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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第1章 冒険者来日編
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第1話 海を越えて

 船に併走するように空を飛ぶ海鳥を眺めていたとき、船長と舵取りの声が甲板に響いた。


「おもーかーじ!」

「おもーかーじ!」


 掛け声とともに舵が切られ、船体が大きく右へと曲がっていく。

 タンゲランを出港してからこの間、ほぼ北へ北へと進路を変える事なく進んできた船は久々に大きく進路を変えた。

 もちろん進路の調整はあったのだが、リタが気づいた限り大きく進行方向を変えるのはこれが初めてではないだろうか。


 船が右舷方向に見える岬に沿うように右へ右へと向きを変えると、海水の抵抗を受け船体がギシギシと音を立てる。

 この程度で船がバラバラになることはないが、船に乗りなれていないリタには今にも船が壊れるのではないかという気がしてならない。


(10日も乗っててもまだ慣れないな。でも、帰りも乗らなくちゃいけないし)


 船には冒険の最中に何度か乗ったことはある。だが海、それも外洋に出た事など初めての経験であった。どこか不安になっているのであろう。


(潮風は髪に悪いし、向こうに着いたら装備の点検もしなくっちゃ)


 自分の長い栗色の毛を摘まんで溜息をつく。

 冒険者なんてやっている以上、髪が荒れるのは仕方ないといえば仕方ない。それでも、出来る限りケアをしてきたリタとしては、この航海で荒れた頭髪が気になるところであった。



「どうされましたか、リタさん?」


 背後から声をかけられ、リタが振り返ると1人の男が立っていた。

 如才ない笑みを浮かべるこの男は、実際細かなところに気が利いていて、慣れない船旅に苦しむ仲間たちの世話をあれこれと焼いてくれていた。


「クロスさん。いや、そろそろ到着だなと思って」


 とはいえ、男性である彼に髪のケアまでは相談できないだろう。

 適当に別に話題をふってごまかした。


「ああ、そうですね。さっきの岬を超えたらもう目と鼻の先ですから。ほら見てください」


 そういって、船の左舷後方を指さす。

 彼の指し示す方向には1つ島が見えていた。


「あの島はちょうどこの湾の入り口に位置していましてあれを超えたからもう湾内です。前方左右に島がありますが、あの間を抜けると港が見えます」

「でも、すでに色々建物があるようですけど?」

「港の中心がってことですね。ほら、あそこ! 右手の島の陰になっていますが、あれが貴方たちの言っていたクリスタルタワーですよ」

「あ、ちょっとだけ見えました」


 すっかり観光気分で湾内見学をする2人に、また別の人物が話しかけてきた。


「やあリタさん、アランさん。そろそろ到着のようですね」

「船酔いはもう大丈夫ですかテディさん」


 心配そうに尋ねるアランの言葉に、いささか青い顔のままテディと呼ばれた男は手を振って大丈夫だと答える。


「せっかくですから、入港する前に色々見たいと思いましてね。フリオ君も誘ったんですが起き上がる気力がないと」

「フリオも情けないわね」


 未だ船酔いに苦しむパーティーリーダーにして相棒の様子にリタは頭を抱える。

 もっとも、船酔いにかからなかった彼女にその苦しみは分からないだろうなとテディは内心フリオに同情しながら船外の景色に目を移す。

 最近は度が合わなくなってきた愛用のメガネだが、裸眼で見るよりはずっとましである。

 未知の光景というものは心躍るものである。興奮を抑えきれない様子が傍から見てもわかるのだが、如何せん顔色が悪いままである。ちょっと不気味な光景だといえる。


 そんなテディの様子を気にかけつつ、アランは船から見える景色の説明を続けた。


「――随分詳しいですが、アランさんはこの港の出身ではないんですよね?」

「ええ。私はここから東に行ったところの出身です。まあ、ここは国内でも最大の街ですし、国を出る際もここからの出発でしたから」

「なるほど。なぜわざわざ島の北まで回るのかと思っていましたが、そんな理由があったんですね」


 アランの言葉にテディはふむふむと頷く。

 実はこの船がタンゲランの港を出て8日ほどで、この国には到着していた。だが南にある港には立ち寄らず、船は約2日陸に沿って北上を続けこの港までやってきたのだ。

 事前にこちらの港へ寄港することは聞いていたが、理由までは知らなかったためようやく腑に落ちる。


「でも、ここが首都ではないんですよね?」

「ええ、リタさんのおっしゃる通りです。ただ何をもって首都とするか難しい話ですね。経済の中心はここですが、政治的にはもっと南にある街が中心で――」

「国王の住まう場所はさらに別なのですよね? 我々のトラン王国はそのすべてが1つの街に集中しているので考える必要はないですが、この様にそれぞれが分散していては確かに判断に迷うでしょう」

「そ、その通りです」


 自分のセリフを奪ってそう語るテディに、若干引き気味ながらアランは同意する。


(まーた悪い癖が出てる)


