(1)初対面の再会
滅多に人が訪れない、静寂が満ちる森の奥。その一角に存在するこじんまりとした家の中で、ある日、困惑した声が漏れた。
「……あら?」
その家の主である若い女性が、鈴の音に似た警戒音を耳にしてすぐに壁に掛けてある鏡を覗き込むと、そこに見覚えのない若い男性二人を認めて小首を傾げる。
「おかしいわね……。私、どちらとも会った記憶はないのだけど……」
彼女は困惑の色を深めながら、少しの間鏡を凝視していた。
その出来事が、それまでの彼女の穏やかな生活を一変させていくきっかけとなった。
※※※
地元の領民から話を聞き、ここまで乗ってきた馬を預けて森に足を踏み入れた男二人は、森の入り口から一直線に続いている細い道を歩いていた。
「リベルスに来て二年近くになるが、旧王都グレイルの外れにこんな鬱蒼とした森が広がっているとは、全然知らなかったな」
周囲を見回しながら、エリアスは感心した口調で述べた。しかし彼に付き従ってきたアレクシスは、そこまで悠長に考えてはいられなかった。
「エリアス様。そんな呑気なことを言っている場合ではないでしょう。ここに住み着いている魔女は、気に入らない人間は決して住居には近寄らせず、森の中を延々と迷わせると地元の人間が言っていたのに……。色々手詰まりだからといって、こんな所まで出向くなんて……」
「だが、気にいるか気に入らないかは、実際に相対してみないと分からないのではないか? それなら一度は会ってくれるとは思うが。それに細い道だが森の入り口から真っ直ぐ続いているし、今のところ問題なさそうだ」
「どうしてそんなに楽観的なんですか……」
「別に、楽観的というわけではない。日頃の煩わしいことから離れて清々しい気分なのだから、小難しいことを考えたくないだけだ。それに一応、夕方まで戻らなかったら城に知らせてくれと、馬を預けた家の者に頼んでおいたから大丈夫だろう」
「戻らなくても知らせて貰えず、馬も盗まれたりしなければ良いですね」
そこで深い溜め息を吐いた側近を横目で見ながら、エリアスが愚痴っぽく呟く。
「……お前を連れて来るんじゃなかった」
「護衛の一人も付けず、殿下を一人で来させるわけにはいかないでしょうが!」
「そうは言っても、お前はれっきとした文官で護衛になりようがないじゃないか」
真顔でそんな指摘をされた瞬間、リベルス大公行政補佐官であるアレクシスの堪忍袋の緒が切れた。
「ええ、ええ、そうですよ! 荒事があっても役に立ちませんし、殿下に守って貰うしかない足手纏いですよ!! それでも殿下が『せっかく遠出するのだから、気の置けない者でないと連れ歩くのは嫌だ』と我が儘を言うから、周囲から俺が面倒ごとを押しつけられたんでしょうが!?」
「おい、アレクシス」
「何ですか!?」
「あれだろうか?」
いつの間にか足を止めたエリアスが、真っ直ぐ前方を指差す。アレクシスがその指し示す先に視線を向けると、ぽっかりと開けた場所に木造の小さな家が存在していた。
「……あれ、ですかね?」
「取りあえず、迷わずに到着できて良かったな」
「それはそれで、なんとなく嫌な予感がするのですが……」
「お前は相変わらずだな。行くぞ」
「ちょっと待ってください!」
意気揚々と扉に向かう主君の後を、アレクシスは慌てて追いかけた。
「失礼する。魔女殿はおられるか?」
出入り口と思われる扉を何度か強めにノックし、エリアスは中に向かって呼びかけてみた。しかしすぐに応答がなく、どうしたものかと二人が顔を見合わせる。するとゆっくりと内側に扉が開かれ、ドアの陰から一人の老女が現れた。
「あなた方がお訪ねの人物が『深き森の魔女』なら私ですが、どのようなご用件でしょうか? それにあなた方とは面識がないと思いますが、寄る年波で私が耄碌しただけでしょうか?」
総白髪の長い髪を背後で一つに束ね、顔に刻まれた無数の深いしわの中で、落ち着いた紫色の瞳が理知的な輝きを秘めていた。その瞳を目にしたエリアスは、一瞬意識を過去へと向ける。
(驚いたな……。彼女と同じ色の瞳を持つ人を、目の当たりにするのはこれが初めてだ。ここの国民でも、滅多に見ない色合いなのだが……)
しかし彼はすぐに気を取り直し、目の前の老女に意識を集中した。
「いや、私達が訪ねてきたのは『深き森の魔女』で間違いないし、あなたと面識がないのも確かだ。お住まいにいきなり押しかけてしまって、誠に申し訳なかった。この通りだ」
神妙に深々と頭を下げたエリアスと、主君に倣ったアレクシスを見て、彼らの目には総白髪の老女に見えているソニアは、困惑を深めながら考えを巡らせる。
(さて……、これはどうしたものかしら? いきなり案内人もなしに押しかけて来られたのだから、いつもであれば問答無用で叩き出すか森の中で遭難させるところだけど……。ここまで無事にたどり着けてしまったし、一応色々確認した方が良いわよね?)
考え込んだのは一瞬であり、ソニアは二人に声をかけた。
「外で話すのもどうかと思いますし、中にお入りください。ご用をお伺いします」
「申し訳ない。それでは少しお邪魔させて貰う」
「失礼します」
促された二人は、恐縮気味に再度頭を下げてから家の中に足を踏み入れた。




