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深き森の魔女は、ただ静かに暮らしたい  作者: 篠原皐月


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5/11

(5)計略


「ディアーナ嬢は、自身の結婚相手に地位や権力、更には財力を保持している殿方を求めておられる様子。それに加えて、殿下がそれなりに見栄えが良い事からすると、下世話な言い方をすると面食いでは?」

「ああ。その通りだ。それでそこそこ条件が良い縁談には見向きもしない」

「それではリベルス大公領内の貴族ではなく、アルテリア本国内ではどうでしょう。若い方でなくてよろしいのです。ご高齢で連れ合いを亡くされて、後妻に入る方を探している方などおられませんか?」

「はぁ?」

 突拍子もない事を尋ねられ、エリアスは呆気に取られた顔つきになった。しかしソニアは真顔のまま話を続ける。


「由緒正しき名門のご当主、もしくは先代。あるいはアルテリア王家と縁戚関係があり、順位は低いながらも王位継承権がある方で、それなりの財力がある方ならディアーナ嬢も文句は言いますまい」

「いや、ちょっと待て」

「ああ、そう言えば容姿の問題もありましたね。殿下。私が今口にした条件に合致する方は、アルテリア国内に一人もいらっしゃいませんか?」

 そこでエリアスは、困惑顔のまま考えを巡らせる。


「ええと……、それは、まあ……、私が知る限り、一人おられるが……」

「どのようなお方ですか?」

「先代国王の代に大公位を賜った方で、王位継承権は十何位だったか。領地運営に手腕を発揮して、財政的にも豊かだ。整った顔立ちで若い頃は女性関係が派手だったが、細君と出会って愛妻家に変貌した。先年、その夫人を亡くされて、かなり気落ちされているらしい。周囲が後妻を世話しようとしても、本人が首を縦に振らないとか。私も割と懇意にしていたので、少々心配に思っていた」

 そこまで話を聞いたソニアは、顔つきを明るくして声を上げる。


「まあ! うってつけの方ではありませんか!」

 しかしエリアスは、渋面になりながら言葉を返した。


「魔女殿……、幾ら何でも無理があるだろう。相手は六十近くの老人だぞ? 幾ら地位や血統や財産があっても、彼女がそんな年寄りとの縁談を承諾する筈がない」

「その方の、お若い頃の肖像画を提示すればよろしいでしょう。何十年前の肖像画と告げなければ、鵜呑みにすると思いますよ?」

「…………」

 微笑みながらサラリと告げられた内容に、男二人は瞬時に表情を消して互いの顔を見合わせた。そんな彼らには構わず、ソニアは悪びれない笑顔で話を続ける。


「かなりの地位と王家に連なる血統と潤沢な財産を保持しておられるのは事実。それに他人の肖像画を持参するわけではないので、嘘を吐いてはおりません。ただ、少しだけお伝えしていない事があるだけですわ」

「いや、しかし……」

「この際、懇意にしておられるなら、その大公様に事情を説明して協力を仰いではいかがでしょう? 大公様直々に『由緒正しい結婚相手を探していて、自分に相応しい女性は貴女しかいないと思っている』とかの書面を送って頂くのです。一緒にかなりの金品を輿入れのための準備金として贈呈すれば、頭から信じるでしょう」

「魔女殿。そうは言うが、調べればすぐに事情は露見すると思うが……」

「仮にも一国の統治者が、そんな気弱な事を仰るものではございませんよ? 第一、国内の情報統制と情報操作は、統治に必要不可欠ではありませんか」

「…………」

 そこで不敵に微笑んだソニアを見て、エリアスは真剣な面持ちで考え得込んだ。それには構わず、彼女の主張が続く。


「確かにじっくり調べられたらまずいので、『他にも大公様の近しい家から紹介されている女性がいるので、話を撤回されないためにもすぐに了承の返事をした上で、アルテリア国に出向いて既成事実化する必要があります』とか説得して、早々に出国させれば良いのです。そうなればこちらの思う壺です」

