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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第1章 冒険者来日編
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 閑話 クロスメモリー 3

「……」


 パソコンモニターを見ながら、俺は茫然としていた。

 いまだ動画中継は続いているが、記者からの質問に政府の人間が返答にならない返答を返していた。


 実を言うと、この時の会見の中身はほとんど覚えていなかった。その後テレビや動画サイトで繰り返しみたおかげで中身が思い出せるだけで、リアルな記憶はほとんど頭に残っていない。

 どんな衝撃的な記憶もそんなものなのだろうかと思うし、あるいは衝撃的すぎて頭からすっ飛んだだけだろうか。いや、それはないだろう。なにせ話の内容に理解が追い付いていなかったのだから、衝撃の受けようなどなかったからだ。


 後日改めて見直した会見の記憶を含め、この時総理が発表したことは、昼間に俺がネットで情報収集したことを裏付けるものばかりであった。

 いくつか違った点もあった。

 まず、消えた船に関してだ。確かに港で海に浮いていた船はすべて姿を消していたが、その後漁に出ていた船と無線で連絡がついたとのことだ。さらに、それらの船や上空からの捜索で人の乗っていなかった船も発見されている。ただし、すべてではない。

 連絡がつかない国内地域に関しては、沖縄県の全て、奄美群島・トカラ列島・対馬・大島を除く伊豆諸島・小笠原諸島などの島々、そして北海道の大部分である。島に関しては自衛隊機による確認によりその存在が消えてしまっていることが確認されている。北海道に関しては現在調査中とのことだったが、既にネット上では情報が出回り始めている。

 そして海外。こちらも、領空侵犯覚悟で国境を越えたがユーラシア大陸そのものが確認できないことが伝えられた。


 総理は明言を避けていたが、どうやらネットで言われている「転移」とやらの可能性が格段に高まっていると俺は感じていた。

 不意に窓の外を見る。外は既に真っ暗で、大きな下弦の月が宙に浮いている。その月の姿が、いつものものより大きく見えた気がしたのは果たして俺の気のせいなのだろうか。


 今朝の大量死については、現在原因を調査中とのことであった。今回の島や外国の消失などとの関係は今のところ不明と総理は言ったが、この一連の出来事が無関係だと思うやつは誰もいないだろう。

 会見では、警察・消防・自衛隊などを動員し遺体の回収を急ぐとの方針を発表した。冬が近いとはいえ腐敗が始まってしまっては手遅れだから当然だろう。


 最後に、国民へ軽挙妄動を慎むようにお願いして、総理の会見は終わった。そして現在、総理に代わって官房長官が記者の質問に答えている。



「……冗談だろ」


 そう口に出してみたが、いまいち実感がわかない。大量死に関しては、直に目にしたせいで相応の実感がわいてきていた。だが、国内の島や海外の消失――転移に関しては、どうもピンとこない。

 俺は会見の視聴を抜けると、再びネットで情報を漁り始めた。何か決定的な情報、写真や動画を見つけることができれば実感もわくかもしれないと思いつつ。あるいは、そんなもの見つからずすべて何かの間違いであってほしいと祈りつつ。



 父が帰宅したのは時計が12時を回って翌日になった後であった。普段は起きていても帰宅した父を迎えるなどしない俺だが、この日は帰宅を知ると2階の自分の部屋からダイニングまで父の顔を見に下りて行った。

 父はある輸入会社で課長をしている。海外とのやり取りが多い仕事柄、帰宅時間が遅くなることは多いのだが、今日に関しては別の理由もあるのだろう。いつになく疲れた表情で、母の差し出した缶ビールを手にグッタリ椅子に座りこんでいた。


「まだ起きていたのか……」

「なんだよいいだろ。明日は学校も休みになったんだよ」

「そうか……なるほどな」


 何がなるほどなのか。1人で勝手に納得し、手にしたビールを一口あおる。


「母さん、言っていた物は買ってきてくれたか?」

「ええ。全部買ったわよ……ねえ、これって夕方テレビでやってた会見のせいなの?」

「ああ。海外と連絡がつかないのは朝の時点で分かったからな。最悪の場合を考えて――」

「それで買いだめかよ!」


 父の言葉に思わず怒鳴ってしまった。

 急に声を荒げた俺に母は驚き、一方父は睨むような目で俺を見て言った。


「どうした阿藍」

「前の震災の時、買いだめしてた奴らがいただろう! 適当な情報に振り回されて何も考えずに振りまわされて! あの時バカなことしてるなって、オヤジも言ってたよな。それと同じじゃねーか!」


 言って今更どうなるわけでもなかったが、その時俺は溢れる嫌悪感そのままに激しい言葉をぶつけていた。

 反抗期真っ盛りで普段から親に強い言葉をぶつけることが多かった俺だが、いつになく激しい態度に、母は未だ驚きから立ち直れず、それでも何かを言おうと口を開きかけるが言葉が思いつかないのか金魚の様に口をパクパクさせている。

