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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第3章 東日本編
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第74話 クエスト『名古屋港調査』4

 その少年が部屋に飛び込んできたのは、マイラたちが名古屋港調査のための今後の行動予定を話し合っている時だった。


「ホーリー先生!」


 まだ10代中ごろの少し幼さの残る短い黒髪の少年。

 部屋に飛び込んできたジーンズ姿のその少年は宝利医師に詰め寄る。


「どうしたシュウ?」

「西から来たケガ人を治療してやったって本当かよ!?」

「耳が早いな……どこで聞いた」

「この近所の人たちだよ! 本当なんだな!?」

「ああ……」


 激昂しながら問い詰めるシュウと呼ばれた少年に対し、宝利は淡々とそう返事をした。


「ふざけんなよ!!!」


 その返事にシュウ少年は叫ぶ。


「何で助けたりなんかしたんだよ!」

「医者がケガ人を治療して何が悪い」

「西の奴なんてほっとけばいいんだ!!」

「シュウ……お前なぁ……」


 少年の言葉に宝利は顔をしかめる。

 なぜこの少年がこうも激昂しているのか。その理由は分かる宝利であったが、この言いぐさはよろしくない。

 助けることの出来るケガ人を見捨てろなどという言葉は、決して健全な発想ではないだろう。

 隣の部屋にはそのケガ人が眠っており、ましてやここにはその関係者がいるのだ。

 その目の前で言うべき言葉ではない。


「今まで俺たちを見捨てておいて、自分たちが怪我したら助けてくださいだぁ? バカ言うなよ! そのままし――」

「ユナ」

「てい!」

「ねばぁ!!」


 言ってはならない一線を越えそうになったシュウ少年を、ユナの光る一撃が捉えた。


「おお、見事な掌底打ちですねぇ」


 綺麗に少年の顔を捉えたユナの掌底打ちに李が感心する。

 ブレのない綺麗な一撃であった。


「頭冷やしなさいな、シュウ」

「ゆ、ユナさ――」

「んん?」

「――ユナ姉が何でここにいるんだよ?」

「私がそのケガ人運んできたからよ」

「っ!? ユナ姉が連れてきたのか!」

「でなきゃ医者がここにいるとは西の人間が分かるわけないじゃない。まさか、この人たちが自分からここに押しかけてきたって思ってたの?」

「で、でも……」


 そう言われて、シュウは初めてちゃんと部屋の中にいた見かけない者たちを見る。

 この辺りではまず見かけない、比較的新しいウォーキングウェアを来た2人の中年男性。

 彼らが西から来た奴らだろうと、その姿にシュウの怒りが再燃する。

 しかし見かけない姿はそれだけではない。もう1人――


「……コスプレイヤー?」

「よくそんな言葉知ってたわねぇ」


 そう感心しながらユナはシュウの言葉に同意する。


「こすぷれいやーとは何かしら?」


 コスプレイヤーと言われた当のマイラは、自分の語彙に無い日本語に首を傾げていた。

 鎧姿の金髪縦ロールの白人女性。

 確かにそんな姿は、転移前の日本ではまず普通に見かけるはずの無い格好だ。


「あ~別に悪口じゃないから気にしないで。それよりシュウ、あんた何でここにいんの?」

「……こっちへ手紙の配達頼まれたんだよ。名古屋からここまでなら、俺1人でも危なくないしさ。んで、ここに来たら西の奴らのことを聞いてよ!」


 少しは落ち着いたようだが、相変わらず怒りに満ちた目で吉田たちを睨みつけるシュウ。


(想像はしていたがな)


