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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第3章 東日本編
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第68話 クエスト『お伊勢参り』3

 三重県伊賀市。

 三重県の西にある自治体で、律令国時代は伊賀国という独立した行政区であった土地だ。

 周囲四方を山に囲まれた盆地という地形から近畿圏ながら「隠し国」などと称される一方、伊勢方面と京都・奈良を結ぶ交通の要衝というどこか矛盾した側面を持っていた国。

 戦国期には大きな勢力が根付きにくく、小豪族が相争う結果それが「忍者」と呼ばれる集団となり現代においてもお隣の甲賀と並び忍者の里としても知られる。


 現代においては、道路・鉄道共に整備され「隠し国」と呼ばれた時代は遠くのこととなっている。

 とは言え、やはり山道というのは平地のそれに比べ不便も多い。

 雪・濃霧・路面凍結による通行規制など自然環境のため季節によっては交通に影響が出ることもしばしばであった。

 それでも、管理維持が行き届いている内は良かった。

 だが、人々がこの地より去り管理が行き届かなくなってしまえば――



「ダメだな。途中で崩落して道が塞がれている。しかも空気も悪い」


 トンネル内の様子を確認した吉田智照の言葉に一同が顔をしかめる。


「困りましたわね。では引き返して別の道を行かなければいけませんわね」

「いや、そこの横道から上へあがれば旧道がある」

「ですけど地図では道が途切れていましてよ?」


 そう言ってマイラは、彦島のギルドで入手していた地図を指示して言った。


「そこは昔のトンネルがある。16年ほど前に封鎖されているので、地図上では道が途切れているのだ」

「16年前に封鎖と言いますと……このトンネル以上に放置されているのでしょう? そっちも壊れているのではなくって?」

「可能性は高い。しかし、こちらのトンネルと違って出口が見えるほど短いトンネルだ。何とかなるだろう。それでもダメならトンネルの脇の山の中を進めばいい」

「道の無い山の中ですか……あまり通りたくありませわね」

「戻るよりずっと早いだろう。そもそも、お前たち「冒険者」はそういうことには慣れているのではないのか?」


 何か探る様な吉田の言葉に、しかしマイラは特に反応も見せず答える。


「不必要な危険は冒さないに限りますわ。まあでも仕方ありませんわね」

「……よし。では旧長野トンネルを使うルートで決まりだ」



「――決まったか。ならば行くぞ!」



 マイラと吉田の話し合いでルートが決まると、いささか硬い声色でそう言って国道163号からの横道――県道42号方面へと歩き出した者がいた。

 天照大神である。

 他の4人の返答を待ちもせず、ずんずんと道を進んでいく。


「……随分張り切ってらっしゃいますねぇ」


 そう言ったのは李震成だ。


「張り切っているというより、気負っているというか焦っているというか」

「その通りです。まあ神様のことなので人間の尺度で考えてはいけないのかもしれませんが」


 横に並んで歩くレオの言葉に、李はそう付け加えた、


「やっぱり、京都でのことが原因でしょうか」

「それしか考えられないでしょう」


(神様同士も色々と大変だな……)


