そんなこと、するもんか!」

「嘘を言わないでください!あなたが鬼を斬っているところを見たと、伊吹様がおっしゃったんです!いい加減にしろ!」

ショック、なんてものではない。心臓がえぐられたようだった。

「う、嘘だろ・・・?あいつがそんなこと言うはずが・・・」

「いいえ、確かです」

蒼の手から、まだかろうじて手にしていた刀が床に転がった。

(伊吹、なんで、なんで。俺たちは親友だろう。俺がそんなことをしないということは一番よくわかっているはずだ。第一俺は誰も斬っちゃいない。もう鬼を斬るのは散々なんだって、お前相手に話したじゃないか。お前はそれを黙って聞いて、蒼なら大丈夫だよ、って言ってくれたじゃないか。なんで伊吹が俺を陥れるような発言を―――)

混乱の渦に叩き込まれ、もはや周りが見えていない状態となった蒼の後ろに二匹のうちの鬼が一匹が回り込み、

「うっ」

首に手刀を叩き込まれ完全に無防備な状態だった俺は対応できずに崩れ落ち、

意識を失った。

(千璃・・・助けてくれ・・・)

        ・

        ・・

        ・・・

「呼んだ?お母さん」

自分の名前が呼ばれたような気がして、自室の扉を開けて、一階で調理をしているはずのお母さんにそう問いかける。が、

「え?別に呼んでないわよ?」

「あ、そう?ごめん勘違いだったみたい」

返って来たのは呼んでないという返事で。ドアを閉めて椅子に座り、机にうつ伏せになる。

確かに、名前を呼ばれた気がしたのに。そう思ったが、気のせいだろうと頭の隅に追いやって、ため息をついた。

最近、蒼とあっていない。辻斬り事件の話を聞いてから、なんとなく行きにくくなってしまったのだ。

茨木さんや酒吞さん達の門下の鬼たちが斬られたということを知ってから、蒼は目に見えて機嫌が悪くなった。それはそうだろう。親友だと思っていた鬼(人)達が、自分に何も言ってくれなかったのだから。悲しいとか、辛いとか、そんな感情を自分にぶつけて欲しかったはずだ。私だって友達が辛いときに何も言ってくれなかったら寂しい。

痛みを共有して、少しでも友達を楽にしてあげたい。

何も言ってくれないと、友達だと思っていたのは自分だけだったのかって、思ってしまうに違いない。

蒼もおそらくそう思っているはずで。

「あーあーあ」

鬼界に行きたいけど行けない。もどかしいな・・・。

また一つ、深くため息をついたその時だった。

「千璃様!千璃様!」

窓が叩かれる音がして、視線を向けると、伊吹さんの側近の一人の夕禅さん(だったはず)がボロボロの姿でいた。





蒼は捕らえられたのちに、伊吹の屋敷の地下牢に閉じ込められていた。

冷たい、じめじめとした場所で、居心地最悪であった。

地下牢の鉄格子は、頑丈なものではあったが、最強の種族の末裔である蒼ならばどうにかできない代物ではなかった。今すぐ鉄格子を破壊し、番鬼をぶちのめして刀を奪い返して逃走する。そんな選択肢も存在はしていた。だが、蒼は、それを選ばなかった。いや、選べなかったのだ、ショックのあまりに。

ずっと昔からの親友。何があっても、喧嘩をしたとしても互いに信じあってきた。

そんな相手に裏切られたと知った時の蒼のショックは本当に凄まじい物だったのだ。

このまま殺されるかもしれないというのに、逃げる選択肢を選べなくなる程に。



数日が経った。食事は最低限のものが1日に2回与えられるだけ。

それでも、蒼はここから逃げる気にはなれなかった。

(このまま殺されたりするかもしれないな。なんて言ったってあの忌み嫌われた種族だし。・・・いや、それはないか。酒吞や紫月が許さないだろう。いざという時はあの二人が止めてくれるはずだ)

