<15・追加。>
死体になると、元の世界に戻る。
それを聴いてきっとみんな、同じことを思ってしまったのだろう。
「……最悪」
京がぽつりと呟いた。
「最悪、自殺すれば元の世界に戻れるのか」
「おい、京!」
そんな彼に、兄の貞が叫んだ。
「そんなの考えるもんじゃない!元の世界に帰れるたって、生きて帰らなきゃ意味なんかないだろ!」
「わ、わかってるよ兄貴!僕だってそりゃ生きて帰りたいよ!だけど」
「だけど?」
「き、木肌さんみたいに……生きたまま内臓抜かれて死ぬなんて、そんなの怖すぎるじゃん。僕、ニュースで見たんだよ。隣町で死んだ男の人。ニコさんの手で殺されたかもしれないって言うその人、内臓の傷に生活反応があったって。口とお尻から内臓を引き抜かれたみたいになって死んでるって。それ、それはきっと、ものすごく苦しいし怖い死に方で。そんな死に方するくらいならいっそって……ちょっとは、そう思っただろ、兄貴だって……」
「……っ」
重苦しい沈黙が満ちる。
ニコさんに殺されるよりは、自殺した方がましなのではないか。少なくとも自分で自殺すれば、それこそ家庭科室の包丁でも使って首を切れば。綺麗で真っ当な死体で、家族の元に帰ることもできるのではないかと。
そして、場合によってはその方がよっぽど苦しまずに死ねるのではないかと。
――隣町……。
そういえば、とゆいなは思う。
――隣町で出た、死体。男の人だったんだよね?あの人ももし、ニコさんが殺したんだとしたら。何で死んだんだろう。うちの学校の関係者でもないのに。
『封印はされたが、浄化はされていない。彼女の恨みは強く、霊能者でも浄化はできずに封じるだけで精一杯だったからだ。……この人形はまだ、学校のどこかに眠っている。そして、自分を解き放つ手伝いをしてくれる人間を探しているという。もし己の封印を解いてくれたらその代わりに……望んだ人間を一人、呪殺してくれるのだという』
『もしどうしても殺したい者がいるならば、人形を探すといい。力を貸してくれるかもしれない。……この話は以上だ』
まさか、と眼を見開くゆいな。
亞音から聞いた都市伝説をもう一度思い出していた。人形は、自分の封印を解いてくれた人間の願いを叶えてくれるのだと。そう、望んだ一人を呪殺してくれる、と。
もし。
もしあのニュースで死んだ人が呪殺であったのだとしたら。
――今人形を持ってる人が……あの男の人を恨んで呪殺した?だとしたら、あの人を恨んでいる人が、現在ニコさんに乗り移られてる人ってことになるんじゃ……。
「待ってや」
唐突に、沙穂が口を開いた。
「なんなん、あれ?」
「え」
何だろう、と彼女の視線の先を辿る。沙穂はまっすぐ前を見ていた――黒板の方だ。まさか、と誰もがそちらに視線を向けた。先生も慌てたように後ろを振り向く。
そして、見てしまった。
再び赤いチョークが――ふわり、と浮かび上がったのを。また黒板に、何かメッセージを書こうとしている。
「ねえ」
ゆいなは掠れた声で言った。
「に、ニコさんとやら……いるの?今ここに、いるんだよね、ねえ!?」
チョークを手に持っている、見えない何かがいる。人間なのか、生きているのか死んでいるのか、妖怪なのか悪霊なのか邪神なのかもわからない存在が。
「どうして真梨衣ちゃんを殺したの?なんで、私達を閉じ込めたの?なんで今日だったの?私達……私達三十年前の事件とはなんも関係もない。生まれてもいない!それなのに、なんで殺されなきゃいけないの、ねえ!?」
「ゆ、ゆいな……」
「納得できないよ!私達が何か悪いことをしたっていうなら謝る。でも、何もしてないのに殺されるなんて、そんなの納得できるはずないじゃん!私の声、聞こえてる?聞こえてるなら教えてよ、せめて理由だけでも!!」
まるで、少しの間話を聴いていたかのようだった。ふわり、ふわりと浮かびながら揺れていたチョークは、やがて黒板に文字を書き始める。
『忘れられるのが許せない』
カツカツカツカツカツカツカツカツ。
『わたしは、わたしを忘れるやつが許せない。あんなにひどいことをしたのに。あんなに苦しめたのに。あんなに殺したのに。だから繰り返す』
カツカツカツカツカツカツカツカツ。
『わたしを忘れないように、刻みつけるの、恐怖を。何度も、何度も、何度でもお前たちに。この学校の奴らに、みんなに』
――繰り返す?
どういうことだ、とゆいなは混乱する。
やはりこの学校への復讐であるらしい、ということはわかった。だが、繰り返すとは一体?