 テディには、依然に受けたクエストで何度か世話になっているのだが、この説明好きな性格にはフリオともども辟易させられたものである。学者故の悪癖だった。

 また長話が始まるのかなという不安がリタによぎるが、幸いなことにそれは杞憂に終わった。


「よう、アラン。船長がお前さんを呼んでるぜ。上陸の手続きに関して確認したいことがあるそうだ」

「ああ、すぐに向かいます。それじゃ後ほど」


 地獄に仏とばかりに嬉しそうな顔を隠そうともせず、アランはリタとテディにそう言うと船長のところへと走って行ってしまった。


「助かったわヴォルフ」

「何がですか?」


 礼を述べるリタに、何が助かったのか分かっていないテディは、その碧眼をきょとんとさせ首をかしげる。

 今年27歳になるテディのその仕草だが、金髪碧眼というその容姿と相まってなかなか可愛らしいと言えなくもない。


「気にするな。呼んでたのは本当だからよ」


 そう言ってニカっと精悍な笑みを浮かべる。

 戦闘の際はプレートアーマーに身を包みメイスを振り回すその肉体は、この10日間ですっかり日焼けしており一見すると海の男そのものである。

 獣人の血を引いているため、常人より毛深いのだが、


(それでもしっかり日焼けするのね)


 と、自分より30cmは高いその巨躯を見上げ内心溜息をつく。

 彼ですらそうなのだから、とリタは日焼けした自分にそう慰めた。


「ところで、フェルナンドさんとラトゥさんはどちらに?」

「フェルナンド爺さんは船長のところだよ。知恵の神様信仰してるだけあって、色々聞きたいことがあるとずっと付きっ切りだ」

「あの方は興味の幅が広いですからね」


 旅の同行者フェルナンド・パパル・コルテスの好奇心に感心してみせるテディだが、彼の好奇心もそれに引けを取る物ではない。


「ラトゥのやつは――」

「ここです」


 ヴォルフが言うより早く、船室から1人の女性が姿を現した。

 ウェーブし日焼けした黒髪を後ろで束ね、手足を大胆に露出させた軽装。その肌が薄黒いのは、日焼けではなく元からである。


「おや? 船室におられたんですか。気づきませんでした」

「ずっと寝てらして、その後はフラフラと甲板に出て行かれましたから無理もないでしょう。私は船室で装備の様子を見ていました」


 彼女の持つレザーアーマーは湿気が大敵である。もちろん処理は施してあるが、上陸を前に確認をしていたのだろう。

 慎重な彼女らしい行動である。


「それじゃ、俺たちもそろそろ準備しないとな」

「そうね。フリオもいい加減叩き起こさないと」

「坊ちゃまに関してはお手柔らかにお願いします。船酔いは本人の気合いでどうこうなる物ではありませんので」


 そんな会話をしつつ、3人は船室へと入っていく中、テディは1人甲板で湾内の様子を眺め続けていた。

 冒険者ではないテディはそんな大層な荷物は持ち合わせていないから気楽なものである。


 空は快晴、波風ともに穏やか。

 湾内を他の漁船や貨物船とすれ違いながら、帆船「カサンドラ」はその航海を順調に終えようとしていた。



 船が岸壁へと接舷され荷卸しが始まる前に、一行は船を降りることとなった。

 作業が始まっては邪魔になるということである。あくまで建前上がついでに乗っている身としてそれに素直に従うだけである。



「ほら、もう陸地なんだからシャンとしなさいよ!」


 ブリガンダインを身に着け腰にコリシュマルドを差したリタが肩をドンと叩く、


「無理言ってやるな。まあしかし、すぐに入国手続きだからな。しゃんとしてもらわにゃならんと言うのには同意だ」


 そう庇いながらもヴォルフは釘も差してくる。

 リタと違い、愛用の甲冑と武器は今は装備していない。必要のないところで無駄に体力を使う必要はない。そんな冒険者としての心構えであり、リタとの経験の差である。


「いやーすごいですね。やっぱり話に聞くと見るのとでは大違いだ!」

「うむ。やはり同行して正解だったよ。私の見聞はこの旅でさらに大きく広がるであろう」


 そんなやり取りを余所に、テディは白髪の老人と港とそこから見える街の様子に興奮しきりであった。

 若いテディはともかく、還暦をとおに超えている白髪の老人フェルナンドも、その瞳を子どもの様に輝かせている。


「それで、アラン・クロス。この後の予定はどうなっているのでしょうか?」


 1人、我関せずといった態度でラトゥはアランにこの後の行動について確認する。


「そ、それは。みなさんのパーティーのでしょうか? 商会の方のでしょうか?」

「両方です。私は商会員として同行していますが、フリオ坊ちゃまのパーティーメンバーとも行動を共にすることになっています」


 ああ、なるほどと乾いた愛想笑いを浮かべる。

 いつもの如才なさが彼女の前では発揮されていないようだ。


「と、とりあえず……休めるところに……」


 自分の得物であるバックソードを杖代わりに、フラフラと立っていた童顔の男がようやく口を開いた。

 哀れなるフリオ・マラン・ベルナスの姿に同情を覚えたアランは、さっさと手続きをすませるべく入国審査官の元へ向かうことにする。


 と、急に立ち止まるとクルリと振り返り「忘れていました」と苦笑いをしてこう言った。



「ようこそ、我が祖国日本へ!」


一応国家転移物になるんでしょうか。

日本が魔法がある世界に転移してしまうよくある話ですよ?

2話は9割書きあがってるので書きあがり次第投稿します。


 感想・誤字脱字指摘等お待ちしております。

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