額に手を当て、ただ土しか見えない天井を見上げた。その時だった。


ドオォォォォオオン・・・


轟音が響いた。それと同時に、刃物で肉が切り裂かれるような音と、悲鳴が耳に入ってくる。

「何があったんだ!?」

「わからん、行ってみよう」

突如として聞こえてきたそれに、門鬼達は牢の外へ出て行った。

「・・・何が起きたんだ?」

数日間ろくに動かずにいた蒼は、足をふらつかせながら鉄格子のそばまで歩く。

が、外は見えず、状況は全く確認できなかった。

「門鬼が戻ってくるのを待つか」

状況を確認することを諦め、鉄格子に背を向けると。

「蒼!どこですか!?」

自分のことを呼ぶ声が聞こえてバッと振り返る。

(あの声・・・千莉か!)

「千莉、ここだ!俺はここにいる!」

蒼が声を張り上げて叫ぶと、その声が聞こえたのか、走ってくる音が徐々に近づいてきた。

そして、千璃は蒼の前に姿を現した。

「蒼!大丈夫ですか!?」

「いや、お前が大丈夫じゃないだろ!」

息を切らして現れた千璃の額や足には小さいものではあるが傷がついており、着ていた制服は所々が切れていて、血が滲んでいる。

「おい、大丈夫か?なんでそんな怪我してんだよ。ていうかなんでこんなところに・・・」

「そんな場合じゃないんです!」

蒼の言葉を遮り、一体どうやって入手したのか、牢の鍵束の中から蒼の牢屋の鍵を探し出し、鉄格子の扉を開ける。

「早く出てください!」

「あ、ああ」

見たことがない迫力の千莉に気圧されて蒼は外へ出る。

「一体何があったんだよ?」

「大変なんです!い、伊吹さんが!」

「伊吹が?」

「表で誰彼構わず斬ってるんです!辻斬りは、伊吹さんだったんですよ!」

「は!?」

蒼が犯人だと言って、暁に捕らえさせ、地下牢に閉じ込めさせた張本人。それが、本当の辻斬りだったと?

「私が人間界で学校から帰ってきてボーっとしてたんですけど・・・

                ・

・・ 

・ ・ ・

「千莉さん!」

「え?えっと、ゆ、夕禅さん!?どうしたんですか?」

まだ数回しかあったことはないが、私の名を必死に叫ぶ窓の外の夕禅さんは本当にボロボロで、着ていた鮮やかだった着物も美しかった髪の毛も顔も血で汚れ、息は荒く、もう窓の外で浮かんでいることすらもやっとだという事が見た瞬間にわかるほどだった。

ただ事ではないと判断し、いそいで窓を開け放ち、夕禅さんを部屋の中に入れる。

夕禅さんは入った瞬間に畳に倒れ、苦しそうに咳き込み、口を押さえたその手のひらに血を吐く。

「夕禅さん!」

思わず悲鳴を上げる。

なにか、血を拭くものを、と、机の上に置いてあったハンカチを夕禅さんに差し出す。

汚れるとか言っている場合ではない、夕禅さんの方がずっと大事だ。

「使ってください!」

だが夕禅さんはハンカチを受け取らずに首を降り、

「いや、そんな場合ではないんだ」

「え・・・?」

「辻斬り犯が、屋敷の者を殺しているんだ。もうすでに半数以上が犠牲となってしまった、私はどうにかここへ来れたんだが、私をここへ送るために大勢の仲間を死なせてしまった・・・っ」

「え?待ってください。辻斬り犯が、屋敷に現れたんですか?結局犯人は誰だったんです?」

いきなり並べられる言葉の数々に頭が追いつかずに、夕禅さんに問いかけると、彼女は絶望した顔で語った。

「犯人は、伊吹様だったんだ・・・」

え?

