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辻斬り

   5


「我、蒼鬼が命ずる、在りしは戯京、参りしは伊峯。この地に在りし精霊よ、彼の地を繋ぎたまえ」

手の平を打ち鳴らせば、地面からチューブが現れ、蒼の体を包み込み、始め、目を閉じて深呼吸をし、目を開ければ、もうそこは伊峯村の入り口だった。

懐かしい。だが、体がこの場所にいることを拒む。

嫌だ、戻りたい、帰りたい、一刻も早くこの場所を離れてしまいたい。

荒廃してもうだれも住んではいない家の間を通り抜け、指定された木の下へと向かう。

「あ・・・」

途中、通りがかった家の前で立ち止まり、敷地内に足を踏み入れる。

昔、俺の家族が住んでいた場所。そして、両親が死に、兄貴と俺の関係が壊れてしまった場所。まだ済んでいた当時の名残が残っていて、それらを見ているうちにあるものを見つけてその場でしゃがみこむ。

「こんなもの、まだあったんだな」

拾い上げたのは、端が少し焼け焦げた写真だった。岩の下にあったからか濡れていなくて幸運だった。その写真に写っているのは、小さい頃の俺と兄貴。兄貴は今とは全然違う、飄々とした笑みではなく、子供らしい無邪気な笑みだ。

しばらく写真を見てから砂を払い、自分の着流しの懐に仕舞う。何をしているんだと思いつつもどうしても持っていたかったから。

敷地を出て再び指定の木へと向かった。


木が見えてくるとその下に赤い傘で隠れてはいるが、背格好からして兄貴だろうという人影が視認できた。だが、目に見える範囲に千璃と思しき人影はない。

だが、今は見えてはいないがあちらこちらの荒廃した建物の陰から俺に対する殺気、敵意は感じられた。恐らく兄貴に雇われた奴らが万が一の時に俺を捕えるか殺すかでもするために潜んでいる。そのうちの一人が千璃はいるのだろうか。

「やあ、蒼。待ってたよ」

「俺は来たくなかったよ」

「俺は会えてすっごくうれしいよ、蒼」

「うるさい黙れ、早く千璃を返してもらって帰りたいんだよ」

「まあまあ、ちょっと待ってよ。用件があって呼んだんだからさ」

「だったら早く話せよ」

笑って本題を話さない兄貴を急かす。

「蒼はせっかちだなあ・・・じゃあ、単刀直入に言おう。僕達のところに戻ってくる気はないかい?」

「嫌だね」

「即答かい・・・?考え直してくれないかな?」

予想はしていた。俺はあの事件が起こった後、兄貴が変な奴らとかかわっていたのは知っていた。結束力が強く、何かがあれば助け合っていた村の住人達も、たくさんの住人が死んでしまってからそんなものは見る影もなく、会話すらもしなくなった。

俺はそのことによる悲しさと寂しさで、兄貴と村の元を離れ、一人あの小屋で暮らし始めたのだ。

最初は忌み嫌われた種族として恐れられていたが、興味を持った酒呑童子や伊吹、紫月・・・いろんな奴らと関わって、もう完璧に兄貴の事なんて忘れたつもり、いや、事実忘れていたんだ。風の噂で忌み嫌われた一族が兄貴を中心として伊峯を離れ、違う場所へ移り住んだと聞いた。恐らくその移住先であろうところから時々手紙らしきものが届いていたが、すべて破り捨てていた。

いつしか手紙すらも届かないようになっていたのに・・・なんで今更俺に戻れなどというのだろうか。

「考え直さない。俺はあんな風になってしまった村人と兄貴の元へ戻る気はない。俺は今の環境と生活が楽しいし、満足している。親友達と離れるつもりもない。だから早く千璃を返せ。言っとくが、何度言われても意見は変えるつもりはないぞ」

