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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第3章 東日本編
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第76話 クエスト『名古屋港調査』6

 ある人間にとっての不幸が他の人間にとっても不幸であるとは限らない。

 財貨がなきわが身を不幸と嘆く人間がいれば、清貧をもって幸福だとする人間がいる。

 健やかに生きる人間にとって死は不幸だが、不治の病により生が苦痛である病人には幸いかもしれない。

 幸不幸とは、当人の状況と考え方によって変わってくるのだ。


 故に、傍から見れば幸せに見えても幸せとは限らない。



 裕福な家に生まれ、人々にかしずかれ、何1つ不自由ない人生を送ってきた少女が、たった1つのことで、わが身を不幸と考えることだってある。


 贅沢な悩みだと、病に苦しむ者は言うかもしれない。

 我儘な悩みだと、今日食べる者に困る者は言うだろう。


 その程度、不幸でもなんでもない。それだけ恵まれていながら何を言うか、と。


 だが不幸を別の不幸と比べても何の意味もない。

 幸不幸は当人次第のこと。

 問題なのはその者が不幸に悩み苦しんでいるという事実だけだ。

 それが他人からどう見えたとしても。



 多感な時期に差し掛かった少女にとって、親との関係はこの上なく重要な問題であった。


 両親が少女に冷たかったわけではない。

 暴力を振るったわけでもない。

 然るべき教育を子に与え、叱るべきときには子を叱る。

 仕事に忙しく時間は取れないが、時間が許す限りは少女の様子をみてくれた。


 正しい親の姿。正しい子育て。

 しかし少女はそこに確かな隔意を感じていた。

 正しい親子関係にあるはずもない、親から子への隔意。


 賢い少女はそれに気づき悩んだ。

 悩みに悩み、何故なのだと理由を探し、そして自らに流れる血がその理由だと知る。


 少女は思った。

 自分は不幸だ。このままこの家にいたのでは、自分は不幸なままだ。


 思い悩んだ挙句、少女は家を飛び出し冒険者となった。

 お話の中に出てくる、自由に生きる冒険者の姿を、この自分の不幸から逃れる唯一の術だと思い定めて。


 何も珍しくないよくある話であった。

 親子関係に思い悩んだ少女が家出した――これだけの話である。


 ただ、少女は並みの子より少しばかり行動力があり、幸運にも恵まれた。

 首尾よく親の目を逃れ、冒険者となることが出来たのだ。



 少女は本当に運が良かった。

 受けたクエストを悉く達成し、大きな失敗もなく、悪質な同輩に遭遇することもなく、順風満帆に冒険者として成長していく。

 実に幸福な歩み。



 だが忘れてはいけない。

 幸不幸とは、当人の状況と考え方によって変わってくるのだ。

 順風満帆な道のりも、当人次第で真逆に変わる。

 失敗がないからこそ挫折を経験できず、悪質な者に出会わなかった故に人の心の内を疑うことを覚えず。


 そのせいで内面の成長が出来ず、たった一言で自分のすべてが突き崩されるほど打たれ弱くなる――そんな不幸な歩み。




「いい加減にしてほしい」

「――え?」


 口数少ないと思われていた女冒険者のキッパリとした一言に、冒険者となった少女――マイラは戸惑う。


「な、なんですの?」

「いい加減にしてほしいと言った。不幸自慢はもう聞きたくない」

「なっ!? 不幸自慢とはどういうことです!!」


 マイラの怒声に、周囲でたき火を囲み酒をあおっていた冒険者たちや見張りの者まで思わず声の主を見る。


「私がいつ、不幸の自慢などしましたの!」

「……」

「答えなさいな!」


 激昂するマイラに、女冒険者はただ冷たい視線を向けるだけだ。

 相対する2人の女――共に少女と言ってよい――冒険者の姿に、周囲の他の冒険者たちが好奇の目を向ける。


 マイラが参加しているこの冒険者の一団は、とある大がかりのクエストのために集まった即席のパーテイーである。

 連合王国首都ルマジャンの遥か東。ラグーザ大陸にも数本しかない世界樹とその周囲に広がる大森林。その大森林をかすめるように通る道が、巨人の一団により封鎖されたためその解除を目的としたクエストが用意された。

