第64話 日本と冒険者
ラグーザ大陸の北東。トラン王国にある港街タンゲラン。
もっとも日本に近く、そして日本との交流が深い場所。
日本が活発に動き始めたことで、この街の景気はますます上向いている。
街は喧噪で溢れていた。
ひっきりなしに人や物が行き来し、物売りは道行く人々に威勢の良い声で呼びかける。
工房からは音が絶えることなく、徒弟たちは雑用のため足早に街中を駆け抜ける。
街と外とをつなぐ門や港に入った船からは、次々に荷が持ち込まれまた持ち出されていく。
初めて街を訪れた行商人や他の街からの住人、そして冒険者などはその活気に呑まれ思わず財布の紐を緩め露店や店先に引き付けられていた。
隆盛を続けるタンゲラン。
不安がないわけではない。
ここ数年、日本が活発に動き出すにつれ、他の港町との交流も増え始めている。かつてはほぼこの街が独占していた日本からの文物が、他の街にも直接もたらされるのだ。
アドバンテージを失うことを懸念するのは当然だろう。
とは言え、日本が転移してきて以来の付き合いがあり、また日本から距離的に最も近く、その上大陸随一の港町であるタンゲランだ。
その程度では躓かないだけの基盤の強さがあった。
「ふぅ~……」
陽の沈んだ宵の口。
冒険者ギルド。そのギルド長室から見える景色を肴に、部屋の主は酒で満たされたガラスの杯を傾けていた。
日本でのギルド開設式典の折、関係者に配られた品である。
窓から見える大通りには、このような時間になっても多くの人が行き来している。
ランプや松明、篝火などの光源で歩く程度には不自由はしない。
皆少しでも時間が惜しいとばかりに、或る物は働き、或る者は酒を酌み交わしあっている。
ギルドの裏手からも、ギルド会館に併設された酒場からの喧噪が聞こえる。
酒場は冒険者だけでなく、冒険者ギルド職員も利用する。
そこで飲めば色々とつまみや食事も出してくれるのだが、ギルド長であるフリダはなかなか顔が出しづらかった。
お偉い方が居てはなかなか羽目を外して楽しめない。自分がまだ下の地位に居たころに経験があり理解出来るだけに、こうしてここで独り飲んでいるのだ。
「長、いますかい?」
部屋の外から声がかかる。
「ああ、居るよ。入ってきな」
「失礼します」
部屋に入ってきたのは髭面の中年の男。
ギルドでクエスト気付け係の取りまとめを任されているロベルトであった。
部屋に入ったロベルトは、酒を飲むマイラに一瞬軽く驚いた様子を見せるが、特に何かいうこともなく彼女の座る机まで近づくと、手にした紙の束を机の上に置いた。
「本日の報告です」
「ん、ご苦労さま」
そう言って、杯を片手にしたまま報告書をめくっていく。
「今日は取り立てて報告するようなことはあるかい?」
「そうですな……ああ、例の方面支部間協力依頼。あれを片付けておきました」
「例の冒険者の調査だね。まったく、10年以上私らの目を誤魔化していたとはね」
例の冒険者とは、日本でその正体を明かしてしまった悪徳冒険者フランクとその仲間のことである。
彼らはこの冒険者ギルド北東支部管轄下で、10年以上も犯罪行為を重ねながらも、ギルドの目を欺き続けてきた。それが遂に、日本において尻尾を出し同じ冒険者に成敗されたのである。
「俺の記憶にない奴らでしたな。ここでも何度もクエストを受けているってのに、よほど用心深かったらしい。おかげで素行を洗うのも一苦労だ」
「生きて捉まえて来れば拷問でもかけて余罪を吐かせたのだけど……」
「今更いっても仕方ないでしょう」
日本でなら問題になりそうなフリダの発言も、ここではロベルトが苦笑して返す程度のことでしかない。
「この件はデルフィナの奴に依頼しました。あいつめ、相変わらず子ども放り出してでも日本に行こうとしてやがりましたからちょうどいいでしょう」
