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深き森の魔女は、ただ静かに暮らしたい  作者: 篠原皐月


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(3)激高と弁明

「話を元に戻しましょうか。お二方の身元は分かりましたが、どのようなご用件でこんな所に出向かれたのですか?」

 ソニアに促され、エリアスが表情を引き締めながら話を切り出す。


「魔女殿は時折地元の者に依頼されて、様々な薬を調合すると耳にしたのだ。なかなか効き目が良くて、重宝されているとか」

「そうですね。基本的に自給自足の生活をしておりますが、どうしても私一人では入手できない物もありますから。それで物々交換でお渡しする場合もあります」

「様々な病や怪我に用いる薬を調合できる他に、かなり特殊な薬も作れるとか……」

 慎重に探るような問いかけをされたソニアは、僅かに眉根を寄せながら言葉を返す。


「……誰が、何をどんな風に殿下に語ったのか気になりますが、要するに殿下は、私に作って欲しい薬がおありなのですか?」

「ああ。全くその気がない女性が、それを飲めば特定の相手を好きになる、要するに惚れ薬のような物を作れるだろうか?」

「…………」

「魔女殿?」

 そこで口を噤んだソニアの顔から、綺麗に表情が抜け落ちた。異常を感じたエリアスが控え目に声をかけると、彼女は両目を細め、蔑むような笑みを浮かべながら独り言のように告げる。


「まぁまぁ……、そうでございますか……」

「その……、魔女殿? まるで生ゴミでも見るような目は、できれば止めていただきたいのだが……」

「そうですね……。生きているゴミは、生ゴミと申しますね……」

「魔女殿、それは意味が違うと」

「お黙りなさい!!」

 エリアスが言いかけた瞬間、ソニアは憤怒の形相で相手を叱責した。そして力任せに拳でテーブルを叩きながら絶叫する。


「情けないにも程があります!! 仮にもこの国を治める大公である方が、得体の知れない魔女が作る得体の知れない惚れ薬などで、振り向いて貰えない女性の心を得ようなどと本気で考えるとは!! 恥を知りなさい!! それなら権力を乱用して、無理矢理政略結婚に持ち込む方がいっそ清々しいです!!」

 ソニアの剣幕を目の当たりにしたエリアスは、そこまで相手を激高させるのは予想外だったため、反射的に頭を下げて謝罪した。


「いや、全くその通りだ。気分を害されたのなら申し訳ない」

「気分を害したなどと、生易しいものではございません!! そもそも、そんなくだらない企みに、私が乗ると思われていたのなら言語道断です!! これ以上の侮辱はございません!! そんな都合の良い惚れ薬など存在しませんが、仮に存在したとしてもお渡しなどするものですか!! 馬鹿にするのもいい加減にしなさい!!」

「決して侮辱するつもりはなかったのだが、改めてお詫びする。誠に申し訳なかった」

 ここでひたすら頭を下げる彼の隣でアレクシスが必死の形相で訴え、主に倣って頭を下げた。


「魔女殿! 弁解させていただければ、あの性格ブス非常識女の事がなければ、我々も惚れ薬などと荒唐無稽な話に耳を傾けるつもりはなかったのです! 私からもお詫びします! 不快な思いをさせて、本当に申し訳ありませんでした!」

(何よ、それ……。何やら、嫌な予感がひしひしと……。本能がこれ以上関わり合うなと警戒しているようだけど、何だか気になるわ……)

 目の前の男達が本心から謝罪しているのを感じたのと、妙に気になる言葉が出てきてしまったことで、ソニアは怒りを静めて話の続きを促してみる。


「一応、言い分があれば聞いておきましょうか。どのような事情があると仰るのですか?」

 そこで頭を上げたエリアスは、真顔で語り始めた。


「魔女殿は、この国が十二年前にアルテリアの侵攻を受けた後、リベルス王家がラルグ子爵の位と、国境沿いの小さな領地を賜ったのはご存じだろうか?」

「勿論、存じています。それまでの王家直轄領はリベルス大公領となり、アルテリア国王の弟に当たる方がリベルス大公に任じられて、この国の政務を十年間担ったのですよね? そして二年前からは、エリアス殿下がその任に就かれた」

「その通り。そのラルグ子爵家には、最後のリベルス国王であったケイオス殿と、その妹であるディアーナ嬢、お二方の母君がおられる」

「はぁ……、そうでございますか。それで?」

 因縁がありすぎる者達の名前が出てきたが、ソニアは大して動揺はせずに耳を傾ける。


「侵攻とは言っても、ケイオス殿は父王急逝の後を継いだ若輩者であった上に、著しく人望に欠けていた。それで殆どリベルス側の抵抗らしき抵抗を受けず、この国を併合できたわけだ」

「……確かに、そのようでございましたね」

「叔父上が統治した十年間、元々のリベルス国の貴族達とは多少の軋轢があったが、大きな問題は生じてはいなかった。だが、叔父上と入れ替わりに私が大公位に就いた途端、ある種の問題が生じた」

「今更、どのような問題が?」

 自分が把握している限りではあるが、十年間内乱や抵抗運動など皆無だった筈であり、どういう事かとソニアは不思議に思った。するとエリアスが、軽く溜め息を吐いてから重々しい口調で述べる。


「私が独身だったことで、妙齢の旧リベルス国の貴族令嬢達との縁談が、同時多発的に持ち上がった」

 そっちかとソニアは脱力しかけたが、ふと疑問に思ったことを口にしてみた。


「それはお察ししますが……、因みに殿下は今お幾つですか?」

「二十七歳だ」

「とっくに妻帯されておかしくない年齢ですが、アルテリア国におられた間にも縁談などはなかったのですか?」

 その問いかけに何故かエリアスは言葉を濁し、半ば強引に話題を変える。


「ああ、その……、確かに色々話はあったのだが、丁重に断っていたのでな。それでこちらで持ち上がった縁談では、面倒な問題を含んでいるのだ」

「面倒な問題とは?」

「リベルス大公である私の妻に、旧リベルス王室の人間であるラルグ子爵家のディアーナ嬢を望む貴族が、一定数存在するという事実だ」

「……なるほど。良く分かりました」

 自身にとっても完全には他人事ではない事態に、ソニアは密かに頭痛を覚え始めた。




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