 父も、俺の態度に難しそうな顔をしたが、再びビールを一口飲むとまるで諭すような言い方で俺に話しかけた。


「震災の時とは状況が全く違うだろうが。あの時は、やられたのは東北を中心に東日本だけだ。流通が混乱していたが、それが収まれば東北の被害はともかく大方は大丈夫だという見通しがあった。西は無事だったしなにより海外があったからな。だが、今回は海外そのものがなくなっているんだぞ。お前も高校生なら授業で習っているだろうが、日本は、輸入が途絶えると何もできなくなるんだ」

「だからって!」

「少しは考えろ。このまま海外がなくなった状況が変わらないのなら、近いうちには食料や他の生活物資は配給になるぞ。電気だって計画停電がまた実施されるだろう。うちの会社は、幸いにも海外からの輸入をやっていたから状況はすぐに分かったし、輸入がなくなればどうなるかもすぐに分かる。だったら、家族のために早く行動するのは当たり前だろうが」

「自分が良ければそれでいいのかよ! 配給になるんなら、全員で協力するべきだろ!」

「それで大丈夫だという保証がない。最悪の場合、餓死もありえるんだぞ」

「!!」


 思わず言葉が詰まる。

 昨日、いや今朝までの俺だったらそのまま売り言葉に買い言葉で父とやりあっていたかもしれない。

 日本で餓死などと言われてもまったくリアリティがない。むちろん、日本でも年に何件か餓死が起こっているという話は聞いたことがあるが特殊なケースだと思っていた。

 だが、「死」という単語がガツンときた。今日俺は初めて生で死んだ人間を目にしてしまっていた。生まれる前に死んだ祖父を除いて、生まれてこのかた親戚は皆健在だし、知り合いにも死んだ人間なんていなかったのだ。おかげで「死」ということに関して色々と考えることになってしまっていた。

 「餓死」にリアリティを感じなくても、「死」そのものはこの時の俺を止めるに十分な言葉だった。


「あなた……このあとどうなるのかしら?」


 俺が黙ったのを見計らい、母は不安そうに尋ねる。

 もちろん父にそんなことが分かる筈はない。それでも、母を不安にさせまいと黙り込むことだけはしなかった。


「数千万人が死んだらしいからな。もしかすると物資に余裕は出来るかもしれない。死んだのは主に老人と乳児、それに病傷人が主だ。社会的に負担になる者が中心だというのは不幸中の幸いだと言えるかもしれんが……」


 父の言葉に、俺の中の潔癖な部分が反応する。父も無神経にそんな言葉を言っているわけではないだろうが、それでも許しがたかった。

 今度は声こそ出さなかったが精いっぱい睨みつける。


「……しかし、日本の農業や漁業をやっている人は高齢者ばかりだ。高齢者が大量に亡くなって、これまで通りの生産量を維持できるかどうか……それに北海道のこともある」


 政府は未確認だとして発表しなかった北海道の状況。既にネットやテレビではその状況を盛んに報じていた。北海道は小樽―登別ラインから東が音信不通というより、別の土地に繋がってしまっているというのだった。

 今は警察や自衛隊が道路を封鎖しているが、それ以前に撮影された写真がネットに上がっていた。道の途中で突然コンクリートが途切れ、その先は何もない大地が続いており、その隣では建物の半分が綺麗に切り取られたようになくなっていた。


「北海道が本当に消えてしまったのなら、食糧事情は更に厳しくなる」

「……新しくつながった土地を開発すりゃいいんじゃないか」


 父への反発から、何か言ってやろうとネットで拾った話を思わず口にした。

 ネットで転移だと騒いでいた奴らは、既に祭り状態になっていて北海道の件が広まるとどう開発すればいいかなどという話でも盛り上がっていた。それを思い出したのだが、


「未開の地を開発するのにどれだけ時間とお金がかかると思う? 食料がそれまでもたない。それにそこに人が住んでいたらどうなる。交易するにしても必要な量が手に入るかは分からないし、生産量を上げさせるにも時間がかかる。戦争で奪うか? この国がそんな決断を早々出来るわけがないし、私個人も反対だ」

「……」

「それに、足りないのは食糧だけじゃない。石油、レアメタルや鉄や銅などの鉱物、繊維その他あらゆるものがないんだ。電力も、原発を再稼働させても燃料のウランは輸入だ。早晩エネルギー問題も起こる。太陽パネルなどを増やすにしても、その材料も結局輸入だ」