「!」
ざあああああ。と黒板消しが一気に文字を消した。そして、まっさらになった黒板に再びでかでかと刻まれたのはこの文字だ。
『二人目をもらった。まだまだ足らない。』
二人目。
誰もがさっきの光景を思い出したはずだ。階段の下で倒れている真梨衣を。お腹がべっこりとへこみ、青白い顔で口から血を吐いている少女の姿を。
「や、やだ!」
慌ててゆいなは立ち上がっていた。
「虹村さんと、茶川さんが!!」
***
この教室では、みんなでずっと話し合いを続けていたのだ。特に外部から誰かが侵入したような気配はなかった。ならば、標的にされたのは保健室に籠城しているエリカと湯子のどっちかであるのではないか。
彼女達が危ない。
LINEのIDも教えてもらったしフレンド申請もした。メールアドレスも電話番号も聞いた。それでもゆいなは、反射的に教室を飛び出していたのだった。
「おい、ゆいな、待て!」
亞音が慌てて追いかけてくる。ゆいなは振り返った。
「ちょっと様子見てくる!心配だから!!」
「一人で行くな馬鹿、危ないだろ!……俺も行く。沙穂、山吹先生、教室を頼みます!」
こういう時、亞音はまだ冷静なんだとわかる。彼の言葉に、山吹先生と沙穂が慌てて頷いた。全員で保健室に行くべきか迷うところではあるが、とりあえず自分達にまかせていいと判断してくれたということだろう。
保健室は一階。西階段を通ろうとして気づいた。そうだ、この一階の踊り場に、真梨衣の遺体があったのではないかと。だが。
――やっぱり、消えてる……!
真梨衣の遺体が、ない。頭とお尻があったあたりに血痕が残っているだけで、確かに隅に寄せたはずの遺体がどこにも見当たらなかった。
元の世界に戻ったというのは本当らしい。
――私達は、死ぬしかないの?死なないと、元の世界に帰れないの?
そんなはずはない。階段を駆け下りながら、ゆいなは歯を食いしばる。
――この学校にどんな恨みがあるか知らないけど、だからって……だからってそう簡単に死んでたまるか!そんな、私達にはどうしようもない理由で殺されるなんて無理、絶対無理なんだから!!
そんな馬鹿げた運命に従ってやるつもりはない。
もう誰も死なせない、死なせたくない。
「虹村さん、茶川さん!」
保健室のドアを叩いた。鍵をかけて閉じこもると言っていたはずなのに、ドアノブを回すとがちゃりと開く。
鍵が開いている。明らかにおかしい。万が一湯子が寝ていたらとも思ったが、今は非常時だ。ひとまず飛び込ませてもらうことにした。後ろから、亞音もついてくる。
そして。
「!」
ベッドの上に、湯子が寝ていた。最初は死体かと思ってぎょっとしたが、お腹はちゃんとふっくらしているし口から血を吐いている様子もない。何より、すう、すう、と胸が上下して呼吸音が聞こえてくるのがわかる。本当にただ眠っているだけのようだ。
問題は。
「虹村さん……!?」
エリカの姿がない。おかしい。湯子にずっとつきっきりでいると、自分が彼女を守ると言っていたのに何故!
「虹村さん、どこ?どこにいるの!?」
目の前がどんどん暗くなっていく。まさか、彼女がやられてしまったのか。やっと、友達になれそうだと思ったのに。アドレスも交換して、これからたくさんメールやLINEができると思っていたのに。
まさか一通も送れないまま、何一つ助けてあげられないまま終わってしまうというのか。
「虹村さんっ!!」
「え、え?どうしたの、白樺さん?」
「!?」
後ろから、戸惑ったような声が聞こえた。ハッとして振り向けば、開いたドアの前、廊下に虹村エリカが立っているではないか。ハンカチで手を拭いているあたり、どうやらトイレにでも行っていたらしい。
「ど、どうしたんだよ、大騒ぎして。ごめん、ちょっとトイレ行ってたんだ。どうしても我慢できなくて」
「な、なんだあ……」
ほっとして、思わず足から力が抜けてしまった。へなへなと座り込むゆいな。すぐ傍で、亞音も呆れたように天井を仰いでいる。
「なんだ……ゆいなの早とちりか。びっくりさせやがって」
「な、何さあ。だって、心配だったんだもん。二人に何かあったんじゃないかと思って」
「心配してくれたんだ。ありがとう」
エリカは苦笑しつつ尋ねてきた。何かあったの?と。
そういえば、彼女には教室の議論の内容が伝わっていないはず。ゆいなはかいつまんで、自分達の方がどうやら神隠しされてしまっている状況らしいこと、死んだ真梨衣の遺体が現実世界の学校に転送されているらしいことなどを話した。
その上で、黒板に書かれた文字のことを話した時だ。
「ふ、二人目?まさか……」
「うん。二人目を殺したみたいなこと書いてあったから、てっきり虹村さんと茶川さんのどっちかが危ないのかと思って。それ以外のメンバーは全員教室にいたからさ。でも無事で本当に良かった。ってことは、あれは犯罪予告ってかんじでまだ人は死んでなかったってことなのかな」
「…………」
ゆいなの言葉に、エリカの顔色がどんどん悪くなっていく。なんだろ、と疑問に思っていると。
「あ、あの、さ……」
彼女はややひっくり返った声で告げた。
「真梨衣が……いなくなった時。誰も気づかなかっただろ。一緒に校舎を移動していたはずなのに、いつの間にかいなくなっててさ」
「そうだね」
「今回も、同じってこと、ないのか?教室に……生き残ってる、あたし達以外の全員。本当に揃っていたか?」
「え」
そんなまさか、と思って――ゆいなは背筋が凍り付いた。
てっきり保健室の二人が危ないと、そう思い込んだ自分も悪いのかもしれない。でも、気づいたのだ。
あの文字が書かれた時。本当に教室に全員が揃っていたかどうかを――ゆいなはきちんと確認しなかった、ということに。
「まさか」
「……ああ」
同じく気づかされたのだろう。血の気が引いた顔で、亞音が告げる。
「戻ろう、教室に!ひょっとしたら、いつの間にかまた誰かが減っていたのかもしれない!」