「そうか・・・残念だな。俺はただまた蒼と仲良くしたかっただけなのに・・・。

千璃ちゃんは蒼の小屋で眠っているはずだよ」

「なっ、そんなところに・・・!」

完全に盲点だった。そんなところに居るなんて。

舌打ちをして村を出ようと体を反転させる。

千璃がここにいないとわかった時点でここにはもう用はない。それよりも早く小屋に帰って千璃の安否を確認するのが先だ。

「蒼なら絶対にそのまま来ると思ったからね・・・戻ってこないんなら、忠告しておくよ」

兄貴は不気味な笑みを浮かべていた目を鋭く光らせ、


「蒼が戻ってこないのは自由だ。ただ、戻ってこないなら・・・周りには何をするかわからないよ」

去っていく蒼の背中にそう告げた。




「千璃!」

再び空間転移で戯京の外れの自分の小屋に戻り、ドアを開け放つと、俺の蒲団の上に寝かされている千璃がいた。見たところ傷はないし、薬で眠らされただけなのだろう。

「よかった・・・」

自分のせいで誰かが傷つくなんて、もうまっぴらだ。

「とりあえず目が覚めるまではこのままにしておくか・・・」

起きたら事情を・・・、

いや

もし事情を話してしまえばこいつは二度と鬼界には来ないかもしれない。

貴族である酒吞や伊吹、紫月達は忙しくてなかなか会えない。普通の鬼達は俺を恐れて寄ってこない。

やっと、人間ではあるが普通の友達ができたんだ。

失いたくない。友達を失いたくない、一人は嫌だ、絶対に嫌だ!

・・・嘘を、つく。

嘘をつきたくない、だけど、失うのはもっと嫌だ・・・。

「ごめん、千璃」

















「蒼ー、今日って確か前言った和菓子屋さんの・・・甘露屋さんでしたっけ?で特製どら焼き発売ですよね?ね?」

「そういやそんなチラシが商店街で配られてたな・・・行きたいのか?」

「行きたい、行きたい!ただし蒼のおごりでお願いしますね!十個お願いしまーす☆」

「嫌だ!俺今金ねえし!」

「あ、そういえばさ、蒼ってどうやってお金稼いでるんです?ほぼニートでしょう?」

「ニートじゃない、自宅警備員と言え・・・月に数回酒呑達の屋敷で働いてる人たちの休みの日に代わりに家事炊事やって金もらってんの。まあ、すぐすむから遊ぶほうがメインなんだけど」

「なんだろう蒼の女子力絶対私より高いよ何この敗北感ちょっと殴っていい?」

あの事件の事は、稀にいる馬鹿な誘拐犯がたまたま人通りが少なかったので千璃を攫ったのだが、警察組織によって捕えられて今は牢屋にいると言って置いた。

誘拐犯などそうそう現れないし、もう攫われたりする心配もないだろうとも。

あれから二週間がたったが、千璃は相変わらず遊びに来ては鬼界で買い物をしたり自由にしている。俺の言葉を疑いもしなかった。

「ものすごい罪悪感・・・」

「え?なんか言いました?」

「な、なんでもないなんでもない別になんでもない」

「あっそ、それより早くーどら焼き買いに行きましょうよー」

「わかったってーのに苦しい死ぬ」

どれだけ早くどら焼きが食いたいのか知らないが千璃は俺の着流しの襟首をつかんで引きずり出したので、その手をどうにかして払うと、例の毛玉がすかさず鼻を齧ろうと千璃の肩から飛び降りて飛んでくる、

「いだいいだい離せーっ」

ぶっ飛んできた毛玉を避けると、代わりに頬にかみつかれてしまい、歯が食い込んで痛い、すごく痛い。

「もうなんなんだよこの毛玉ああああ」

「毛玉じゃなくてぽむちゃんですよ名前付けたから」

「毛玉でいいんだよこんなやつ!!」

至っていつも通りだ。千璃が来るたびに毛玉に噛まれて傷は増加していくし財布から金は消えていくしいじられるしぶっちゃけ、すっげえええええムカつく!