 冒険者ギルドが様々な強権を発する大規模クエストほどではないが、かなり大がかりなクエストである。

 50人を超える腕自慢の冒険者が参加し、マイラも腕試しとばかりにこれに参加した。


 これだけの冒険者集団となると、目的地までの危険はほとんどない。

 その為道中はただ移動するだけで暇な日々が続く。

 その暇を紛らわせるため、マイラは1人の女冒険者を捉まえて話し相手とした。

 口数の少ないその女冒険者も、特に嫌がるでもなく、時々無言で相づちを打ちながら今日までマイラの話を聞いていたのだが――



 訳が分からない――怒りに震えながらマイラは思った。

自分の身の上をしていたら突然のこの言葉だ。

確かに、黙って話を聞くその態度に思わず口が滑り深く自分の素性や、心の裡を語り過ぎたかもしれない。

だが、それを不幸自慢とはどういうことだ。


(……そういうことですのね)


 ハッとマイラは思いついた。

 冒険者という者には、その素性があまり良くない者も多い。

 そしてその育ちは恵まれたものでないことが大半だ。

 そんな者たちから見れば、マイラの不幸はなんとも贅沢な身の上での戯言だ、と映るのだろう。


(なるほど。でしたら、無理もありませんわね)


 マイラは賢い。

 自分が恵まれた環境にいることなど、家に居た頃から理解している。

 実家を飛び出してからは、自分の不幸が他者からどう見えるかも理解している。


――正してやらねばならない。

 そう想い、激昂した心を抑え込むと、未だ冷たい視線を向ける目の前に冒険者に向かい口を開く。


「不幸自慢とおっしゃいましたわね。良いですこと、不幸というものはあくまで当人に――」

「不幸、自慢は、いい加減にして」


 マイラの言葉を遮り、再び同じ言葉が繰り返される。


「っ! ですから!」

「おおっと、そこまでだ」


 自分の話を聞こうともしない態度に、マイラの苛立ちがまたも爆発しそうなところで、1人の男が割って入ってきた。


「なんですの!?」

「すまんな。こいつも意外と子どもでな。時々感情を抑えられない上に言葉足らずだ。相棒の俺から言っておくから、勘弁してやってくれ」

「……謝る必要はない」

「はいはい。向こういってろ」


 相棒にそう言われ、女冒険者は愛用の双剣を手にすると、その場から立ち去り別のたき火へと移っていった


「ふん。失礼千万な方ですわね。あの方が私をどう思われようとそれはご自由に、といったとこですけれど、「不幸自慢」ですって? お里が知れますわね」

「……なあ嬢ちゃん」


 彼女が去った後も怒り収まらぬマイラに、男が1段低いトーンで呼びかけた。


「なにかしら?」

「あんた頭良いよな。ちょっと周り見てみな」

「いったいなんですの……」


 そう言いながらも、マイラは素直に周囲を見回す。

 ちょっとした広場の何カ所かで火が焚かれ、冒険者たちがそれぞれ集まっている。

 マイラのいるたき火にも何人かの冒険者がおり、今のやり取りを面白そうに見ていた。

 そんな冒険者たちが、マイラと顔を合わせると妙な表情を浮かべた。


(これは……)