 先頭を進む天照の後姿を見ながら、レオはつい3日前の出来事を思い返していた。




 京都。

 日本において最も長く都であった都市。

 千年を超す歴史を有する古都であり、転移前世界においては新しい都である東京が今の日本を象徴する都市であったことに対し、古き良き時代の日本を象徴する都市といえる。

 もちろん、長い歴史があるだけに多くの血にまみれている側面もあるのだが、それらすべてをひっくるめ、京は京としてあった。


 転移後、モンスター侵攻を受け人々が西へと苦れた際には、東京を脱した今上天皇が京都御所に移動し京都市民を大いに沸かせたこともあった。

 しかしその僅か1年後には、北陸方面より侵攻したモンスターから逃れるため人々は他の都市と同じく京を捨てることとなり、御所も九州へと移されることとなる。


 マイラたち一行は、尼崎を淀川沿いに北上。山崎からは国道171号を進み、久世橋から京都市中へと向かおうとしていた。

 その橋を一行が渡った時それは起きた。



「キツネ?」


 久世橋を渡った先。車線を隔てる中央の緑地帯に、道路の真ん中に、川の土手に、一行を半円に取り囲むよう無数のキツネたちが現れた。


「野生のキツネの大繁殖……なわけはないですよねぇ」


 懐に手を入れ周囲のキツネを警戒しながら李が言った。

 同じく吉田も懐に手を入れ、マイラとレオはそれぞれ自分の得物を手にしている。


「お嬢様これは――」

「全部、ではありませんがモンスターですわね」

「モンスターか……」


 マイラの言葉に吉田はわずかに焦りの色をにじませた言葉を漏らす。

 幸いに天照大神と同行出来たためここまで遭遇しなかったが、東へ向かう以上モンスターに遭遇する可能性は考慮していた。

 武器として拳銃を持ってきてはいるが、直接モンスターと戦うのは初めてである。

 かつて下関事件においてゴブリンと遭遇したが、結局あの時は直接戦う機会はなかった。


(さて、P2000なら小型モンスターには十分な威力だという話だが)


 吉田と李が持ってきている拳銃は、ニューナンブM60ではなくH&K P2000である。

 未だ警察官用拳銃として使われるニューナンブであるが、モンスター相手には少々心もとない。


「……」


 横を見れば、自分と同じく李も拳銃を取り出し構えていた。

 前方は巨大な鎚を手にしたマイラと、ブロードソードを構えたレオ。

 その2人の後ろ。そして吉田と李に挟まれる形で天照が立っている。


『コーーーーーン!!』


 群れの中、一際大きなキツネが高らかに一鳴きした。


「来ましたわよ!」


 その遠鳴を合図に、キツネたちの中からこちらに駆け出す物が多数現れた。


「早い!?」


 予想以上の速さで接近する黒いキツネ。

 猫ほどの大きさということもあり照準が上手く定められない。

 ブレたまま引き金を引くも当然当たる筈もなく猛スピードで近づいたそれは、そのまま吉田の足に噛みつこうと口を開く。


「ちぃ!」


 思い切り足を振り上げ蹴飛ばした。

 相手は猫程度の大きさである。あっさり蹴飛ばされ宙を舞い――何事もなかったかのように着地した。


「普通の動物なら今ので内臓やられているはずだがな」


 やはりモンスターか――と初めて生で触れるモンスターの強靭さに舌を巻く。

 李も先ほどから向かってくるキツネを交わしているが銃は撃っていない。

 無駄弾になると判断したのだろう。


 前方ではマイラと1匹の銀色のキツネと対峙している。

 大型犬より少し大きなキツネ。尾が4本もある妖狐である。

 マイラの実力を感じ取っているのか、それとも何か目的があるのか。

 他のキツネの様に飛び掛かることなく、しかしいつでも飛び掛かれるように構えたままマイラを睨んでいた。

 おかげでマイラは動くことが出来ず、吉田と李は彼女の助けが期待出来ない状態にある。


(レオの方は……)


 と視線を写し、助けを諦めた。

 レオもまた数匹のキツネに囲まれ奮戦している。

 前後左右から代わる代わる飛び掛かるキツネを避けつつ剣を振るっているが、キツネたちは巧みにそれを躱す。

 レオの剣筋が悪いわけではない。キツネの方が上手なのだ。


(こうなると後はこの神様頼りになってしまうが――)


