5 自己紹介
待ち合わせ場所に到着したジュウゴを見た大柄な男が、膝から地面に崩れ落ちる。メガネの女が男に近寄って、両手両膝を地面につける彼の肩にポンと手を置いた。
「涙拭けよ」
「泣いてねえよ!」
「勝負は私の勝ちね。なんか料理おごってね」
「お前は鬼か!」
にやりと笑う女に男が声を上げていた。ヒナもジュウゴもぽかんとして、それを見ていた。
…………。それから四人は料理店のなかに入り、予約していた旨を伝えて、四人掛けのテーブル席へと案内される。とりあえず男がビール、女が梅サワーを頼んで、未成年のヒナとジュウゴはそれぞれメロンソーダとジンジャーエールを注文した。
「んじゃ何食べるー? あ、その前に自己紹介しなくちゃか」
メニューを取って開きかけていた女が言う。女はいったんメニューを置くと、メガネを取りながら自己紹介した。
「私は間藤士、気さくにつかさって呼んでいいよ。仕事は会社のOLで事務をやってまーす」
次にジュウゴが自己紹介する。ウィッグの金髪はすでに外していた。
「俺は由仁重護っていいます。高校生です」
「やっぱ高校生かー。いいなー、若くて青春を謳歌できてー。私も戻りたいなー」
ジュウゴとヒナが苦笑を浮かべる。……つかささんも充分若いと思うけど……とヒナは思った。
「んじゃ、次はヒーナさんいってみよーかー」
「あ、はい、わたしは小野寺雛です。…………」
ジュウゴと同じ学校で、クラスメイトであることを言おうかどうか、ヒナは一瞬迷ってしまう。ジュウゴ自身が自己紹介で言わなかったのだから、言わないほうが無難なのかなと……。
「どったの?」
「あ、いえ、よろしくお願いします」
「いまさらかしこまらなくてもいいって。オフ会なんだから、『ユートピア』みたいに気さくでいいよ」
「あ、はい、そうですよね……」
「んじゃ最後にカーンいってみよっかー」
水を向けられた男だったが、彼はずずーんと肩を落として顔を伏せていた。いまだに引きずっているらしい。
「おーい、まだショック受けてんのかよー? 身体はデカイくせに肝っ玉はちっちゃいねー」
「うっせー! 好きでデカクなったわけじゃねーよ!」
「お、起きた」
ジュウゴが申し訳なさそうにする。
「あの……なんかすみません。俺の友達も普通に女キャラ使ってたし、お前も使ってみればって言われたんで……まさかそんなにショックを受けるとは思わなくて」
「いやいやジュウゴ君は全然悪くないって。カーンが勝手にショック受けてるだけだから」
ツカサはそう言いながらも、ぐふふと含み笑いをしながら男に言う。
「ねえ、もしかして目覚めちゃった? いまは多様化の時代だし、私は全然構わないよ? ムキオジとイケメンの取り合わせ、ぐふふ」
ジュウゴとヒナが固まった。男が叫ぶように言う、店内の迷惑にならないように声量は調節して。
「俺は女が好きなんだよ!」
「うわ、まさか私やヒナちゃんのこと狙ってんの? ちょっと近寄らないでもらえます?」
「腐敗臭漂わせてるやつが言ってんじゃねえ! お前こそニーユさん、じゃなかったジュウゴのこと狙ってんじゃないだろうな? 通報するぞ!」
「あー、うっさいうっさい。負け犬みたいに吠えてないで、さっさと自己紹介してくれます? ムキオジって呼び続けるよ?」
「くそっ、誰が負け犬だ」
二人のその掛け合いは、ゲーム内でいつもやってるような会話だった。ツカサ……賢者のホーマの性別こそ違えど、まるでいまもゲームのなかにいるようだとヒナは錯覚してしまう。
男が不服そうにしながらも自己紹介する。
「俺はラディン=内藤だ」
「え、まさかハーフなの⁉」
「クォーターだ。じいさんがアメリカ人なんだよ」
「見た目完全に日本人じゃん」
「別にいいだろ。仕事は建設業をやってる」
「知ってた。そこは見た目通りなんだ」
「ほっとけ」
それぞれの自己紹介が終わったとき、先に頼んでいたドリンクが届けられる。その後、とりあえずつまみになりそうな簡単な品をいくつか頼んでから、四人はそれぞれのグラスを手にした。
すっかり進行役が定着したツカサが言う。
「そんじゃ、先に乾杯しよっかー。かんぱーい」
「「か、かんぱーい」」
ヒナとジュウゴが続けて言うが、ラディンはぶすっとしていた。ツカサに対して、なんでお前が仕切ってんだよなどと思っているのかもしれない。
それはともかく、四人はグラスを軽く触れ合わせて、そして飲もうとしたとき別の部屋から怒鳴り声が聞こえてきた。
「アアッ⁉ やんのかコラッ⁉」
「やったろーじゃねーかオラアッ!」
客同士の喧嘩の声だった。