「伊吹様が、犯人だったんだ。どうも最近様子がおかしいと思っていたんだ。ああ、なぜ気づけなかったんだろう・・・」

伊吹さんが犯人。少しもそのような素振りは見せなかった。優しくて、そんな風には全く見えなかったのに、どうして。

「千璃さん、頼みがあるんだ」

「え?」

「伊吹様は何があろうと同胞殺しはしない。見間違いかもしれないが、伊吹様はつい先日新しい刀を買われてな。その時は何も思わなかったんだが・・・あれは妖刀だ。宿主の体を乗っ取り、その刀で斬ったものの魂を縛って従とし、周りのものを殺して献上させ血を吸う、それは恐ろしいものなのだ。

噂に聞いただけなのだが、現状を見る限り恐らく間違いない。

・・・・・・・ああ、お願いだ」

夕禅さんはギリッと歯ぎしりをし、彼女の語ることに頭の中を真っ白にしてしまっていた私の服の袖を強く掴む。その顔からは汗が滝のように流れ落ち、顔色はますます悪くなっていた。

「ゆっ、夕禅さん、もう話さないほうがいいです、このままじゃ」

「主を、伊吹様を助けてくれ」

「っ」

「今、蒼様が屋敷の地下牢に囚われているのだ。蒼様ならばどうかしてくれるかもしれん。蒼様を地下牢から開放し、伊吹様を救ってくれ」

「蒼が、地下牢に・・・?」

「ああ・・・だから・・・頼む・・・」

夕禅さんはそれだけ言うと、役目を果たしたかのように袖から手を離し、畳に倒れ込んだ。

「――夕禅さん?夕禅さん!?」

夕禅さんの胸に頭を近づけ、心音が聞こえることを確認し、胸をなでおろす。

どうやら気絶しただけのようだ。

「よかった・・・」

いや、全然よくはない。今聞いて想像しただけでもすでに汗が流れ、血が全て地面に向かって流れて行ってしまったのではないかという様な思いをしたのだ。

直接現場を見てしまった夕禅さんなら苦痛ははるかに上回るはずだ。

「伊吹さんが、妖刀に・・・」

助けてあげなければならない。夕禅さんのためにも、伊吹さんのためにも、そして、蒼のためにも。

崩れ落ちてしまった夕禅さんを畳にそっと横たえ、腹部の出血が特にひどい部分に応急処置としてハンカチを巻き、押入れから毛布を取り出してそっと上にかけてから、立ち上がる。

「夕禅さん、わざわざ私の所までありがとうございます。ゆっくり休んでいてください。かならず、皆助けてきますから」

助けるのは私ではないんですけれども、と付け足し、机の上の翡翠玉を手に取る。

「精霊よ、我を鬼界へと導け」

次の瞬間、千里の姿はどこにもなくなっていた。

・・  ・

・・

・・・ってことで、鬼界に来たんです!ここのところずっと様子がおかしかったらしいんです!疲れた様子で、ずっと刀をはなさなかったらしいんです。屋敷の人たちも心配していたらしいんですけど・・・蒼、早く止めてください!でないと伊吹さんこのままじゃ」

