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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第1章 冒険者来日編
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第6話 どこもかしこも陰謀だらけ

 日本入国2日目。

 フリオたちにとっては実質的に今日が行動の初日である。


「あんぐ……ムグムグ……で、今日の予定はどうなってるんだっけ?」


 目玉焼きを乗っけたパンに齧り付きながら、ヴォルフがそう尋ねる。


「昨日もらった日程表見てないんですか?」


 と、こちらはサラダや焼き魚で即席サンドイッチを作りながら答える。

 一口食べていまいちだなと自分の料理を品評するフリオ。


「念のために確認してるだけだよ。で、どうなんだアラン」

「え……ああ! はい、今日の予定ですね、あっ!」


 ボーっとしていた黒須はうっかりコップを倒してしまう。

 幸い中身は水だったが、テーブルクロスと黒須のズボンが水浸しである。


「すいません、ちょっと着替えてきます」


 駆け寄ってくる店員を確認しつつ、黒須はフラフラとレストランを後にした。


「大丈夫かね、あんなんで。昨日も飯ほとんど食べてなかっただろ」

「今もスープとパンを少し口にしただけでしたよ。どうするのフリオ。体調が悪いなら休んでもらう?」

「うーん……クロスさんには色々お願いしたいことがあるんだけど」

「お願いって?」

「いや、さっきの予定の話だけどさ」


 そう言いながら昨日何度も見直してクシャクシャになった日程表を取り出す。


「こんなに細かく予定入れられてちゃ仕事できないだろ? だから、クロスさんを通して、その辺りをどうにかしようと思ってたんだけどな」

「ほ~考えてたんだな。感心感心」

「ヴォルフさんも考えてくださいよ。今回はパーティー組んでるんですから」


 茶化すようなヴォルフの物言いに、頬を膨らませ講義するフリオだが、その姿は、


(子どもがむくれてるようにしか見えないわね)


 と、リタの感想そのままである。

 リタとしてはそんなフリオの姿は嫌いではないが、フリオに言えば嫌がるので嫌がらせ以外では言う気はない。

 まあフリオも、自分の童顔を計算に入れてその仕草を交渉の道具とすることがあるので、どこまで本気で嫌がっているのかリタにも図りかねているのだが。


「俺は今回、戦闘になったときの手伝いってことで参加してるんだ。しかし昨日の話じゃどうにも出番はなさそうだ。なら、残る6日間は観光気分で過ごさせてもらうさ」

「さっそく昨夜から観光気分丸出しでしたよね」


 完全に部外者気取りになってしまったヴォルフにフリオは頭を抱える。

 昨日の夕食の後、ヴォルフはさっそくバーへと赴き、バーの閉店までここでしか味わえない酒を思うさま堪能してきている。

 翌日に響いていない辺りさすがだと言えるが、自分より経験豊富な冒険者があてにできないのはフリオにとって困った事態だった。


(リタじゃ俺と経験に差はないし、ヴォルフさんはこの様。後は……)


 そう考えながら隣のテーブルで何やらパンを手に話しこんでいる2人に目を向ける。


「見てくださいコルテスさん。このパンは小麦粉ではないようですよ」

「うむ。食感からして別物じゃ。なんというかのう、このしっとりとした舌触りは……」

「あ、ウエイトレスさん! このパンなのですが――」

「しかし、野菜と魚ばかりで肉類がないのう。昨日のメニューから肉を食べることは間違いないはずじゃが……」

 

 朝から好奇心旺盛に食材についてあれこれと話し合っているテディとフェルナンド。

 頭脳労働という意味では相談相手にうってつけだろうが、あの2人は自分たちと目的が違うのであまりあてにはできない。


(やっぱりクロスさんに無理してもらわないといけないかな)


 もちろん、自分からも外務省の2人に頼むつもりではいる。だが、説得するにも色々と判断材料となる情報が必要となってくるので、そういった面で黒須に協力してほしかったのだ。

 フリオの焦りには理由がある。タイムリミットがあるのだ。

 先ほどヴォルフが「残る6日間は観光気分で過ごさせてもらう」と言っていた通り、今回の滞在はわずか7日間しか許可されていない。そして、既に1日は終わってしまっているのだ。もし出国に入国と同じだけの時間がかかるとするならば、実質はあと5日間しかないことになる。

 その間に、ギルド設置のための許可、あるいはせめて交渉の糸口は掴まなければクエストは失敗という事になる。


「フリオ坊ちゃま」

「その言い方はやめくれ。なんだよラトゥ」


 悩むフリオに、1人静かにお茶を飲んでいたラトゥが声をかけてきた。


「申し訳ありませんが、クロスは商会の者で冒険者でもなければフリオ様の部下でもありません。もし、無理をさせるつもりなのでしたらお断りさせていただきます」

「ラトゥ。今回のクエストが、ベルナス商会にとっても重大なことは分かってるよな?」

「もちろん。その為に私も派遣されている訳ですから」


 疑うというより確かめるようなフリオの問いに、ラトゥはすまし顔で答える。


「ですので、全力でお手伝いさせていただきます」

「ああ……まあそうだけど」


 正直なところ、交渉役としてのラトゥの実力はフリオにとって未知数だった。護衛として優秀なことは知っているし、護衛の為に雇った冒険者を取り仕切る統率力も申し分ない。それに、ロレンソがわざわざ交渉の補佐にとしてつけてくれたのだから、たぶん優秀なのだろうと考えている。

