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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第1章 冒険者来日編
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 閑話 クロスメモリー 1

 あの日のことは覚えている。

 それはいつも通りの朝だった。


 201X年10月。

 俺は当時、都内の某高校に通っていた。17歳、高校2年生の青春真っ盛り。

 文化祭や中間テストも終わり、期末テストまでは大きなイベントもなく学校生活を楽しめる。そんな時期だった。


 朝食は食べないことが多く、その日も飲むヨーグルトで朝食代わりとして家を出る。

 父は既に出勤しており、大学生の姉は今年4月から1人暮らしで今は家にはいない。唯一家に居る母が、ごはんを食べなさいと声を変えてきたが俺は無視した。

 学校までは自転車通学。比較的家に近い、というより家の2階から見える場所にある学校だ。歩いて通っても良いくらいである。


 通学路はいつもと変わりないように見えた。

 いや、違うな。少しばかり路上駐車が多く、登校する生徒の数か少なかった気がする。

 歩いている生徒の話に耳を傾けると、どうやら列車の遅れが出ているらしい。まあ珍しい話ではない。

 俺はやたらと多いサイレン音を気にしながら先を急いだ。


「おはよう黒須」

「おはよう」

「あ、おはよー」


 クラスに着き、親しい何人かとあいさつを交わす。

 列車の遅れが響いているのか、やはりまだ登校していない生徒がいつもより多いがそれ以外はここも何時と変わらない様に見えた。


 席に鞄をかけたところで、友達の二宮が声をかけてきた。


「黒須、ニュース見たか?」

「いや。見てないけど」

「とんでもないニュース出てるぞ。謎の病気大発生だって」


 そう言われて、自分の携帯からニュースサイトへアクセスする。

 なかなかサイトへつながらずイライラしている内によくやくつながった。


(買い替えるかなぁ。スマホ欲しいし)


 目的の記事はトップニュースに出ていた。


「『新型ウイルスか? 謎の突然死』これか」


 記事には、今朝、全国各地で突然死が多発したというものだった。老人や乳幼児、病傷人が多いが、目立った怪我も持病もない健康な者の中にも被害者が出ている。心臓や呼吸器等に問題は無く、まるで老衰で死んだかの様にただ死んでいたという。


「被害者が全国で……1000万人以上!?」


 余りに現実味のない数に思わず声を上げる。クラスメイトたちの何人かがこちらを見るが、すぐに友達との会話や携帯画面に顔を向ける。


「な? しかもこれ、今も数が増えているらしいぞ」

「いや嘘だろ……」

「今日、いつもより登校している生徒が少ないだろ? そいつら死んだんじゃないかって話だぞ」

「無責任な噂広げんじゃねーよ。列車が遅れているせいだよ」

「でもな、うちのクラスの高村の爺ちゃんは死んだらしい」

「……」


 老人が亡くなるのは普通にあり得る話だ。


「後は、3組の谷口が死んだのは間違いない」


 現実味のない話が突然現実味を持った。

 ネットで見る情報はどこまでいってもどこか現実味のない話だったが、それが身近で起きるとなるとこの冗談のような1000万という数がとんでもなく恐ろしいものに思えてきた。

 近くでサイレンの音がした。朝からやたらサイレンが多かったことを思い出す。救急車・消防車・パトカー。色々な音が混じってうるさいくらいだった。


「でさ、あいつ――」

「――うっそ~! そんな訳――」

「――で、いきなり鯖が落ちてさ」

「だから海外鯖はやめておけって――」

「おい、また死者増えてるぞ」

「今日授業やんのかよ」


 クラスメイトの声が耳に入る。

 大量突然死のことを話している奴もいるが、大半はいつもと変わらない。

 俺は半ば現実逃避するように、再びニュースをチェックする。

 トップのこの事件さえなければそこにはきっといつも通りのニュースがあるはずだと。政治家の揚げ足取り、一行に良くならない経済の話、くだらない芸能ニュース、そんなよく見るニュースが。

 期待していたニュースはあった。だが、そんなニュースとともに並ぶヘッドラインに言葉を失う。


『全国で船舶消失!!』

『国際線飛行機行方不明に』

『あらゆる回線海外とつながらず』

『沖縄との連絡途絶える?!』

『東京証券取引所混乱』

『株価一斉に下落。連鎖倒産発生の恐れも』

『深夜、初期微動観測されるも主要動なし。大地震の前触れか!』


「……」

「ほら、席に座れー。ホームルーム始めるぞ!」


 頭は混乱したまま、条件反射的に携帯を鞄に突っ込む。

 クラスメイト達もがやがやとしながらも、自分の席に座った。

 教壇に立った「副担任」の菊池は、所々空席が目立つ教室を見回すと話を始めた。


「先ほど職員会議で、今日は休校と決まった。全員まっすぐに家に帰るように」


 菊池の言葉にクラスがざわめく。


「明日も休校だ。明後日以降については連絡網で回すので。それと、今日列車の遅れで遅刻している者には、家から連絡してもらっているが、途中で出会った場合はそこで伝えてくれ。以上だ」