「彼女の旦那も大変ねぇ。ま、デルフィナなら問題ないわ」
家族を放り出してでも冒険者を続けようとするこのタンゲラン支部でも1・2位を争う凄腕女冒険者のことを思い、フリダはニヤリと笑う。
あんな落ち着かない妻を持っては夫もたまらないだろうと思えるが、そんな部分も含めて愛してくれている――と、デルフィナには一度面と向かって言われたことがある。
まあ夫婦の形などそれぞれなのだろう。
「しかし、支部間協力依頼か……こういう事例があると、いよいよ日本支部が方面支部になったって実感が出てくるわね」
支部間協力依頼とは、その言葉のまま。方面支部間で行われる調査依頼やクエストの融通などの協力の要請だ。
方面支部に格上げされ日本のギルド支部は、元はこの北東方面支部傘下であったが、この依頼はあくまで対等な立場において行われる。
日本に冒険者ギルドが出来てわずか2年と数か月。
『日本』という特殊な事情があるとはいえ、異例の速さで方面支部として独立した元傘下にマイラは奇妙な感慨を抱いていた。
「長、そのことに関してですが――」
「ああ分かってるわ。そろそろ冒険者の日本への渡航制限を解除しましょ」
ロベルトの考えを先読みしたフリダは更に続ける。
「派遣職員も引き揚げさせる。こちらの要請で行ってもらった冒険者にも帰還を要請しよう。もっとも、冒険者に関しては強制出来ないけどね。くくっ……大見得きって親元を飛び出したんだ、なら親の保護はもう要らないだろうさ」
そう言って楽しそうな含み笑いをする。
彼女の元部下にして現日本方面支部長兼彦島冒険者ギルド長であるクレメンテ・シンパン・アルカラス、そして方面支部長補佐兼福岡支部長エドモンド・ルマジャン・マルデーラ。彼らが実際に元上司であるフリダに面と向かって大見得を切ったわけではない。
だが、この性急な方面支部昇格は間違いなく彼らの意志であり、それは実質「自分たちでやっていける」とフリダに決別したに等しい。
優秀な部下を失うことは惜しいが、彼らの行為そのものを恨んでいるわけではない。
だがそんな出世意欲溢れる彼らにちょっとだけ意地悪をしたとして悪いことはないだろう。
それに――
「信頼できる冒険者の確保はどの道急務ですから。出来れば戻ってきて欲しいもんです」
今、このタンゲランでは実力はもちろんであるがギルドが信頼できると太鼓判を押せる冒険者の確保に奔走していた。
「……」
ロベルトの言葉を耳に、フリダが椅子から立ち上がり窓の外を見る。
仕事を終えた工房の職人や徒弟。店じまいした商家の者。水夫。行商人。冒険者。
それらに混じって最近数が増えてきたある者たちが目に留まる。
「では、また明日」
「『どーも、どーも』また明日。おやすみなさいませ」
酒場から出てきた男が、「どーも」と何度も繰り返しながら笑顔を顔に張り付け、去っていく相手を見送っている。
日本人である。
増えた、と言ってもそこいらに溢れるほど多いわけではない。だが、2年前には一部の役人と軍人。それ以外は以前から渡ってきていた者だけであった日本人が、今では定期船が到着するたびに新顔を見る程度に増えてきている。
特にこの1年はそれが顕著だ。
1年ほど前、日本政府は渡航制限の一部を解除し、現在も段階的に解除を進めている。
現在渡ってきている彼らの主な素性は、政府や日本の商社から派遣された調査員だ。大陸の産物、地勢、資源、経済、文化、風俗――それぞれに目的を持ち大陸に渡ってきている。
また、各国の王家や貴族、大商会や豪族に接近し日本を売り込むロビー活動を行う者も派遣されていた。
10年の雌伏を経て、日本が積極的に外へと打って出始めているのである。
日本との関係が新たな局面に入ったと、各国は慎重にその動きを見ているが、冒険者ギルドにはそのせいである問題が発生していた。