 キツネを避けながら中央に立つ女神に目を向ける。

 天照に対しては先ほどからどのキツネも襲い掛かってはいない。

 一方天照も、特に手を出すでもなく腕組みをしたままジッと様子を見ていた。


 何か考えがあるのか――吉田がそう思った時であった。


『コーーーーーン!!!』


 再びキツネの遠鳴が響く。

 と、その瞬間。


「な、なんだ!」

「急に真っ暗になりましたよ!?」

「うわぁ!?」


 吉田と李、そしてレオが慌てた声を上げる。

 突如周囲から光が消え闇に包まれたのだ。


「ぐあっ!」


 見えない闇の中から飛び掛かってきた何かが、吉田の足に噛みついたのだ。


「こ、これは一体……」


 茫然とした李の声。


「うわああああこれは不味い! お嬢様!」

「落ち着きなさいな、レオ」


 何が起こっているか、レオは分かっている様だがどうしようもないらしい。

 マイラも声を返すがどうしようもないらしい。


「単なる幻覚ですわ。神霊力を集中して解呪なさい」

「やってますけど全然解けないんですよ!」

「まったく……」


 そのやり取りでこの暗闇の正体が吉田たちにも分かった。

 どうやら妖狐の使った神霊術の仕業らしい。

 神霊力の扱えない吉田と李。そして扱えるはずのレオまで術にかかってしまったのだ。

 どうやらマイラは抵抗出来たようだが――


『鎮まれ!!』


 凛とした声が響く。


「あ、消えた」


 天照の放った一喝は、たったそれだけで3人に掛かった術を打ち消してしまった。


「な、何だ?」

「キツネが……」

「え?」


 術が解けた3人は茫然とした。

 先ほどまで自分たちに襲い掛かってきていたキツネたちの群れ。

 だが、気が付くとそれらは1匹たりとも元の場所から動いていないのである。


「何をなさっているの」


 銀のキツネと向かい合ったまま、マイラが呆れた声を出す。


「え? キツネは……」

「阿呆。最初からキツネは動いてはおらん。お主らが踊らされておっただけじゃ」


 同じく。呆れたような声を出したのは天照である。

 茫然とする3人を見て軽く溜息をついた。

 その言葉に、吉田はキツネが噛みついたはずの足を見る。

 足には噛まれた跡などなく、いつの間にか痛みも消えていた。


「幻覚……今のが全部、幻覚」

「これが、モンスターです、か」


 初めて体験する本格的モンスター戦に、公安の2人は軽い恐怖を覚えた。

 もし、天照がいなければあのまま幻覚の中で殺されていたかもしれないと。


「悪戯が過ぎようぞ。わたくしと知っての狼藉かえ!」


 キツネたちの群れに向かい天照が声を上げる。

 このキツネたちが何者であるか。

 天照には見当がついていた。

 ここは京都。そしてキツネ。となれば――


『これはこれは、天照大神様ではありませぬか』


 キツネたちの後ろから涼やかな声がした。

 キツネたちがサッと左右に割れ、その中を1匹のキツネが歩み出る。

 大きさはマイラが対峙する妖狐よりもさらに大きい。

 そして尻尾の数は――


「九尾かえ」

『はい。ご尊顔を拝する栄に浴し恐悦至極に存じます』


 その言葉と共に九尾の狐は慇懃な仕草で頭を下げた。


「さて、如何なる弁明を聞かせてくれるのかえ?」

『はて? 弁明とはこれ如何に?』


 皮肉気に言った天照の言葉に、九尾は不思議そうな声音で尋ね返しながら首を傾げた、


「決まっておろう。わたくしの連れに術をかけたのは貴様であろう。一体どういう料簡じゃ。お主の独断か、それとも主の命か」

『ああ、なるほど。その事でございましたか』


 ようやく納得がいったという素振りを見せ、九尾は答えた。


『わたくしめは、我が主の名代としてここにおりますれば、独断ではありますが同時に主の意向にそったものとも言えまする』

「ほう……なるほど。不遜よのう――今すぐ宇迦之御魂神をここに連れて参れ!!」


 九尾の返答に天照は冷たく微笑み――直後一転して怒気を露わにする。


「主神たるわたくしに対してなんたる仕儀じゃ! 直々にその身に己の愚かさを分からせてくれるわ!」

『――恐れながら言上仕る。大神は2つ勘違いをされておられまする』

「何じゃと!?」


 あくまで慇懃に九尾は言う。


『1つ。我が主のことは宇迦之御魂神ではなく稲荷大明神とお呼びください。「気さくにお稲荷さんでもいい」と主からは承っております』

「……もう1つは何じゃ」

『はい。もう1つでございますが、これも主からの言伝が――「誰がお前に従うか。こっちは勝手にやらせてもらうわ! お・ば・さ・ま」とのことで御座います』


 「あっ不味い」とこの場にいる人間たちの内心が見事に一致した。

 この駄狐はあからさまに天照を挑発してきている。


「……」

『――おや? いかが成されたか?』

「どいつもこいつも……宗像のやつらも生意気なことをわたくしに言っておったが、どうやら揃いも揃って我が姪どもは自覚が足りんようじゃのう――本朝の一大事。我らが一致団結せねばという時にこの様か……」


 宗像、とは宗像三女神のことであろう。

 宇迦之御魂神、宗像三女神。4柱とも天照大神の弟・素戔嗚尊の娘である。

 ジリジリと周囲の気温が上がる。

 マイラとレオの目には天照から立ち上がる強大な神霊力がハッキリと見えていた。


(ど、どうすれば!?)