「そう、大量殺鬼犯にされちゃうよ」

いやらしい笑いを含んだ声が、千里の声を遮った。

聞きたくなかった。

蒼にとって、もう二度と聞きたくなかった声だった。

「・・・蘇芳」

「ひどいな、もう兄貴とすら呼んでくれないのか」

突然現れた人物に、千里は困惑した。

「蒼の、お兄さん・・・?」

「ん、そうだよ。千璃ちゃん、だっけ?蒼の兄の蘇芳です。いつも弟がお世話になってます」

「いえ・・・」

なんだろう。この人はなんとなく、近寄ってはいけない存在のような気がする。

直感的に、千璃はそう感じ、後ずさると、隣から声が聞こえてきた。それは千璃が聞いたことのないほど低く、怒気をはらんでいて。

「おい、蘇芳。何しに来た。なんで、こんなところにいる」

「あは、やだなあ・・・そんなこと、いっちばん・・・蒼がわかっていることだろう?」


「言ったじゃないか。蒼が戻ってこないのは自由だ。ただ、戻ってこないなら・・・周りには何をするかわからないよって」


「てめえ!やっぱりお前か」

蒼が蘇芳に殴りかかるが、それはヒョイと交わされ、勢いが止まられなかった拳はそのまま向かいの土壁に大きなくぼみを穿つ。

「なんで!なんで伊吹を巻き込みやがった!」

「蒼、自分のせいだよ。蒼が僕の言うことを素直に聞かなかったから、ね・・・」

蘇芳は、自分の顔に突き出された蒼の拳を片手で受け止め、また最初の軽い口調に戻り、

「それより地上、行かなくていいの?あのままじゃ、ここら一帯の鬼、狩りつくされちゃうよ?」

「っくそっ」

本来ならば、蒼は殺してやりたかった、この男を。自分の兄を。だが、そんな男に構っている余裕などない。伊吹は優しい、故に同胞を殺したことがないいや、傷つけたことすらない。そんな奴に、もうこれ以上殺しをさせるわけには行かないのだ。

蒼は拳を引っ込めた。

「蘇芳、お前はいつか殺してやる。兄弟だなんて思いはしない・・・俺が殺しに行くまで、待ってやがれ」

「そう、ひどいなあ・・・楽しみにしてるよ」

「・・・死ね」

蒼は蘇芳にそう吐き捨てると、地上への出口に向けて駆け出す。

そんな蒼をみて、蘇芳はただただ感情の読めない笑顔を浮かべている。

「なんで・・・」

「ん?」

事の一部始終を見ていた千璃がポツリとつぶやく。

「なんで、蒼を無理やり連れ戻そうとするんですか」

「あれ?ああ、蒼から聞いたのか。困るなあ、身内のことをそんなにペラペラと喋ってるなんて」

「質問に答えてください」

蘇芳の言葉を千璃の鋭い言葉が遮る。

「そんなに怒らないでよ。でも、君はその理由を知ってどうするつもりなのかな?君は蒼とは違う、人間だ。寿命が違う、種族が違う。友人ではあるがいつ離れるかわからない、会えなくなるかわからないような相手のことをなぜ知りたがるんだい?」

知っていた。鬼と人間の時の流れの速さにはかなりのズレがある。たまたま知り合って仲良くなったとしても、いつか必ず別れが来る。それは蒼だけに限らず知り合った鬼全員に共通することで。

それでも、

「それでも今は友人です。未来のことなんて関係ない。今、私が蒼のことを知りたいと思うから質問するんです」

千里は蒼のことが知りたかった。

蘇芳はそんな千里を見てポカンとした後に大笑いを始める。

「何がおかしいんですか」

「いや、ごめん、はは、これだから人間はややこしい・・・。君、気に入った。でも、やっぱり理由を教えるわけには行かないんだ。こればかりは、一族の重要な問題だから。

さすがにそろそろ帰らないと僕まで怒られてしまうから、今日はここで帰るよ。千里ちゃん、いいかい。蒼はまだそこに関しては話していないようだけど・・・忌み嫌われる理由というのは、最強だからというだけではないんだよ」

「え?」

「じゃあね、千里ちゃん。また会うこともあるだろう」

「ちょ、まっ・・・」

光のチューブに体が包まれだした蘇芳を捕まえようと慌てて腕を伸ばしたが、突き出された千里の手は虚しく宙を切った。

「なに、最後の、どういう意味・・・?」

最後に残された蘇芳の言葉に、千里はしばし混乱するが、再び地上から大きな地響きの音が聞こえてきて、考えていたことを無理やり頭の隅に追いやり、先に出て行った蒼の後を追って地上への出口へ向かった。