「お前自由すぎるだろ俺おかげでもう財布の中ねえよ埃しかねえよ頬が流血の惨事起こしてるしいい加減にしろおおおお」

「えー?いいじゃないですかー」

「よくねえよふざけんな昨日の昼ごはんからなんも食えてねーのに!」

「いいじゃないですか行きましょー」

再び襟首を掴まれて引きずられ始める息ができない死ぬだけど逆らって払いのけたら毛玉に噛みつかれて流血の惨事が起きるしくそおおおおお。

「行く!行くから襟首を引っ張るのはやめてくれええええ」






「くっそ・・・金が・・・」

あの後、お金を全く持っていない俺は、酒吞童子の屋敷に寄って土下座を百偏ほど繰り返してどうにか一週間の間だけ利子なしでお金を借りることができた。

酒呑童子から向けられた哀れなものを見る目が忘れられずに歯ぎしりをする。そして、このお金は大事に使って次に金が入るまではどうにか持たせるんだ・・・と決心したのだが、その数分後、

「蒼!どら焼きありました!はやく十個!買ってください!」

「おや、お前自分の金持ってるだろ、買わねえ」

「買いますよ・・・ね?」

「はいいいい・・・泣きてえ・・・」

「蒼って本当優しいですよねー!」

「は、はははは」

千璃に笑顔(ただし目は全く笑っていない上に黒いオーラを放っている)で脅され・・・どら焼きを俺の好意で買ってあげたので、財布の中身は既に小銭のみとなり、早急に仕事を探さなければいけない事になってしまった。

抗議しようとすれば毛玉が威嚇し、それが怖くては全然抗議が出来ず泣く羽目になったのだ。女子高生を鬼が怖がるなんて言う光景なんて誰が想像するだろうか。自分でも情けないとは思うのだが、鼻を齧られるのはいやなのだ。

「俺ももっと食いたいのに・・・」

残り少ない残金で買った自分のどら焼きを食べながらそう呟く。

そんなこんなでいつも通りに会話をしながら商店街を歩いて、千璃がそろそろ帰ろうかなと言いだした頃。

通りがかった、帯刀しているので恐らくどこかの屋敷に仕えているのであろう数人の鬼達の会話が耳に飛び込んできた。

「最近辻斬りが横行しているらしい」

「恐ろしいものだな、いったい誰がやっているのやら」

「既に茨木童子様の屋敷に仕える丁稚と伊吹様の門鬼がやられたらしい」

「それは私も聞いたぞ、既に酒呑童子様の側近のうちの一人が斬られたらしい」

「側近というのならばかなりの腕のはずであろう?一体どれほど強いのだ」

「ともかくしばらくのあいだは外には出ぬほうが賢明であろう」

思わず振り返って鬼達を二度見し、後を追いかけ、

「どういうことだよ、それ、詳しく話せ!」

と、問い詰める。

が、

「ヒイッ、知らん、私は何も知らない!放してくれ、殺される!嫌だあああ」

と泣き叫んで逃げようとするばかりだ。何もしない相手を殺したりなんてするはずもないのに。

「蒼、やめておいたほうがいいです。人が集まってきてます」

千璃にそう言われて手を放すやいなや、鬼は全速力で逃げて行った。

恐らく今見ている鬼達が、また例の鬼が暴れたらしいなど尾ひれを付けて噂を流し、より一層恐れられるようになるだろう。

「蒼、落ち着いてください。私だって動揺してるんです。とりあえずいったんここを離れたほうがいいです。また噂が変な風にこじれますよ」

「・・・わかった」

千璃に言われて俺たちは商店街を抜けて小屋へ向かって歩き出した。

俺と千璃はついさっき、本当に少し前に訪ねたばかりだったのだ。

酒呑はいつものように女の人と遊び、いつものように笑い、千璃を口説きながら、金を貸してくれた。

苦しそうなところなんて微塵も見せていなかった。

心の底で本当は苦しんでいたのだろうか。丁稚の死を嘆き、悲しんだりしていたのだろうか。

「あいつ・・・本当に普通にしてたよな」

「全然そんな素振り見せなかったですよね・・・女じゃないから心配してないとかは・・・」

「いや、そんなことは絶対にない。あいつは優しい。俺なんかより、他の鬼の誰よりも他人を労わる繊細なやつだ。ものすごい女好きだがな。・・・部下ともなると悲しみも大きいはずだ」

「そうですよね・・・」

その日は微妙な空気のまま俺たちは別れた。

その後しばらくの間は千璃が鬼界に来ることもなく、時が経った。


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