第4話 海域・土地博く、物産が多し
ターミナルを出たとき、不審な顔をした者が2人いた。フェルナンド・パパル・コルテス神官と久々に帰省を果たした黒須阿藍である。
フェルナンドはその褐色の瞳でどこかを探すように遠くを、黒須は入り口に停まる2台のバンの左右をキョロキョロと見回す。
キョロキョロ見回しているという意味では、他も似たようなものだがこの2人のそれが他とは違う事に、外務省の2人はすぐに気が付いた。
「どうされましたコルテスさん」
そう尋ねてくる田染に、フェルナンドは何かを探すのを止め田染に質問を投げかける。
「いや、神霊力を感じたのだがこの近くに神殿でもあるのかな?」
「神殿ですか……ああ、神社かな。小さいものなら対岸にもありますが、北東に少しいけば大きな神社があります。それでしょうか」
「この港に近づいた時、ある種の結界のような力を感じた。魔物避けの」
「海の交通安全、海外防護の神社とされています。祭神は軍神ともされていましたのでそのせいでしょうか」
「なるほど、軍神か……」
一方、黒須の方はマイクに疑問をぶつける。
「マイクさん。マスコミがいないようですがどうしてですか?」
「黒須さん。勘違いされているようですが、今回のベルナス氏らの来日は下交渉です。地球でもそうでしたが、そういったものが全てマスコミに知らされる訳ではないのですよ。もちろん、余計な混乱を避けるための処置でもありますけれども」
「そんなもんですかぁ」
マイクの説明に一応は納得してみせるが、やはり合点がいかない。
フリオたちはこの世界で、初の民間人と言っていい。いくらなんでもそれを知らせない、知らないなどあるのだろうかと。黒須の知るマスコミには、もう少ししつこいイメージがあった。
「では、ベルナスさん。お荷物もありますので2台に分乗していただきます。ベルナスさんとフリートベル――」
「ああ、俺とリタとヴォルフがこっち。テディとコルテスさんとラトゥが向こうにしましょう」
「……まあ、問題はありませんが」
勝手に決めるフリオに田染の表情が硬くなる。
フリオもそれに気付いたが、彼にもこの分け方にこだわる理由があったのだ。
「俺たち3人が、本来ギルドから派遣されたパーティーなんですよ。だから、一緒の方がいいかなって」
童顔のフリオが照れながらそんなことを言うと、田染も毒気を抜かれたのか仕方ありませんねと同意してくれた。
(テディとコルテスさんと一緒じゃうるさいだろうからなぁ)
実のところそれが本音である。
港から見える景色は既にテディたちの心をとらえており、先ほどからあれは何だこれは何だとはしゃいでいる。この場所でこれなのだから、市中に入ればさらにヒートアップするのは分かり切ったことだ。
(ラトゥには悪いが彼女ならなんとか相手できるだろ)
ふとリタを見ればよくやったとばかりにウインクして見せてくれた。傍らのウォルフも、苦笑いしている辺りこの3人、内心は同じ気持ちだったらしい。
(まあ、テディの気持ちは分かるんだがな)
フリオは声には出さずそう心でつぶやく。
日本と交易する実家には、この港の写真が飾ってある。日本側から記念にと贈られたものだ。それを見ており、更には実際に交易をおこなう商会所属の商人や船員から話を聞いていたフリオですら、ここからの光景には驚かされるものがあるのだ。
学者であるテディと、智慧の神の神官であるフェルナンドには到底我慢できないだろう。
「では、私と李さん。コナリーと吉田さんがそれぞれに乗りますので、皆さん荷物を後ろに積んでください」
ターミナルを出発した車は、一路東へ進路を取る。
港の建物はどれもがタンゲランの冒険者ギルド会館やフリオの実家ベルナス商会の建物より大きかった。
と、すぐ右手に一際大きな建物が見える。
「うわー……この建物はなんですか?」
「ああ、あれは多目的展示場ですメラスさん。演劇や音楽イベント、スポーツ大会の会場、展示即売会。今は国の式典でも使われています」
「ほう、室内でスポーツですか。そりゃ随分広いんでしょうな。お、あそこにも塔がありますな」
「私は入港の時に気づいてましたよ」
「すまんね。俺は降りる方にばかり気を取られてたんでな。で、ありゃなんですか?」
ヴォルフが指さす先、こちら側とは海を挟んで向かい側に赤い塔が立っている。
先端が膨らんだ形で、なんとなくヴォルフは自分が使うメイスを連想した。