「なんだよこれ・・・」

地上は、大惨事だった。地下牢を出て、屋敷のほうにしばらく走った辺りから、風景が変わり始め、思わず立ち止まる。

辺りに血が飛び散り、よくわからない、想像もしたくない肉片が飛び散っている。

蒼と千莉が伊吹の屋敷に遊びに行ったときに見かけた鬼たちも多数いる。

皆傷ついて、息絶えている鬼もいて・・・。

少し遠くの方では肉を切る音や液体の飛び散る音が聞こえてきて、まだ伊吹が暴走しているのだということをいやでも認識させられた。

一度見たら一生悪夢にうなされることになりそうな、光景だった。

「全部、伊吹がやったのか。こんなことを、俺のせいでやらせちゃったのか・・・?」

決して殺しなどしなかった伊吹に、同胞を殺させてしまった、その罪の意識に蒼は押しつぶされそうだった。

(千璃から聞いた例の妖刀、あれはあの事件と同じものだとしたら・・・止める方法は・・・)

蒼がそう考え込んでいると、千璃が蒼を追いかけて走ってくる。だが、

「な、なにこれ・・・気持ち悪・・・あ・・・」

血だらけの辺りを見回して、千里は顔を青ざめさせ、こみ上げてくる吐き気を必死に抑えながらその場に座り込んだ。

「千莉、大丈夫か」

「だい・・・じょぶ」

だがそういう千里の顔色は蒼白で、彼女が全く大丈夫ではないことを示していた。

「おい・・・一階お前ここを離れた方がいい、一回地下牢へ戻るぞ」

歩かせるのも酷だろうと、蒼が千里を抱きかかえようとするが、千璃の手がそれを制した。

「何言ってんですか!伊吹さん助けるのが先でしょう!」

「いや、でも」

「私は大丈夫ですから蒼は伊吹さんを助けに行ってください!鳩尾ぶん殴りますよ!それともアッパーがいいですか・・・?」

「ヒッ、はいっ、行ってきます!」

千璃の手がこぶしに握って構えられて、蒼は思わず小さく悲鳴を上げて、千璃を気遣いながら音のなるほうへと歩き出す。

「蒼」

「え?」

「私は私なりにできることをします。蒼は絶対に伊吹さんを助けてください。出来なければ骨を折るレベルで殴りますからね?」

「勘弁してくれ・・・大丈夫だ。言われなくてもしっかり助けてくる」

そういって蒼は走って行った。

「さて、と」

千璃はまだ青ざめた顔でフラフラしながらも立ち上がると、走り出した。

「やれることやんなきゃね」






屋敷の中心部について絶句した。

既に冷たくなって生物ではなく肉塊となった死体が広がり、刀を直接身に受けて生きる屍となった従達がそれを運んでいて、彼らが向かった先には、血にまみれて生気を失った目でただ淡々と刀を振るう伊吹がいた。

「これ、は・・・」

まるで昔の自分のようだ、そう思った。

昔のあの事件の光景が頭の中をよぎる。

立ちすくんでいると、従のうちの一人がこちらに気付き、何か鳴き声を上げるとすべての従がこちらへ向かってくる。大体は素手だが刀を持っている従もいた。

「くっそ・・・」

刀をへし折れば妖刀の呪いは解けるはずだ。そうすればこいつらの呪いは解け、すぐにただの屍に戻るだろう。だが、どれだけ時間がかかるかしもれないし、負ける可能性が高い。もし負けてしまったら、彼らは街にまで進出し、住人にも手をかけるだろう。そうすれば戯京は壊滅する。

それに従達も、魂を縛られて死んだとはいえ成仏できたわけではない、苦しんでいるはずだ。前に蘇芳に聞いたことがある。従となった鬼は、心臓を貫くか首を飛ばせばもう生き返ってはこないと。

