第七話 知るはずのなかったこと
目の前がチカチカして一瞬目がくらむ。
アルノー様の腕を引き離したい衝動にかられたけれど、何故か体がぴくりとも動かない。
次の瞬間、急激に映像の渦が頭の中に流れ込んでくる。
これは……私が暮らしていた、王宮の……玉座の間?
『お前、なんてことを!』
そう叫んだ声は、クラウスお兄様だ。
視点が定まらなかった映像は、急激に回転してぴたりと止まり、お兄様の姿を映し出した。
お兄様は何故かぼろぼろな姿で、額から血を流し、縄で縛られている。
クラウスお兄様だけではない。
クラウスお兄様の隣に……縄で縛られたまま、転がっている身体が、四つ。
お父様、お母様、ディーデリヒお兄様、それにエルンストお兄様。
明らかに事切れていると分かる。
何故なら、みな胴体の隣に、頭が転がっているからだ。
「……!!?」
思わず悲鳴を上げようとしたもの、声が出ない。
何か大きな力で体が支配され、全く動かなくなったようだ。
この信じられない映像を消え去りたくて、かろうじて動く瞼をぎゅっと閉じても、映像は消えない。
私の意志に反して、映像は続いた。
『さっきも言っただろう。この国の王家はここで終わるべきなんだ。それが、お前たちが罪を償う唯一の方法だ』
クラウスお兄様の喉元に、剣先が突きつけられる。
剣を握っているのは……あの、オスカーだった。
顔付きが最早私の知っているオスカーと違う。険しい顔付きで、左目に黒い眼帯を付けている。
しかし、あの青みがかった黒髪と右目の青い瞳の三白眼は、間違いなく、オスカーだった。
『お前の境遇には同情する。けれど仕方のないことだっただろう!』
『そんなことはどうだっていい。だが、もう私は決めたのだ』
そう言ってオスカーは、剣を大きく振り上げる。
『オスカー!!』
『さらばだ、友よ。地獄で会おう』
振り上げた剣先を、勢いよく横に振り切る。
鮮血がほとばしり、クラウスお兄様の首が胴体から離れ、床にごろりと転がった。
そして一拍の後、胴体が、ぱたりと倒れたのだった。
『レーベン王国はここに終わりを告げた! 新時代の幕開けである!』
オスカーが振り向き、高らかにそう宣言する。
後ろに控えていた兵たちが、オスカーの言葉に歓声を上げた。
そこで、映像はぷつりと途切れた。
「ね? すごいことになったでしょう?」
静寂を取り戻した暗闇の中で、楽しげなアルノー様の声が響いた。
ゆっくりとアルノー様が腕を外し、アルノー様の美しい顔が暗闇から現れる。
「何故……⁉︎」
急に自由になった喉から、ようやく吐き出された言葉はそれだけだった。
あまりの衝撃に、頬を伝う涙を拭うこともできない。
私の愛した人たちが、まさか、かつて私が愛した人に、あんな無残に殺されるなんて……。
返り血を頬に浴びたオスカーの顔が、目に焼き付いて離れない。
オスカー、生きてた。生きてたんだ。いつ病から回復したのだろう。
いつ王国に帰ってきて、何故あんなことをしたのか……。
あんな残虐な人ではなかった。私の言葉に、優しく微笑みかけてくれるような人だった。
そうだった、はずだ。
なのに何故……。
「私の家族は……本当に、みな死んだのですか……?」
とても信じることができず、震える声でアルノー様に尋ねる。
あまりに非現実的な光景に、とても信じることができない。
ゲーグナーたちの暴動はあれど、戦とは無縁な国だったのに……。
そうだ。
アルノー様の戯れで、ありえない映像を見せて私の反応を楽しんでいるのかもしれない。
そんな私の淡い期待は、すぐにアルノー様に否定されてしまった。
「これは今実際に起きたことだよ。残念ながらね」
アルノー様は、私の前にしゃがみ込み、頬杖をつきながら、全く残念ではなさそうににやにやと笑っている。私の反応を楽しんでいるようだ。
けれど、今は怒りすら湧いてこない。
ただただ、今見た映像が信じられず、悲しいよりも、衝撃で何も考えられなかった。
「それにしても困ったなぁ。せっかく君の祖先と契約を結んだというのに、みんな死んでしまったら願いを叶えられないよ。さあて。君をどうしようか」
わざとらしい声の調子で、アルノー様は嘆いてみせる。
確かに、王の力を取り戻すために贄に捧げられた私は、一体どうなるのだろう。