 伊勢でも最初そうだったのだ。

 東の残留者に快く迎えてもらえるとは吉田も思ってはいなかった。


「ユナさんの弟さんかしら?」

「ん? まあ弟分みたいなものよ。姉弟じゃないわ」

「姉って歳じゃないだろ……」


 ボソリと小さくつぶやくシュウ。

 その瞬間、素早く伸びたユナの手がシュウの頭をがっしり掴む。


「アタ! アタタタタタ!!」

「10年前はあ~んなに「ゆなねえちゃん、ゆなねえちゃん」って言ってくれてたのにねぇ……朱雷斗(しゅらいと)君?」

「や、やめろよ! その名前でイタッ!!」

「――口は災いの元よシュウ」


 そう言いながらユナは手を離す。


「ってー! 久々だけど相変わらずバカ力だな。ユナ姉は……」

「はいはい。取りあえず仕事すませてきなさい。名古屋への帰りにこの人たちのこと説明してあげるからさ」

「ふん……分かったよ」


 今のユナとのやり取りで多少毒気が抜かれたのだろう。

 まだ色々と言いたげな表情はしていたが、取りあえずそれ以上何かいうこともなく大人しく部屋を後にしていった。


「あんまり自分の名前が好きそうじゃないようだな」

「まあキラキラネームってやつ? 朱雷斗じゃ恥ずかしいからってシュウって呼ばせてるのよ。ま、私たち姉弟もあまり人のこと言えた名前じゃないけどね」

「あら、本当の弟さんはいらっしゃるのね」

「うん。もう10年以上会ってないんだけどね。生きてるのか死んでいるのか」

「――それで、あの子を?」

「別に身代わりってわけじゃないわよ。元々岐阜に住んでいた親戚の近所の子でさ。親がこっちに残っちゃったせいで取り残されてね。顔見知りってことで色々面倒みてたんだ」


 そう説明しながらふと何かに気付く。


「あ~でももしかすると弟に重ねてたかもね。そこまで仲の良い姉弟じゃなかったんだけど」

「離れてみて初めて分かる肉親の情という者はありますわよ」

「随分実感籠ってるみたいだけど……実体験?」

「お応えいたしかねますわ」


 ユナの問いかけに、マイラは微笑みながらそう返した。


「それにしても、随分嫌われたものですわねぇ」


 先ほどのシュウの様子を思い出しながらマイラが言う。


「ちょっと訳ありでさ。まあでも、あそこまでなくても西の人間を恨んでいる人はあちこちにいるわよ」

「西の人間を?」

「……10年前に東を捨てて西日本に行った日本人に対してだな。そうか、君はモンスター侵攻のことは詳しくないんだったな」

「ええ――」

「おそらく恨んでいるのは、俺たち日本人に対してだ。君は勘違いされただけだろう。しかし……彼の年頃だと、西への避難時のことで恨むには幼すぎないだろうか?」


 吉田はシュウの年齢を15~6歳辺りと見ている様だ。

 転移が12年前。西への避難が10年前だ。

 記憶はあるだろうからあり得ない話ではないのだが。


「シュウの場合は……そうね、説明しておくわ」


 そう言って、ユナはシュウの身の上に起きたことを西からの来訪者たちに説明し始めた。




 長島にある揖斐川近くの病院。

 レオが眠る病室にほど近い休憩室で、李は宝利医師とお茶を飲みながら東に関する話を聞いていた。

 相方の吉田はマイラたちと共に名古屋港へと向かっている。

 残った李はこうして情報を収取しながら時間を潰していた。


「――まあありそうな話でしたね」


 会話の流れから先ほど、この部屋で聞かされたシュウの出来事を思い返す。



『元々あの子、岐阜の高山の辺りに住んでたの。あの辺りは山に囲まれているおかげか、モンスターもなかなか進出してなくってね。結構人が集まってるわ。色々技術を持った人も多いからそうなんとか暮らせているけど、山に囲まれているのがネックで外とのやり取りが不便なのよねぇ。ああ、それでね。5年くらい前かな。あの子の幼馴染が酷い病気になったらしいのよ。え? あいにくその時私は南の方を行ってたから何の病気かは知らないわ。でね、放っておくと危険だけど薬さえあれば治るものだったらしいのよ』


『でも、あいにく薬はなかった。まあこんなご時世だからね。それだけなら、こっちじゃよくある話なんだけど……でも、あの時はそうじゃなかった』


『その時、西からの自衛隊が高山にやってきていたの。ほんの数人だけどね。高山も人たちも最初は自衛隊が助けに来たって喜んでいたらしいけど、それって偵察にきてたらしいの。皆がっかりしたらしいけど、早く助けに来てくれるようにって何度もお願いしたらしいわ』


『シュウはその時、帰って行く自衛隊員に泣きながら薬を持ってきてほしいって頼んだそうよ。自衛隊員も「必ず薬を持ってくるから」って約束してくれて。その言葉をシュウは信じていたんだけど、結局――』



「そうしてシュウは西の連中を恨むようになった。まあ似たような話は……大なり小なり東ではある。直接、西からの人間が絡んでいるのは滅多にないが」

「逆恨みと言えば逆恨みなんですがねぇ」

「そうだ。まだ子どもだ。仕方ないだろう……」

「恨むべきは、政府の指示に従って西へ逃げなかったその子の御両親でしょうに」


 そう口にした李に、宝利が少し皮肉気に口を歪める。


「自己責任ってやつか?」

「子どもにその責任があるとは言いませんが」

「はははっ! 李さん。あんた、警察の人間だったな?」

「ええ」


 宝利の問いに李は訝しみながら頷く。


「まさか警察は、東に残った人間が全員自分の意志で残ったと思っているのか?」

「もちろん間に合わなかった人々はいるでしょう。ですが、大半はその通りです」

「政府のせいで残らざるを得なかった、というのは」

「あり得ませんね。政府は残留させるような指示命令の類は出していません」

「そうだ。だが、その前段階がある。最初の関東へのモンスター侵攻後、危険な甲信越地方や東海を離れようとして、残留するように政府の説得そして命令を受けた自治体や人々がいるだろう」

