私と犬みたいなアイツの幸せな夢
眠れない夜は、大嫌いだった。
弱い私に戻ってしまうから。
何度寝返り打っても、眠気は一向にやってこない。
逃げられない過去を思い出しながら、夜は終わって朝を迎える。
そんな日々が、ずっと続いていた。
「ゆっかせんぱーい!」
まるで犬みたいに後を付いてくる奴が、今日もやってきた。
大学の校門を入った所で見つかっちゃうなんて、ついてないなぁ。
私を呼ぶ大きな声が聞こえたすぐ後、大きな腕に後ろから抱きしめられる。
「ちょっと! やめ……いっ」
怒鳴りつけようとして口を開いたものの、強烈な頭痛に見舞われた。
寝不足な体も、自分より大きなコイツの衝撃に絶えられずに、へたり込んでしまう。
こんな所で座り込んじゃうなんて、恥ずかしすぎる。
立たなきゃ、そう思うのに気だるい体はちゃんと機能してくれなくて。
ついには、鋭い痛みが頭全体を回って、何も考えられなくなった。
ふいに意識が戻って、軽くなった瞼を開けると、真っ白な天井が見えた。
微かに薬品の匂いも漂っている。多分、保健室だろう。
そうか、私は校門の所で倒れたんだったっけ。
眠気はもう無いけど、折角だからもう少し休んでいようと思い、寝返りを打つ。
「……は? え、何でコイツが?!」
目に飛び込んできた、まだ幼さの残る奴の顔。
何でコイツが寝ているのか分からず、急いで起き上がる。
顔をしかめてから、もう一度寝顔を覗き込んでみる。
口角を柔らかく上げて幸せそうに眠る姿……以外に可愛いかも。
「って、何でよ!?」
「んー……? あ、先輩ー」
心の中で自分に突っ込んだつもりだったのに、声を荒げていたらしい。
目覚めたコイツは、うっすらと目を開けてこちらを見てにっこりと微笑む。
まだ寝ぼけているようで、ゆっくりと間延びした声だ。
「俺ねーすんごい幸せな夢見たよ」
「どんな、夢なの」
「へへ……先輩が出てくる夢」
少し照れて笑いながら、そう呟いた。そしてまた、ゆっくり瞼を閉じる。
どうやら、また夢の世界にお呼ばれしているらしい。
うつらうつらしているコイツの、茶色い髪を撫でてみる。
それを気持ち良さそうに受け止めている。やっぱ犬だ。
「私はね、すっごく嫌な夢見たの」
「そっかぁ……」
聞く気が無さそうな返事なのに、凄く優しい声。
思わず、涙が零れ落ちそうになる。
唇が震えて、上手く話せそうにない。だけど、何故か話したくなった。
「私、お父さん殺しちゃった。
小さい頃、家が火事になって、でも私は人形を取りに行ったの。
そしたら、そしたら……っう……おと、さ」
私の夢は、最後まで話されること無く終わった。
コイツが私を包み込むように抱きしめたからだった。
暖かい体温が直に伝わって、さらに涙腺を緩ませていく。
「もう、いい。もういいよ」
強く抱きしめられているのに、私の背中に回される腕は優しかった。
涙が止まらなくて、小さな子供みたいに大きくしゃくりあげる。
大きな手が私の頭を撫でた。傷を癒すように、何度も何度も。
「有香、おやすみ」
前髪を退かされた後、額に熱い唇が触れた。
次に眉のすぐ下に熱が触れて、ゆっくりと私の瞼を降ろしていく。
眠くなかったはずなのに、不思議と夢の世界へと吸い込まれていった。
「今度はきっと、幸せな夢だよ」
朦朧とする意識の中、お日様のような暖かさを感じながら、私は思った。
私の名前を呼んだ犬みたいな奴――弘幸の夢を見たいと。
END
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