 だが、実際に目にしてない以上どうも戦力として計算するのを忘れがちになるのだ。


「それに……」


 そう呟き窓の外に目を向ける。


「日程にある訪問先で、そういった交渉の機会があるかは今のところ分かりません。取りあえず、様子を見られてはいかがですか?」

「……そうだな。取りあえず今日はしばらく様子を見て、交渉の機会がないようだったら改めて話すことにしよう」


 不満げながらもそう言ったフリオに、ラトゥは「それがよろしいかと存じ上げます」と言って再びお茶に口をつけた。視線は窓の外を向いたまま。



「では黒須さんは、本日はホテルでお休みになられるということですね?」

「はい。あまり無理をさせる訳にもいきませんし」


 午前10時。ホテルに迎えに来た昨日の4人は、フリオからの黒須の体調が悪いので休ませたいという申し出に顔を突き合わせ相談を始めた。


『どうしましょうか』

『本当に体調が悪いのか? 嘘という可能性も』

『いや、昨夜の話のあと顔色が悪かったのは事実ですよ』

『まあ下手にボロを出されるよりいない方がいい。外務省さんの方もそうだろ?』

『確かにそうですが……わかりました。マイク、課長への連絡はお願いします』

『それと、黒須には監視を付ける』

『どういうことです、吉田さん』


 田染の問いかけに、吉田はチラリと視線をラトゥへ走らせる。

 自分たちの話し合いの結果を待つフリオたちや、相変わらず好奇心旺盛にあれこれ見ているテディたち。そのどちらとも違い、何事にも関心なさそうに突っ立っている東南アジア風のその女。

 多少なりとも日本語が分かるとう彼女には、色々な意味で公安の2人は警戒をしていた。


『我々が帰った後、あの女が黒須と接触したことが分かっている。何を話したかまでは分からんが、黒須から話を聞き出した可能性がある』

『まあ、黒須さんにはそれとなくご家族の話をしましたので容易く口を割るとは思いませんがね』

『……李さん。元のお国の常套手段ですけど、ここは日本なのですから。そういった手荒な真似は』

『いやいや、単に近況をお伝えしてあげただけですよ』

『とにかくだ。あの女が何かしら黒須に指示を出した可能性もある』

『分かりました。ではそちらはお任せします』


 ようやく話がまとまると、田染はその顔に笑顔を浮かべフリオへと向き直る。


「では、黒須さんにはホテルで休んでいただくとしましょう」


 そういって6人を車へと案内する。

 もちろん、出入りは再び地下駐車場だ。


「それでは、最初の目的地である福岡タワーへと参りましょう」





「クリスタルタワー?」

「そう。俺も船員に聞いた話だけどな。なんでも博多の港に入るとき、海岸に輝く塔があるらしくてさ。どうやらガラスか水晶でできているらしいんだ」

「へー。でもすぐに壊れそうね、それだと」


 冒険者ギルド会館。この裏には冒険者たち用の酒場が設けられている。

 たいていの支部はそれ自体が酒場を兼営している場所が多いのだが、さすがにこの規模の支部で酒場とギルドの受付を一緒にするのは無茶である。

 そのため、付属施設として裏手にこうして酒場が設けられているのだ。

 数日前より日本の領事館に出向き、健康診断やら採血。ついでに面接やらと煩わしい審査を終え、検疫結果にも問題がなかった2人は遂に日本への入国が可能となった。

 その報告にギルドに出向いたところ、クエスト斡旋所受付のおやじにクエストに関して話があるからと酒場で待つように言われ、こうして待っているのだ。


「まあ、そこにそうあるってことは何かしら理由があるんだろ。行けば登る機会もあるんじゃねーのか?」

「どうなんでしょうね。そんな暇あるのかどうか」

「私は行ってみたいわね」

「もちろん、俺だって行ってみたい。何か話のタネにはなるだろうさ」

「……」

「……」

「どうした?」


 突然黙ってしまったフリオとリタに、ヴォルフは不思議そうな顔をしながら陶製ジョッキを傾ける。


「いつからいたんですかヴォルフさん」

「いつって、クリスタルタワーがって話の辺りから」

「うそ!? 全然気づかなかったわ!」

「そりゃお前、俺の加護は猫神だぜ? 気ぃ抜いて話に集中しているやつなら、足音殺して近づくくらい朝飯前だ」

「そんなことに、神霊術使わないでくださいよ……」

「あっははははは! 俺が俺の力をどう使おうが自由だろうが」


 赤毛の大男はそう豪快に笑い、ジョッキに残ったエールを一気に煽った。

 冒険者は例外なく、何かしらの神の加護を受けそれを神霊術として行使する。というより、それが冒険者の必須条件である。これがなければモンスターと戦うのが非常に難しいからだ。

