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深き森の魔女は、ただ静かに暮らしたい  作者: 篠原皐月


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(7)新たな相談

「それで? 今度は、どんなことでお困りなのですか?」

「害獣だ」

「害獣、ですか?」

「隣国との境界にある森で熊や猪が大量発生しているらしく、付近の集落や耕作地にかなりの数が出没して、怪我人や農作物の被害が多発している」

 重々しくエリアスが告げた内容を聞いたソニアは、被害を受けた者達に同情しつつも、不思議そうに小首を傾げる。


「該当する地域の方々は気の毒ですが、普通に駆除すれば良いだけの話ではありませんか?」

「数が多い上、知恵が付いているらしく、人間が姿を見せると森に引っ込んでしまうのでな。動員の割には効果が出ていない」

「はぁ、そうですか……」

 何となく納得しかねる顔つきで、ソニアは考え込んだ。そのまま少し沈黙が続いたことで、エリアスが怪訝な顔で尋ねる。


「ソニア殿。今の話に、何か不審な点でもあるのか?」

「国境沿いの森という場所と、駆除に手こずるというのが少々引っかかりまして。人為的である可能性を一瞬考えました」

 すると今度は彼の方が、顔つきを険しくしながら問いを重ねる。


「ほぅ? 獣を思い通りに操って、隣国の住人を襲わせるような魔術でもあると仰る?」

「そんな魔術は、私が知る限りありません。一応、考えてみただけです」

「そうか。それなら良いが」

「そうですね……、ちょっと調べてみましょうか」

 独り言のように告げたソニアは、中空に右手を伸ばして指を鳴らした。その瞬間、目の前の何もない空間から一冊の分厚い本が現れ、軽く落下して彼女の左手に収まる。


「うぉっ!?」

「はいぃ!?」

 突然出現した本を目の当りにした彼らは、揃って驚愕の声を上げた。そんな動揺著しい彼らに向かって、ソニアが申し訳なさそうに謝罪する。 


「申し訳ありません。収納してある場所から取り出しただけですが、驚かせてしまいましたね」

「取り出しただけって……」

「どこにしまってあるんですか……」

 ひたすら唖然としている二人を半ば無視して、ソニアは早速本の内容に目を通し始めた。その間、二人は大人しくお茶を飲んでいたが、少ししてから彼女が呟く。


「ああ、そう言えば、あれが使えそうですね。ちょうど良かった」

 そこでソニアは顔を上げ、エリアスに申し出た。


「殿下。この家の裏手に畑を作ってあるのですが、その一角にある植物を植えてあるのです。今は葉だけの状態ですが、その花が咲くと人間には特に問題ありませんが、動物が忌避する強烈な香りを発します。獣が出現する森を囲むように、それを植えてください。一ヶ月程度それを咲かせておけば、獣が寄りつかなくなるでしょう。上手くいけば、元の生息域に戻るかもしれません」

 話を聞いた彼は一瞬安堵した顔つきになったが、すぐに現実的な問題を指摘する。


「そういう植物があるのはありがたいが、森を囲むように植えるとなると相当な量と時間が必要になる。その植物は大量に植えてあるのか? ここの裏手というと、それほど広さはないと思うが」

「確か二株か三株だけです」

 それを聞いたエリアスは、がっくりと肩を落とした。


「ソニア殿。それではいつまで経っても終わらないぞ」

「安心してください。強力で危険な成長促進剤を一緒にお渡しします」

「何だ、それは……」

「その成長促進剤を与えると、その植物は翌日花が咲きます。更にその翌日に一株が二株に分裂します。そしてその翌日には更に倍の四株、更にその翌日には八株に増えるという感じで、倍々のペースで増えます」

 にこやかに微笑みながら告げられた内容を頭の中で考えたエリアスとアレクシスは、困惑しきった表情になった。


「ええと? ……ちょっと待て」

「何か……、十日もしないうちに、とんでもない数になりそうなのですが?」

「強力で、危険といった意味がお分かりですね? 花が咲いているのは、一週間程度。ですから花が咲き終わったら、不要になった株はすぐに地面から抜いて焼却処分しなければいけません」

「それを怠ると、延々と増え続けるか……。なるほど」

「そうなると……、予め、その植物を植える範囲や場所を決定しておいた上で、どこにどれだけどのタイミングで植えるのか、計画を立案しておく必要がありますね」

 既に計画のたたき台を頭の中で構築し始めたらしいアレクシスに、ソニアは微笑みながら頷いてみせる。


「その通りです。必要な範囲に植え終わってから、一ヶ月はローテーションを組んで花を咲かせるのと駆除するのを、計画通り実行する必要があります。計画を立てても、現地でその通り実行できないと意味がありません。そちらの方は可能でしょうか?」

 ソニアは、今度はエリアスにお伺いを立てた。それにエリアスが、少しだけ考え込んでから真顔で応じる。


「そうだな……。該当箇所を治めている者はそれなりに有能だし、領民からの信頼も厚い。こちらで綿密に計画を立案すれば、十分実行できると思う」

「それではまず、計画を立ててみてください。それを見て実現可能そうであれば、必要な物をお渡ししましょう」

「分かった。それでお願いしよう。お前も構わないな?」

「はい、戻ったら早速作成にかかります」

 主従で話を纏めてから、エリアスはソニアに視線を戻した。


「それでは取りあえずお願いするとして、今回も策を授けていただいたのだからお礼をしたいのだが。何か希望の物はあるだろうか?」

(できれば二度と面倒ごとを持ち込んだり、そもそも来て欲しくないのですが……)

 そう面と向かって言いたかったソニアだったが、言っても聞き入れてくれない気がする上、エリアスに初対面ではないような引っかかりを覚えていたため、適当にお茶を濁すことにした。


「大したことはしておりませんし、謝礼に関しては事が上手くいってからの話でよろしいですよ?」

「そうか。それでは改めて、経過を報告に来ることにしよう」

 そこで彼らはお茶を飲み終わったタイミングで腰を上げ、アレクシスは薬草茶を貰って礼儀正しく辞去した。

 家の前の木に繋いでおいた馬の手綱を引いて、二人は元来た道をゆっくり戻っていく。そして森を抜けてから、エリアスがさりげない口調で問いを発した。


「アレクシス。お前は人並みに身長があるよな?」

 前方を歩きながらの問いかけに、アレクシスは半ば呆れながら言葉を返した。


「いきなり何を言い出すんですか。見れば分かるでしょうが」

「お前がソニア殿と視線を合わせると、目線が幾らか下になるよな?」

「当たり前じゃないですか。上を見ないといけなかったらショックですよ」

「だが、世間一般の高齢の女性と相対する時ほど、下は向かないよな?」

「…………殿下?」

 笑いを含んだ口調に、何かを察したアレクシスが慎重に問い返す。するとエリアスが楽しげに語った。


「ローブで体型は分からんが、少なくとも腰は曲がっていないようだ。見た目は多少誤魔化せても、全身を変えて見せることは不可能らしい。魔女といえども、万能ではないということだな」

「はぁ……、そういうことですね……」

「ソニア殿の実年齢は、どれくらいなのだろうな?」

「詮索好きの男は嫌われますよ?」

「それはいかんな。気をつけよう」

 そこで高笑いしたエリアスはアレクシスを促し、騎乗して城に戻っていった。





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