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しるすにあたわず ー家帰ったら紫式部おったんやがー  作者: 木枯翔陽


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2/2

第2話「平安からきたもの」

 前回のあらすじ。

 限界バリバリOLの私は残業を終えて家に帰宅すると、あらまびっくり私のベッドの上でBL本を読んでいる十二単を着た女が1人おりましたとさ。

 なんと、おまけにその十二単女は、出会い頭に今読んでいる漫画の7巻をご所望と来た。

 しかし、この十二単女は一体何者でどこから来たのか。探ってみよう。


 我が自宅のリビングを点灯するなり、私はその女の異様な姿に唖然とした。

 さすがにアニメとかでこういう展開に慣れている自信はあったけど、実際見るとどうすればいいか、さっぱりわかんねー。

 とりあえず質問に答えるか。


「7巻なら結構前から無くしてて、ベッドの下にあるかも……」


「是非も無し。よっしゃ、任せとけ。くっそ、おもてぇ」


 十二単女はよぼよぼのおじいさんかの如くベッドから降りて、その場に四つん這いになる。千と千尋に出てくるあのドロドロの名のある神様みたいな動きだ。

 実は十二単ってクソ重い。おつきの人がいないと歩けないレベルの。案の定、私の小さなローテーブルの置物は、十二単に蹂躙され全て奈落へと叩き落された。

 十二単女は裾を限界まで引き上げると、ベッドの下に手を突っ込んでいく。埃塗れで汚いと言うのに、なんとためらいのない。行動を見る限り、どっかの偉いお姫様ってわけではなさそう。

 私はこの瞬間にスマホを取り出し、素早く110番。

 しばらくして、繋がる。


『はい、110番です。事件ですか? 事故ですか?』


「えっと、事件……ですかね? 家帰ったらなぜかその十二単? を着た女の人がベッドの上で漫画を読んでいまして……」


『は?』

 

 そうだな。私もそう思う。

 警察の人は多分呆れかえっているだろうけど、丁寧に答えてくれた。


『状況……的には、不法侵入? ってことですか。えっと、何か危害を加えられたりとか、脅迫とかはされていませんか?』


「あぁ、はい、大丈夫です。ただ読んでいた漫画の7巻がないといきなり言われたので、ちょっと探させています」


『ん?』


 馬鹿正直に答えすぎたか。余裕で困惑しているよ。アホな国民でホントすまん。

 警察の方はとにかく丁寧だった。


『そう……ですか。コミュニケーションは取れそうですか?』


「えっ、はい」


『では一応保護? させていただきますので、もしよろしければ身元保証人に心当たりがないか、聞いてもらえませんか?』


「あー、はい」


 私は一旦電話を外すと、十二単女に尋ねる。


「ねぇ、身元保証人って誰かいる?」


「へ? みもとほしょうにん、とは? あっ! 見つけた! これだ!」


「あっ……あー」


 それを察するのに数秒も要らない。こいつ、さては無限の彼方飛び越えて来た系か。

 厄介だなぁ。

 私は警察の方に、丁寧にお詫びした。もうこれは墓場案件だよ。


「すみません。今日いとこが来るの忘れてました。あまりにも時代錯誤? な格好なので気が付きませんでした。すみません」


『えっ、あぁ、そうですか。まぁ忙しいとよく忘れますよね。次からはお気をつけください』


「はーい。すみませんー」


 私はスマホの通話をオフにすると、その場でうなだれることにした。

 なんやねん。こいつ。ほんま。

 すると十二単女は、ベッドの下から漫画を掘り当てる。


「うぉ! あった! うげっ、なんだよ。これ。汚らわしいな」


「あー、よかったね」


「とはいえ……あちいな。こんな格好でやるもんじゃないわ」


「その十二単脱いだら? いくらまだ冬の寒さ残っているとはいえ、厚着しすぎだし、なによりこのワンルームでその恰好はあまりにも動きづらいでしょう? 服ならカーテンの所に部屋干ししてるやつ使ってくれればいいから」


「かたじけねぇ」


 なんか、野武士みたいなお礼だな。

 そういって、十二単女は帯を手早く脱ぎ去った。私も着替えて飯にしよう。




「うっほ、うららかー」


 十二単女はTシャツ1枚となり、暖房の恩恵を受けていた。『不労所得万歳』と書かれたTシャツには実に趣がある。平安人っぽいから趣味良さそう。でも十二単の下はすっぽんぽんなのは、クリリンが死んだときくらいに衝撃的だった。