斬る。

邪魔する者がいなくなるし、苦しんでいる彼らの魂を開放することができる。

正直、あの事件以来人に刀を向けること、斬ることはトラウマとなっていて、もう絶対に殺しはしないと決めたが、あの事件の時とは状況が違う。

これが正しいと自分で考えてするのだ。自分が悪いと思わなくていい。

手が拒否して震えてもも、それが正しいと思うのなら、斬る。

自分が正しいと思うのなら躊躇うな。

躊躇うな。

斬れ

「っらあああああっ」

向かってくる従達の攻撃を受け、反動を利用して刀や拳を弾き飛ばし、横に刀を一閃する。

返り血が顔にかかり、一瞬こみあげてくるのを感じたが、かろうじて抑える。

まだ完全に始末できたわけではない。傷では意味がないのだから。

先ほどの攻撃で傷を負い、地面に伏して起き上がろうとしている従を見降ろし、刀の切っ先をを心臓に向ける。

が、やはり覚悟を決めたといっても嫌だと思う気持ちは変えられなくて、手がカタカタと震える。

「くそっ・・・」

やらなきゃならないのに・・・。嫌だ、やりたくない、という気持ちがどうしても心から消えない。こうしている間にも伊吹はまだ生き残っている屋敷の鬼達を切って従を増やしている。このままでは取り返しがつかなくなってしまう。バクバクと鼓動する心臓を押さえつける。

やるんだ。

ダラダラと滝のように汗を流しながら、震える手を押さえて切っ先を定め直し、それを振り下ろした。

肉に刺したという生々しい感覚が手に伝わったと思うと、刺した従の断末魔の悲鳴が上がる。

「・・・?」

なぜだろう。それを聞いた瞬間に現れた感情は、後悔、つらい、やってしまった・・・そういうものではなかった。ただ、終わった、としか感じなかった。

「まあ、いっか・・・後のやつも斬らなきゃ」

他の倒れている従達の心臓を順に貫いていく。今回は躊躇なく刺すことができた。

それからも、どんどん増えていく従の心臓を貫いたり、首をはねたりしながら伊吹の元へ向かった。

そしてあと少しで伊吹に到達する、というところで主の妖刀がなにか命をだしたのかもしれない。どういう手段かはわからないが・・・そんなことはどうだっていい。

屋敷に散らばっていたのであろう従が集まり始め、その数は次々に増え始める。

これでは斬っても斬っても意味がない。

どうするべきか、と目の前の従の心臓を貫きながら考えていると、後ろから雄叫びが聞こえ、一瞬だけビクリと体が固まり、右側から来ていた刀が腕にかすって血が出始める。

「チッ」

舌打ちをして身を翻して相手の心臓を一突きして後ろを見れば、

「千璃・・・?」

「蒼、ごめん、待たせた!」

千璃がボロボロになって立っていた、そしてその後ろには、

「やあ、蒼、来てやったよ」

「一人で戦ってるとか馬鹿でしょ。あとでお仕置きね?」

「酒吞、紫月・・・?それに風助、木南まで・・・なんで?」

酒吞と紫月を筆頭に戦闘を得意とする部下達数名が控えていた。総勢30名ほどだろうか。

そういえば今まで歩いてきた中で風助はいなかった。どこかへ出かけていて難を逃れたのかもしれない。大方サボりだったんだろうが、そのサボり癖が今回は幸いしたようだ。

様子を見るに、千璃が収集をかけてくれたのだろう。汚れた制服からすると転んだりしながらも必死に走ってくれたのだろう、俺のために。

「アホか・・・」

こんな状況にいるにもかかわらず、思わず顔が少し緩んだ。何かが元に戻ったような感覚が起きる。

「蒼、従達は俺と紫月達が担当する。お前は伊吹を早くどうにかしてやれ!」

「皆、行くわよ!」

紫月がそう声を上げると、酒吞達は一斉に従達と戦闘を開始する。おかげで俺のには従が来なくなり、伊吹への道が開ける。

「ありがとな、千璃!」

そう叫んで俺は伊吹に走り出し、

「らああああああっ」

刀を振り下ろした。が、防がれてしまう。

「チッ、やっぱりダメか」

これは予想していた。伊吹は刀の名手。妖刀に操られているので更に強くなっているはずだ。不意打ちであっても伊吹から一本取るのは至難の業だ。

だから、ひたすら打ち込めばいい。必ず隙ができるから、それまでは防ぐ。

「目、覚ませ、伊吹っ!」

縦、横、真正面、時には跳躍をして上からも打ち込む。

が、今のところは全て防がれている。そのうちに、防戦ばかりだった伊吹が攻撃に出た。

「っっっ!?」

攻撃を受けた瞬間に手がビリビリとし、刀を取り落しそうになる。

なんあんだこのやたらに強い攻撃は!