「信頼の出来る護衛に道案内といってもねぇ……そうそう都合よくはいないわよ」
「大抵の冒険者でも大丈夫だとは思いますが、万が一があると怖いですからな」
「日本人の持ち物が魅力的過ぎるのよ。奪って持ち込むところに持ち込めば一攫千金。ギルドに追われる危険とを秤にかけても馬鹿に走る者が出ないとは言えないから困るわ」
大陸は、日本人から見ればそこら中にモンスターもいれば野盗の類もいる危険地域だ。
モンスターという要素がある分だけ、元の世界での紛争地域とはまた違った危険である。
さすがにそんな場所に丸腰で役人や民間人は送り込めないと考えるのは当然の流れであろう。
本来は、自衛隊を護衛に付かせたいところであるが、どの国も首を縦には降らなかった。
日本――異世界の軍の強さを知る故に。そして今の日本がゴリ押しする力が無いと知るが故に。
日本が万全の状態であれば、自衛隊派遣もゴリ押しできたかもしれない。が、各国の読み通り今の日本はそこまでやるつもりはなかった。
自衛隊が国内のモンスター対策で精いっぱいであることや、多数の調査員全てに自衛隊の護衛を付けることが難しいという問題もある。
そこで利用されるのが冒険者であった。
調査員の護衛と、ついでに道案内も頼めば一石二鳥とばかりに、日本政府や日本の商社から冒険者ギルドへと護衛依頼が次々と舞い込んでいる。
しかしフリダが言った通り、下手な冒険者を付けるわけにはいかない。
ただでさえ護衛クエストは人を選ぶのだ。国からの依頼ともなれば尚更。その上相手は日本だ。
もし何かあった時「何が起こる」のか、フリダはその先を想像するのが怖い。
「取りあえず、この件は確実に任せられる人材がそろうまで待ってもらうしかありませんな」
「そうね……ああそうよ。護衛ってことで、日本にいて帰ってきてほしい奴に名指しでクエストを回しましょうか」
「そうですな。ええ、次の船で連絡を送りましょう」
「はぁ……日本との間に、快速鳥が飛ばせることが出来れば良いのだけど」
快速鳥とは、飼いならした鳥類モンスターを使った連絡便だ。
快速船や早馬と組み合わせることで、冒険者ギルドは大陸中に1ヶ月ほどで情報を行き渡らせることが出来ている。
もっとも、費用がバカにならず採算度外視で最重要情報を運ぶ時のみにこの情報網は使用されるのだが。
そんな快速鳥だが、鳥の飛行距離だと日本までは届かない。
その為、日本との一番早い情報のやり取りは船ということになる。
「大陸の西の端からの連絡はこんなにも早く届くのに、ずっと近い日本との連絡がこうも手間取るなんて」
苦々しげなフリダの言葉に、ロベルトは何かあったなと気づいた。
「はっは~ん。こんな時間から酒とは珍しいと思ってましたが――」
ロベルトが知る限り、フリダが酒を飲むのはこの時間の最終報告が終わった以降が基本である。
こんな時間から飲んでいるのは、
「何か本部からありましたか?」
「あったわよ……ロベルト、あんたも無関係じゃないわよ」
「おう? 俺もですか」
思わず髭面をしかめる。
(こりゃ余計なことを言っちまったか)
「前に、あんたに頼んで西からの冒険者に融通を利かせた件覚えているかい?」
「――あ~……あの件ですかい」
余計な詮索をしないようにと言われていたため、努めて忘れる様に努力していた一件を、嫌々ながら思い出す。
「ギルドが色々と世話になっているピナマラヤン公爵家の依頼って話だったから融通を利かせたっていうのに、今日本部からの連絡で、あれは跡取りが勝手に家の名を利用しただけだと!」
「ピナマラヤン公爵家の跡取りだったんですかいアレが……」
詳しい事情を伏せられたままだったロベルトは、しばらく前にここでクエストを紹介した冒険者のことを思いだす。
偽名ではあったため公爵家の者だとは気付かなかったが、
(アレ、が跡取りなぁ……)