 俺が考える程度の話は、父はとっくに考えていたらしい。

 きっと会社で仕事をしながらも、先のことをあれこれ考えていたのだろう。


「まあ……食糧については、餓死で人口が更に減れば、どこかで需要と供給のバランスは取れるだろがな」


 そのためにも、今のうちに生き延びるために蓄えておかなきゃいけない。そう父は言ったのだが、やはり俺は父に賛同できないでいた。


「どのみち、このままだと会社も潰れる。最悪の場合――あ! おい、大分から何か連絡はあったか!?」

「え? え? いや、何もなかったわよ」

「今から実家に連絡をするから、お前も岐阜の義兄さんのところに電話しろ! クソッ! どうして忘れてたんだ!」

「そ、そうだわ! お母さん大丈夫かしら!」


 慌ててそれぞれの実家に連絡を取る父と母。

 俺もすっかり忘れてしまっていた。お年寄りが多くなくなっているということは、父方の祖父母。そして母方の祖母もそこに含まれるということだ。

 しかも母方の祖母は入退院を繰り返すほど体が弱っている。病傷人という範疇にも入ってしまっている。


「そうか、そっちは大丈夫なんだな母さん。父さんは……ああそうか。もしかすると、畑に泥棒が出るかもしれないから――」

「もしもし兄さん? 遅くなってごめんなさい。それで、お母さんは大丈夫なの!?……うん、うん……そう、良かった。じゃあ、そっちは大丈夫なのね?」


 どうやら幸いなことに、祖父母や親戚は大丈夫だったらしい。

 と、ここでもう1人安否を確認しなければいけない人間を思い出した。今は大学に入り1人暮らしをしている姉だ。


「米は全部引き取るように父さんに、あ、いや明日また電話して直接俺から話すよ」

「そうなのよ。うちの人がとにかくこれから大変になるからって」


 両親ともまだ電話は終わりそうにない。俺が電話するしかなさそうだった。

 正直、姉に電話するなど嫌なのだが、理由のない忌避感だ。さすがにそれで安否確認をしないというのもどうかと考え、しぶしぶ携帯を取りに部屋に戻る。


「無事なら自分から電話してこいよ」


 そう言いながら、まさか姉は――と不意に嫌な予感がして、急いで部屋に戻ると姉の携帯に電話をかけた。



 翌日。

 再開の連絡があるまで休校との連絡が連絡網を通じて回ってきたため、俺はこの先何をしようかと悩んでいた。

 昨日は無事だった姉と話し込んでしまい、いつもより遅い時間まで起きてしまっていた。そのせいかどうにも眠気が取れず頭が働かない。

 とはいえ、寝るのはなにかもったいない気がして、しかしながら遊びに行く気にもなれず、俺は結局ネットを見て過ごしていた。

 父は今日も早くから会社へと行き、母も今日はパートへと行っている。まあそのパートも仕事もこの先どうなるか分からないのだが。

 ネットニュースで今回の事件の反応を見る。

 予想通り各地で買い溜め・買占めが発生していた。とはいえ、略奪など発生していないあたりやはり日本というべきなのか、それともこれから起こるのだろうか。ガソリンスタンドにならぶ車の写真を見ながら俺は考えていた。

 遺体処理の方は難航しているようだった。各地の火葬場と葬儀場はフル回転で忙しいらしい。こんな時でも葬式をしようという人間が多いことに驚いた。葬式に限らず、儀式というものの必要性が分からない俺には不可解な行動に見えた。

 まあ俺の感想はともかく、こうした引き取り手のある遺体はまだよかったが、そうでない遺体が問題だった。1人暮らしで親族の連絡先が分からないケース。一家全員が死んでしまったケース。親族は連絡が付いたが引き取りを拒否されるケース。

 放置はできないため、前の震災の時と同じく一時的な土葬が検討されたが、あまりに数が多く場所が確保できないでいた。かといって、火葬場はフル稼働中であり火葬もままならない。政府は火葬方法に関して特例を検討しているとのことである。が、その後の問題もある。引き取り手のない遺体を最終的にどうするか。あるいは現れた時に確実に引き渡せるようにできるのか。

 1つの問題が別の問題を生み、それの解決策がまた別の問題を生む。


「……」


 やるせない状況に、俺は別のニュースを探し出した。

 とはいえ、どこもかしこも碌なニュースはない。食糧や物資の備蓄量に関する話。暗い経済予想や一部経営者の自殺。海上で発見された無人船が回収できないまま沖合に流され続けている話。転移により、沖縄に集められていた海上保安庁の巡視船のほぼ全てが無くなってしまった話。

 かろうじて明るいニュースといえば、今回の一件ではインフラそのものに被害は出ていないためそういった面での問題は現段階では起きていないこと。交通・流通にも支障は今のところでていないとのこと。当面与野党ともに対決は避け、全面協力するとの発表。どれもまあ悪くない話だ。「現段階」「今のところ」「当面」なんて文言がなければ。

 ツイッター上では、皆で協力し合おうという様々な呼びかけが行われている。近所の独居老人の安否確認や以前にもあった節電作戦。買い溜めを控えるような呼びかけや、今後役立つだろう知識の共有など。

 その様子に、少しだけ心温まった俺は、再びニュースサイト巡りを始めた。


「……なんだこりゃ」


 いくつか回ったところで、とある新聞社の速報が目に入った。

 それは、日本に駐留するアメリカ軍に関するニュースだった。

 俺は知らなかったが、日本にいるアメリカ海軍は第7艦隊というらしい。その艦隊も、日本の船と同じく転移の際にどこか離れた場所に飛ばされていたらしく、連絡が取れないでいたとのことだ。

それが――


「何者かと交戦の末、壊滅!?」


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