(2)意外に意気投合
「こちらにおかけください」
「失礼する」
食卓と思われる使い込んだ木製のテーブルと四脚の椅子を指し示された二人は、素直に片側に並んで腰を下ろした。ソニアはその向かい側に落ち着いてから、徐に話を切り出す。
「さて……、それではあなた方の名前をお伺いしたいのですが」
そこで、まず彼女の向かい側に座ったエリアスが口を開いた。
「エリアス・ルード・アルテリアだ。二年ほど前に父であるアルテリア国王からリベルス大公位を賜り、こちらに赴いた。それ以降は、旧リベルス王国王都であるグレイルに滞在している」
「私はアレクシス・ドルナーと申します。アルテリアから、エリアス殿下に同行して参りました。行政補佐官の任に就いております」
その自己紹介を聞き終えたソニアは、眉根を寄せて考え込む。
「大公様と、その側近の方ですか……。当然、二年前までアルテリア国にいらっしゃいましたし、入国後もこちらに足をお運びになった事はございませんね?」
「ああ、そうだな」
「魔女殿には、何かご不審な点がおありですか?」
アレクシスが不思議そうに問いを発したことで、ソニアは困惑気味に事情を説明する。
「実はこの森には、私とは面識がない人間のみで足を踏み入れると、その者を延々と森の中を彷徨わせる魔術を展開させてあるのです。それで地元の者が私に用事がある時には、私と面識がある者が同行することになっているのですが……。私の話をどこで耳にしたのかは分かりませんが、その説明はされなかったのですか?」
それを聞いたエリアスは、憮然とした顔つきになって溜め息を吐いた。
「……そんな話は聞かなかったな」
「あの野郎……。俺達を迷わせて野垂れ死にさせて、馬を売り払って金に換えるつもりか!! 戻ったら、覚えてろよ!?」
主君ほど心が広くなかったアレクシスは、憤然として怒りの声を上げた。ソニアはそんな彼を苦笑気味に宥める。
「アレクシス様、そう怒らずに。元は隣国の王族である大公殿下が乗り込んで以降、この国が大きな混乱もなく治められているのは、こんな所に引き籠もっている私にも理解できております。ですが、どうしても余所者との意識が強い住民もいるのでしょう。どんな人相風体の男か教えていただければ、私の方から窘めておきますので」
「アレクシス。魔女殿もこう言っておられる。落ち着け」
ここでエリアスに言い諭されたアレクシスは、何とか怒りを抑え込む。しかしソニアに釘を刺すことは忘れなかった。
「分かりました。ですが本当に馬が売り払われていたら、それ相応の処罰を下しますのでご了解ください」
「それは仕方がありませんね。お任せします。それにしても……、面識がないお二方があっさりここまで到達したのであれば、いよいよ私も長いことはないのかもしれませんねぇ……」
頬に片手を当てながら、ソニアは悩ましげに溜め息を吐いた。そんな彼女を眺めたアレクシスは、思わず考え込む。
(先程も、寄る年波で耄碌したとかしないとか言っていたが、この女性は一体何歳なんだ? 確かに総白髪で顔も手も皺だらけだが、顔色は悪くないし肌つやも良さそうなんだよな。地元の人間は『深き森の魔女は二百年前から生きている』とか世迷い言を言っていたが、まさか本当ではないだろうな?)
そこまで考えたアレクシスが寒気を覚えていると、隣に座るエリアスが真顔で問いを発した。
「魔女殿。一つお伺いしてもよろしいか?」
「はい、何でございましょう?」
「魔女殿は、今現在何歳なのだ?」
「…………」
「殿下! いきなり何を言い出すんですか!?」
唐突に発した台詞に、ソニアは僅かに不愉快そうに顔を歪め、口を噤んだ。微妙に不穏な気配を察したアレクシスは、慌てて主君を窘める。するとソニアは、落ち着き払った声音で尋ね返した。
「エリアス殿下。私も一つお伺いしてもよろしいですか?」
「何だろうか?」
「初対面の女性に、面と向かって年齢を尋ねるのは、古今東西礼儀に反する行為と認識しておりましたが。それとも、アルテリアでは礼儀に適った行為なのでしょうか?」
うっすらと不気味に微笑みながらも問いかけに、エリアスは素直に頭を下げて謝罪した。
「いや、そのような行為は、アルテリアでも非礼に当たる。気を悪くされたのなら謝罪しよう。申し訳なかった。だがどうも魔女殿は、見た目通りの年齢ではないような気がしてな」
再び顔を上げたエリアスは、慎重に探るような目を正面のソニアに向けた。対する彼女は、おかしそうに笑って応じる。
「あら、まぁ……。因みに見た目で判断すると、私は何歳くらいに見えておられるのですか?」
「そうだな……、見た目は七十から八十歳にかけてか? 現にそこまで長命の方に、実際にお目にかかった経験はないのだが。だが、この森周辺の住民達の話が気にかかってな」
「皆が何と言っていたと?」
「深き森の魔女は、二百年前から生きているそうだ。だが、幾ら魔術が使えても寿命を延ばすことは不可能だろう。そう考えると、確かに深き森の魔女は確かに二百年前から存在するが、それは何代も代替わりして名前と外見を引き継いできたと考えれば納得できる。そうではないのか? あなたは何代目だ?」
「…………」
「え!? そうだったんですか!?」
含み笑いで沈黙を保ったソニアとは対照的に、アレクシスが驚愕の叫びを上げた。それを聞いたエリアスが、側近に呆れ果てたような視線を向ける。
「お前……、まさか本当に、あの話を真に受けていたのか?」
「ですが、話を聞いた全員、そう信じ込んでいましたよ!?」
「それはそうだろう。魔法使いは畏怖されると同時に、迫害を受ける対象でもある。それを回避するためには尋常ではない存在であるのを示し、ある程度の恐怖を植え付けるのも策の一つだ。歴代の魔女は地域の住人と良好な関係を築きつつ、必要以上に介入させないように策を講じていたのだろう。違うか?」
そこで再度尋ねられたソニアは、楽しげに笑い返した。
「そのように指摘されたのは、私が当代になってから初めてですよ」
「やはりそうか。そうなると先程の道を迷わせる魔術を行使するくらいだから、見た目も変える魔術などお手の物ではないかと思ってな」
「なかなか鋭くていらっしゃる。それで、先程の実年齢のお尋ねですか……」
「そういうことだ。どうだ? 教えて貰えるか?」
「女性には秘密の一つや二つは付きものですよ? 野暮な事を仰らないでいただきたいですね」
「それは失礼した。謎は謎のままにしておこう」
楽しげにそんな会話を交わしている二人を、アレクシスは呆気に取られながら眺めた。




