(8)ちょっとした対抗心
「ソニア殿、失礼する」
「あれ? お出かけでしょうかね?」
例によって例のごとく約束無しに押しかけたエリアスとアレクシスだったが、家の中に人がいる気配がなく、困惑した顔を見合わせた。
「初対面の人間だと迷うから、先触れを出せないのが痛いな」
「地元の人間に頼むにしても、一々魔女殿と面識がある人間を探すのも手間ですしね。どうしましょうか?」
しかし二人が思案しているうちに、奥からソニアが現れた。
「おや、いらしていたのですか。先程まで裏の畑におりましたので、気がつかなくて失礼しました」
会釈した彼女に対し、エリアスが恐縮気味に頭を下げる。
「こちらこそ、度々先触れなしで押しかけて申し訳ない」
「時期的に考えて、先の見通しを付けられましたか?」
「ああ。目を通していただけるか?」
「拝見しましょう。こちらにどうぞ」
ソニアは二人を促し、これまで通り三人でテーブルを囲んだ。するとアレクシスが、持参してきた用紙の束をテーブル上に並べながら神妙に告げる。
「魔女殿、ご覧ください」
「これは……」
かなりの枚数の地図と文章、図表などを一枚ずつ手に取ったソニアは、その内容を確認していく。
「こちらが植栽範囲の全体図……、それでこちらが区割り表に、区割りごとの経時的な植え替えスケジュール……」
ブツブツと呟きながら斜め読みしていくソニアの手の動きが止まったタイミングで、エリアスが尋ねた。
「ソニア殿。どうだろうか?」
すると彼女は満足そうに頷く。
「完璧ですね。さぞかし根を詰めて立案されたかと。アレクシス様、本当にご苦労様でした」
そこで視線を向けてきたソニアに笑顔で労われたことで、アレクシスは感極まったように涙目で応じた。
「分かってくださいますか、魔女殿!! ええ、もう本当に死に物狂いで頑張りましたとも!! でも魔女殿から頂いた薬草茶のおかげで、寝付きも寝起きも快適でした!! こちらこそ、ありがとうございます!!」
「お役に立てたのなら何よりでした」
二人で楽しげに言葉を交わしていると、若干面白くなさそうなエリアスの声が割り込む。
「ソニア殿。一応、指示したのは私なのだが?」
「指示だけ出して、下に丸投げされましたよね?」
「それはそうだが……」
「変な事で拗ねないでください。準備はできたようなので、お約束通りこの前お話しした物をお渡ししましょう。奥へどうぞ」
苦笑しながらソニアは立ち上がり、エリアスが憮然としながら、アレクシスが嬉々としてその後に続いた。
ソニアが先導してさほど広さのない家の中を進み、奥の勝手口の扉を開ける。
「ここから裏に出ますので」
「ほう?」
「これは……」
彼女に続いて外に出た二人は、目の前に広がる光景に思わず息をのんだ。正面から見た時には、家の左右と背後に木々が生い茂っていた筈が、左右と奥行きともに何十メートルに渡って開墾されたような、立派な畑が広がっていたからである。いつの間にか一つの植木鉢を手にしていたソニアが迷いのない足取りで畑の中の通路を歩き出し、二人は半ば呆然としながらそれに続いた。
「ソニア殿? 随分と広くないか?」
「鬱蒼とした森の中に、こんなに開けている場所があるとは……。予想できませんでした」
「そうですか?」
背後から聞こえる男二人の正直な感想に、ソニアは前を向いたまま小さく笑った。するとエリアスが、真剣な面持ちで周囲を観察しながら推測を述べる。
「もしかしたら……、森の入り口からあの家まで真っ直ぐ進んで来たつもりだが、魔術でそう誤認させているだけで、同じ場所をぐるぐる回ってそれなりの距離を歩いているのか? かなり奥に入ったつもりだったが、実はこの家は入り口から大して離れていない場所にあるのでは?」
「さぁ……、どうでしょう?」
ソニアは足を止めないまま、おかしそうに笑った。すると主君の話を聞いたアレクシスが、納得したように頷く。
「そうか……、ここまで日陰にならないかなりの広さの畑を作れるのは、それなら理解できますね。あそこに井戸まで作ってありますし」
「魔術を使えば、広い範囲の水撒きも容易だろうな。手入れも育ち具合も良好のようだ」
「整然と植えられていますね。本当に凄いな」
そんな話をしているうちに、ソニアは畑の一角で足を止めた。そして両手で植木鉢をかざすと、その足下の土が大きな塊になってゆっくりと上昇してくる。そのままソニアの顔の高さ付近まで上がってきた塊は、静かに植木鉢の中にスッポリと収まった。
「さて、と……。これで良し」
ソニアは植木鉢を見下ろし、二人に向き直ってそれを差し出す。
「これがお約束の植物です。今はいわば眠っている状態なので、一緒に成長促進剤の瓶を差し上げますね。現地に届けてから、タイミングを見計らってそれをかけてください」
「分かった。ありがたくいただこう」
「それでは家に戻りましょうか」
植木鉢はアレクシスが受け取り、三人は元来た道を引き返し始めた。するとエリアスが声をかけてくる。
「ソニア殿にお伺いしたいが、甘い物はお嫌いだろうか?」
予想外の問いかけに、ソニアは軽く背後を振り返りつつ答える。
「はい? 別に嫌いということはありませんよ?」
「そうか。それはなによりだ」
そこで質問は終わり、ソニアは何だったのだろうと思いながらそのまま歩き続けた。家に戻った彼女は、予め用意しておいた成長促進剤入りの瓶を取り出すため、作業場に入る。そして再び二人を待たせていた場所に戻ると、何故かエリアスの姿がなかった。
「お待たせしました。殿下はどちらに?」
「馬に積んで置いた荷物を取りに……、ああ、戻りました」
アレクシスに言われて、ソニアは出入り口の方に視線を向けた。するとエリアスが、綺麗に包まれた箱を差し出してくる。
「ソニア殿。土産というか、今回の謝礼の先渡し分があるので受け取ってくれ。甘い物を好まないなら持ち帰るつもりでいたが、大丈夫なようだからな」
その申し出に、彼女は困惑気味に言葉を返した。
「別に、お気遣いいただかなくてもよろしいのですが……」
「こちらの気が済まないのでな」
「分かりました。それではありがたく頂きます」
「一応言っておくが、これは部下に丸投げして選ばせたり、買わせたりしていないからな?」
大真面目に主張してきたエリアスを見て、ソニアは思わず笑ってしまった。
「まあ、それはそれは……。大公殿下手ずからご購入いただいた物なのですね? ありがたくいただきます」
(偉そうにふんぞり返っているだけの人ではないと思っていたけど、意外に可愛らしいところもあるのね)
そしてソニアは笑いを堪えながら、彼らを見送ったのだった。