 十二単は見事畳んで重ねておいてある。大喜利で景品もらえるくらい高くなってる。

 私はグレーのレギンスに、ウレタンのピンクパーカー。着替えるところも見たかったって人たちはすまないな。あまり下着姿に期待しない方がいいよ。カジュアルブランドで売ってるシンプルなやつ。もう機能美しか求めないのさ、アラサーになると。

 私はクックドゥの麻婆茄子を作ると、大皿へと乗せていく。本当なら2日に分けて食べるつもりだったんだけどね。あまりにも予期せぬ珍客に土日引きこもる計画が大幅に狂わされましたよ。

 フライパンを洗い場に置くと、麻婆茄子を持ってローテーブルへ。一応、お客人にはなるのでインスタントのあさげも用意しました。

 私は麻婆茄子を置くと、ローテーブルの前に腰を下ろした。やっと座れる。


「まぁ、そもそもあなたがいるのが想定外だったから、ありあわせだけど、文句は言わないでね。あとご飯は一合しか焚いてないから。おかわりないよ」


「へっ、これなんぞ?」


「麻婆茄子。しらんか」


 Tシャツに着替えた十二単女は、弁当用の小さな白い箸を持つと、麻婆茄子を豪快に掬い上げ、口に頬張る。


「うはっ! なんぞこれ! いとうまし!」


「そりゃあようござんした。いただきます」


 私も合掌をして、飯を貪る。あぁ、およそ12時間ぶりの飯。デブになるよ。

 もうてっぺん超えて、丑の刻入ってるでね。

 ひとまず警察にはお世話に慣れなかったので、セルフ事情聴取をしていきましょう。いつまでたっても十二単女はよくねぇ。


「で、あなたは誰なの?」


「あぁ、そうか。名乗っとらんかった。えっと、たか子」


 たか子? いや、待て。知らん。


「えっと、ごめん。たぶん平安から来たのは分かる。昔の人ならいくつか名前あったよね。渾名とかでもいいし、忌み名でもいいから。他にある?」


 さすがに真名看破するには、情報が少なすぎる。ルーラーも泣くぞ、これは。

 すると首を傾げて、たか子? は答えた。


「まぁ、働いて時に使ってた名前でもいいか。えっと紫式部」


「マジか」


 私は思わず箸を落とした。おいおい、とんでもねぇビックネームが出て来たな。

 誰かと思えば、世界最古の恋愛ラノベを書いたとされる大先生じゃありませんか。


「その感じだと、そっちの方が有名なんだ。驚きー」


「そりゃあまあ。あの源氏物語の人だしね」


 源氏物語。その名前を出した時、紫式部は不気味なくらい満面な笑みを浮かべた。

 紫式部のイメージ壊れるんだけど。


「おいおい、おいおいおいおい! なんすかぁ? あれ、そんな有名になっちゃってる?」


「そりゃあね。今や学校で勉強するやつよ。頭いい奴は冒頭のセリフ覚えてるし」


「いやぁ、日ごろの仕事だとか人間との逢瀬でめちゃくちゃ鬱憤がたまってて、それを晴らすために書いてたんだけど、まぁ、そっかそっか。そんな有名になったとは……あかん、嬉しい。飲みたくなってきた」


 なんか、似たものを感じるな。

 紫式部ってめちゃくちゃ才女だったって聞いたけど、それ以上に伝手も無くあの平安の公務員でバリバリ社畜かましてたっていうしな。

 平安時代の限界キャリアウーマンか。

 

「後で飲むか」


「おっ、いいね。ところであなたは? なんというの?」


「えっと刑部葵。苗字が刑部で、名前は葵」


「苗字があるんだ。高名なお人? 葵……葵の上の生まれ変わり?」


 急にボケと真面目を混ぜないでくれ。


「今の時代はみんな苗字持ってるよ。それに葵の上はあなたが生んだキャラでしょうが」


「最初の正妻ですぞ。光栄じゃない?」


 光源氏の正妻ってマジなんか過酷なイメージしかわかないんですけどね。

 意外と話せるな。私は思い切って聞いて見た。


「というか紫式部……なんか呼びづらいから式部でいいか。どうやってこの時代に来たわけ? ここには魔法陣も聖遺物もないけど」


「魔法陣? 聖遺物? 奇怪なこというね。まぁ、実は私、興味本位で陰陽師やってんだけどさ。そんなかで『時渡り』つーまぁまぁヤバい術があんの。安倍晴明も青ざめるレベルの」


