6 喧嘩の仲裁
喧嘩の声が聞こえるほうへとジュウゴが顔を向ける。
「……ケンカみたいですね……」
彼だけでなく、ヒナも含めた三人もそちらへと顔を向けていた。ヒナ達がいるテーブル席とは別の、個室タイプになっている部屋のなかからだった。他の客や店員も顔を向けて気になっているようだった。
注文した梅サワーを一口飲んでからツカサが言う。
「ほっときなって。私達や他のお客さんに迷惑かけてんならまだしも、知り合い同士のケンカなら無闇に関わることないって。怪我したり逆恨みされたら、たまんないし」
「「「…………」」」
ツカサにそう言われてしまったからだろう、ジュウゴは電車内のときとは違って、いまはおとなしく席に座ったままだった。ヒナも落ち着かない様子でひやひやしながらも、自分が喧嘩の仲裁に行っても失敗するだけだろうと思って動けないでいた。
周りにいた客も同じような感じだった。せいぜい店員に報告して、あとはそれらの店員や店長に任せていた。喧嘩の枠を超えて大事になれば、警察に通報するかもしれないが。
そのとき、それまで黙っていたラディンが静かに立ち上がって、いまだに喧嘩の声が聞こえてくる部屋のほうへと歩いていった。
「ラディンさん?」
ジュウゴが声をかけるが、ラディンはそのまま進んでいく。ヒナがおろおろとして、ツカサがあちゃーと額に手を当てている。
そして三人や他の客や店員が止める前に、ラディンはがらりとその部屋の引き戸を開けた。なかにいた者達が気づいて声を張り上げる。
「何だテメエ! 勝手に入ってくんじゃ……」
「邪魔すんじゃ……」
が、彼らの声は、相手が大柄で筋肉質の男だと理解した瞬間に制止することになる。ラディンが低く重くした声で言った。ともすればドスの利いたような声だった。
「うるせえよ、てめーら。ケンカなら他人の迷惑にならねーとこでやれよ」
「「…………」」
それまで喧嘩していた二人の男は、まるでエサを食べようとする鯉のように口をぱくぱくしていた。ラディンがその男達の頭に手を乗せる。力は込めていなく、本当にただ大きな手を乗せているだけだったが。
「それとも俺とやるか? てめーらのせいでせっかくの飲みがつまんなくなってんだ、手加減はできねーぜ?」
「ひ、ひへ、滅相もございません! すみませんでしたっ!」
青くなった男が頭を大きく下げて、もう一人も平身低頭する。喧嘩していたことなど完全に忘れてしまったようだった。
「ふん、静かに飲めよ」
「「はい! すみませんでした!」」
部屋から出たラディンが、ドアを閉めて再びヒナ達の元に戻ってくる。ツカサがにやにやしながら言った。
「おおー、怖い怖い。あんたって実はヤのつく人じゃないよね? 建設業ってのは世を忍ぶ嘘でさ」
「んなわけないだろ。本当にむかついてただけだ。まあ、二人相手なら負けんがな」
「リアルファイトはやめてよねー。バトルはゲームだけで充分」
「『ユートピア』でも負けねえよ。あ、いや、ヒーナには負けるが」
「あはは」
ツカサが笑い声を出して、つられるようにヒナも苦笑する。ジュウゴはまだ部屋のほうが気になっているらしく、そちらをちらちら見ていた。
ツカサがメニューを取って、気を取り直すようにめくっていく。
「さ、そんなことより料理を注文しよっか」
ラディンが呆れる。
「さっき頼んだじゃねえか」
「あれはおつまみ。これはお腹を満たすご飯。あ、スパゲティーとかハンバーグとかサンドイッチとかもあるよ」
「がっつり食うつもりかよ。飲めなくなるぞ?」
「飲むし。せっかくあんたがおごってくれるんだから、じゃんじゃん食べないと」
「さっきのあれマジだったのかよ⁉ お前やっぱ鬼だろ⁉」
平和なざわめきが戻ってきた店のなかに、ラディンの声が溶けていった。
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