 加護自体は神殿でお布施すれば簡単に受けられるようなものだが、それが冒険者足らしめている要因の1つだと思うフリオには、いたずらにそれを行使するヴォルフは理解ができない。

 過去何度かクエストでパーティーを組んだ――というより、組んでもらったことがあるが、その時もこうやって些細なことに神霊術を使っていた。

 もっとも、フリオのほぼ倍を生き、フリオが生まれた頃にはすでに冒険者であったという大ベテランにとってフリオの考え方は噴飯物である。


「馬鹿野郎。そこいらの農夫でも頑張れば払えるような布施で得られる加護に、そんな大層な思い入れ持ってもしょうがねーだろうが。若いね。いや、青いね」

「むむむ……」

「く~!」


 正面切っての青二才扱いだが反論できない。

 ヴォルフが加護を受ける猫神の神霊術は、身体強化が主だ。神官ともなれば別だろうが、冒険者が布施で得られる力はそんなものである。

 つまり、気配を殺していたのは完全にヴォルフの実力なのだ。

 術の力を借りたとはいえ2m近い大男の接近に気付かなかったのだから、その当人から青二才呼ばわりされても、フリオとリタには反論しようがなかった。


「で、俺たちの話を盗み聞いてどうする気なんですか?」

「盗み聞きとは人聞きが悪いな。これからパーティーを組むんだ、どんな話をしているかくらい、聞く権利はあるだろ」

「え?」

「おや? まだ聞いてないのか?」


 フリオの反応に、「しょうがねーなあのオヤジ」と頭を書きながら説明する。


「今度の日本行のクエストだがよ。俺も同行することになってんだ。もちろん、メインはお前さん方だ。俺は不測の事態に備えての、まあお手伝いだな」

「ちょっと待って、ヴォルフ! あなた検疫は?」

「年上の先輩に……まあいい。もちろんクリア済みだ。入国の許可は下りている」

「でも、あなた獣人の血を引いているんでしょ?」

「ああ、うちの母方の婆さんが獣人だな。それがどうした」

「ヴォルフさん。入国条件に人種に限るってありませんでしたか?」

「フリオよ、確かにそう書いてあったが「純人種」とはどこにもなかったぜ? その辺りは裁量次第なんじゃねーか?」


 ヴォルフの言葉にフリオは頭を抱える。


(ギルド長め……最初から俺にクエストを引き受けさせる気だったんだな)


 完全にエルフであるキリルはともかく、検疫に引っかかったというデルフィナやヘラルドはこのヴォルフと同じ立場で同行させる候補だったのだろう。

 それをフリオとの話で利用したのだ。


(考えてみれば、ベルナス商会の出である俺が引き受けるのが一番面倒がないだろうからな。もしかすると、検疫さえどうにかする手段も考えていたのかもしれないぞこりゃ)


 思い返せば実家の兄も手回しが良すぎた。

 ここに至ってようやく完全にはめられたことに気づき、恥ずかしさと情けなさで頭を抱えたままテーブルに突っ伏してしまう。


「まったくあんたは……」


 フリオの様子から同じく事情を悟ったリタも大きくため息をつく。

 彼女があの日呼ばれなかった理由も、これで察しがついた。少なくとも、フリオよりはしっかりしたリタを同席させて、万が一という事態を避けたのだ。

 もちろん、同席したからといって海千山千の冒険者を束ねるあの女ギルド長の狙いを看破できたとは思えない。それに、フリオの話を受け舞い上がっていた自分もフリオと同類だと思うとリタの気も滅入ってしまう。

 落ち込む2人の冒険者を「若いね~」と呟きつつ眺めるベテラン冒険者。


「よお! 待たせちまったな。受付交代の引き継ぎに手間取ってな」


 とそこへ、陽気なだみ声がかけられる。


「どうした、おい。死人みたいな顔して?」

「まあ、精神的にはそんなもんだろ。それより、オヤジ。俺のこと説明してなかったな」

「ん? おお! まあここで一緒に説明しようと思ってな。まあお前さんから説明してくれたんだろ? 手間が省けたよ」


 ガハハハ! と笑って誤魔化すこの中年おやじに、ヴォルフは苦笑いするしかなかった。


「ほら、いい加減気を取り直せ」

「はあ……」


 ヴォルフに喝を入れられ、それでも死んだ魚の目をしたまま顔を上げると、そこにはクエスト斡旋所受付のオヤジと2人の男の姿があった。


「まずは紹介しよう。こちらはブリタールの町で神官をやっているフェルナンド・パパル・コルテス氏」


 おやじの紹介に、ダブレットの上からマントを纏った白髪の老人が頭を下げる。


「そしてこっちが、プレベス学会から派遣された――」

『テ、テディ!?』


 その紹介より早く、フリオとリタがそろって声を上げる。


「あは、来ちゃいました」


 ずれたメガネを抑えながら、ニコリと笑うローブ姿の男に、フリオは今回のクエストが無事に終わるのだろうかと再びテーブルに突っ伏してしまった。


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