「……おいおい」


 そのカミングアウトに青ざめたわ。紫式部はまるで武勇伝を語るように続ける。


「まぁ、源氏物語? あれ、書いてたんだけどね。そのー行き詰っちゃって! おまけにむかつくお局とはバチバチにやり合ってる最中! まー、嫌になってね。でも仕事も道長がやめないでーって懇願するもんだから、あーもう全て壊したいってなったの」


「壊さないで……」


 藤原家、泣くぞ。


「壊すわけにはいかんので、私がまあ出来心で『時渡り』を試した。簡単よ。あるお経を唱えて、眠るだけ! それで意識が覚めると、あっという間にここってわけ。で逃げ込んだ先に大量の本があって読み漁りーの、その時に葵と出会ったの」


「なるほどな……」


 つまり平安のバリバリキャリアウーマンが限界を迎えて長期休暇を取ってここへ来たってわけか。おまけに無期限の。

 なんというか、すげぇ気持ち分かる。私も陰陽師やってんなら、『時渡り』使いたいわ。

 むかつくお局が清水なこで、道長が大郷課長ってとこか。

 駄目だ。感情移入してしまう。

 私は立ち上がり、冷蔵庫へ。思いっきり開くとストゼロを二本取り出し、ローテーブルへと置いた。これは飲まざるを得ない。

 

「とにかく飲もう。式部。嫌なことは全部、酒飲んで忘れよう!」


「おっほー! 私、葵の事大好きかもしれない! いとをかし! てか、これどうやってあけんの?」


「開けますんで、式部さんはおとなしくしていてください。まぁ、でも私もそんな長く、ここでは養えないからね。気がすんだら帰るんだよ」


「やっぱ葵のこと、嫌いになっちゃうかもしれない。そこはずっといてもいいよじゃないの?」


 紫式部はうるうると見つめてくる。その手には乗らないぞ。乗らないはず。

 私は目を背けながら答えた。


「あのですね……今のご時世、厳しいのですよ。この物価高、到底二人養う力はないんです」


「なんてこと。というか今、大体どのくらいなの? 何年?」


「2026年だよ。あなたがいた時代のおよそ1000年後」


「へぇー、じゃあ私、千代ったってこと? へーすご」


 1000年の時を超えたことを千代ってるって表現すんのすごいな。さすがは千年過ぎても、歴史に残る恋愛ラノベ書いた奴の文才は狂ってる。

 そんなことよりも、養う問題だ。


「ともかく余裕があるうちは、ね。どうしてもいたいなら、生活費折版してもらうしかないんだけど」


「なるほど、ようは稼げばいいってこと? おっけ、やったるぞい」


「その前に、Tシャツ1枚じゃな……明日買い出しにでも行きますか。せっかく現代来たんだから、遊びに行こう。あと、私の服着て下すっぽんぽんはちょっと私が生理的に……」


 私は167センチで式部はおよそ150センチ。これだけ身長差があると、さすがにTシャツもだぼだぼだ。これじゃあ、貧乏人の小学生だ。

 はぁ、痛い出費だが、事前投資と思えば。

 式部は涙目で私の手を握ってきた。


「葵……あんた、本当に好き。最高」


「も、もう、分かったって!」


 私は手を外し、ストゼロを式部の前に置く。

 こういう距離感の詰め方は少し戸惑うんだよ。私はあんまり得意じゃない。顔赤くなってるのバレてないよな。

 いや、多分アルコールの匂いにやられただけだ。

 式部はストゼロ缶を持って、高らかに告げた。


「じゃあこの雪明りのたおやな逢瀬に」


「……乾杯」


 私と式部はストゼロで乾杯をした。飲んだストゼロはアルミ缶の苦みがいつもより感じない。ちょっといつもよりレモンの甘みが引き立っている。

 

 

 

 ふと私は思い立った。


「式部……そういえば現代語うまいね」


「漫画見て、覚えた。ここにある奴全部読んだから」


「マジ?」


 簡単に言ってるけど、私もそれなりのヘビーなオタク。大きな本棚に200冊くらいある。漫画の所持数ならかの金ぴか大王にも負けじとも劣らないはずだ。でも、それを全部読んだ?

 天才、怖。

 戦慄する私、どや顔を決める式部。


「なかなかのもんよ。他にも●●●とかも覚えたし。今の俗世の言葉は趣があるね!」


「あー、やめろ。紫式部はそんなこと言わない」


 作品の表現には気を付けよう。良くないところでこんな弊害が生まれるからね。


第3話に続く。


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