 笑い顔、とは少し違う。

 楽しくて笑っている顔ではない。嘲る笑みでもない。

 強いて言えば微笑みに近いが、もっと生暖かく何かを見るような――


「…………!!」


 その表情の意味を考え、賢いマイラはそれが何かに気付く。

 気づいてしまうともうダメだ。

 自分のこれまでの言動が次々と思い出され心をかき乱す。


「あ……いやっ……」


 そして、最善のタイミングで、人生の先達者である男は、その耳元に一言囁いた。




 日本国愛知県名古屋市。

 名古屋港の埋め立て地に建つある精油工場の事務所の1室。


「な、なんだよマイラさん」


 突如マイラに怒鳴られ、シュウは茫然と立ち尽くすしかできなかった。

 訳が分からなかった。

 今の今まで、マイラは親身になって身の上話を聞いてくれていたのだ。


 物心ついた頃から、モンスターに怯える毎日。

 日増しに不便になる生活。

 話に聞く転移前の豊かな日本。

 自分たちを見捨てて西へ逃げた人々。

 色々なことを話した。こんな話を出来る相手は今までいなかったから、少しでも何か話そうと思いつく限りのことを話した。


 その結果がこれだ。


「……シュウさん。身の上話をなさるのはよろしいでしょう。貴方の境遇も理解できますわ。大変でしたわね」


 先ほどとは一転、落ち着いた口調でそう言ったマイラは、少し顔をシュウへと近づけ、


「けれど、他人の不幸話を延々と聞かされても、他人はツマラナイだけですわ」

「……」

「ましてや、あなたは恨みつらみばかりで――」


「うるさい!! うるさーい!!」


 マイラの言葉に耐え切れずシュウが叫ぶ。


「うるさい! 黙れよ! なんだよお前!!」


 かんしゃくを起こしたシュウは「うるさい」「黙れ」を繰り返し続ける。

 感情が爆発し言葉が出てこないのだろう。

 壊れたかのように叫ぶシュウに、マイラは、


「――お子様ですわね」


 あの日、自分に突きつけられた言葉を突き付けた。




「どっちが子どもだ」


 叫びながら部屋を飛び出したシュウと入れ替わりにやってきた吉田が、呆れた声でそう言った。

 一部始終を聴いていたのだろう。その隣のユナも同感だと言いたげだ。


「自分でも分かっていますわ。私も、成長していませんわね」


 本当に成長していないなと自省するが、それでも抑えられなかったのだとマイラは内心でそう言い訳した。

 あの日言われた一言。


『分かったか、お子様』


 なんてことはない。あの時マイラは子どもだったのだ。自分は賢く特別な存在だとどこかで思っていたありがちな子どもの心理。

 勿論、不幸だと思っていたのは事実だ。しかし同時にどこかそれに酔っていた。

 だから「不幸自慢」だったのだ。

 周囲の人生経験豊富な冒険者たちは、皆マイラのそんな心理を見抜いていたのだろう。

 そして大人の余裕をもって、その思い上がった少女を生暖かく見ていたのだ。

 あの女冒険者はそれに耐え切れず――或いはそんなつもりもとよりなく、マイラに率直な感情をぶつけ。その相棒は、貶された相方の敵討ちに、マイラに事実を気づかせた。


 居た堪れなくなったマイラはあの場所から逃げ出した。

 賢いが故に、自分がどう見られていたかを理解し、自分の理論武装がどれほど滑稽であるかに気付き耐え切れなくなった。


 今でもあの日のことは忘れない。

 あの日こそ、マイラが今のマイラとなった転換点であるのだから。



「彼の話す姿に昔を思い出してしまいまして……本当に大人気ありませんでしたわ」

「子どもは大人に比べて話の幅がすくない。自分の不幸を人に伝えて共感してほしいという心理もある。てきとうにいなしてやるのが大人の務めだ」

「子どもというほど幼くもないでしょうけど」

「まだ14歳よ」

「それは幼いとは言えませんわね」

「日本とそちらとの常識の違いだ。あの年頃は色々あるころだ」

「ま、不幸自慢好きは大人でもいるけどねー」


 ユナの何気ない一言にマイラが顔をしかめる。


「ともあれ、飛び出しててったシュウを探さないと。暗くなると危ないわ」