「ああ、あれは随分古い塔でして。半世紀以上前に建てられたものですよ。今はあそこから港の監視や船への指示を出しています」
せっかくうるさくなるであろうテディたちと分かれた車内であったが、結局あれは何だこれは何だとはしゃぐ2人のせいで大差なかったなとフリオは苦笑した。
「しかしお2人とも、車には興味を示されませんね」
フリオの隣に座る黒須がそう話しかける。
「ああ、自動車なら日本がタンゲランに持ち込んだのがあるだろ? 滅多に使われてないけど」
「なるほど、つまり車に関しては過去散々に見物しているってことですか」
「たぶんな」
タンゲランには日本の領事館があり、そこには日本から運ばれた自動車が置いてある。
最初持ち込まれたとき、その姿は人々の耳目を集めたものであった。が、燃料や道路の問題もありあまり使用されていない。その上、住民も今では見飽きてしまい今でも関心を寄せるのは余所からきた者や子ども、あとは学者連中くらいである。
「ところで、今さっき通り過ぎた橋は何だ? ずっと向こうまで続いているけど」
「橋じゃなくてあれも道ですよ。車専用の」
黒須の言葉に後ろの窓から見える高い緑の橋――道を改めて見る。
自動車用の道とのことだがどうにも理解できない。
「なんであんな高いところに道を作る必要があるんだ?」
「あ~……それは」
フリオのもっともな疑問に思わず口ごもる黒須。
一般人でしかない黒須には専門的なことは分からないが、彼の認識するところ高速道路や都市高速というのは、車を有効に利用するためのものである。
転移前の道路状況を見せることができれば、説明は簡単なのだがと思い今自分たちの乗るバンが走る道路を見る。
「こんなに広い道があるのに必要ないだろ」
直進を続けていた車は、今は大きな通りに出ている。片側3車線その隣には歩道というこの世界では大都市にでも行かなければ存在しない広い道路。
その道を、見える限りでは両手で数えることが出来る台数の車が走っている。
「昔は必要だったのですよ」
転移後の燃料不足が生み出したこの光景。誰が悪いという訳でもないのだが、なんとなく自国の恥部を明かすようで、黒須はようやくその一言を口にするのが精いっぱいであった。
そんな様子を運転席に座る李がバックミラー越しに見ていることに黒須は気づいていなかった。
一行は市内最大の通りを進み、途中右に曲がるとその通りにある目的地へと順調に進んでいた。
王都にもないような大通りや、そこに立ち並ぶビルの姿に一同の興奮はさらに高まったのは言うまでもない。
港を出て10分余の時間であったが一生分の興奮をしたかのようであった。
「これからホテルに入りますが、申し訳ありません。地下駐車場から入っていただきます。本来は正面入り口で降りていただくべきなのですが」
「何か問題があるのですか?」
「その……言いにくいのですが、皆様の持つ武器が他の利用客や市民に余計な刺激を与えかねませんので」
田染の言葉にフリオ・リタ・ヴォルフはそろって首をかしげる。
「あ、日本では個人での武器携帯は認められていないのですよ。今回皆さんは特例ということになっているはずなので大丈夫ですけど」
「黒須さんのおっしゃる通りです。武器を見慣れない人間には、武器それ自体が余計なストレスの原因ですから」
「わかりませんな……個人で武器を持てないとなると危険でしょう。それとも、日本では軍にそれだけ余裕があるのですかな?」
モンスターという物はどこにでも存在する。町を出て農作業の最中に襲われる事も、頻度は多くないとはいえ十分にありえる事態だ。そのため、大陸では農夫でもいざというとき最低限追っ払える武器を持つことは珍しくない。
また、そういう事態が起こったときに活躍するのが冒険者である。
まさか、農家1人1人にまで軍隊が護衛している訳はないだろうという皮肉を込めたヴォルフの問いに田染は澄ました顔で返した。
「おや、ご存じありませんでしたか? ここにはモンスターは存在しません」
タンゲランの町をフリオとリタが並んで歩いている、
ここは商人街と呼ばれる一画で、2人はフリオの実家であるベルナス商会に向かっているのだ。
結局クエストを受けることにしたフリオは、食堂で待ち合わせていたリタに合流。彼女へギルド長から聞いて話を伝え事情を説明した。