……いや、どうなったっていい。このまま死んでもかまわない。愛する家族の元に行けるのなら……。
そう考えたところで、否と、激しい感情が胸に巻き上がった。
これは、怒りだ。
もちろんアルノー様に対してではない。オスカーに対してだ。
確かにオスカーは、辛い思いをしたのだろう。だけど、それと私の家族は何も関係がないはずだ。
一体何故あんな反逆行為に至ったのか、その理由が分からない。
オスカーに問いただしたい。その理由を。仮にどんな理由があろうと、許せはしないけれど。
オスカーへの激しい憎悪が湧き上がる。
オスカーを想い、愛した時間があるから尚更、絶対に許せない。
「いいねいいね! 面白い。ぼくは君のこと本当に気に入ったよ」
何がおかしいのかアルノー様は手を叩いて笑う。
本当に……彼はレーベン王国の守り神なのだろうか。
「うーんどうだろう。少なくとも、君たちに加護を与えていたのは確かだけどね?」
頬に指をあてて首をかしげるその仕草は、まるで好きな食べ物でも聞かれたかのような、そんな軽いものだった。
「そうだ! ぼく君のこと気に入ったから、もう一度生をあげようか!」
「え……?」
ポンと手を叩いて、良いことを閃いたというように破顔するアルノー様に、私は首を傾げた。
言われたことの意味が分からなかったのだ。
「その体はここに入っちゃったから、返す訳にはいかないんだよね。だから別人のになるけど。とりあえず与えなきゃいけない加護もなくなったし、それくらい余裕だからさ!」
「えっと……つまり、パトリツィアとしての生はここで終えて、全くの別人として生まれ変わる、ということですか?」
「いいね君。なかなか賢い」
それがまた興味深いなあと、アルノー様は独り言のように呟いた。
「そのとおり。君は別の新しい人間として生まれ変わるってことさ。それでもう一度人生を謳歌するないし、復讐するないし好きにすればいいよ」
ふく、しゅう……?
口の中でアルノー様の言葉を繰り返す。
オスカーに、復讐できる……?
心の中に、これまで一度も感じたことのない強い感情が芽生えるのを感じた。
復讐。
愛してたのに。オスカーのこと、愛してたのに。
恋愛感情ではなかったかもしれないけれど、きっと、オスカーも私を愛してくれていた。
そう、思っていたのに。
そんなオスカーが、家族を殺した。
許せない。
私の何よりも大切な家族の命を奪ったオスカーに、復讐を……!
怒りの炎が胸に渦巻き、そしてその機会を得られるということに、全身の毛が逆立つほどに歓喜した。
……いや、冷静になれ。
確認しなければならないことは、まだたくさんある。
「それは赤子からやり直す、ということでしょうか」
だとすると、成長するまでに時間がかかりすぎる。
オスカーへの復讐ができる年齢になる頃までに、オスカーが命を落とさないとも限らないだろう。
そもそも、この記憶を継承したまま生まれ変わることができるのだろうか。
アルノー様の口ぶりではきっと出来るのだろうと思いながら、大事なことだ。確認した方がいいかもしれない。
そんなことを悶々と考えていると、アルノー様は、まるで堪えきれないという様子でお腹を抱えて笑い始めた。
「こんな状況でも冷静さを欠かないか! 本当に面白い‼︎」
笑いすぎて苦しいとひいひい言いながら、アルノー様は目に涙まで滲ませている。
本当に……何がおかしいのだろう。
「そうか、そうだね。じゃあ近い年頃の子にしてあげるよ。ちょうどそろそろ寿命を全うしそうな子がいるからさ。なかなか良い感じの境遇だしね。たぶん、あの子なら君の復讐の助けになるよ。もちろん、君のその記憶は継承したままにしてあげる」
そう言って、アルノー様は笑いすぎて目尻に溜まっていた涙を拭い、にやりと笑うと、指をぱちんと鳴らした。
途端、体が浮遊感に包まれ、闇に溶けていくような妙な感覚を覚えた。
「な、なに!?」
「さあ、その体に別れを告げな。新しい人生の始まりさ。君の選択がぼくを楽しませてくれることを願うよ」
それまでの軽薄そうな声とは違う。
まさしく、ずっと想像していた通りのアルノー様の声だった。
さらさらと指先から感覚がなくなっていく。
不思議と恐れはない。
ただ、オスカーへの激しい復讐心が、最後まで残り続けていた。