一気に攻撃を仕掛けてくる伊吹に今度は蒼が防戦一方となる。

二度、三度、と攻撃を受けていれば、一回でも既に危なかったのに耐えられるはずもなく、筋肉がきしみ始め、腕が悲鳴を上げる。

「なんだよこれ、攻撃、どんどん強くなってるじゃないか!」

そして何回目かの攻撃を受け、

「あっ」

刀が弾き飛ばされた。急いで拾おうとしゃがむが、追撃にあって拾えない。

かろうじて避けた刀の刃がすぐ横の地面をえぐる。

「クソっ」

伊吹が地面から刀を引き抜いている間に再度刀を拾おうと試み、柄を手で掴み、立ち上がる。

「よっしゃ!」

が、

「!?」

いつの間にか背後へ回り込まれていた。防御が間に合わない!

斬りつけられるかもしれない恐怖に体が固まる。駄目だ対応が間に合わない!

「うぐあっ」

背中に熱い感覚が走り、血が噴き出す感覚を感じる。やられた、しかもかなり深い、ヤバイ・・・!しかも、これで斬られたとすれば従になってしまうんじゃ・・・嫌だ、そんなのは!

痛みで唸り声をあげている間に、伊吹は追撃を繰り出そうとしていた。

痛みで避けられない、どうせ受けられても耐えきれない。

死。

その言葉が明確に脳裏に浮かび上がった。

死ぬ・・・俺死ぬのか。皆が闘ってくれているのに、まだ伊吹を救い出せていないのに、死ぬのか、俺。

死、という単語に続いて、脳裏にある光景が浮かび上がる。

千璃や酒吞、紫月、風助たちがおびただしい血を流しながら地面に伏し、いつものにぎやかな商店街が血に染まっている。

これは、もし俺が負けた時の未来。直感でそう感じた。

嫌だ、嫌だ。こんな未来・・・俺は、また・・・!自分の大切なものがまた自分のせいで傷つくならいっそ、自分で破壊したほうがましだ・・・!