「ピナマラヤン公爵家からの使いが本部に乗り込んできて大揉めらしいわ。現在本部と公爵家の仲は最悪とのことよ」
「何やってんですかねぇ。それで、公爵家からは子どもを送り返せとでも?」
「言ったでしょ。現在ギルドとの関係は最悪。公爵家は自分たちで連れ戻す気らしいわ」
「連れ戻すと言っても、今日本ですよ? どうする気ですかね」
「知らないわよ」
フンと荒く鼻息を吐き、フリダが残った酒を一気にあおった。
「っはぁ……取りあえず本部からはこの情報と、余計な融通は不要との通達が来たわ。念のために動向も把握しておくように、とね。大方「どこからかか」その行方を尋ねられても答えられるようにでしょう」
「連合王国の方からですか?」
「或いは別の国かもね」
そう言いながらフリダは、壁の棚からもう1つガラス杯を持ち出すとロベルトの前に置き、それに酒を満たす。
「という訳で、今夜は付き合いなさい」
「はぁ~……ま、ほどほどに」
「ダメよ」
こりゃ明日が大変だな――そう内心で呟きながら、珍しいガラス杯に満たされた酒を一気に飲み干した。
「さ~て、今度はもっと東まで行ってみたいですわね」
日本国山口県下関市彦島。
そこにある冒険者ギルド彦島支部にて、マイラはボードや壁に張り出されたクエストを吟味している。
前回のクエストの後始末がついたと、ギルドから連絡がありようやく次のクエストが受けられるようになったのだ。
前回のクエストから2週間。本土である九州を色々と周り楽しんでいたマイラであったが、梅雨に入った日本の気候にここ数日の機嫌はとても悪くなっていた。
付き人であるレオにとっては頭の痛い毎日であったが、その機嫌もクエストを受けられるとの連絡を受けあっさり治っている。
おかげで助かった――と思いかけ慌てて否定する。
(違う違う! そもそもお嬢様とさっさとルマジャンに帰りたいのに! ――いや、この際お嬢様を置いてでもいいから帰れないかなぁ……)
そんなことは無理だと分かっている。
レオも一人旅が出来ないわけではないが、流石に大陸を1人で横断する自信はない。
ましてや先立つ者もない。お金はマイラから預かっているが、大半がギルドの運営する銀行に預けてある。名義は当然マイラだからレオでは手を付けられない。
何より、マイラを置いてルマジャンに戻ったりすれば――
(うぅ……何とかお嬢様の気を変えないと)
そう思いつつマイラを見る。
「お嬢様?」
そのマイラは、いつの前にギルド会館の外の方に怪訝そうな顔を向けていた。
いや、マイラだけではない。何人かの冒険者も同じような顔、或いは警戒した表情をしている。
徐々に徐々に、表情を変える冒険者の数が増え、レオがそれに気づいた頃にはギルド会館内にいるすべての冒険者が事態に気付いていた
「なんだ……?」
「おい、こりゃどうしたんだよ」
「はっはっはっは! 一体何者か知らぬがこの僕に――」
「はいはい黙っていくださいませ」
「ほう――これは」
「な、何じゃ? 何じゃこれは?」
「あ~これって前にも……」
ベテランから新米。叩き上げから貴族のボンボンまで。反応は様々だ。
やがて、誰も触れていないのにギルド開会正面入り口が開きまばゆい光がギルド内に差し込む。
「うおっ!? 眩しっ!」
「くっ!」
目がくらむほど眩しかったのは一瞬。
光はスッとその光量を落とし、やがてその中から1つの人影が進み出る。
「あ! あの方は」
その正体にレオは驚きの声を上げた。
「たのもう! 冒険者ギルドとやらに依頼がしたい!」
光の中から現れたのは、腰まで届く長い黒髪を称えた美女――天照大神であった。
次の話前半で日本国内の情勢を少し触れます。
マイラ達の次の目的地は大阪より更に東へ――バレバレですね。
前回のクエストの話しが予定の2倍程になってしまいましたので、次はさくさく進めたいのですが、さてはて。