「そうですわね。まだ、言い損ねたこともありますし」

「ん?」


 マイラの言葉にユナが首を傾げる。


「私、単に昔を思い出しただけで怒鳴ったわけじゃありませんわよ」





「なんだよ……」


 岸壁近くをシュウは1人歩いていた。

 泣き叫びながらここまで一気に走り続け、ようやく息切れした。

 大声を上げ続けたことで少しだけスッキリしたが、いまだ心は晴れていない。

 イライラやモヤモヤやムカムカが、言葉に出来ず胸を渦巻いている。


「なんだよ」


 もう一度同じ言葉を繰り返す。

 マイラが何を言いだしたのか分からなかった。

 ただ、マイラに対して裏切られたという想いが、だんだんとシュウの胸の内で大きくなっていく。


(結局あのマイラってやつも何も分かってないんだ。西に逃げた奴らと同じなんだ)


マイラの言葉そのものは、はなから頭に入ってなどいない。ただ、「否定された」という想いだけが残り、いきなりぶつけられた否定から生まれた苛立ちは、裏切られたという想いに収束される。

裏切られたという感情は、シュウの中でもっとも大きな負の感情だ。

物心ついたころから現状を生きるシュウにとって、西への怨みや今の生活への不安などは結局昔を知る大人の知識からの借り物なのだ。

いくら口にしても感情に実が無い。

だが、裏切られたという想いだけは実をともなった感情である。

ただそれが怒りにつながるのか、悲しみにつながるのか、絶望につながるのか。その先は彼の中にはまだない。

いまはただ、この強い感情を理由づける必要があるだけだ。


そんなことでも考えていないと、とても恥ずかしいことに気付いてしまう。

シュウの無意識が、無意識のままそう気づき、意識させない様にしていた。



 ガラン――


「!?」


 不意に音がした。

 ここでようやく、シュウは自分の状況に気付いた。


 今日の宿泊予定地からひたすら駆けた結果、今ここがどこかだは分からない。

 同じ埋め立て地内であることは間違いないだろうが、この辺りの土地勘はなく、戻ろうにも漠然としか道を覚えていなかった。


 この埋め立て地は、倉庫などは少なく、輸出用の自動車を停めるためのスペースや、ガス・石油の貯蔵施設が目立つ場所だが、それでも南北に走る中心道路から横に入れば死角が多い。

 周囲は荒れ果てており、道路は所々ひび割れ、いたるところで草木が生い茂り、壊れた建物もチラホラある。

 すぐそこに何がいても不思議ではなかった。


「……」


 自分の心臓が早打つ音を聞きながら、シュウは先ほどの音と昼間ユナたちが話していたことを重ねる。

 海のモンスターは夜間上陸するものもいる。

 まだ夜では無いが、それでも絶対安全とは言い切れない。

 そもそも、陸上モンスターが居る可能性だってある。


「だ、誰かいるのか」


 返事がないことを祈りながら、シュウは周囲へと声をかける。

 こんなところに人がいるはずはない。

 だから、何も返事はないはずだと。


「……風かな」


 返事はない。

 風で何かが落ちたのだと、シュウは判断し安心するが、


――ガコン。


「ひあっ!」


 間違いなく、はっきりと音がした。

 近くの建物の中からだ。


 ここでシュウは逃げ出すべきであった。

 少なくとも、ユナなら一目散に逃げていたであろう。

 だが、モンスター徘徊する東日本で育ったとは言え、シュウは今まで常に町中でずっと誰かと共にあった。

 岐阜から名古屋へと移動したときも、経験豊富なユナについてきたため危険な目には遭っていない。


 初めて、たった1人、危険に遭遇したシュウは、


「だ、誰だよ!」


 パニックのあまり取るべき行動を誤ってしまった。



『――』


 錆びた音とともにドアが開き、建物から「人影」が出てきた。


『忌まわしき者どもめ。我の邪魔をするか』


 全身を鱗に覆われたその人影は、赤い目に怒りを浮かべそう口を開いた。


大変遅くなり申し訳ありませんでした。

取りあえず76話です。

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