プツン、と何かが頭の中で切れたのを感じた。

しゃがんだ状態で下から刀を突き出し、刀を弾き飛ばす。

傷の痛みは全く感じなくなっていた。

周りの音さえも聞こえなくなっていた。

俺にとってもう目の前の伊吹は伊吹ではなくなっていた。

救うべき存在ではなく、倒すべき敵、殺さないといけない存在。

そういう存在にしか感じられない。

大切なものを奪うものは排除しなければならない。そうだ、ハイジョシロ。

【敵】が刀を拾い上げようとする背中に、切り付ければ、血が降りかかる。

普段ならば慌てて青ざめ、刀を取り落していたのだろうが、今は全然気にならず、むしろその血生臭い匂いに喜びを覚え、唇に着いた血を舐める。

背中に傷を受け、動きが鈍くなった【敵】に容赦なく斬りかかる。

先程までよりも動きが早くなった気がする。【敵】を斬ることに躊躇がなくなったからだろうか。

手負いで早くなった俺の動きをすべて受け止められるはずもなく、【敵】は徐々に傷を負い、動きはそれに比例してどんどん悪くなっていった。

攻防を繰り返しているうちに、ついに【敵】の腕を斬りつけ、刀を手放させることに成功した。

今だ。

とどめを刺すために刀を振りかぶる。

遠くで声が聞こえた気がした。「駄目だ」とか、「やめろ」とか、自分の名前だとか・・・、でも、やめるはずないだろ。こいつは俺の大切なものを奪おうとした【敵】だ。

消さなければ俺の大切なものが失われてしまう。

「終わりだ」

刀を【敵】に向かって振り下ろす。

が、

「駄目――――ッ」

俺の手が斬りつけたのは、【敵】ではなく、千璃だった。

瞬間、聞こえていなくなった喧騒が耳に届き、ハッと我に返る。

「あ・・・俺・・・なんで」

刀を手放し、ゆらりと地面に向かって倒れる千璃を抱き留める。

「おい、千璃、千璃!」

俺は今一体何をしようとしていた。

伊吹を殺そうとしていた。止めるのではなく、本当に、本気で殺そうとしていた。

その上、千璃を・・・。これじゃあ、まるであの事件みたいじゃないか。

本当に馬鹿だ、馬鹿すぎる、折角できた友達を自らの手で壊してしまうなんて。大切なものをなくしたくないといいながら結局は自分のせいで失ってるじゃないか。

「蒼、駄目ですよ。なに、やってるんです、か。殺しなんて、ヘタレの、蒼らしくも、ない。馬鹿、ですか」

「ごめん、千璃、俺・・・」

千璃は息も絶え絶えに、時節吐血しながらそう言い、俺の頬に手を伸ばす。

「泣かないで、蒼」

「え?」

いつのまにか流れていたらしい涙が千璃の指に拭われる。

気が付かなかった。

「私になんて、構ってないで、ほら、伊吹さん、今なら力を使い果たしてます、今なら、妖刀を、破壊できます。はやく、伊吹を救ってあげて、下さい」

そういわれて振り返れば、伊吹は地面に膝をついていた。確かに、今ならば妖刀を破壊して伊吹を救うことができる。

だけど、自分が暴走して千璃を斬ってしまったのだ。

そのせいで千璃は血を流して苦しんでいるんだ、なのに、放っておけるわけがないじゃないか・・・。下手をすると死んでしまう。

「大丈夫です、私は、死にません。今の仕返し、蒼にするまで、死なないですから!」

俺の頭の中を見透かしたかのように千璃はそう言って笑う。

人間の体は俺達のような鬼とは違って弱い。苦しくて、耐えきれない痛みのはずなのに。

「でも・・・」

「そうだ、俺が千璃ちゃん見とくからお前は伊吹様助けてこい」

それでもまだ千璃の元を離れられずに渋っていると、怪我だらけになった風助が俺の頭をはたいて、

「本当なら俺が助けて差し上げたいけど、手柄をお前に譲ってやるんだ、ありがたく思えよ」

「ほら、私は大丈夫、だから。はやく、伊吹さん、助けて?」

「・・・わかった」

風助は笑い袋であっても側近だ、きっと適切な処置をしてくれるだろう。

千璃だってそれを望んでいる、だったら俺はそれにこたえるべきだ。

が、千璃を自ら斬ってしまった刀は使いたくない。手にした瞬間に俺は発狂する自信がある。

しょうがないと、近くにあった誰の者かわからない刀を拾い上げ、蹲っている伊吹の元へ向かう。

「伊吹、ごめんな。今楽にしてやる」

伊吹のすぐそばには、あの事件以来しっかりと見る妖刀があった。

苦々しく思い、一旦目をそらすも、駄目だ、、向き合わなければ、と目を向け、刀身に切っ先を向けて勢いよく落とす。

そして、刀は妖刀の刀身を真っ二つに割った。

それと同時に今まで酒吞達と戦っていた従が次々に糸が切れたかのごとく倒れていく。

が、伊吹は暴走してしまった俺の刀を受けたせいだろう、ただ苦しそうに唸るだけだ。意識はすでに無くなっている。

でも、恐らくこれで蘇芳の企みは阻止できたはずだ。

伊吹の背中の傷を見ると、かなり深く斬りつけてあり、自分を殺したい気持ちに襲われる。

「ごめん、伊吹。・・・風助、怪我、頼む」

伊吹を見ているとどうしても自責の念にかられ、耐えられないので、風助に伊吹の手当を任せて千璃の元へ行こうとするが、やはり同じように自分を殺したくなると思うので、とりあえずは人のいないところに行こうと歩き出すが、足に力が入らず、一歩歩いた時点で体が傾いた。

「・・・え」

次の瞬間には地面と対面しており、強かに顔面を打ち、意識を失った。


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