(4)ろくでもない事情
「かつての主君の血統を尊ぶ気持ちは分からないでもないが、当人の資質とこちらの意向を丸無視で縁談を押しつけてくるのは、甚だ迷惑でな」
「迷惑どころか、害悪そのものですよっ!! 揃いも揃って、あの穀潰しどもがっ!!」
「はぁ……」
物憂げな口調でエリアスが告げると、その横でアレクシスが吠える。なんとコメントすれば良いかと困惑したソニアを見て、エリアスが苦笑気味に側近を宥めた。
「アレクシス、落ち着け。魔女殿が当惑されておられる」
しかしこれまで色々と溜め込んできた怒りが振り切れたのか、アレクシスの非難の声は更にヒートアップした。
「落ち着いていられますか! 魔女殿、聞いてください! あの頭の足らない女! 周りの脳天気どもの話を真に受けて『大公殿下の伴侶に相応しいのは、王家の血筋を引く私しかおりませんわね。結婚して差し上げても構いませんのよ?』と面と向かって言い放ったんですよ!? しかも大公領内の貴族を集めての、リベルス併合記念日の祝宴の真っ最中に!!」
「……ありえませんわね」
その場面を想像したソニアは、思わず片手で額を押さえて呻いた。その反応に気を良くしたアレクシスが、顔つきを明るくして同意を求める。
「そうでしょう! 魔女殿もそう思われますよね!?」
「本当に、場をわきまえない困った方ですね。因みにその時、どのように対応されたのでしょう?」
その問いにはエリアスが答えた。
「当面、誰とも結婚する意思はないと、即座に突っぱねた」
「それは……、ある意味状況を悪化させたのでは?」
「……それは否定しない」
不機嫌そうに黙り込んだ主の後を引き取るように、アレクシスの訴えが続く。
「殿下がキッパリ拒否したにも関わらず、あの女は『国王である父君の許可を得るのに、時間がかかるのは理解しておりますわ』とか自分本位に解釈しましてね。大公殿下に最も相応しいのが自分だと主張するだけならまだしも、同年代の令嬢達を敵視して陰湿な嫌がらせをしたり、他の女性達の根も葉もない悪評を振り巻いてます。それで最近では、元々ディアーナ嬢を推していた貴族に加え、被害を受けた令嬢の親兄弟が『迷惑なので、さっさとあの女と結婚してください』と要請される羽目になっているんですよ」
そこまで彼の話に耳を傾けたソニアは、理解に苦しむ表情になった。
「なんですか、それは……。それではまるで、大公殿下が人身御供のようではありませんか……」
「この国の者達にとっては、所詮私は余所者だからな。身体を張って、庇う気にはなれないのだろう。上に立つなら、面倒ごとを引き受けろということだな」
自嘲気味に笑うエリアスを見て、再びアレクシスが憤慨しながら悪態を吐く。
「確かに元は王女だったかもしれないが、今は単なる子爵令嬢だろうが! 格上の侯爵令嬢とか伯爵令嬢相手に、派手にやらかしてくれやがって! 何様のつもりだ!」
そこでソニアは、控え目に意見を述べた。
「あの……、そのディアーナ嬢の不始末の責任を兄君のラルグ子爵に取らせて、事を収めるとか」
「あの無能にそんな芸当などできん」
「率先して、妹の大公家への輿入れを決定事項のように公言していた、底抜けの馬鹿ですよ?」
「そうでございますか……」
最後まで言い切る前に、男二人から冷ややかな視線と声で遮られたことで、ソニアは神妙に頷いた。
「そうなると事を穏便に収めるなら、殿下が他の女性とご結婚するのが一番手っ取り早い筈ですが、先程縁談はお断りしている云々と伺いましたし、本当に当面ご予定はないのですね?」
「ああ、その通りだ。それでディアーナ嬢には良い縁談を複数紹介したのだが、言下に断られた」
「しかも『格下の伯爵家の分家の人間などと結婚する気はないわ』と罵倒したおまけ付きです。それ以来、めぼしい縁談を紹介できなくなったんですよ」
二人が重々しく頷いたのを目の当たりにしたソニアは、顔を強張らせながら問いを発する。
「その……、まさか、先程の惚れ薬を調合して欲しいというお話は……」
「最近、色々と心労が重なっていたもので……。珍しい話を耳にしたもので、つい魔が差したというか何というか……。そういう薬があれば、彼女も大人しく適当な相手と結婚してくれるのではないかと……」
「あの馬鹿女『殿下がいつまでも独り身でおられると、男色家などではとろくでもない噂が立ちかねませんわよ? なるべく早く結婚するべきですわ』とか、したり顔で言いやがって……。そんな根も葉もない噂を吹聴しているのは、てめぇとその取り巻き達だろうが……」
「事情は良く分かりました……」
どこか遠い目をしながら呟くエリアスの隣で、怒るのを通り越して脱力した様子でアレクシスが愚痴る。そこまで聞いたソニアは、とうとう両手で額を押さえながら項垂れた。
(何て傍迷惑で、自分本位で勝手な女なのよ……。子どもの頃から他人を見下していたし底意地は悪かったけど、成長して丸くなるどころか悪化したみたいだわ。そんな人を推している人も、揃いも揃ってろくでもないわね)
心底うんざりしながら考えを巡らせたソニアは、ちょっとした提案をするべく顔を上げる。
「大公様が、大変お困りなのは分かりました。つきましては一つ考えがあるのですが、聞いていただけますか?」
「お伺いしよう」
「他人の心を操るような惚れ薬などは存在しませんが、要はディアーナ嬢が他の男性との結婚を了承すれば良いのです」
「それは確かにそうだが……、どうすれば良いと?」
困惑顔になったエリアスと視線を合わせながら、ソニアは落ち着き払って言葉を継いだ。