「ええと……、どういう事でしょう?」

 さすがに意味が分からなかったアレクシスが、恐る恐る詳細について尋ねた。それにソニアが含み笑いで応じる。


「『ディアーナ嬢は、アルテリア国の大公殿下との婚姻のため出国した』と、一気に社交界に噂を流せば良いのです。向こうに着いて『話が違う!』と彼女が戻って来ても、『せっかくの良縁を反故にした』とか『早々に愛想を尽かされて門前払いになったのだろう』と陰口を叩かれるでしょうね」

「それはそうかもしれませんが、あの女が『仲介した殿下に、年寄りだと教えて貰えずに騙された』と糾弾したら、殿下の評判に関わるのですが……」

「それこそ、願ったり叶ったりではありませんか。その話が広がったら『迂闊に下手に大公殿下の意に沿わない事をしたら、ディアーナ嬢のように陥れられる』と警戒して、下手に縁談など持ちかけるような真似はしなくなるでしょう」

「………」

 そこまで聞いたアレクシスは、主君と同様に口を閉ざした。


「それに加えて、輿入れの準備金という名目で贈られた大金を、手つかずのまま置いておくとは思えません。ディアーナ嬢の輿入れを反故にするなら、当然その金品を全て返却するのは当然。ですが、ラルグ子爵家にそれができるかどうか……。そうなると、宗主国であるアルテリア国王家に連なる方を巻き込む、国交上の大問題。さあ、単なる子爵家などどうにでもできる、大義名分のできあがりですわ」

「…………」

 ソニアが話を終わらせたことで、室内が静まりかえった。しかし少しして、微かな笑い声が生じる。


「ははっ……」

「うふふ……」

 しかしその微かな笑い声は、すぐに「あはははは!」「おほほほほ!」という盛大な高笑いに取って代わった。そして笑い終えたエリアスが、如何にも楽しげに語りかける。


「いやはや、魔女殿。虫も殺さないようなお顔で、なかなかお人が悪いな」

「まあ……、どこからどう見ても悪人面の大公様だけには、言われたくありませんわね」

「そうと決まれば長居は無用だ。アレクシス、城に戻るぞ」

「はい! あの連中相手に遠慮は無用ですし、我々の腕の見せ所ですね!」

 機嫌良く立ち上がったエリアスの隣で、アレクシスが嬉々として立ち上がる。そして踵を返しかけたエリアスだったが、何かに気付いたように再びソニアに向き直った。


「魔女殿。貴重なご助言、感謝する。ついては、最後にもう一つお伺いしたい事があるのだが」

「何でしょう?」

「貴女のお名前を伺っておきたい。歴代の魔女殿と一括りにして、『魔女殿』と呼ぶのもどうかと思うのでな」

「私は一向に構いませんが?」

「私がすっきりしない」

 ソニアは一瞬迷う表情になったものの、自身の名前を告げる。


「それでは、ソニアとお呼びいただければ……」

「よし、分かった。それではソニア殿、今日は世話になった。この次に出向く時には今回の謝礼を持参する他に、諸々の報告をするので楽しみにしていてくれ」

「はい? この次とは、まさかまた来るつもりでは」

「魔女殿! 絶対にあの愚か者どもを、計略に嵌めてみせますので! それでは失礼します!」

「あの! ちょっと!」

 何やら聞き捨てならない台詞に慌てて問い質そうとしたものの、男二人が駆け出す勢いであっという間に家から出て行った。それを呆然と見送ってソニアは、一気に脱力してテーブルに伏せながら呻く。


「どうして再訪するのが前提になっているのよ……。それにしても、十二年も経過してからあの人達の話を耳にするだなんて、予想だにしていなかったわ。それに、どこまで考え無しなのやら……。これに懲りて、少しは大人しくしてくれれば良いのだけど……」

 この地で暮らし始めてから最大級の厄介事勃発に、ソニアは八つ当たり気味に恨み言を漏らした。



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