 怒った神の止め様などあるのかと内心パニックに陥るレオ。

 その隣では「困りましたわね」と言った風に、顎に手を当てマイラが思案している。


「今すぐ貴様の主をここに連れ来やれ! いやわたくし自ら出向くわ! どうせ居場所は伏見稲荷であろうが。お主らはここで灰に成れ!」

『あな恐ろしや、恐ろしや』


 まったく怖いという風もなく、怒れる神を前に九尾はそう言うと、三度の遠鳴を上げた。

 それを合図に、一行を取り囲んでいたキツネは一斉に後退。あっという間に姿を消してしまった。


『では、わたくしめもこれにてお暇を』


 と、一陣の風と共に九尾の姿も掻き消える。


「おのれ! 逃がすと思うてか!」

『大神様。わたくしめの相手をするより、お早く伊勢に向かわれた方がよろしゅうございますよ』

「何じゃと!?」

『それと、たった今主よりお言葉を預かりました。宿願成就のためにはまず伊勢を治められませ。その後、対等な立場でならお話も出来るであろう、とのことにございます。ああ、今のは意訳でございますが』


 その言葉を残し、九尾の気配は周囲から完全に消え去ってしまう。

 後には、怒りのやり場をなくした1柱の女神と、4人の人間だけが残された。


「宇迦之御魂神め……」



 それから3日。

 怒りをどうにか押さえ込んだ天照は予定を変更。

 進路を南に取り、至急伊勢へと向かうことに決めた。

 触らぬ神に祟りなし――吉田たちも、諺を文字通りに実行し天照の決定に従い伊勢への道を急ぐこととなる。


 国道24号から163号を通り、伊賀市と津市の境にある長野峠を超えて伊勢へと向かう。

 そこで、冒頭に話はつながる。



 新長野トンネルを通れないと判断した一行は、県道42号へと進路を変え途中伊勢街道と呼ばれた道へ進んでいく。

 かつてはここを通る道が本道であったが、2008年に下の新長野トンネルが完成したため、この道は使われなくなり途中の旧長野トンネルは封鎖されている。

 更に近くには明治時代に作られたトンネルもあるが、道が整備されていない上にトンネルは冠水しており通行は出来ない。


「せい!!」


 マイラが手にした鎚を振り下ろすと、トンネルを塞いでいた金属製の板はあっけなく粉々になってしまった。


『灯りよ』


 天照が真っ暗なトンネルに向け手をかざすと、トンネルの隅々にまで光が満ちた。


「……どうやら、崩落はしていないみたいですね」

「出口まで300mといったところか。まあ大丈夫だろう」

「はぁ……この山の中を登らなければいけないのかと心配していましたが、どうやらその必要ななさそうですわね」


 そう言ってマイラは左右の崖の上を見上げる。

 この上を進むにはまた少し行き帰して山中に入らねばならない。

 ここに来る途中の道ですら、破損や雑草のために大変だったというのに山の中になど入りたくはなかったから、心底安堵していた。


「この峠を越えれば津。伊勢は目と鼻の先じゃな」

「はい。順調にいけば明日には到着するでしょう」


 改めて確認する天照に、吉田が地図も見ず答える。

 伊勢までのルートはここに来る途中散々に確認していた。


「九尾めの言っておったことが気になる。急ぐぞ」


 そう言いながらトンネルへと入っていく天照。

 4人もそれに従い後に続く。



この後、無事長野峠を超えた一行はその日の内に津市内に到着しそこで一夜を明かす。

そして翌日。

遂に目的の地、伊勢へと到着する。


お稲荷様未登場! 残念。

因みに、お稲荷様はキツネっ娘じゃありません。

(予定は未定であり決定ではない)


次回いよいよ伊勢到着。

今クエストは次回で終了。続けて派生クエストに入ります。

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