「……」

「山を越えた先には危険なモンスターが徘徊し、時には空を飛んでモンスターが現れる。そこから逃げ出したくても、政府は西の混乱を避けるため移動を許さない。ただでさえ、関東東北からの人々で受け入れ関西は限界だったからな」


 当時を思い出しながら宝利の言葉は続く。


「実際、未知の病気も発生して死者も大量に出て関西は大混乱だ。政府の指示は間違ってはいないよ。ただ、やっぱり危険地帯に残る様に言われた人たちはこう思うのさ「自分たちは見捨てられたんじゃないかって」とな」

「被害妄想でしょう」

「かもしれん。世の中ってのは誰かが割を食う。転移前の基地問題やゴミ処理問題なんかと同じだよ。そして、次のモンスター侵攻で関西以東の放棄が決まった時、政府は流石に残れとは命じなかったが、大勢の人が残る選択をしてしまった。アンタの言うところの「被害妄想」からの諦観でな」


 やけに饒舌に語る宝利。

 彼なりに政府に対して、そして西の人々に対して思うところがあったのだろう。


「上辺だけ見ればそりゃ確かに自分たちで選んだ結果だ。あんたらはそこだけを見て自己責任だって言うんだろうが、その前段や過程があるんだよ。……これは予想だが、西の一般人の考えもおそらく自己責任論が大きくなっているのじゃないかな?」


(その通りですね)


 内心で李は頷く。

 東の残留者については、正式に発見される以前から自己責任論は出ていた。

 政府が正式にその存在を発表して以来、それらを救うべきだという声が大きくなる一方で自己責任論もまた大きくなってきている。

 西に逃げた人々もそれなりに苦労――東のそれとはまったく次元が違うが――してきたという想いがある。それなのに、自分たちの意志で残った連中を助けなければいけないのか。

 国土の回復を唱える一方で、そこに残る人々へはそんな想いを強くしている人々。


「西との交流が無かった今までは生きるのに精いっぱいでそうでもなかったが、西との交流が回復すれば不満は一気に爆発するぞ。さっきのシュウも、あそこまで激しく罵るのは初めてだったよ」


(……自衛隊が東を取り返して終わり、というわけにはいかなさそうですね)


 もはや帰ることの出来なくなった母国であれば、強権的に抑えることもできただろう。

 だが、日本でそれは難しい。

 東西の日本人の意識の違いは、今後決定的なことになるかもしれない。

 それをどうにかするのは政治家の仕事であろうが、そのために動くのは官僚や自衛隊や警察などだ。

 ゆくゆく設立される日本の新しい諜報機関に所属することになるだろう李も人ごとではない。


「貴重なお話ありがとうございます」

「……ま、実際にどう転ぶかは分からない。本当に住み慣れた場所を動きたくないと言って残った者も大勢いるからな」


 そう言って急須にお湯をそそぎ、薄くなったお茶を湯のみに注ぐ。

 ほとんど白湯の様なお茶を口にしながら、宝利は窓の外を見る。


「宝利さんは、なぜ東に?」

「ん? ああ、私は運が悪かった。例の未知の病気のワクチンが完成して各地で治療が行われた時だ。私がいた大学病院から東へ応援として派遣されていた時にモンスター侵攻があって逃げそびれた」

「逃げそびれた?」


 確かに、北――北陸からの侵攻は急ではあったが逃げ出す暇がなかったとは思えない。


「ケガ人やら病人を見捨てられなかった。その時いた病院じゃ、経営者のお偉いさんはとっくに西へ逃げていて現場じゃどうしようもなかった。その上、転移で生き残っていた爺さんや婆さんが「ここに残るんじゃ~」とか「余所へいきたくない」って駄々こねてな。搬送が危険な患者も居て、逃げるならその人たちを見捨てるしかなかった」

「で、残られたと」

「最初は逃げた経営者や、派遣した大学病院を恨んだものだよ。なんでこんな目にってな」


 そう言って再び皮肉気な笑みを浮かべる。

 彼のこうした態度は、その過去の経験の結果なのかもしれない。


「今はどうなのですか?」

「……どうも私は、恨み持続させるエネルギーに欠けていたみたいだ。今となってはどうでもいいことだよ」


 そう語る宝利の目に嘘の色はなかった。

 この10年。安全な西に居た李では想像もつかない10年だったに違いない。


「それに……恨み続けるのは健康的じゃないだろ?」

「そうですがなかなか難しいでしょうね」

「私としては、シュウには恨みを別の形に昇華して欲しいのだがね……」


 10年前。まだ若く活動的であったであろう医師は、すっかり草臥れ枯れきった様子であの激しい怒りを見せた少年の行く末を案じていた。


自衛隊の偵察に関する話は第1章で少し触れています。

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