 そう言って菊池はそそくさと教室を出て行こうとする。

 何の説明もない一方的な通達であるが、生徒の大半は特にどうという風もなく学校が休みになることを素直に喜んでいるようだった。

 が、そうでない生徒も何人かいた。


「先生なんで休みになったんですか? やっぱり例の病気のせいですか?」

「明後日以降はどうなるんです?」

「森口先生はどうしたんですか」

「休校の理由は欠席が多いせいだ。明後日以降は生徒の状況を確認した上で決める。クラス担任の森口先生は……後日説明する。もういいな!」


 一部生徒からの質問に早口でそう答えるとサッと部屋を出てしまった。

 菊池が去った後もクラスはざわめいていたが、このまま残っていても仕方ない。

 この後どこに遊びに行くかなんて話している奴もいる。まあ大人しく家に帰るはずがないのは学校も分かっているだろうに。

 俺も遊びに行かないかと誘われたがそんな気にはならなかった。さきほど見たニュースの見出しがどうもそんな気をなくさせる。


「今からお前の家行っていいか、黒須」


 そう声をかけてきたのは二宮だった。

 そういや二宮の家へは電車を使って帰らないといけない。どうなっているか分からない駅より、俺の家で状況を確認する判断なのだろうか。あるいは、迎えに来てもらうつもりなのかもしれない。


「家には親がいるけどいいか」

「ああ、別にいいぞ」


 ならばよし。俺は二宮と一緒に帰宅することにした。



 下校する生徒たちであふれかえる校門。大半は駅の方へ歩いていくため、その反対の道では生徒の数はグッと少なくなる。

 二宮とはよくしゃべる間柄だが、今日はお互い話しかける事もなく黙々と家路を進む。


「ん?」

「どうした?」


 前方に1台の車が路上駐車していた。

 朝見かけた車だがまだ停まっている。


「……」


 ジッと車を見つめる俺に、二宮も何か気づいたのだろう。同じように車をジッと見続けている。

 俺の頭には先ほど見たニュースが蘇っていた。

 同級生の死により一気に現実味を持った現実離れしたニュース。

 それでも、まだなお現実としては受け止められないニュース。


「……」


 唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。

 先ほどから聞こえているはずのパトカーの音が今だけは耳に入らない。


「黒須……」


 呼びかける二宮を無視して、一歩一歩車の窓ガラスに近づく。

 運転席に誰か座っている。スーツ姿の様だが、男性だろうか。後ろから近付いているので顔が見えない。


「はぁ……はぁ……」


 息が荒くなる。

 なんで俺はこんなことをしているんだ。無視して帰宅すればいいじゃないか。そんな考えはその時の俺には不思議とまったく浮かんでこなかった。

 後1歩前に出れば運転手の顔が見える。俺は意を決し思い切って足を踏み出し車内を覗き込んだ。


「!?」


 運転席には1人の中年男性がいた。

 目を開いたままダラリと舌を垂らし、首を横にしてシートに体を預けている。

 涎なんて垂らして、良い歳したおっさんがみっともない。まず浮かんだのはそんな感想だった。


「ああああうううああどど……」


 二宮に何か言おうと振り返ったが、口が上手くかみ合わず意味不明な言葉が口をつく。

 慌てて駆け寄った二宮も、同じく車内の様子を見て――


「うっ……うぇぁ」


 側溝に駆け寄り吐いた。

 「大丈夫か」と声をかけようとして、


「ウェェェッ!」


 つられる様に俺も嘔吐してしまう。

 しっかり朝食を食べてきたのであろう二宮と違い、ヨーグルトしか飲んでいない俺は出すものがほぼなにもない。ただ空吐きを繰り返すだけだ。

 この時俺が何を考えていたのか、ハッキリとは覚えていない。ただただ気持ち悪くて吐こう吐こうとしたことだけ漠然と記憶している。


 高校生2人が並んで道端で嘔吐するという異常な光景。それを最初に目にしたのは後ろから自転車でやってきた1人の女子高生だった。


「あれ? 黒須先輩。どうしたんですか」


 名前を呼ばれ振り返ると、そこには見知った顔がいた。同じ美化委員で後輩の木村だ。

 木村は自転車から降りると、そのクルンとした瞳で俺と二宮の様子を見る。


「だ、大丈夫ですか2人とも!? 何かあったんですか!」

(大丈夫じゃないけど、気にするな。取りあえずその車には近づくな!)


 そう言いたかったが言葉にならない。

 女の子にアレを見せるのは不味いだろうと碌に働かない頭を動かして身振り手振りをしてみせたのがまずかった。


「あの車がどうか?」


 俺の意図を真逆に受け取ってしまった木村が車に近づく。


(やめろ! 覗き込むな!)


 そう叫びたかったが、口は声の出し方を忘れてしまったかのようにパクパクと開閉を繰り返すだけだった。

 そんな俺の奮闘を余所に、車に駆け寄った木村は何気なに中を覗き込み、


「――き、キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 凄まじい悲鳴が辺りに響き渡った。


物語本編の約10年前。日本転移時のお話を、黒須阿藍という一般人視点で。

閑話として時々挟んでいきます。

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