「いいわよ、面白そうなクエストじゃない。無事に成功すればギルドや他に所にも貸しが出来るわね。何よりせっかく日本にいける機会だから」
「リタなら条件はクリアできてるから問題はないけどさ……」
リタの父は元冒険者で今は地元で職人をやっており素性はハッキリしている。種族も純人種で問題はなく、後は検疫で引っかからなければよいはずだ。
「じゃあ、まずはベルナス商会に行こう」
「フリオの実家に?」
「うちは日本と交易してるからな。今度日本に向かう交易船に同乗させてもらえるよう頼まないといけないんだ」
クエストというものは基本的に受けた者あるいはパーティーの力でそれをこなさなければいけない。ギルドはあくまで仲介役なのだ。
今回も船の手配から始める必要がある。ギルド長がフリオに白羽の矢を立てたのには、彼の実家が念頭にあったのだろう。
もっとも、今回のクエストの依頼主にはギルドも入っている。仮にベルナス商会でなくても、他に交易船を出している商会へ渡りをつけるくらいはしてくれるだろうが。
ベルナス商会は商人街の一画、港に面した場所にある。
商会敷地にある搬入口からは、行商人や商隊の馬車が出入りしこちらとは反対側にある港側ではちょうど船が付いたのか大きな喧噪が聞こえてくる。
フリオとリタはその中を邪魔にならないように奥へと進む。誰かに声をかけようかとフリオが考えていると、先に商会の者が声をかけてきた。
「フリオ様」
声の主を探すと、そこには長らく商会で働く番頭の姿があった。
フリオが幼い頃には既に商会内でも古株であり現当主の信頼厚い人物である。
「やあトニオ。兄さんに用があって来たんだが今会えるかな?」
「はい。さきほど冒険者ギルドより使いがきまして、ご用件は承知おります。旦那様はお部屋でお待ちです」
「仕事部屋の方だな。ありがとう。自分で行くよ」
場所を確認するとそう言って歩き出す。
生き馬の目を抜くような商いをしている身に案内をさせるなど贅沢な行為だ。商会で育ったフリオはその辺り十分に心得ており余計な手を煩わせる気はなかった。
再び忙しそうに行き来する人を避けながらこの敷地で最も大きな建物にたどり着く。ギルド会館と同じく総ガラス窓石造りの3階建て。
そうこここそが、タンゲラン最大の商会であるベルナス商会そのものである。
冒険者ギルド会館と並ぶこの街最大の建物だが、勝手知ったるなんとやらでフリオはその中に入っていく。
「ちょっと待ってよ」
何度か一緒に来て入るが、いまだ慣れないリタは一歩出遅れ慌ててその背を追いかけた。
建物の中では、外と同じく人がせわしくなく行きかい、それがこの商会の景気の良さをそのまま表しているかのようである。
その中を、フリオは知った顔に声をかけつつ上の階へと階段を上り当主の仕事部屋へと向かう。
同い年ではあるが精神的に熟練しているリタが普段はフリオを引っ張ることが多いのだが、この場所では小さくなって目立たないようにフリオの後に続く。
「アウェーだから仕方ない」と繰り返しつぶやくリタに関しては深く考えないことにして、フリオは3階にある部屋の前で立ち止まった。
ここがこの商会の主の仕事部屋だ。
緊張するリタをよそに、フリオは平素と変わらないまま気軽に扉をノックし来訪を知らせる。
「おお、フリオかね。入りなさい」
中から男性の声が聞こえた。
2人がドアを開け部屋に入ると、そこは商会の建物の中でもひときわ広いであった。
その奥に、輸入物と思われる細工の見事な机が置かれ、1人の男が何やら書き物をしている。
「少し待ってくれ、これにサインを書いたら……よし」
それで仕事に一区切りついたのか、男はペンと置くと立ち上がりグッと背を伸ばす。
身長はフリオより高い。とはいえフリオの身長は低いので、平均的といったところか。いささか肥え気味でその身に着けているサテン地のダブレットもパンパンである。
もっとも、だらしない肥満というよりも恰幅が良いという印象を強く受けるのは、男のまとう雰囲気によるものだろうか。
「さあそんな所にたっていないで、座りなさい」
そう言って、部屋の中央にあるソファーに2人を促しながら自分も仕事机からそちらへと移動する。
「相変わらず大変そうですね兄さん」
「何、暇な商売人をやるよりは何万倍もマシだ」
「違いないです」
仲良くそんな会話を交わす彼こそ、この商会の現当主にして、フリオとは19歳年上で母親違いの兄ロレンソ・タンゲラン・ベルナスその人である。